『信長の庶兄として頑張る』   作:零戦

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第八話改

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は今川家家臣井伊直盛也!! 殿には近づけさせん!!」

「今川の重臣か。我は織田信広也!! 御相手致す!!」

 

 信広と井伊直盛は互いに槍で突き刺そうとするが、二人ともそれを避ける。

 

「そりゃ!!」

「ぬん!!」

 

 一瞬早くに信広は直盛の胸を突き刺そうとしたが、直盛は身体を捻り槍は空を斬るが直盛が信広の槍を掴んだ。

 

「むむむ」

「ぐぐ……(……これは我慢の比べ合いになるか? なら此方が動くまで!!)おりゃ!!」

「な、しま――」

 

 信広は今出せる力で直盛を落馬させた。槍は中程でボキッと折れたが信広は気にせずそのまま直盛の胸に突き刺した。

 

「ガハ!?」

 

 突き刺された直盛が口から血を吹き出し、膝を地面に付けた。信広は刀を抜き、直盛の首筋に刀身を添えた。

 

「何か言い残す事は?」

「……次郎法師の子どもを見れなくて無念だ」

「……次郎法師……って(次郎法師は確か井伊直虎だよな? てことはこの井伊直盛は直虎の親父か?)確か次郎法師は婚約者が井伊直親と聞いていたな。そして義元に謀反をかけられ信濃に逃亡するが信濃で正室を迎えたらしいな」

「ほぅ……よく知っておるな小僧よ?」

「情報は大事だからな。……なぁ井伊直盛、これも何かの縁だ。次郎法師を俺の側室に迎えてやろうか?」

「……ハッハッハ!! 戦場で娘に求婚か、織田の人間は中々面白いものよのぅ」

「なぁに、戦は織田が優勢だ。最早今川はやられたも同然也」

 

 輿で逃げようとしていた義元だが、輿が壊れたため馬で逃げようとしている。護衛に三百ばかりの兵がいるがその周りを信長達が包囲していた。

 

「……今川の栄光もこれまでか。義元様の首が取られる前に……頼む婿殿」

「承知した義父殿。撫子、警備を頼む」

「任された」

 

 撫子が辺りを警戒しながら信広は起き上がって座る直盛の後ろに立つ。敵の首を取る時が一番警戒しなくてはならない。

 

「……御免!!」

 

 そして信広は刀を降り下ろして直盛の首を斬り落とした。

 

「見事だ信広君」

「うむ。……今川家家臣、井伊直盛は織田信広が討ち取った!!」

 

 信広は大声を出して周りにいる者に伝えた。

 

「して義元は何処だ?」

「まだ交戦しているよ。中々厄介な事だ」

 

 撫子の指差す方向にはまだ信長達は義元の兵三百と交戦していた。

 

「俺達も続くぞ!!」

「御意」

 

 信広は馬に乗り、槍を持って駆けた。まぁ直ぐに着くが。

 

「矢を射掛けよ!! 敵兵を削ぎ落とせ!!」

 

 信長が叫び、弓隊が矢を放つ。矢は次々と義元を護衛していた兵に命中して命を刈り取る。

 

「射掛け続けろ!!」

 

 弓隊は交互に放ち、今川の戦力を削り続ける。そして信長が叫んだ。

 

「今だ、押し潰せ!!」

「突撃!!」

 

 戦力が削れたところを信長が見逃さずに突撃を命令、今川の兵はあっという間に地面に倒れていく。

 

「おのれ尾張のうつけの分際で!! 海道一の弓取りであるこの儂を討とうなど……」

「御館様を御守りするのだ!!」

「服部子平太推参!! てやァ!!」

「グゥ!?」

 

 信長の馬廻である服部一忠(通称子平太)が隙を突いて義元の脇腹を槍で突き刺した。

 

「ぬぅ!!」

「ガ!?」

 

 しかし義元はそれを気にせず子平太の膝を斬り、負傷した子平太は地面に倒れる。

 

「毛利新助推参!!」

 

 同じく馬廻の毛利良勝(通称新助)が駆けつけて義元を右袈裟斬りで斬りつけた。

 

「ガアァァァ!!」

「グ!?」

 

 致命傷を浴びた義元は最期の足掻きとばかりに新助の左指を食い切った。口に新助の左指を加えた義元はふらふらと少し歩いたと思うとバタリと倒れた。

 

「敵将今川義元討ち取ったりィィィーーーッ!!」

 

 その声は桶狭間の戦場に響いた。

 

「お、御館様が討たれただと!?」

「もう逃げるしかねぇ!!」

「に、逃げろ!!」

 

 義元が討たれた事を知った今川の兵達は次々と逃げ出した。

 

「……終わったな信長」

「……勝ったな兄様」

「あぁ……勝ったぞ」

 

 この時の信長の表情は嬉しそうだった。

 

「嬉しいぞ兄様!!」

「うぷ!?」

 

 感極まった信長が思わず信広を抱き締めるが当の信広は信長の鎧が当たって痛かった。信長も直ぐに自分がした事を思い出して顔を少々赤くしつつ場を整えた。

 

「さて、問題はこの後だな」

「直ぐに今川勢に使者を出す」

 

 それからの織田軍は行動が迅速だった。史実より四日早くに沓掛城を攻略して近藤景春が敗死して一帯を一挙に奪還した。鳴海城は岡部元信が抵抗していたが義元の首級と同じく討ち取られた井伊直盛、松井宗信、由比正信等の首級と引き換えに開城した。

 それと大高城を守っていた松平元康は大樹寺を経由して岡崎城に入城したらしい。

 

「これで今川の命運は終わったも同然だ」

「いや、信長。今川に降伏を促して我等の傘下に入るよう説得しよう」

「どういう事よヒロちゃん?」

「駿河の上には誰がいる?」

「……甲斐の虎か」

「そうだ。海が欲しい甲斐の虎の事だ、義元の跡取りである氏真が幼いから直ぐに駿河に侵攻する。その後は三河、尾張に……」

「侵攻を阻止するために早めに織田の傘下へか……」

 

 清洲に戻った後の軍議で信広は信長にそう主張した。

 

「……上手く行くか?」

「太原雪斎がまだ生きているだろう? 彼女とは一応顔見知りだから俺が使者として説得してみる」

「……分かった、死ぬなよ兄様」

「ふ、信長が天下統一するまで死ねんわ」

 

 信長の言葉に信広は笑う。

 

「ついでに三河に寄ってくれ。竹千代と同盟を結ぶ」

「念には念をか。分かった、信長の目的は西だからな」

「まずは美濃攻略だ」

 

 そして信広は護衛五十名と共に(撫子と飛龍もいる)駿河の今川館へと向かうのであった。

 

 

 

 

「今川家家臣の太原雪斎です」

「織田信長の兄、織田信広です」

 

 今川館で今川家の跡取りである今川氏真も加えて太原雪斎と会っていた。

 

「……久しぶり……ですな」

「えぇ、あの時は安祥城でしたね」

「はい」

 

 信広と雪斎との出会いは城代として安祥城に赴き安城合戦で捕縛された時である。

 

「最初は驚きましたね。私の本陣に攻め込んできたと思ったら白旗を掲げての降伏でしたからね」

「はは、一矢報いようとした結果です」

「なら貴方は一矢報いました。何せ私が驚いた事ですから」

 

 雪斎の言葉に信広は苦笑する。しかし直ぐに両者の顔つきが変わる。

 

「昔話を……しにきたわけではないでしょう信広殿? 今川家は貴殿方織田に降れと?」

「……今川の惨状を甲斐の虎が黙っていると思いますか? 甲斐の虎は海を欲しています」

「その事は十分承知しています」

「領土はそのまま安堵です」

「……随分と信長は気前が良いですね?」

「信長は東に一切興味がありません。まぁ強いて言うなら某は相良と榛原辺りが欲しいですが(相良油田あるしな)」

「?」

「いえ、此方の話です。兎も角、信長は東に一切興味がありません」

「その言葉に嘘偽りは?」

「ありません。必要なら某が切腹しましょうか?」

「……貴方が腹を切る事ではありません。腹を切られたら信長の怒り心頭で怖いですから。分かりました、私も幼い氏真で血筋が途絶えるのは良くありません。織田に降伏し、傘下に加わりましょう」

「……御決断、真に感謝致します」

 

 信広は決断した雪斎に頭を下げた。こうして史実とは異なり今川家は織田に降伏してその傘下に加わる事になった。

 

 

 

   おま慧音

 

 

『数ヵ月後の今川家』

 

「失礼します雪斎殿」

 

 今川家家臣の朝比奈泰朝は今川館で政務をしていた。

 

「どうなされた泰朝殿?」

「雪斎殿で処理して頂く政務を持ってきました」

「そちらに置いて下さい」

 

 泰朝は書簡類を机の上に置いた。

 

「……義元様が戦死なされて早数ヶ月。今川の中は暗雲が立ち込めています」

「……だろうな。私が氏真様に代わり独断で織田の傘下に入った事で私に不満を持つ者はいるであろう」

「ですが私は織田の臣下に入った事は賛成です。今川は義元様に頼りすぎていた面がある。後継者の氏真様がいると言ってもまだ幼いですからね」

 

 泰朝はそう援護する。確かに上には甲斐の虎である武田晴信が控えており、義元亡き後の駿河、遠江を狙おうと虎視眈々としていた。

 しかし、今川が織田の傘下に入った事により織田の援軍を受けやすいようになっていた。

 更に雪斎は越後の龍である上杉輝虎(後の上杉謙信)と密かに連絡を取り、信濃方面に攻め込む気配を見せるよう展開していた。

 この動きに晴信も容易に駿河に侵攻するのが出来ず足踏み状態であった。

 しかし、外は良しとしても内はまだ安全ではなかった。独断で織田の傘下に加わった事を良しとしない家臣もおり、雪斎の警戒はまだ続いていた。

 

「今が堪え時だな……っとそろそろお腹が空いたみたいだな」

 

 その時、隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。雪斎は隣の襖を開けると布団に寝ていた赤ちゃんが泣いていた。

 

「よしよし……」

「……可愛いものですな」

「私の子だ。良い子に育ってくれるさ」

 

 雪斎はそう言って赤ちゃんの乳をあげる。流石の泰朝も視線を反らして見ないようにする。

 

「しかし乳母を自らするとは……」

「私の子だ。決めるのは私だ」

「そうですか……ところで名前は決まりましたか?」

「あぁ……芳菊丸にする」

「その名は義元様の……」

 

 芳菊丸とは義元の幼名であった。

 

「父親と同じ名を付けた」

「父親……まさか父親は!?」

 

 雪斎の言葉に泰朝は何かに気付いた。雪斎が子を生んだのは桶狭間の合戦が始まる前日であった。今まで病と称して公の場に出ていなかった雪斎が子を生んだのは家臣達にも動揺があり、しかも伴侶がいたと雪斎から聞いておらず、家臣達の間では捨て子を拾ったのか襲われたのではないかと噂されていた。

 

「他の者には言うな。お前だから話せる」

「そうですか……」

「あの時……野盗に襲われ家族をも失った時、義元様と初代様に拾って頂いた時から義元様に好意はあった。そして去年の時、一回限りの閨を共にしてもらった。その時に出来た子だ」

「………」

「この子には血筋の事は言わないつもりだ。今川の後継者は氏真様ただ一人のみ」

「……分かりました。貴女がそうならば某は何も言いません」

「……感謝する泰朝」

 

 雪斎はそう言って子に乳をやるのであった。なお、この子は元服時に母親の名である太原雪斎の名を貰い三代目の太原雪斎となり氏真と生涯を共にするのはまだ先の事である。

 

「それともう一つ報告があります」

「何ですか?」

「遠江国井伊谷の井伊直親に松平と内通の疑いがあると小野道好からの報告です」

「……臭うな」

「やはりですか?」

「ですが証拠はありませんし今の今川家は三国志の状態ですから」

 

 雪斎は井伊氏を犠牲にして今川家の統率を図るつもりだった。

 

(確か井伊家には婚期を逃した次郎法師がいましたからね。追放という形で信広殿に保護してもらいましょう。別に信広殿が次郎法師を側室にしても構いませんし……)

 

 今川家を残すためなら何でもしようとする雪斎であった。

 

 

 

 

 

 




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