境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~ 作:フォレス・ノースウッド
別に本編の中身は伏せといていいから、もっと熱の入った宣伝してよ……
特別篇 – ゴジラの休日
6月のあくる日の休日、俺こと黒宮澤海は某所の海岸にいた。
海面は澄んだ青で泳ぎ甲斐があるんだが、ここはサメがよく出るってんで、遊泳禁止区域で人もほとんど来ない。
俺はそんな心地いい潮風の吹く場所で、空気と一緒にイタリアンシガーの紫煙を吸い込みながら、葉巻の先端で銀色の杭に青い火を点けて砂浜に突き刺していた。
こいつは人払いの結界の効果がある異界士たちには重宝されているアイテム、情報屋兼こういった稼業に関わる品も売る彩華からちゃんと現金で買った。
これで半日はいわゆる一般人が来る心配はない。
何をしているかお分かりだと思うが、俺はこれからサメがわーわーいる海を遊泳する気満々である。
怖くないかって? 何を怖がる必要がある。
だって俺は、吾輩は――〝ゴジラ〟である。
むしろサメたちの方が怖がって近寄らない。
「さ~てと」
準備は完了、せっかくなので。
「変身」
と、言ってみて、俺の体は光に一度包まれたのを経て、身長18メートルほどのゴジラに〝変身〟した。
どっちかと言えば変身型の光の巨人みたく〝本来の姿に戻る〟なのだが、細かいことは気にするな。
「ガァァァァァーーーーオォォォォォーーーン!」
久々なので、鳴いてみた。
作品で言えば、84年版からVSギドまでの頃、やっぱこの鳴き方がしっくり来る。
その気になれば初代様やギャレゴジのも含めてほぼ全作の鳴き声を発せられるが………字にすると全部同じ文字になってしまってあんま変わり映えしないのが残念だ。
さすがにあの〝暴走時〟の苦痛混じりのはやろうと思ってできるものではないが。
「――――ッ!」
初代様寄りな重低音が効いたのをもう一鳴き声吐き、敢えてハルさんっぽい歩き方で、俺は海の中への入った。
遊泳禁止になるだけあって、サメはいるわいる。
案の定、本能で俺のヤバさを感じ取ってそそくさと離れ、こっちを刺激せぬよう一定の距離を保たせていた。
いい心がけだ、生物として正しい判断だし、怪獣は怖がられてナンボである。
俺も俺で、うっかり彼らをこの海域から追い出さぬよう留意しながら、ゆったりと泳ぐ。
結界の効力は夜遅くまで持続するし、今日は遠出してみるか、海岸から離れすぎて迷ってしまったなんて心配はいらない。
今でも俺の体には地球の地磁気を感知する磁性体――コンパスがあるので、出発地点に真っ直ぐ戻るくらい造作もないのだ。
しばらく群青色の海中をうつ伏せ向きに進んでいた俺は、仰向けになり背泳ぎ風の体勢になって海面を見上げる。
〝ぽわぁ〟
口から感嘆の泡(いき)が出て、海面に昇っていく。
いつ見ても、海の中から見る太陽の光は美しい………純然たるゴジラだった前世の頃から覚えていた感情の一つだ。
陸上に上がった恐竜の身から、水中でも生存できるようにある意味〝先祖帰り〟したこの黒い身体も、捨てたものじゃないなと、四本指で真っ黒な自分の手を見た。
「………」
って………、何で溶岩の如く赤く発光して、ケロイドの如く焼け爛れた表皮な新たな〝同朋〟を今頭ん中で思い浮かべてんだ?
どうやら俺も、熱狂的ファンたちと同じくまんまと焦らされているらしい。
来月の7月の末になれば、ようやっと新たなゴジラ映画――〝シン・ゴジラ〟が公開される。
なのに6月に入って2か月切っても、秘密主義とは聞こえはいいけど、何か出し惜しみをされている。
300人体制のフル稼働でポスプロ中なのは聞いているし、予告で見せる情報は制限して、実際に劇場に来た観客をアッと驚かせて、新鮮な衝撃を突きつけたい目論見も分かるが…………某エ○ァとのコラボ除いて、いかに劇場に観客を呼ぶ宣伝戦略が、素人ながら本物のゴジラな自分から見ても足りない気がする。
初代様の歴史的ヒットは、終戦から9年、映画が今より身近な庶民の娯楽だった時期ってのもあるが、熱心な宣伝興行も功労者の一人なのだ。
某第四の壁を超えるクレイジーで、妙に共通点多くてシンパシー抱いちまうクソ無責任ヒーローみたく、人形乗せた宣伝トラックで全国周るくらいの太っ腹さは見せてほしい。
本音を言うとこの姿で宣伝の一環で街中を闊歩してやりたいが、本物が本当に現れちまったら映画どころじゃなくなるので却下。
昭和映画黄金期や、90年代みたいに〝ゴジラ〟だからで見に行く時勢じゃない、そんなことあちらさんたちも分かっている筈なんだけどな。
ぼやきはこの辺にして。
仮にも本物である俺が〝シンゴジ〟をどう思っているか、気になっている筈だろ?
同じ初代様回帰でも、戦没者の怨霊の化身な白目野郎(暴れ方はともかく、人の怨念が宿る、つまり人の思惑で暴れる設定は正直気に喰わない)より遥かにあの禍々しい造形は大歓迎である。
なんか巷じゃ〝気色悪い、気味悪い〟だの〝不細工、キモい〟だのなんて声も聞くが、ちょっと待て。
身のふたもない言い方すれば、元から体内に生体原子炉があって放射線が餌だったギャレゴジはともかく、俺らゴジラは〝被爆者〟だぞ。
本来は生命に破滅を齎す〝光〟を浴びて尚生きている〝ケダモノ〟だぞ?
監督ら作り手が初代様の原点に立ち返ると謳っている以上、人様の美的感覚が入り込む余地はない。
VSゴジラ準拠な自分がこんなこと言うのはナルシシズム臭がして嫌なのだが………俺の見てくれは正直言うと核で変異したにしては〝端整〟が過ぎる二枚目面。
口の中の二列ある歯を指で触ってみても、綺麗に並び過ぎているのが分かる。
だから、シンゴジのこの世の者とは思えぬ修羅の如き見てくれには文句はございません。
ただ、同じゴジラとして気になるのは………俺達の十八番――熱線だ。
かの川と北な特技監督以降みたいな派手で外連味のあるビーム系は、何か似合わない、ましてやバカスか撃ちまくるのはもっと似合わない。
かと言って、初代様みたいな〝白熱光〟では、放射線の恐ろしさを与えるのは持って来いだが絵的なパンチには欠ける。
何より、自分の口の中にもあり、生命にとって欠かせぬ器官である〝舌〟がないってのが………一体〝シンゴジ〟はどういう出自なんだ?
実際のところ、出自がはっきりしているのはギャレゴジとあのマグロ食ってる奴と、ゴジラザウルスの変異体なVSゴジくらいで、後は――山根博士の台詞を引用して、海棲爬虫類から陸上獣類へと進化する過程の中間生物と言われている初代様を筆頭に、元は一体どんな生物だったのかは―――〝ぼかされている〟。
それを踏まえても、外見含めてシンゴジは謎だらけだ。
まあ答えを得る方法は明確。
公開日に、劇場へ走ってその目で見ればいい、至ってシンプルだ。
もうシンゴジのことで考えるのはよそう、あの総監督は深読みされるのは嫌いなくせに深読みせずにはいられない作風なのばっか世に出している輩だし。
趣きを変えて、海面に背びれと顔の上半分をひょこっと出した。
今度はこの体勢で泳ぐとしよう。
もし人様に見つかったら―――そんときやそんとき♪
軽く咆哮を上げて脅かしてやろう♪
カメラ撮る気もないほど、我さきに逃げるだろうさ。
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それからもう暫くは、破壊神――怪獣王の気まぐれなお遊戯な遊泳が続いた。
終わり。