『信長の庶兄として頑張る』   作:零戦

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第十五話

 

 

「三好軍は京から撤退する」

「な!? そ、それで良いのか姉さん!!」

「構わない一存」

 

 河内国、飯盛山城。この城の主の名は三好長慶である。三好長慶はそれまで本拠地だった摂津国の芥川山城から飯盛山城に移動していた。

 なお、現在この芥川山城は飯盛山城と共に大阪府下では最も規模が大きい城跡で遺構の残存状態は良好で戦国時代の典型的な山城である。(作者も行きたいけど遠い。飯盛山城は三回ぐらい行ったけど)

 それはさておき、この飯盛山城には三好長慶の他にも多数の武将がいた。

 それが長慶を姉と呼ぶ弟の十河一存である。渾名として鬼十河と呼ばれている。

 他にも三好家を支える三好三人衆の三好長逸(みよしながやす)、三好政康(みよしまさやす)、岩成友通(いわなりともみち)、そして松永久秀がいた。

 

「織田は前将軍義輝公を京に据えるために上洛してきた。それを拒む理由は我々には無い」

「だが姉さん、義輝公が謎の軍勢に襲われて行方不明じゃないか。織田と共に来たのは本当に義輝公本人なのか?」

「一存さ~ん、流石に織田もそこまで馬鹿では無いと思いますよ~」

 

 岩成友通が一存の意見をやんわりと否定した。

 

「もし義輝公が既に亡き者なら弟の義昭を将軍にと上洛してくるはずです~」

「……確かにな」

「ですから義輝公生存は真実でしょう」

 

 隣にいた三好長逸も頷いている。

 

「もしもに備えて淡路にいる義栄公が第十四代将軍に就任しているが……将軍職を返上してもらう必要があるな」

「義栄公は病弱気味ですから将軍職に耐えられないのは確かですね」

「久秀、悪いが義栄公にそう報告をしてくれ。義栄公には就任当初の日に私から言ってある」

「……分かりました。直ぐに淡路へ向かいましょう」

 

 長慶に言われた久秀は頭を下げた。

 

「それと京の治安が落ち着き次第、私は上洛する。その間の業務は一存に任せる」

「うげ……」

「フフ、心配するな一存。長逸達にもやらせる」

 

 長慶はそう笑い、三好軍は京から撤退するのであった。

 

 

 

「……このままじゃあ面白くないわね。甲斐の虎を餌に動かしましょうか」

 

 

 

 

「……三好が京から撤退したか……」

「間違いないか兄様?」

「撫子達は優秀な忍だ。間違うはずがない」

 

 この時、織田軍は東福寺に陣し、義輝は東山の清水寺に、細川幽斎は宮廷の警護に従事していた。

 

「……なら京に入ろう」

「分かった、直ぐに準備させよう」

 

 こうして織田軍は義輝を引き連れて京に入った。そして信長はこの時、足軽達の御触れとして『一銭切り』を出した。

 この一銭切りは実際に行われた。京の民から銭を盗んだ足軽を信長自らが斬首して、やるのは本気だと言う事を自軍に教えさせた。

 この軍律により京で織田軍が狼藉を働いたというのは無くなった。誰もが信長を恐れたからだが……。

 

(まぁ信長本人も何もしなければ普通にしてるしな。この間も足軽と一緒に賭博してたからぶん殴っておいたが……)

 

 この時、京の往来で信長を引っ張る信広が目撃されたらしい。しかし、資料が乏しいので後の世の創作だと言われている。

 

(まぁ問題はこれからだな)

 

 信広はそう思うのであった。それはともかく、信広は義輝が仮居住している清水寺に呼ばれた。

 

(はて……何かしたのか?)

 

 信広は義輝が来るまで思考していたが結局分からなかった。

 

「織田三郎五郎信広であります」

「うむ、わざわざ此処まで来て済まないのぅ」

「いえ」

「それで御主を呼んだのは他でもない……御主のおかげでわらわはの命が助かった。本当にありがとう」

「よ、義輝様!?」

 

 義輝はそう言って信広に頭を下げたのだ。勿論、信広が驚いたのは言うまでもない。

 

「あ、頭をお上げ下さい義輝様」

「御主が幽斎に警戒を促してくれたおかげで兵を集める事が出来た。正に感謝の極みじゃ」

「は、ははー!!」

 

 義輝の言葉に信広は平伏をする。

 

「それでじゃ。信広よ、わらわの家臣にならぬか?」

「義輝様の……ですか?」

「そうじゃ。御主の将軍に対する忠義を見定めてじゃ」

「………」

 

 いきなりの事に信広は暫し唖然としたが、やがて意を決したように口を開いた。

 

「……義輝様、申し訳ありませんが辞退させて下さい」

「……その理由は何じゃ?」

 

 義輝は少し殺気を出して信広に視線を向ける。信広は義輝の殺気に押され、冷や汗がポタリと畳に落ちた。

 

「……某は信長を支えたいと思います」

「ほぅ……」

 

 義輝の殺気が更に強くなる。信広は気を失いかけたが血が出る程唇を噛み締めて耐えた。

 

「信長は優秀であります。しかし、優秀し過ぎて家臣達は信長の言葉を理解するのに苦労しています。某は信長を理解していますので信長が発する命令は全て分かります。ですが、分からなければ信長は容赦なく切り捨て家中は不穏な気配となりやがては誰かが謀反を起こすでしょう」

「……それを防ぐためわらわには仕えぬ……と申すのか?」

「は、それに某は幽斎殿のような優秀ではござりませぬ。某には些か荷が重すぎるのであります。それともう一つ、義輝様の家臣になれば他の者より将軍家は織田に助けてもらい政をするのかと疑われます」

「……そうか、なら今回は御主の事は諦めよう(わらわは諦めたわけではないのじゃ)」

「(何か引っ掛かる……)ははー」

 

 とりあえず今回は義輝の家臣への加入は見送られた信広であった。ただ、信広本人は義輝の家臣になる気はなく、むしろ義輝の冗談だと思っていた。

 しかし、義輝は冗談ではなく本気であった。

 

「美濃に戻る?」

「あぁそうだ。義輝公の上洛は一応成功した、それに国を長く開けすぎると甲斐の虎が気になる。甲斐の虎が攻めいるような情報もある」

 

(そう言えば史実の信長も武田信玄を怖れていたな)

 

「それじゃあ俺は佐和山か?」

「いや兄様は京の警護を頼む」

「京の警護?」

「……義輝公の命令だ。京の治安が回復するまで誰かの警護を頼むとな……勝家やサルは警護より戦の方が向いているし頼れるのは兄様くらいだ」

「警護の意味を理解するのが分かるのは長秀や道三殿くらいだしその配下を持つのは俺……それで俺にか」

「承知してくれるか兄様? 本当なら全軍でいた方が良いが……」

「心配するな吉」

 

 信広はそう言って信長の頭を撫でる。撫でられた信長は一瞬驚いたものの、撫でられる感触に目を閉じる。

 

「南近江は既に織田の支配下だ。そこに兵を置いておけば大丈夫だ」

「……分かった。美濃の状況が分かり、事が済み次第京に戻る」

 

 そして織田軍は信広を大将にした五千の部隊を京の治安維持のため残して全軍を美濃に帰還させるのであった。

 義輝は二条城に入らずに本圀寺を仮御所としていた。やはり謎の軍勢に襲われた事もあり警戒をしていたのだ。

 そのため、信広も陣を本圀寺を本陣としていた。

 

「それでは評定を……道三殿と龍興殿はどうした?」

 

 寺の一室を借りて警護の段取りをしようとしていた信広はふと道三と龍興がいない事に気付いた。

 

「実は龍興殿が腹を下しまして寝込んでおります。道三殿はその付き添いです」

「腹を下す……?」

「は、どうやら水が当たったようで……」

 

(……生水でも飲んだのか……安全な水を確保しないとな……俺も腹を下したくないし……)

 

「長秀、瀬戸物が作れる職人を至急呼べ。それと紙と筆を用意しろ」

「は?」

「良いから用意してくれ」

「ぎょ、御意」

(また何かする気だな)

 

 部屋を退出する長秀を尻目に家臣達はそう思った。そして用意された紙に信広は筆を取ってサラサラと絵を描いていく。

 職人が来たのは昼を過ぎた頃だった。

 

「御主が瀬戸物の職人か?」

「は、さようでございます」

「御主を呼んだのは他でもない。瀬戸物ではないが土器を作ってほしい」

「土器を……でありますか?」

「うむ、説明が苦手な故に絵で説明する。これを見てくれ」

 

 信広はそう言って職人に絵を見せた。絵はV字をした土器だった。

 

「このような土器を作れと?」

「うむ、底は穴を開けておくのだ。上は物が入りやすく、下は出にくいようにな。手始めに数日以内に一個作れ。出来具合では三百個の製造を頼む。無論褒美は出す」

「はは、分かりました」

「あぁそれと、土器から水が漏れないように頼むぞ」

「はは」

 

 そう言って職人を下がらせる。長秀は不安そうに口を開いた。

 

「今度は何を始めるつもりですか?」

「……腹を下さないようにするためだ」

 

 信広はそう言うしかなかった。

 

「それと俺が言う物を用意してくれ」

 

 

 

 

「此方です」

「うむ、御苦労であった」

 

 数日後、信広は職人から製作した土器を受け取り土器を見る。

 

「長秀、用意した物はあるか?」

「此処に」

 

 長秀が用意したのは炭、砂、小石だった。

 

「少し移動しようか」

 

 信広はそう言って寺の外に出た。付き添うのは長秀達である。

 

「長秀、持っておけ」

「は、はい」

 

 土器を長秀に持たせた信広は土器の中に炭、砂、小石、砂、小石の順で入れていく。

 

「信広様……重いです……」

「下に置くなよ」

 

 信広は水が張った桶と空の桶を用意して空の桶を長秀が持つ土器の下に置き、水が張った桶を土器の中に注いだ。

 

「これは……」

「南蛮からの情報でな。水の中に蟻より小さい生き物が多数いるみたいだ。生水で飲むと腹を下す原因の殆どがそれみたいだ」

 

 注いだ水は底が開いた穴からチョロチョロと下に置いた桶に落ちていく。

 

「この過程で水の不純物を出来るだけ取り除いておく。もう一回するか」

「は、早くして下さい信広様……」

「代わってやれ直元」

「は、はい」

 

 そして信広はもう一回水の濾過をした。

 

「長秀、調理をする者にこの水を二刻ほど沸騰させろ」

「御意」

 

 長秀が濾過した水が張った桶を持ち調理場の方へと向かった。

 

「今したようにあのような土器を三百を作ってくれ。あぁそれと、陶磁器で掌に掴めれる丸い物も作ってくれ」

「はぁ、分かりました」

 

 そして信広軍はこの土器を行軍は元より城や足軽達の家の標準装備としたのは言うまでもない。

 何せ濾過をして濾過した水を二刻ほど沸騰しただけで腹を下す者が少なくなったのである。

 

「済まなかったな道三殿」

「どうして謝るの信広ちゃん?」

「龍興殿が寝込むまでこの水の事は忘れていた。俺の失策だ」

 

 夜遅く、道三の部屋を訪ねた信広は道三にそう言って頭を下げる。

 

「頭をあげて信広ちゃん。龍興はたまたまだったのよ。貴方はこの軍の将なのよ、そのような事で頭を下げるのは将として失格よ」

 

 道三は信広にそう諭した。今は織田の家臣であるが、その前は美濃の蝮と詠われた斎藤道三である。

 

「……そうか、なら今の事は秘密にしていてほしい」

「フフ、信広ちゃんの秘密を握ってるのね」

 

 道三はそう言って微笑む。まるで蛇が獲物を見つけて捕食するかのような微笑みである。

 その微笑みに信広は一瞬呑まれかけた。そして背筋にゾクッとした感触を感じた。

 

(味方であるのが頼もしいくらいだ。敵なら……負けるかもな)

 

 改めてそう認識する信広だった。

 

 

 

 

 




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