境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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引き続き変人どもな文芸部員たちの協奏曲の続きです。

本当は秋人の母弥生の黒歴史ものなお手紙まで行きたかったけど、新堂写真館の下りで尺取り過ぎちゃったので次回(汗

それと注意事項として、サディストな美月と人類を憎んでた澤海が○○○に関してちょっと辛口なことを口走ってます。
書いといてなんだけど、自分も気をつかんとな(冷や汗


第七話 - 続・文芸部の騒がしい日常

 扉を開けて、選考作業中にノックを鳴らした訪問者が栗山未来だと把握した秋人は、直ぐ様自ら手を彼女の背中に回し、彼なりに丁重さを維持しつつ少し強引に挙動不審気味な彼女を部室に招き入れた。

 

「美月と博臣も名前は聞いてるだろ? この子が〝新入部員〟の栗山未来さんだ」

「へ、へえ!?」

 

 秋人のさりげなく吐かれた爆弾発言に、部室(ここ)に来る前からおどおどしていた未来は仰天、彼女の心境にでも応じたのか、眼鏡の片側がころっとズレ落ちた。

 名瀬兄妹もそれぞれ驚いた表情を浮かべる。特に美月など驚きに混じって睥睨とした視線を秋人にぶつけていた。

 この反応を彼女が見せるのも当然で、部長である自身に何の相談もなく、それも先日の騒動の当事者で、ここ数日の外来異界士の不穏な動きにも関連しているかもしれぬ疑惑も持つ彼女を〝新入部員〟として招いたのだから。

 

「猫の手も借りたい状況なんだ、一人でも多く部員がいた方がいいだろ? 栗山さん異界士の仕事も結構こなしてて動体視力も鍛えられてそうだから、即戦力になると思うんだ」

 

 副部長は部長の睨みに動じることなく、自らの独断を押し通そうとする。

 

「あの……私は入部するつもりで来たわじゃ」

 

 まあそうだと思った。未来は悩みに悩んで、一応見学の一つぐらいはし、その上で謹んで入部を断ろうとここに来たわけだ。

 別に俺は入部しようが断ろうが構わない。これは彼女に関心がないわけではなく、無理してまで俺達に付き合わなくても良いと思っているからだ。

 多分、長月市(ここ)に来る前、現在(いま)からさほど遠くない昔に〝自分には人と関係を持つ資格はない〟と植え付けられた出来事があったと見えるし、踏み込むか引き下がるかは彼女の一存に委ね、どっちを選んでもこっちはそれを尊重する……なので未来が俺に視線で助け舟を求めてきても、俺は応じなかった。それぐらいは自分で決めてほしいと目線で返す。

 俺からの助力も叶わず、目の焦点をあちらこちらキョロキョロしていた未来は、いきなり本棚のある一点を見定めた。

 

「何か気になる本でも?」

「はい……手にとっても良いですか?」

「どうぞ」

 

 秋人の了承を得て、すたすたと本棚に寄った彼女はやや厚めな一冊の本を手に取り、開く。表紙には〝園芸大全〟を書かれていた。彼女の〝趣味〟含めたガーデンニング全般の情報が記載された本ってとこだ。

 

「ここにある本は先輩や顧問から寄贈されたもの、だから貸し出すことはできない」

 

 その証拠に、本の背表紙には〝寄贈書〟と表示されたシールが貼られている。よってこれらの本を隅から隅まで読みつくしたければ、文芸部に入るしかない。

 一度入部してしまえば、季刊誌を発行する義務と、寄贈書を丁寧に取り扱う義務さえ果たせば三年間読み放題だ。

 

「ただし、文芸部の部員になれば―――」

「入部します!」

「はやっ!? 何その〝女心は秋の空〟的展開!」

 

 それを未来に伝えようとする途中で、彼女からの強い入部希望を受けた秋人は今日も一切衰えていないキレのあるツッコミで〝心変わりしやすい女子〟の様を謳った比喩表現を口にした。

 

「というか栗山さん……園芸に興味があったの?」

「まあまあ……です」

 

 まあまあと返したが、実際園芸に属する彼女の趣味歴は長い方だろう。さてと、実質彼女が部員になるのは決定したし、お茶の一杯だけでも用意しとこう、部の〝表向き〟のヒエラルキーでは一応、二年で平部員の俺が下なわけだし。

 あの手の趣味の持ち主なら和風………でも外見から苦味系は苦手そうなので、ここは抹茶ラテだな、と粉と湯のみを出して準備をする。

 

「とりあえず、まずは自己紹介を」

「はい、えーと………はじめまして………栗山未来です」

 

 まだ緊張が降りてない様子で未来は一礼した。

 

「で、そこの長い黒髪の女子が部長の名瀬美月、彼女の兄で春なのにマフラー巻いてる三年生が名瀬博臣、そして改めてだけど、あそこで抹茶ラテを入れてるのが黒宮澤海だ、とりあえず空いてる席に座って」

 

 彼女は黙して頷き、美月の横の空席に座る。

 

「ほらよ」

「あ、ありがとうございます」

「猫舌か?」

「いえ、熱いのは平気です」

 

 ポットのお湯で溶かした抹茶ラテの入った湯のみを未来の前に置く。

 

「へぇ~~実在したのね」

「どういう意味だ?」

 

 今まで黙っていた一人の美月がようやく口を開く。

 

「てっきりこの子は、現実逃避することでしか自分を肯定できない秋人の可哀そうな脳内が生み出した、眼鏡が可愛く似合う語尾がにゃわ的架空の美少女かとばかり」

「よくもそこまでスラスラと悪口が出てくるな……」

「いや、語尾は〝メガネ〟だったかしら?」

「〝そうでメガネ~〟とか随分斬新なキャラ設定だな! おい」

「じゃあ、俺も彼女に会ってる件はどう説明する?」

「ゴジラも騙しちゃう程な秋人の幻覚投影術かと思ってたわ」

「そんな能力僕にはない!」

 

 ジト目で美月を睨み返しツッコむ秋人、人が良い顔付きなので、全然迫力も嫌味も足りないのはご愛嬌。

 

「確かに君は、赤縁の眼鏡がよく似合っているな」

「ひゃあ!」

 

 俺達が漫才し合っている間、いつの間にか博臣は未来を間近で見上げ、それに気がついた彼女が可愛い悲鳴を上げた。

 下賤な雰囲気がそんなに見られないのは博臣なりの配慮だと一応信じよう。

 

「おお! 博臣もやればできるじゃないか! 君も今日からメガネストだ!」

 

 乗っかる形で、秋人は眼鏡が似合うと言った博臣の両手を握りしめて褒め称える。

 

「それに、アッキーの言う通り〝妹要素〟も詰め込まれている」

「だろぉ!?」

 

 冷静に彼女を観察する博臣の発言に全力でメガネストは全力で同調した。

 それを見た俺と美月は〝あ~あ~また始まったよ〟な顔をした。

〝眼鏡好き〟と〝妹好き〟って違いはあれど、秋人と博臣はあるフェティシズムに対して異常なまでの愛情を持っている点は共通している。だからさっきみたいに価値観の相違で醜い罵り合いをすることもあれば、たまに性癖のベクトルがシンクロして気が合うこともある。そうなった時のこいつらの心が通い合った気味悪さは………それはまた一級品だ。

 

「ゆるふわ系の髪質………あどけない顔立ち………幼さを残した胸元」

「うんうん」

 

 おい、それセクハラだぞ、この変態ども。

 

「はぁ!」

 

 胸のことを言われた未来は咄嗟に腕で胸部を覆い隠す。

 こっちは胸が育まれてない〝自らの身体〟に対しコンプレックスを持っているに違いないと彼女を案じて、絶対に口から出さなかったと言うのに。

 

「汚れを知らない太腿………小柄で華奢な体躯………」

「まさに理想の妹の体現者と呼べるな」

「そうだろ♪」

「い……いもうと? た……たいげん?」

 

 すっかり調子乗って舞い上がっている変態たちに未来はたじろぎっ放しだ。明らかに妖夢を相手にしている時より苦戦を強いられている。

 可愛いのは認めるが、こういうのは他に人がいない時まで内に秘め、明かす際には表現するにも気を遣うものだろうに、特にフェティシズムを持たない俺は溜め息を吐くしかない。

 

「何より眼鏡が似合う、それも昨日今日掛けた眼鏡じゃ~~ない、そこが眼鏡置き場ですとでも言いたげな、パーフェクトな鼻―――」

 

 その後の数十分は、秋人による熱烈な講義が続けられた。

 

「(こうなった時のアキの話は長いからさ、適当に相槌打って流しといてくれ)」

「(分かりました、そうします)」

 

 お題はいわれるまでもなく〝眼鏡とそれを付ける女性の魅力〟。

 眼鏡は少女の可愛らしさを演出させるだのとか、働く女性の知的さも表現させられるとか云々、同じ嗜好持ちなら熱中して耳を傾けることはできようが………秋人以外にメガネストと呼べる人種は部室(ここ)にはいないので、上手く聞き流すのが苦痛を感じないコツだと小声で未来に教えておく。

 今すぐにでも講義止めたいところを好きにさせているのは、早目に部の空気を彼女に触れさせ、慣れさせておきたいからだ。

 

「小中学生では、眼鏡ッ子のことを『眼鏡』などと呼ぶが、そんなニックネームはナンセンスだ」

 

 そろそろ潮時だな、こいつの眼鏡愛のデカさはもう彼女にも充分理解できただろうしと、俺は美月にアイコンタクト、受けた彼女も頷いて了承する。

 

「しいてあだ名を付けるとしたら〝メガネ置き場〟と呼ぶのが―――」

「「お黙りなさい」」

 

 俺と美月は意識的に冷血さを込めて一蹴した。というか創作での〝メガネ〟ってあだ名からして良い意味でないのが多いのに、『メガネ置き場』とかになったら余計に〝いじめ〟の匂いがぷんぷんすんだけど。

 

「その情熱を選考作業に使えないのかしら?」

「無理な話だ、眼鏡と選考に関連性はないからな」

 

 その〝趣味〟だからこその情熱ってのは一応分からなくもないけどな、少なくともそれを〝真っ当な意見です〟とでも言いたげに宣言することでもないだろ、この阿呆が。

 俺達の白けた視線に効果が出たらしく、さすがに秋人も眼鏡講座を取りやめた。さも〝紳士的です〟的な姿勢は腹立つけど。

 

「栗山さん、くれぐれもこの二人(へんたい)に耳を傾けないようになさい」

「あの……黒宮先輩は?」

「澤海なら心配ないわ、凶暴さはとてつもな~いゴジラだけど、この部室の中では一番紳士な男子だから」

 

 美月は未来の頭上に両手を乗せながら、彼女にそう忠告した。

 そうなんだよな………ウルトラマン№6のタロウ兄さんに『常識を超えた生物』と称された自分が比較的常識人寄りになっちゃうくらい、尖った奴らばかりな文芸部。GMKの三雲中将なら絶対こう言うだろう――〝この部は変人だらけか!〟と。

 それはそうと、未来と絡んでいる美月は、どことなく嬉しそうだった。

 いや……気のせいでもなく本当に喜んでいるなこれは、何だかんだ彼女を気に入ったようだ、

 お姉さん風なルックスをしている美月だけど、実際は名瀬家の末っ子ちゃんな部長、妹っぽい〝人間〟な後輩君ができたのは、ある意味で念願叶ったと言える。

 美月がいるなら、未来が変態どもの毒牙にかかる心配はないか。

 もし彼女がいない時にあいつらが未来に手を出そうものなら、俺が〝ハイパーウラニウム熱線〟百発分はかましてやる気だけど、これでも加減はしている方だ。

 ある意味ギャレゴジに近いと言えば近い立場にあるのが、現在の文芸部員な俺(ゴジラ)である。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで寄り道に逸れてばかりな部活動だったが、未来に季刊誌『芝姫』の発行といった主な活動内容を簡単に説明しつつ、作業を再開。

 本当のところ、即彼女の手も借りたいが、正式な部入りの手続きがまだなので、寄蔵書の読書も許しつつ部の見学をさせた。

 

「ごめんみんな、今日は先に失礼するよ」

「急用かアキ?」

「あぁ………そんな、とこかな……じゃあ」

 

 午後四時を過ぎた頃、秋人はいかにも何か曰くありげな様子で帰宅準備し、そそくさと部室を出ていった。

 

「アッキーのあの急ぎ様、間違いなく何かあるとみた」

「あるわね」

「あるな、こいつは興味深い」

 

 秋人が早急に帰宅した謎、良い意味でゾクゾクする。

 俺と名瀬兄妹は、湧いてくる好奇心を笑顔の形で惜しげも無く表現した。

 唯一未来だけは、何のことやら分からず、きょとんとした表情で首を傾げた。

 

 

 

 

 

 一応、傑作選に出す過去作品の選抜は今日で半分にまで行ったので、ここらで部活動はお開きにし、秋人の後を追うことにした。

 どの道この〝謎〟への関心で選考への集中力は削がれる。早い内に不安要素は排除しておかなきゃならない。

 学校の通学路でもある道路の端を、俺と美月と未来が歩く。それで博臣はと言うと、メールで異界士の仕事の催促が来たらしく、校舎から出た時点で別れた。

 普段の軽薄さが消え、異界士としての顔な〝真剣〟な眼差しになった時のあいつは、プロフェッショナルと呼ぶに相応しい。その切り替えの早さと裏の仕事に打ち込む姿勢は、俺も同業者として敬服している。

〝妹〟への偏愛がかなりマイナスになっているが、それを除けば異界士としての博臣は、男としてかなり〝男前〟だ。

 

「これからどこへ?」

「俺の下宿先だ、アキは今そこにいる」

「根拠は?」

「家の方角からあいつの匂いが漂ってる、それにさっき、アキの鞄の中から微かに異界士の霊力を宿した物体を感じたからな」

「多分、その霊力を秘めたモノを彩華さんに調べてもらうつもりね」

「その人も異界士なんですか?」

「一応な、着いたぜ、ここだ」

 

 踏切を超えて直ぐ左の角を曲がって進んだ俺達は、住宅街の中ぽつんと立つ一軒の店の前で歩を止めた。

 レンガ造り風で自己主張の控えめな洋風レトロの外観、部首の冠に見える形な屋根。扉の左隣りには『coffee』と彫られた木板製の看板、右隣りには鳥に猫に犬に人間の母と子や結婚祝いの家族といった写真が多種多様に飾られている。

 そして一際目立つマゼンダ色な出入り口の上に被る笠には、『新堂写真館』と銘打たれていた。

 

「新堂写真館………喫茶店もやってるんですか?」

「表向きはね、実際は妖夢関連の情報屋と妖夢石の鑑定を行っている店よ」

 

 美月が住まい主の俺に代わり、この店についての説明を未来にする。

 俺はというと、『新堂』という二文字から、また…………また〝アレ〟を思い出してしまっていた。

 脳裏に二種類の記憶が蘇る。共通点は、同一の男がそこにいること。

 

〝この恩は生涯忘れない、我らが恩人、そして友に対して―――敬礼!〟

 

 一方は若い姿で、第二次大戦当時の日本軍軍服を着て、大勢の兵士たちの代表として瀕死の俺に感極まった様子で〝感謝〟の敬礼をとり。

 

 もう一方は老いた姿で、高層ビルからゴジラとなった俺と再会し、潤んだ目で何かを伝えようとしていた。

 

 新堂靖明―――俺が結果として助け………そして、殺した男。

 

 東京の新宿で対面した時の俺は、怒りと憎悪と凶暴性の影響でゴジラザウルスとしての記憶がおぼろげだった、けれどあの人を熱線の光で焼いた時、奇妙なまでに悲しい気持ちがどうしようもなく沸き上がってもいた。

 今となっては、どっちもはっきりと覚えている、それもあって時々考えてしまうのだ。

なぜあの人は、俺が来るのを分かっていて、ゴジラとなった俺が最早あの〝ラゴス島の恐竜でない〟でないことも解っていて………俺に殺される運命を選んだんだ?

 何度思い出しても、何度〝映画〟でその瞬間を見返しても、分からない。映画で演じた俳優さんも、完全に彼の心情を理解できていたとは言えないだろう。

 

〝どうせわしの人生は、ラゴス島で終わっておる〟

 

 その前に漏らした言葉から、ラゴス島で果てる覚悟だったあの人は、戦争に生き残ってからの人生を〝ご褒美〟と捉えていた節がある。だから殺される運命を……安からに……潔く享受できたともとれる。

 だけど結局、彼のその真意(こころ)は、本人にしか知り得えない。

 謎が解かされることは、もう永久にない、俺が完膚なきまで消し飛ばしてしまったから。

 それでも……問わずにはいられなかった。

 

〝新堂靖明(あのひと)にとって、俺(ゴジラ)は一体、なんだったんだ?〟

 

「澤海?」

 

 過去のことで物思いに耽っていた俺は、こちらを見上げる美月の顔と声のお陰で我に帰った。

 

「何ボーとしてたのかしら?」

「いやちょっと………昔を……な」

「っ………………そう」

 

 極度に端を折った発言でも、美月は彼女なりに察したらしく、ジーッと睨んでいたその目はハッとした後、少し憂いを含んだものになった。

 

「ここで立ちっぱもあれだし、入ろうぜ」

 

 ある種の苦い郷愁を振り払って、俺は店の扉を開けて鈴を鳴らした。

 

 

 

 

 

「あの、どうしたのでしょうか? 黒宮先輩」

「きっと、思い出していたのよ………かつて自分が助けて、殺してしまった人間のことを」

「え?」

「詳しい話は〝映画〟を見ればおおよそ分かるわ、行きましょ」

「は……はい」

 

 このやり取りを経て、二人も入店した。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 中に入って直ぐの外観に違わずレンガ式の壁に木色系統な色合いの喫茶店フロアは、和と洋が混在したレトロチックな光景、出入口側しか窓がないので灯りがないと自然光が控えめで薄暗い、店を照らす照明も色温度は低い。

 

「うわ~~レトロって感じがしますね」

 

 おまけに店内は、いろんな小物で溢れ返っていた。

 天井は、一つ一つ異なる見てくれの昭和感を匂わす傘付きランプが吊るされ、壁は絵が写真が添えられた額縁やら火縄銃やらが飾られ、ガラスケース内には昭和のもあれば明治のものまで幅広くアナログカメラたちが揃っている。

 他にもサイズ差のある白磁に黒い太文字が描かれたとっくりたちや、ミニマムな和製水車だったり、大正期の扇風機だったりと、とにかく当時を生きていた日本人なら懐かしさで我を忘れる代物が勢ぞろいだった。

 これだけ物が溢れているのに雑多さはそれ程感じず、混沌の化身たる怪獣な自分ですらも、どこか安らいだ気持ちにさせてしまう。

 超常的な力も魔術的な効果も、何ら使われていないと言うのに、小物らとそれらの配置のし方だけで、ここはある種の〝異空間〟を演出していた。

〝人除けの結界〟が張られていなければ、この店は隠れ穴場スポットとして、今頃名を馳せていたことだろう。

 

「あ、澤海♪」

 

 店の奥の暖簾を潜って、6、7歳くらいで、微かに金色がかった白い髪色のエプロン姿な少女が出てきた。

 マナ、俺とは長い付き合いな仕事仲間であるあの狐型妖夢だ。店名と同じ〝新堂〟って名字があるけど、便宜上付けているだけでここの〝女店主〟とは血縁はない。ただしそいつとはある種の〝同族〟ではある。

 彼女は帰宅したての俺達を見止めると、とぼとぼと真っ先に俺に駆け寄って抱きつき、頬ずりをした。この仕草はこいつの〝撫でてほしい〟ってサインなので、そっと頭を撫で上げる。

 

「おかえり♪」

「おい、耳と尻尾が出てるぞ」

「あ、いけない」

 

 髪色除けば完璧に人間の幼女に化けていたマナは、嬉しさのせいでうっかり狐の耳と尾を出してしまい、俺の注意でやっとそれに気づいて引っ込めた。

 まったく、そういうとこも愛らしいのが良い方面で憎たらしい。

 

「その子って、やっぱり妖夢ですよね?」

「そう、でも長いこと澤海とコンビを組んでいる仕事仲間でもあるわ、名前はマナちゃんよ」

「こ……こんにちは、マナちゃん」

 

 未来はマナに自己紹介して挨拶したが――

 

「うがぁぁぁぁっーーー!!」

「なななな何でそんなに怒ってるんですか!?」

 

 マナは俺の背中に周って、歯をむき出しに未来を威嚇し出した。

 された未来はすっかり混乱で目をぐるぐるさせて涙ぐんでいる、今の彼女からはとても異界士の端くれには全然見えない。

 

「秋人刺して、澤海、怒らせた悪い子」

 

 先日の衝撃的な出会いが、マナに未来への悪印象を植え付けてしまったようだ。こいつはまだお子様なので、言動が素直な分容赦ない。

 

「こら、そりゃ俺もブチ切れた身だけどな、もうミライ君とは仲直りしてんだ、遺恨をぶり返すんじゃない」

「い~~いたいいたい~~~ごごごごめんなさぁ~~い」

 

 怒りたい気持ちも理解した上で、俺はマナの頬を引っ張ってお仕置き。

 心おきなく甘えさせてやる分、叱る時はみっちり厳しく、それが俺の教育法ってやつだ。

 

「大丈夫よマナちゃん、栗山さんは秋人をワルな妖夢と勘違いしちゃって刺しただけ、悪い子じゃないの」

「ほんと?」

「ほんと、だから澤海とお姉さんを信じて」

 

 続いて美月が、普段の刺々しさからは想像もできない温和な調子でマナをあやす。こいつが持つ天性の愛くるしさと癒しは、美月のサディストな面でさえ引っ込めさせてしまう魔力を秘めているのだ。

 

「分かった」

「さあ、ミライ君に謝ろうぜ」

「うん」

「澤海、ちょっと気になったのだけれど、なぜ栗山さんを君付けで呼んでるのかしら?」

「別に意味はない、なんとなくそっちの方がしっくり来ただけの話さ」

「ふ~ん、なら良いけど」

 

 本当は一応ネタ元がある。特撮でウルトラマンで眼鏡で女子とくりゃ、明言せずとも大体分かる筈だ。

 さて、可愛らしい狐ッ子からとんだ歓迎を受けた未来はと言うと。

 

「………」

「………」

 

 俺達は何も言えずに彼女の現況を眺める。

 店の隅でしゃがんだ未来は、自身のスマートフォンの画面をひたすら超高速でタイピングしていた。

 俺だってスマホのタッチパネルには苦戦したのに、よくそんなに速く正確に打てるなとつい感心してしまう。

 

「お~い、どったの?」

「どうせ私はどこへ行っても嫌われ者ですよ!」

 

 呼び掛けると、自虐に塗れた悲愴な叫びが返ってきて流石に俺達でもたじろいだ。

 

「見て下さいこれを! ブログもツイッターも絶賛炎上中ですからね!」

 

 俺と美月にスマホの画面を見せる未来。ツイッターのブラウザなのだが、彼女のアカウントにはツイートに釣られた輩たちが続々心無いコメントを吐きまくっていた。

 いや……これは因果応報というか、あんな激情をそのままネットに書き込めば、匿名制に調子こいた野郎どもが嗅ぎつけて炎上しちまうだろ。

 俺も調べものでネットを使うが、使うつもりが逆に道具に良い様に扱われる醜態を演じまいと距離をとっている。当然ブログもツイッターも、今流行りらしいラインとやらもやってないし、アプリもそれほどダウンロードしてないから画面がすっからかんだ。死ぬわけでもないから別にどうってことない。

 

「栗山さん落ち着いて、勢い任せの書き込みは哀れなネット奴隷たちをうざったく騒がすだけで、あなたは損をするばかりなのよ、後で私もフォローしてあげるから」

 

 見ていられなくなった美月は、未来の背中をさすって興奮を抑えようとした。

 こうして見ると、本当の姉妹みたく見えてしまう。

 二人の容姿、性格、属性が好対照で凸凹となっている為か、彼女らの組み合わせは綺麗にぴたっと嵌っていたのだ。

 夏の芝姫に載せる小説の主人公は、こいつらをモデルにしてみっかな、バディものとして意外に面白いのができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 それから程なくして、未来の精神は平常下に元通りし、マナと彼女との間でめでたく手打ちが行われたとさ。

 

 

 

 

 

 さてさて、秋人がどんな恥ずかしい隠し事をしてるのか、見ものだ(ニヤリ。

 

 

つづく。


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