境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第十話 - 失楽園

 人狼を操っていた当人が、妖夢に自害を強要させた事実を伝えようと、死体を抱えながら結界でできた校舎内の階段を登る。ニノさんは他に襲撃者が潜んでいないか、結界内を見回っている最中だ。

 文芸部室の階の廊下に差し掛かると――

 

「説明次第では許さないわよ! この! このこの!」

「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 四つん這いになった博臣が、怒り心頭の美月(いもうと)から足蹴にされ、秋人は苦笑い、未来はおろおろと成り行きを見守る図を目にした。

 一度、廊下の窓際に死体を置き、文芸部の現況に入り込む。

 

「澤海……これはその――」

「ヒロの待ち伏せ作戦の顛末だろ?」

「はは……まあね」

「二人とも……頼むから助けてくれ」

「自業自得だ、もうしばらく妹からのありがたい蹴りを味わってろ、ドMシスコンが」

「おい……ドMは余計だぞ……」

 

 事情は大体汲み取れている。予想通り、博臣はわざと校舎の結界の強度を弱めて名瀬一族の失墜を企む奴らをおびき出してさっきのような状況に陥り。その作戦の旨を知らされないまま怖い思いをした美月は、半ば八つ当たりも同然に首謀者な実兄をとっちめていたわけだ。

 もうそこには恐怖で怯えていた女の子はいない。俺としてはいつもの美月に戻ってくれて安心している。

 

「説明責任は果たすから、まずはその足を止めてくれ美月!」

 

 必死かつ情けない懇願で、ようやく美月は蹴りの乱舞をやめ、腕を組んでいつもの高圧的態度で説明しなさいと促した。

 

「たっくんは既に理解しているようだが、名瀬に喧嘩を売ってきた連中がいてね、てっきり頭の悪い奴らだと思っていたのだが………中々どうして強かだ」

「どうして私に黙ってその連中をあぶり出そうとしたのかしら?」

 

 一応美月なりに口調を穏やかに取り繕っている一方、目は怒りの火を隠しきれていない。

 罠を張った博臣も予想外な事態に整理がまだ付いていない様で、微笑みとも苦笑いともはっきりし難い笑みを浮かべていた。

 

「一つは美月に手伝わせることでも無いと幹部が判断したこと、もう一つは美月が無駄に奔走して陽動作戦に支障を来す恐れがあったからだ」

 

 散々な言われようだ。要するに、美月が状況を引っ掻き廻して足を引っ張るからなんて下衆な理由で、名瀬の幹部どもが作戦の全容を明かさなかったということだ。

 もっと端的に言えば〝足手まとい〟のレッテルを貼られたにも等しく………怒りが一気に通り越した美月は、悔しそうに身震いと歯噛みし、俯いて表情が読めぬ中、呟かれた。

 

「それは私が……未熟ってこと」

「そうだ」

 

 絞り取る様に発せられた妹の言葉に対し、兄は冷やかに言い切った。

 

「ヒロ、せめて危ない橋を渡らせたくないとか、他に言い様があるだろ?」

 

 普段は甘甘しく妹を溺愛する博臣は、こと異界士絡みに限って言えば、冷淡にまで厳しく容赦無い態度をとることがある。彼女が事務方の仕事ばかり任せられるのも、異界士稼業には手厳し過ぎる兄が原因の一つであった。そういう意味では、やっぱり博臣は過保護な兄貴ではある。

 

「これから言うつもりだったさ、できれば美月には……普通の女子高生でいてほしいからね」

 

 その非情な厳しさも、妹への惜しみない愛情からくるものであった。こいつは本心から妹の幸を願っている。それを理解できるだけに、これ以上博臣に追及はできそうになかった。俺がねちねちとあーだこーだと代弁しても、却って美月の異界士としてのプライドを叩き切ることになり、彼女を惨めにさせるだけだ。

 

「あの……お取り込み中失礼しますが」

 

 名瀬兄妹の異界士事情で停滞していた状況を、赤縁眼鏡の少女(いかいし)が進ませた。

 

「名瀬家の失墜を虎視眈々と狙っていたにしては、今回の襲撃は場当たり的と言うか……功を焦っている気がするのですが」

 

 未来が切り出した疑問には俺も同感だ。

 歴史の長く、組織としての規模も大きい名瀬家に喧嘩売って勝つ気なら、それなりに周到な前準備を心掛けている筈なのに………冷静に考えれば罠だと見抜ける罠にあっさり乗り、妖夢を操って殴りこんできた。

 妖夢使いの技術を持つ異界士一族は、片手で数えられる程しかない。妖夢に殴りこみの代行をさせるということは、単に手の内だけでなく、相手の名瀬家から、売り手側の素性がバレやすくなるリスクもはらんでいるのだ。

 個人的印象はさておき、術者としての力量には優れ、証拠隠滅にも抜かりはなかったというのに、襲撃そのものは杜撰過ぎる………この落差は何だ?

 

「それは人狼から聞きだすつもりだったんだが……どうなったたっくん?」

「一応、生きたまま戦闘不能にはできたんだがよ………術者が妖夢を自害させやがった」

「……………なるほど、確かにそれは予想外だ」

 

 ほんの数瞬、黙していた間は博臣が感じていた驚愕を物語り、理解の及んだ彼は額に手をやって悔しがった。

 

「あのさ……それってそんなに凄いことなのか?」

 

 あくまでここにいる異界士と知り合いな半妖夢で、異界士の業界の枠外にいる秋人が、俺達の反応を見て尋ねてくる。

 

「アッキー、異界士の異能の中には妖夢の意識を乗っ取り操作できる術もある、ただし術者の妖夢使いは、完全に妖夢を支配できるわけじゃない」

「基本生物ってのは、最後の瞬間まで何が何でも生き抜こうとする本能を持ってる、死んじまったら子孫は残せないからな、そいつは妖夢も同じさ」

「そうか……いくら妖夢を操れても、妖夢の本能とやらに反したことをさせるのは普通不可能で、例の襲撃者はそれを実行したのか……」

「ああ……だから参ってんだよ、手かがりではあるから、持ってはきたけど」

 

 俺は一時廊下のほぼ真ん中の隅に仰向けで置いていた人狼の死体の下へ行く、そいつの額には、ナイフくらいの刃で刺された痕があった。

 俺が念の為にと付けた傷だ。自害を強制執行できる妖夢使いとなれば、リモートコントロールする指示を受信する脳さえ無傷なら死体での操作など容易にできよう。術者がまたこいつで不意打ちしてくるる恐れもあったので、死して仏になった妖夢に死体蹴り紛いの措置を取らざるを得なかった。死んでいるのに生前の姿をほぼ保っているのは、一定以上の損傷を肉体に与えないと妖夢石化しない為である。

 そいつを博臣に見せるべく持っていこうとして―――感覚(ほんのう)が殺気を読みとり、耳が校舎内を疾走するニノさんの足音を感知した。

 

 

 

 

 

「新手が来るぞ!」

 

 張りつめた調子で警告を発した澤海の声に、僕は意識せずとも体が緊張感に支配された。

 栗山さんも血の剣を生成する。横幅が広いと言えない環境下に合わせたのか、今回は小太刀くらいの長さな短剣を逆手に持っていた。

 

「みんな逃げて!」

 

 直後、見廻りをしていたニノさんはこの階に登ってくる。虚空を掴みあげて重力ブレスを繰り出したが、彼女の反応から見て空ぶりとなったようだ。

 

「くそっ!」

 

 僕らの目には見えない〝新手〟が澤海を突き飛ばし、壁に激突させる。不可視の妖夢は、次に僕らに攻撃を仕掛けるのは明らか。

 

「させるかよ!」

 

 そうはさせまいと、澤海は左手を突き出すと、掌から青白い光の筋を飛ばした。鞭状な光は不可視な対象を見事に捕縛し、その進行を止めた。

 

「今だ!」

「はい!」

 

 促された栗山さんは剣を順手に持ち替え、切っ先を敵に向けて踏み込み、澤海も相手を封じたまま右の握り拳からエネルギー制の爪を伸ばす。

 挟み込む形で、二人は自分の得物を突き入れた。傍目からは何もない宙から緑がかった血が流れ出す。

 

「下がりなさい!」

 

 澤海たちが得物を引き抜いて後退したと同時に、ニノさんの止めの重力プレスが炸裂。大量の血と一緒に妖夢石が床に転げ落ちた。

 

「気を緩めるな、まだいやがる」

 

 ほっと一息付けようとして、臨戦態勢を維持したままな澤海、栗山さん、ニノさんらを見て、新手はさっきの不可視な妖夢だけではないと悟る。

 三人が注視する廊下の奥に目をやると、黒い外套(マント)を羽織った〝人型〟がそこにいた。フードを深く被っているせいで顔は見えず、それどころか人なのか人型の妖夢なのかすら判別できない………それが得体の知れない不気味さを醸し出している。さらにそいつに従う形で、巨大な単眼に口と、コウモリに似た翼を有した飛行型妖夢が三体、廊下内を滞空していた。

 

「博臣君……檻(けっかい)の精度落ちてるんじゃない」

「檻の策敵網を掻い潜るなんて……冗談だろ?」

 

 ニノさんからのジョークな悪態を返す余裕がないほど、博臣は珍しく狼狽していた。

 

「妖夢を自害させる術者なら、博臣先輩に感づかれずこちらへ転移するくらい造作ないと思います」

 

 反対に栗山さんは、小太刀程の刀身な血の剣をもう一振り生成して、両手に構えたまま冷静にからくりを推理した。さすが伊達に異界士としての場数は踏んではいない。

 美月を連れて僕は後方に下がる。博臣は校舎の体積分に張った結界の維持で手一杯だし、ここは前線での近接戦闘に秀でた三人に任せた方がいい。檻の使い手な美月たちは防御に徹すれば問題無いし、僕など人質にも使えない不死身の半妖夢だ。

 

「巻き込んですまないアッキー、もしもの時はたっくんたちの援護を頼む」

「柄にもなく弱気じゃないか」

「罠(あみ)を張ってこのザマだ、正直なところ困惑してる」

 

 それは美月も同様で、最初の人狼による奇襲時ほどじゃないが震えていた。

 向こうとこちらとの緊張感が急激に増した矢先。

 

「―――」

 

 黒外套の人型が、人語ではない言葉を呟くと、そいつの背丈より少し高い地点に魔方陣が出現、そこから身の丈以上に長く、周囲の光景が映るくらいの光沢な刀身と、護符らしき紙が何枚も巻かれた柄が特徴的な大剣が降りてきて、そいつはそれを手に取る。

 素人目に見ても黒外套の行動は不可解だった。刀身が長い剣ほど小廻りが利かず、ましてやここは狭い廊下、どう見てもこの場で使うには不得手な武器だ。

 澤海やニノさんも敵の意図が読めない様で、中々踏み込めない。

 飛行型妖夢も何やら詠唱を唱えて床に魔方陣を複数出現させ、人狼型妖夢を七体転移させてきた。

 しばし、睨みあう澤海たちと黒外套たち。

 澤海が、戦闘中の癖でよく行う〝スナップ〟ををした。

 それが戦端を開く合図(ゴング)となる。

 最初に栗山さんが駆け出し、敵陣へと突っ込み、先頭の人狼を横合いの一閃で切り捨てた。

 

「後の人狼はお願いします!」

「ああ!」

 

 彼女続く形で澤海はスライディング、二体をすり抜けると右手の指先からエネルギー弾を発し、弾丸は一体の脳天を貫き、間を置かずもう一体を蹴り上げる。キックを当てると同時に足から発せられた衝撃波が人狼の胴体に風穴を開けた。さらに彼は両手からさっきの光の帯を飛ばし、一旦スルーした二体の足を縛って転倒させ、そのまま天井に叩きつけた。

 相手側のリーダー格らしき黒外套はその大剣で踏み込もうとするが――

 

「あんたの相手は私」

 

 ニノさんがそれを阻み、ヒールを履いていると思えないアクロバティックなキックの連打を繰り出した、黒外套は大剣の側面で防御し切るが、後方へ下がっていく。そこへ重力波を乗せた彼女の正拳突きで突き飛ばされる。

 一方、起きあがった澤海は一番後方にいた人狼の爪による一閃が首を捉える前に、左手で相手の右腕を掴みあげ、そのまま強靭な握力で骨をへし折り、右手の三爪の刃で脳天を突き刺した。

 そのまま振り向き様に背後から跳びかかって襲おうとした残りの二体に対し、上段後ろ回し蹴りから発された三日月状のエネルギー波で、二体ともども胴体を真っ二つにした。ゴジラの全身から熱線のエネルギーを発する〝体内放射〟の応用技とも言える一撃だった。

 

「ニノさん! 床を割れ!」

 

 人狼を全て倒した澤海から指示を受けたニノさんは、しゃがんで床に拳を打ち付ける。重力操作で破壊力が増した拳打は校舎内の大地に亀裂を走らせ、黒外套の足場を崩し、そこへ澤海の指から放った弾丸が戦闘中な栗山さんと飛行型妖夢の合間をすり抜けて黒外套へ肉薄。すんでのところで相手はガラスを打ち破って回避して中庭に降り、それを追う形で澤海とニノさんも飛び降りた。

 廊下内では飛行型妖夢と栗山さんとの戦いが続く。

 跳躍した栗山さんは一体の真上を取り、落下の勢いとともに胸部を突き刺す。地に足が付くと、片方の剣を投擲してもう一体の片翼に刺して体勢を崩し、それをジェル状にして引き寄せると背後の一体に背を向けたまま突き入れ、深々と体内に血を流しこんだ、輸血された一体は口から泡を吹いて倒れ込む。

 彼女は残った剣で中空を振ると刀身から血の球がいくつも放たれ、前方の妖夢の身体に付着。血がこびり付いた部位から煙が上がって相手は痛々しく悲鳴を上げた。

 

「ハァァァァァァ――――!!!」

 

 再び飛び上がった異界士の少女は、血を増量させてリーチを長くさせた剣で上段から振り下ろし、両断した。

 彼女をよく見ると、顔色が明らかに悪い。それだけ自らの血を武器にした戦法は体力の消耗が激しいのだ。

 見ていられなくなり栗山さんの下へ駆け寄ろうとした際、胸部を刺された妖夢にまだ息があると気が付く。

 

「栗山さん!」

 

 疲労困憊な彼女では迎撃に間に合わない。僕は無我夢中で起き上がった妖夢の背中を歯がい締めていた。

 程なく抵抗されたことで腕は振り払われ、妖夢の羽の爪に胸が切り裂かれた僕は床に叩きつけられた、破れた制服に血が沁み込んでいく。

 邪魔をされたことへの怒りか、飛行型妖夢が狙いを僕に変え、襲いかかろうとした。

 

「秋人逃げて!」

 

 不死身でも〝痛覚〟があると知っている美月が自分に押し寄せる脅威から守ろうと、僕の周りに檻を張らせた。

 ライフル弾並の長さがある牙がこの身噛みつこうとする寸前―――妖夢の体は肉が斬れる生々しい音と共に下段から上へ縦に裂かれた。

 なけなしの体力を総動員させた栗山さんが、ギリギリのところで妖夢を切り上げて、どうにか僕を助けたのだ。

 助けるつもりが……逆に助けられてしまったと、自嘲する。

 切断面から溢れた大量の返り血が、顔が青ざめる栗山さんの体にこびり付いた。もう立つ気力すら残っておらず、尻餅を付いた彼女はそのまま横向きに倒れ込んでしまう。

 無我夢中で僕は彼女に駆け寄り、抱き上げる。

 

「栗山さん! 栗山さんッ!!」

「未来ちゃんは大丈夫だアッキ―、貧血で倒れただけ、直ぐに目を覚ます」

 

 博臣はそう言ってくれたものの、さっきまで血を武器に戦っていた時と反して、僕の腕の中で眠る血まみれの栗山さんから思い浮かんだ言葉は―――〝儚さ〟と〝危うさ〟の二つだった。

 

 

 

 

 

 黒マントと中庭に追い出した俺とニノさんは、二人がかりで奴を攻めていた。

 だが奴の戦闘能力は予想を超えていた。マントの隙間から見える華奢な体躯からは想像もできない腕力と、遠心力を応用した剣捌きで、刀身の大きさゆえ大振りで攻撃パターンが単調になりがちな大剣を巧みに円形状に振るい、こちらの接近を許さない。

 遠方から取って弾丸を撃っても、機敏に反応して剣を盾に防いでしまう。

 身のこなしの素早い相手だと、ゴジラの姿では相性が悪いので変身できなかった。

 一旦相対距離を開いた俺達に向け、黒マントは振り上げた剣を勢いよく振り下ろし、衝撃波を飛ばした。

 横合いに避ける俺達………が、見た目以上に攻撃範囲は広く、俺もニノさんも上腕を負傷。

 G細胞の働きで俺に刻まれた傷は治癒されていくが、そんな再生能力を持たないニノさんの右腕は……骨でも抜かれたが如く、力なくぶら下がっている。

 

「私って……乱視だったかしら」

 

 皮肉を吐けるくらい、まだ彼女の戦意に衰えはないが、負った怪我はかなり深手だ。

 先にニノさんを倒す魂胆か、正眼に構えた切っ先を彼女に向ける。

 

「やらせるか!」

 

 俺と黒マントが同時に跳躍。踏み出すと同時に足裏からエネルギーをジェットよろしく噴射して推進力を上乗せした俺は、どうにか敵とニノさんの間に割って入り―――すかさず全身を発光させて肉体をゴジラに変質。

 袈裟がけから振るわれた一閃を両腕で白刃ど取りしつつ、強固な皮膚で攻撃を受けた。

 見かけに違わず相当な衝撃が体に響くものの、どうにか膝を付かず耐えきった俺は背びれを光らせて余剰エネルギーを放出。

 反撃が来るのを察し、俺の腹部を蹴り上げて後退する黒マントへ、俺は動じずに熱線――アトミックシュートを撃ち放った。現在の俺の熱線は様々なバリエーションを持つが、これは前世から使い続けて、ある意味で慣れ親しんでいる撃ち方だ。

 手に持つ大剣で熱線を受け止めた敵は、衝撃で斜線状に飛ばされ、教室棟と一般棟を繋ぐ四階の高架通路の外壁に激突、崩れ落ちた破片と手元から離れた大剣と一緒に中庭の地に叩きつけられて転がった。

 その際、フードが脱げ、奴の顔が露わになった。驚きの唸り声を俺は上げる。

 正体は人間の女…………体格から予測はしていたから、その事実に驚きなどない。

 驚愕した理由は、あれほどの苛烈な身のこなしと戦闘能力を見せながら―――目は全く生気を有していなかった。肌も血が通っておらず百合の花並に白い。

 ゴジラ化したことで増した闘争心が油になり、この〝屍〟を差し向けてきた奴への怒りが増した。

 どこまでも薄汚ねえ野郎だぁ………直接出向かず、こそこそ妖夢で攻め立てるだけでは飽き足らず………よりにもよって―――

 

「あれは!?」

 

 次なる驚愕を、俺達は見せつけられる。

 倒れていた女性の背後に、直径一メートル近い穴が中空に現れたのだ。

 そして起き上がった屍はその穴へと突入しようとする。

 

「ちっ!」

 

 あの屍は大事な手掛かりの一つだった。肉体の原型は残しておきたかったが、この際贅沢は言えない……顔さえ無事なら、どうにか身元は割れる。

 下半身を焼き切ろうと、アトミックシュートを放った。

 高架通路の破片に着弾した熱線で、爆発が上がる。

 

「ちっ……」

 

 人間形態に戻った俺は舌を鳴らした。手ごたえは余りなかった……ギリギリのところで屍は逃げのびたのだ。

 まだまだ未熟だなと、己を戒める………怒りの熱で判断に遅れがでちまった。

 何はともあれ、あの大剣に自害した人狼の亡骸と、手掛かりは一応残されているだけでもよしとするか。

 

「ニノさん、怪我は大丈夫か?」

「な、何とかね」

 

 上腕の傷口に、ニノさんは何やら白い布というか札を密着させている。それは傷に治癒効果を齎してくれる異界士用の医療品とも言える〝護符〟であった。

 

「俺のもやるよ」

 

 俺も同じ効果のある護符を何枚か懐に持っていたので、一枚をニノさんに渡す。

 

「天下のゴジラ様にそんなもの必要かしら?」

「今のニノさんみてえに、同業者が怪我負った時の備えだっての」

「あらなるほど、気が利くわね」

 

 同業者兼顧問と他愛ないやり取りをした後、地面に刺さった大剣を抜きとり、秋人らの様子を確認しに三階へ跳び移った。

 まず妖夢の返り血を浴びて気を失っている未来と抱きかかえる秋人を目にするが、メガネの異界士が倒れた原因が血の消耗による貧血によるものと察した。

 秋人ら他の三人を見るに、特に怪我は負ってないと分かり、ほっと息を吐いた。美月は結界の中とは言え廊下の惨状に直視ができず……ついそちらに向きそうになる度に目を逸らし、妹に業務連絡をしている博臣も、顔に悔しさを滲ませていた。

 

「先……輩」

「大丈夫か?」

 

 血の量が多少増えた影響で目覚めた彼女は、弱弱しくも秋人を呼ぶ。

 

「どうして……私なんかを」

「気がつけば体が勝手に動いてたんだよ………特に僕は、どんなに強くてもメガネを掛けてる子は放っておけない性質(たち)でね」

 

 こんな時でも自身のメガネとそれを掛ける女性への愛を語る秋人に、やれやれと呆れつつもつい微笑が浮かんだ。

 

「優しいん……ですね」

 

 けど、憂いに満ちた未来の笑顔は、とても痛ましく物悲しかった。

 俺はその表情(かお)を知っている………ありふれた尊き日常を送りたいと願い、焦がれる一方で、どうしようもなくそれが叶わない現実に嘆いている者の悲しい顔だ。

 そしてその顔を浮かべる未来は―――どうしようもなく初めて〝人間〟の姿で対面した時の秋人と、瓜二つだった。

 それは俺に一つの事実を突きつける。

 この二人もまた………〝ゴジラ〟―――呪われた力を宿し、楽園(あんそく)から追放された者なのだと。

 

つづく


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