『信長の庶兄として頑張る』   作:零戦

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第二十九話

 

 

 

 さて、朝倉を臣下に加えた織田家は更なる領土拡大を目指す。

 

「若狭は朝倉に譲ろう」

「それは加賀と上杉の押さえへの対価か」

「うむ。流石に越前一国ではな……」

 

 飯盛山城に戻った信広は信長達と評定をしていた。しかし、信長の様子が少しおかしい。耳を触ろうとするが何故か止め、止めたと思えばまた触ろうという繰り返しだ。重臣達も何事かと思ったが何も言わなかった。

 ただ、信広は(あぁ、多分あれか)と思っていた。

 

「丹波、丹後は取る。光秀、調略は抜かりないな?」

「はい、丹波の波多野氏は調略中でありますが、丹後の一色には無視されています」

「フン、どうせ四職の筆頭だとか云々抜かしているのだろう」

 

 信長は苦虫を潰したような表情をする。余程権力に笠を着たのが気に食わないのだろう。

 

「光秀、丹後の調略を急がせろ。一色は蹂躙してやろう」

「少しは落ち着け」

 

 気に食わない表情をする信長に信広はそうピシャリと言う。

 

「光秀、丹後の調略は急がず焦らずにな。性急すれば身を滅ぼす羽目になる」

「御意」

「………」

 

 その後の評定の信長は終始納得していない様子だった。評定後、信広はある物を持って信長の元に訪れた。

 

「納得いかないか吉?」

 

 信広は信長の幼名で呼ぶ。

 

「フン、時代の本流に乗れない者なんぞ捨て置けば良い」

「お前は良いかもしれんがいつか寝首をかかれるぞ。ただでさえ織田は大きいんだ。その分の恨みは甚だ大きいぞ」

「フン……」

 

 信長はそっぽを向く。今日の信長のアホ毛は萎れていた。

 

「光秀が優秀で期待しているのも分かるがやり過ぎるなよ。光秀の性格だと溜め込む部類だ」

「……今度からは気を付けよう」

 

 信広の言葉に信長はそう答えた。そっぽを向いたままだが……。

 

「それと吉……寝転がれ」

「……何だいきなる?」

「耳の中が痒いんだろ?」

 

 信広はそう言って竹で造った耳掻きを取り出す。

 

「……分かった」

 

 信長が評定をしている時の行為は指で耳の中を掻こうとしていたのだ。だが家臣達の手前でもあるので掻こうにも掻けなかったのだ。

 

「それじゃあするぞ」

「……うむ」

 

 信長は頭を信広の膝に乗せて膝枕(男の膝枕です、はい)の形になる。そして信広は耳掻きの匙を右耳の中にゆっくりと入れる。

 

「……ん……うぅ……」

 

 耳の中に耳掻きが入った信長が悶える。カリカリカリと耳垢を掻きあげられる細かい振動に悶えたようだ。なお、耳垢には湿った湿性耳垢と乾燥した乾性耳垢の二つがある。

 

「我慢してろよ」

 

 信広はそう言って外耳道にへばり付く耳垢を匙の先っぽで掻き剥がしていく。

 

「ん……」

 

 信長は耳垢が掻き剥がれていく刺激に悶える。

 

(だから悶えるのはやめてくれって……)

 

 信広は信長の声に悶々とするが耐えてとある耳垢を掻き剥がした。

 

「あひィ!?」

 

 信長の身体がビクンと震えた。

 

「……オホン」

「此処が痒みのところか」

 

 信長は顔を真っ赤にして咳をする。信広は納得してその場所周辺の耳垢をカリカリカリと剥がした。

 

「~~!?」

 

 ビクンと震える信長だが今度は我慢をして声を出さなかった。

 

(我慢する信長……ちょっと良いと思った俺はもう末期かもしれんな)

 

 信広はそう思いながら片耳の耳掻きを終わらせた。

 

「……終わったのか?」

 

 若干、トロンとした表情をする信長。

 

「いや、まだ片方があるだろ」

 

 信広はそう言って自分側に向きを変えさせて信長の左耳に耳掻きを入れる。そして信長はまた悶えるのである。

 

「ん……んぅ……んふぅ……」

(だから悶えるのはやめてくれ……)

 

 そう思う信広だった。しかし、襖の外では三人の女性が信広と信長の行為を見ていた。

 

(ふむ……耳掻きか)

(こ、声がいやらしく聞こえるのは気のせいでしょうか……)

(あらあら、信長ちゃんたらちゃんと信広ちゃんとやれてるじゃない)

 

 上から義輝、直虎、道三の三人である。最初は義輝が信広に稽古でもしようと訪れたが、信広が信長に耳掻きをしているのを見て影から見ているとそこへ稽古帰りの直虎と道三に出会して三人で見ている状況である。

 それはさておき、両方の耳掻きを完了させた信広だがいつの間にか信長が眠っていた。

 

「全く……寝顔は可愛いのにな……」

 

 信広はため息を吐きつつ、信長が起きないようにこっそりと部屋を出るのであるが……。

 

『………』

 

 部屋を出たところで先程の三人と視線が交差する。

 

「……見てたのか?」

『………』

 

 信広の言葉はうむ!という表情をして頷く。どうしたものかと悩む信広に義輝はニイィと笑みを浮かべた。

 

「信広よ、信長と同じ事をしてくれたらわらわは何も言わぬぞ」

「同じ事……って耳掻きか?」

「うむ」

「あ、私もです」

「そうねぇ、私もね」

 

 義輝の言葉に賛同する直虎と道三。

 

「(耳掻きするだけで良いのか?)まぁ三人がそれで良いなら……」

 

 こうして黙ってもらう代わりに信広は三人の耳掻きをする羽目になる。なお、やはり三人とも悶えて信広のゲージが溜まるのであった。

 それは兎も角、諸国にはそろそろ一つの悲報がもたらされていた。

 

「幕府が無くなったと?」

「は、義輝将軍自らが将軍職を朝廷に返上して野に降ったと……」

 

 毛利氏の居城である吉田郡山城で毛利元就は物見からの報告に眉をピクリと動かす。稀代の知将とまで呼ばれる元就は眼鏡をくいっと上げて頭の回転を早くする。

 

「隆元、元春、隆景」

 

 元就は三人の娘を呼び寄せる。

 

「我々毛利は博多奪還に動きますよ」

「……将軍の横槍が無いからですね?」

 

 元就とまではいかないが、知将の隆景は元就の意図に気付いた。元就はまだ博多を諦めていなかったのだ。元は尼子、大内らの家臣だった元就だが調略により陶隆房を味方につけ、厳島の戦いで大内義隆らを捕縛して追放した。

 追放したまでは良かったのだが、その義隆を保護したのが豊後の大友宗麟である。宗麟は元就を賊軍であるとし義隆を博多に移させた。博多は元々大内氏が所領していた地域である。

 宗麟としてはそのまま博多を確保したかったが、後ろから操れば問題ないとした。そのため、毛利と大友の間では博多を巡る激しい戦いが行われていたのだ。

 

「これには織田へ感謝の気持ちが絶えませんね」

「でもお母さん、変な噂を聞いたんだけど……」

「あら、どんな噂かしら?」

「……尼子経久が生きてるという噂があるの」

「……狐め、生きていそうね」

 

 元就はそう呟くのであった。

 

 

 

 




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