境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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とんだハイテンションシリアスブレイカーな秋人のお袋さんですが、ほんと原作でもこれぐらいに濃いです。アニメなんて動きがある分フリーダムっ振りに磨きがかかってますwww


第八話 – 迫る影と停滞の時

「やっぴー♪ あっくん元気にしてた? やっちゃんだ―――」

 

 卓袱台の上の白紙なはがきの裏面から投影された立体映像を目にした僕は、ささっと速攻で自分の名と住所しか書かれてない表面にひっくり返した。

 今世界は静寂に支配されている。一秒の長さがどんどん引き延ばされていく気がした。

 今ならたとえ―――

 ゴジラの熱線で街が焼き払われても。

 ラドンの突風(ソニックブーム)で吹き飛ばされても。

 成虫モスラの鱗粉地獄に遭っても。

 キングギドラの引力光線で重力がずたずたに破壊されても。

 昭和メカゴジラの全兵装フルバーストが迸っても。

 スペースゴジラが世界中にたくさんの結晶体を出現させても。

 あげく妖星ゴラスが地球と衝突する運命が不可避となっても、穏やかな心境で受け止められるかもしれない。

 それぐらい僕の身体からは、嫌な汗が流れまくっていた。

 ここは高校近辺の閑静な住宅街に佇む喫茶店も兼ねた新堂写真館の中の和室。

 真向かいに正座する妙齢の女性が、哀れそうな目でこちらを見ていた。

 赤い花に彩られた緑色の着物と、その上に黄色い羽織りを着込み、結った長髪を右肩に乗せた京都美人風のおっとりとした上品さが漂い、キセルを吸う姿も偉く品の良さを感じさせる女性の名は――新堂彩華、澤海の下宿先でもあるこの写真館の店主で、異界士でもある。

 

「今のが神原君の………お母さん?」

 

 外見に違わない流暢かつ心地良い京言葉で、彩華さんがはがきの立体映像の主のことを聞いてきた。

 

「そうだよ! 昔からちょっとどころじゃないレベルで変わってるんだ! あの人は―――」

 

 やけくそも同然に肯定するしかなかった。

 まずはこうなった経緯を説明せねばなるまい。

 あれは昨夜のこと………栗山さんからの言葉に引っかかりを残したままマンションに帰宅した僕は、約半月ぶりに無駄なくらいセキリティ機能が凝った郵便受けを確認すると、溜まってた郵便物の中から差出人の名がなく、裏面も真っ白なはがきを見つけた。

 この時電流にも似た衝撃がめぐった。

 不定期かつ、大抵忘れた頃に送られてくる両親からの便りだと分かったからだ。禁忌の愛に墜ち、僕を生んだことで今尚も続く放浪(とうぼう)生活を余儀なくされている中、こうしてまだ生きていると報告があるだけでも、正直に言うと喜ばしかった。

 この便りが来る頻度はまばらで、月に三回もあれば、一年は音沙汰なしだったりなこともあった。

 今回は一見何も書かれてないハガキ、でも母――神原弥生が異能の力で何らかのメッセージを吹き込んでいるのは確かだったので、彩華さんに解読も兼ねて相談しにきたのだ。

 それで調べてもらったところ、さっきの立体映像が映された……なのに即座に裏返して閉じたのは、母の姿に問題があった。

 派手なイルミネーションをバックに、ショートカットな髪に猫耳を被り、やたらスカート丈が短くて巨乳な胸の谷間が強調された扇情的な猫のコスプレをしていたのだ。

 危険なのを覚悟で手紙をくれるのは嬉しいけど………ぶっ飛んだ方向で凝り過ぎにも程がある。

 

「小学校の授業参観の時も、パンダのきぐるみ着てくるわ、小学生に混じって先生が出した問題に挙手するわともうやりたい放題で―――」

 

 このワンエピソードだけでも、母がどれだけ前衛的でアバンギャルドでエキセントリックな性格をしているかお分かり頂けただろう。

 脳の成分の大半が〝ノリと勢い〟で構成されていそうなのがうちの母。

 お陰で波乱の人生送っている筈なのに悲哀さも悲愴さも皆無! 元気でいる方はいいけど、それにしたって限度がある、というか限度を地上に置き換えたら母は既に太陽系にすらいない、振り切り過ぎだ!

 あ~~こんな振りきれた母の姿を彩華さん以外の誰かに見られでもしたら………しまった! 何やってんだ!

 僕はそんなことを思考した自分を断じる。嫌なことが頭に過ぎったら、それが本当になっちゃう的なのはよくある話じゃないか!

 

「まさかここまで滑稽でぶっ飛んだ奴だったとはな、アキのお袋さん」

「ある意味では、並ぶもののない素晴らしい財産(こせい)を持っているわね」

 

 聞き慣れた声たちが響く。

 もう……どうして現実に起きてほしくない時に限って現実になってしまうのだ! 不条理だ!

 おそるおそる、僕の座り位置からは右側なふすま戸の方へ見ると、右からマナちゃん、澤海、美月、栗山さんの順で四人が佇んでいた。

 

〝いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!〟

 

 頭から血の気が引いていく感覚が、僕を襲った。

 

 

 

 

 

 俺達からの一言で、ようやくこちらを見据えた秋人は、ムンクって画家の〝叫び〟に出てくる悲鳴を上げてるらしい人間らしきナニかっぽい顔付きになって青ざめていた。

 そこまでこの事態を避けたかったのなら、ああもあからさまな態度で出て行かなきゃ良いってのに。

 

「い……いつからいた」

 

 ある程度精神の乱れが和らいだ秋人の質問に。

 

「どうしても女子高生が掛けてた眼鏡をビニールに入れて吸引するのを止められないんですの辺りから――」

「そんな会話はしてない!」

 

 美月はいつものブラックなジョークで返し、さらに秋人は素早く弁明のツッコミを打ち返した。

 いくらメガネストな変態たる秋人でも、そこまで倒錯的な行為はしないと………信じて、良いよな? 疑念は拭えないがここは信じておこう。

 

「おかえりな澤海君、そんでそちらの眼鏡の子が栗山さんやね」

「はい、栗山未来です、はじめまして」

「新堂彩華や、分こうてると思うけど、妖夢やからって襲わんといてな」

 

 品のある滑らかな京都弁で未来に自己紹介した彩華は、予め正体を明かして念を押しつつウインクをした。

 本人が言った通り、彩華は妖夢でありながら異界士稼業をやりつつ人間の社会の中で暮らし、〝異界士のお役所〟と言える組織からもちゃんと許可証を貰って妖夢石の鑑定業を兼業していた。京都弁が堪能なこともあり、時々京都が舞台の映画やドラマの方言監修の仕事を請け負うこともある。

 妖夢も千差万別、無害な奴から積極的に人間に喧嘩吹っ掛ける奴まで色んな奴がいるけど、彼女みたいな生き方をしてる奴はそうそういない。妖夢憑きでゴジラな俺や相棒のマナ、そして半妖夢の秋人も、彩華と並んで物珍しい身だと言えるが。

 

「母が元気なのは分かったし、この話はここらで――」

 

 ハガキを引っ込めようとした秋人は、裏面に触れた美月の手に阻まれ。

 

「待ちなさい、どう見てもまだ続きがあるじゃない、私も見たいわ」

「せやね」

「僕にも羞恥心はあるんだ!」

 

 俺らからしたら衝撃の一言を口走った。

 

「なん……だと?」

 

 目ん玉を大きく開かせる俺は信じがたい気持ちであった。

 一癖も二癖もある強敵な怪獣たちに驚かされたことは多々あれど、今この瞬間ほど驚愕の荒波を受けたのは初めてかもしれない。

 日頃から自らの性癖を堂々と見せつける秋人に、まだ羞恥の感情が残っていたなんて………人間に何度も信じがたい事態を見せつけてきた自分(ゴジラ)すらも驚天動地な事実だ。

 つか羞恥心があるならちっとは変態的メガネ愛は抑制してほしい。何度こいつの性癖にムカッとし、ゴジラ化して熱線ぶっ放したい衝動に駆られたことか。

 

「こら澤海、なんでそんな信じられないって顔してんだ!?」

「いやてっきり………メガネフェチに目覚めた時点で羞恥心(そんなもの)捨て去ったのかと」

「残ってるわ! 母親がこんなキャラなのを誰にも知られたくない気持ちを持つくらいにはあるよ!」

「あかんえ、確かに猫型妖夢はアホの子が多いけど、実の母をそんな恥ずかしいやらこんなキャラやら言うなんて」

「まてぇ…」

 

 秋人を窘める彩華の雅びさのある発言、実はさらっとボケが入っている。

 

「僕の母は妖夢じゃない、異界士だ、妖夢なのは父の方、前にも話しただろ」

 

 秋人はこう言うが、あんな恥じらいもなくノリノリで猫のコスプレをされると、本当に猫型妖夢なのではと勘繰りたくもなる。

 

「ではあの耳は?」

「付け耳に決まってるだろ」

「妙に本物っぽかったですが?」

「拘り派なんだよ……」

 

 目が良い自分の眼でも、秋人の母の猫耳は作りが精巧で、ぱっと見じゃ街中でみる本物と見まごうクオリティだった。

 わざわざ猫のものと同じ瞳孔があるカラコンを瞳に付けているとこと言い、〝あっくんLOVE〟とでかでかと照らされたイルミネーションと言い、確かに無駄に拘るタイプ、秋人の妥協なき眼鏡愛を踏まえると――

 

「蛙の子は蛙ってことね」

 

 全く以てその通りだな、秋人とこいつの母は美月が口にした諺に真実味を見事持たしている。

 

「あ~~もういい! 話せば話すだけ無駄だ! とっとと終わらせてくれ~~!」

 

 もう母の話題は止めてほしいって意味での懇願だったろうが、彩華はそれを分かった上で。

 

「潔ええのは好きやよ」

 

 わざと解釈を間違えて再びハガキの無地な裏面を露わにする。彩華にはこんな小悪魔な食えない一面があった。

 程なくして裏面から猫コスプレな秋人の母の立体映像(ホログラム)が映しだされた。

 

「今日は大事な話があるから、ちゃんと最後まで聞いてほしいにゃん♪」

 

 秋人の顔の影がどんどん濃くなり、みるみる目が死んだ魚になって生気が失せていく、今にも口から魂が出てきそうだ。

 映像ソフトみたいに早送りなんて都合の良い機能をハガキは持たないので、ひたすら〝本題〟まで再生し続けるしかない。

 出産時の年齢をどう若く見積もったとしても、既に30は過ぎている計算になるので、年齢に反して語尾に『にゃん』とか付けて猫っぽく小躍りする母に良い気がしないのは至極当然ではあった。

 

「かくれんぼでお尻を出した子一等賞くらい前衛的やね」

「むしろ出したもん勝ちなの!?」

「私としては羨ましい限りやけどね、神原君くらいの子がおる歳で猫耳が似合うんやから」

「確かに世の主婦たちから羨望の眼差しを受ける若々しさだわ」

「そろそろ母の話題はやめにしない?」

 

 そこから暫くは〝大事な話〟とは言えない話が長々と続く。

 独特な見た目と物言いとテンションで失念しがちだが、よく吟味すると中身は一人暮らしの我が子に送る親の手紙のそれと何ら変わらないオーソドックスなものだった。

 

「ちゃんと自炊してご飯は食べてるかにゃん♪ 外食ば~~っかりだと栄養が偏って体に―――わ・る・い・ぞーーーー!」

 

 実母の奇行で精神にのしかかる負荷に耐えきれなくなった秋人は、超高速でハガキを表面に裏返した。

 

「後生だぁ………」

 

 しかしこの部屋にはぶっちゃけ、それを許さない意地悪なメンツばかりが揃っている。

 

「秋人――」

 

 その一人の美月がハガキを押さえる秋人の手に手を乗せ。

 

「―――潔く死になさい」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」

 

 公開処刑の続行を宣告した。

 嘆きの絶叫を秋人が上げている隙に、もう一人のいじわるな奴な彩華がほいっと軽い調子でまた裏面に返す。

 

「澤海! 離せ! 離してくれぇぇぇ! いっそもう一思いに殺してくれえぇぇぇぇーーー!」

「悪いがそうはいかない、大事な話までは聞かせろ」

 

 精神的苦痛で若干おかしくなりつつある秋人を、背中から羽交い絞めにして取り押さえる。

 もう息子の方が悶えたくなる母の恥ずかしい姿は、ここにいる者らに知られてしまっている、ここで止めようが進めようが対して変わらない。

 それに秋人母が最初に念を押した〝大事な話〟の内容を聞いておきたい気持ちもあった。

 

「ここからが大事な話にゃん、今この街に超強い妖夢が近づいているのにゃん」

 

 やっとその本題に入った。若干だが秋人母の態度が真剣味を帯びる。

 わざわざ異能でハガキにホログラムを記録する形式で、長月市に忍びよる不穏な影が来る直前に秋人のポストに投函されたところから、送り主のはっちゃけ具合に反して重要な話だと俺は予測していたので、先の意地悪をしたわけである。

 

「〝虚ろな影〟って聞いたことあるかにゃん?」

 

 虚ろな影………名前だけは一応聞いたことがある。連絡寄越したところから、相当やばそうな妖夢らしい。

 

「名前の通り実体を持たない超大型妖夢にゃん、それにもう直ぐこの街には〝凪〟も来るから、くれぐれも近づいたりして手を出しちゃぜぇーたいにダメにゃん」

 

 成程……こんな妖夢絡みの話じゃ、普通に肉筆での手紙で送れるわけがないわな。

 

「やっちゃんとあっくんとの約束にゃ~~ん!」

 

 そうして、やっと地獄の公開処刑もとい秋人母からの異能式ビデオレターが終了した。

 

「頭のネジゆるゆるな巨乳のお母さんって、素敵やね♪」

 

 彩華は意地悪にもシニカルなジョークを発した。こういう皮肉と京都弁は相性ばっちしである。

 

「アヤカ、多分アキには一言も聞こえてねえぞ」

「あら、残念やわ」

 

 で、秋人と言えばカーンって効果音が自然と脳内で鳴るくらい、卓袱台に突っ伏して気を失っていた。無意識にぼそぼそと『もうなにもいうな』と繰り返し呟いている。

 

「先輩、ご愁傷様です」

「ごしゅうしょうさま」

 

 さっきは険悪なムード(と言ってもマナが一方的に吠えるだけ)が嘘だっと錯覚する程、未来とマナは同じタイミングで秋人に合掌した。

 この様子じゃ、肝心の本題は聞いてない可能性もあるな、起きたら改めて俺の口から説明するとしますか。

 

 

 

 

 

 喫茶フロアの一席では、あの母からの拷問な手紙によるダメージから回復した秋人が、俺が調理したオムライスをがつがつ召し上がっていた。

 一日三食全てがオムライスな日々を一年は続けられるくらい、この卵料理は秋人の大好物だった。

 他の席では、美月と未来が同じく俺がふっくらと焼き上げたホットケーキを頬張っている。

 美月は『味が落ちてなくてよかったわ』と捻くれたコメントながらもテンポよくシロップの乗った生地を口に入れ。

 対して未来は素直に『甘いです♪』と、秋人がつい見惚れるくらい美味しいとリアクションを取ってくれた。

 二人の女子のどちらからも、堪能してくれたので何より。時々ここの店番もやるので料理の腕は鍛えられてる方だ。

 

「澤海、おかわり!」

「あいよ」

 

 丁度厨房で二杯目のオムライスを作り終えた俺は、秋人の席のテーブルに置くと、秋人は即食べ始めた。

 

「僕が作るのよりも美味しいなんて、憎いな……」

「その割には良い食いっぷりじゃねえか」

「当然の権利と言わせてもらう、僕にあんな拷問を味あわせたんだからな、博臣は仕方ないとして……絶対に他の誰かに母のこと話すなよ」

 

 どうして秋人にオムライスを振る舞っているのかというと、さっきの地獄に対するせめてものお詫びってやつである。

 

「念を押すまでもねえよ」

 

 秋人の家族のことを不特定多数に公表するメリットなんてないし、級友としての義理も込み絶対漏らさないつもりだ。

 それにこういう秘密は、自分らにだけ有しておいた方が良い。

 

「それより……母が言ってた〝虚ろな影〟って、どんな妖夢なんだ?」

 

 例の話題を切り出された俺は、秋人の向かいの席に座る。

 この写真館は異界士絡みの情報屋の顔を持っているので、妖夢の資料が多く揃い、彩華自身もその手の知識は豊富だ。

 あまり秋人に藪の中を突っ込ませる真似を仕向ける情報など与えたくはないが、実母からの忠告があった以上、教えとかなきゃならない。

 

「アヤカによると、虚ろな影は通称ミストなんて呼ばれてる超大型妖夢、名前の通り、実体を持たねえらしくて、成長の段階によっちゃ無害なんだけど……」

「ある程度成長すれば、台風や竜巻みたいに被害を与えるってことか?」

「そうだ」

 

 外見は黒色の霧みたいな形状で、成長し切った段階になれば大型台風クラスのデカさになる。実体を持たないので成長途中のはほぼ無害に等しいのだが、一定以上の成長を果たすと周囲に被害を齎す災害となる面倒な特性を持っていた。当然実体のない相手ではゴジラでもお手上げだ。どんなに熱線をぶつけても、奴にとっては蚊に刺されるよりも大した刺激にならないだろう。

 

「じゃあもしかして、昨日ニノさんが戦ったあの妖夢も」

「そいつの影響で凶暴化したんだろうな、実際は二万ちょっとの下級だったから、今朝は愚痴を散々吐いてただろ?」

「それはもうぶちぶち言われましたよ、『あれだけ苦労して二万とかあり得ねえ』だのどうのと」

 

 昨夜ニノさんが戦ったあの妖夢は、見た目に反して大人しく基本人は襲わない下級クラス。妖夢を狩るのに基準(+戦闘の手ごたえ)を設けた上で異界士やってる俺からしたらノーマークな種だった。下級は上級の影響を受けやすく、長月市に近づいている〝虚ろな影〟で凶暴化したのは間違いない。

 そんなもんで、今朝は妖夢石の鑑定結果に不満ありまくりなニノさんの愚痴を聞く羽目にもなり、部室で寝直さなきゃならなくなったわけ。

 

「どうすんだよそんなのが来たら、いくらゴジラでも実体のない奴にはお手上げじゃないのか?」

「お手上げさ、だから絶対手は出さず、そいつに凶暴化された下級どもの処理に精を入れて過ぎ去るのを待つのがセオリーなんだと、でも金と名声に目がくらんで喧嘩吹っ掛ける馬鹿も多くてな、特に長月市(ここ)は〝凪〟も来るから、その馬鹿どももわんさか来てやがる」

「その……凪ってのは、何なんだ?」

「妖夢が大人しくなる現象のことさ」

 

 風が止んで海面が穏やかになる現象の方の〝凪〟と同じ名が付けられている通り、それなりに凶暴な妖夢でも、一転して人畜無害になっちまう現象。時期が近くなれば予測は可能な一方で、周期はかなりデタラメ、台風以上に気難しくて気まぐれと来ている。

 けれど凪は妖夢の活動を抑制させるだけじゃない、妖夢そのものの力も弱体化させてしまう。

 

「半妖夢の秋人も例外じゃないんだぞ、そのことでお袋さんが連絡寄越して来たんだから、再生能力がガタ落ちするのは確実だ」

「それじゃ妖夢憑きの澤海も弱体化するんじゃ………と言いたいけど、あやうくお前(ゴジラ)のデタラメさを忘れるとこだった、G細胞は凪とやらの効力を打ち消すくらい造作なさそうだし」

「俺でも完全にはレジストできねえよ」

「そうなのか?」

「一応俺も妖夢だしな」

 

 G細胞、前世での世界と映画では、俺自身の細胞はそう呼ばれている。

 俺のデタラメなタフさと生命力の象徴とも言うべき細胞で、重傷の域な怪我でも瞬く間に治癒する自己再生遺伝子を有し、体内に侵入したウイルスを体温上げるまでもなく殺し、放射能すら無力化してちゃっかりエネルギーも取り込んでしまう…………人間に生まれ変わり、映画や異界士の仕事を通じてその性質と、元は恐竜だったのがここまでデタラメな生命体に進化した事実を知った時は、我ながらゾッとしたものだ。そんで人間(と異星人)らがその細胞を碌でもないことに使ってしっぺ返しをくらう様には、心底呆れたものだ。核兵器の膨大な放射線で変異した生物の細胞なんて、碌でもない代物に決まってるだろ。それぐらい想像できねえのかっての、阿保が。

 そのデタラメさは妖夢関係も然りで、凪は一度体験したことがあるのだが、G細胞は件の現象による弱体化の影響も軽減させてしまった。

 それでも〝妖夢憑き〟ゆえに妖夢の力を持つ身なので、完全には打ち消すには至らない。俺からすりゃ、凪はいわば期間限定の〝抗核バクテリア〟なのだ。

 再生能力も、熱線を打つ際に必要な熱エネルギー変換効率もその時期には落ちたので、異界士の活動はより慎重に行わなければならなかった。既に一回経験済みなので、コツは大体掴めているけども。

 

「俺はともかく、アキも気をつけろよ、凪の間はお前がよくやらかす無茶が通用しなくなっちまうんだからさ」

「重々気をつけます」

 

 問題は秋人の方だ……前にも言った通り、半妖夢なこいつの力は再生能力も込みで不明な点が多い。凪がどれほど秋人を弱めるのか、実際に起こってみないと見当もつかなかった。

 

「それで話は変わるんだけど」

 

 秋人はさっきより声量を下げて話題を変えてきた。

 

「栗山さんがこっちに来た目的って、〝虚ろな影〟を討伐しに来たのかな? そいつだって凪で弱くなるんだろ?」

「そうかもしれねえ……だが今日はミライ君に何も聞くなよ」

「なんで?」

「あいつの頑固さはお前が一番味わってきただろ、それに碌に心の準備もしないで聞いたんじゃ、お前の良心(おひとよし)に傷が付いちまうぞ」

 

 釘を刺された秋人は、それっきり何も言わず黙々とオムライスを食べ続けた。

 それでも顔を見る限り、未来が背負っているものを知りたい気持ちは、絶えずくすぶっているようだった。

 実を言えば、未来と〝虚ろな影〟との間に浅からぬ因縁があるのは、ほぼ明らかだ。

 気が付いたのは俺だけだろう。

 秋人母――神原弥生の口から〝虚ろな影〟が出てきた瞬間、未来の目が見開き、唇を噛みしめて、ほんの僅かに体が震えて、それ以上その震えが強まらない様に自制していたのを、目にしたのだから。

 わけを直接本人から聞いた方が早いが、彼女の頑なな一面を踏まえれば、打ち明けてくれそうにない。

 こっちもこっちで、独自に調べる必要があるな。

〝凪〟と〝虚ろな影〟が迫っている状況以外にも……俺の胸には不吉な高鳴りが響いていた。

 

 

つづく


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