夢にも思わない   作:ODA

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おまけ2 わりと幸せな兄弟ごっこ

「……スイカ食べたい」

 

 畳の上にだらしなくゴロンと横になったまま、私はぽつりとそう呟いた。

 

「スイカ?」

 

 私の傍で忍術書(子ども向けの簡単なやつ)を読んでいたサスケにも、私の呟きは聞こえたらしい。印を組む練習をしていた手を止めて、私の方をじっと見てきた。

 が、残念ながら今のはただの独り言。別に会話の種になるような呟きではない。

 ので、話を逸らすために、私はサスケの指先を眺めつつ、畳から起き上がった。

 

「サスケ、人差し指が違う」

 

 サスケに指摘しながら、私はその正面に座る。サスケが今、組んでいる印は少しだけ正しいものと形が違った。

 指摘を受けたサスケは自分の手元を見つめる。どこが違うのか、忍術書と見比べているらしい。

 

「ここは、こうだよ」

 

 私はサスケの指に自分の手を重ねて、正しい形に誘導してやる。サスケが読んでいた忍術入門書には、ちゃんと図説もついていたけれど、図説だけじゃ分かりづらい部分もある。

 話を聞くサスケは幼いながら、それなりに真面目な顔で自分の指先を見つめている。この子は賢いから、ちゃんと教えればきっと一度で覚えてしまうんだろう。

 サスケに教えながら、そういえば、私も昔イタチに印を教えてもらったことがあったなぁとそんなことを思い出した。あれからまだ三、四年しか経っていないはずなのに、随分昔のことのような気もする。まあ、幼少期の三、四年なんてものは、すごいスピードで成長していくものだし、特にそう感じるものなのかもしれない。

 

「できた!」

 

 印を組んだ手を私の目の前に差し出しながら、サスケが私に自慢げに見せる。組んだ印は完璧だ。

 

「さすがサスケ。ばっちり」

 

 そう言ってやれば、サスケは益々嬉しそうに笑った。大きな黒い瞳がキラキラしている。サスケの周りだけ花が咲いたようだ。子どもらしい明るい笑顔がものすごく可愛いと思う。

 その可愛らしい笑顔を浮かべたまま、サスケが訊いた。

 

「姉さん、スイカって?」

 

 どうやら、サスケは私の呟きを忘れてはいなかったらしい。首をこてんと傾げながら、サスケは私を見上げている。

 別にそんな大した意味もない呟きだったので、そこまで深く追求されるとかえって言葉に詰まってしまう。食べたいなぁ、そういえば、今年は食べずに夏が終わったなぁと思っただけの話だ。掘り下げて話すような話題ではない。

 

「姉さん、スイカ食べたいの?」

 

「そりゃあ、まぁ……」

 

 食べたいか食べたくないかで言ったら、勿論食べたい。でなければ、そもそも独り言だとしても口には出さない。

 しかし、今は中秋。スイカの旬など、とうに過ぎた。どこの店からもスイカの姿は消え、店頭では梨や柿が並んでいる。食べたくとも、店に売ってないものは仕方ない。こればっかりは諦めるしかないと思う。

 

「俺、スイカのある場所知ってるよ!」

 

 にも関わらず、サスケはそう言って綺麗に笑っている。私はサスケの笑顔を、ただじっと瞬きしながら眺めるのであった。

 

 

 

 サスケに案内されてやって来たそこは、一面のスイカ畑だった。空区まで兄さんとお遣いに行っている途中に見つけたのだと、サスケは言った。

 何でも、そこはどこぞの大名様などが食べるスイカを栽培している畑らしい。季節を問わず栽培しているのならば、かなりの高級品だろう。市場には普通は出回らない一品ってやつだ。

 地道に日々任務で貯金はしているので、それなりにお金は持っている。が、大名に献上するようなスイカだ。一介の下忍になんか売ってもらえるだろうか。

 まあ、サスケがせっかく案内してくれたんだし、ダメ元で農家の人に交渉してみよう。

 私はそんな気持ちで、畑の所有者なんだろう農家を訪ねてみることにした。

 

「すみませーん」

 

 誰かいますかぁ。家の前で大声で叫ぶ。が、返事は返ってこない。誰もいないのだろうか。留守なら仕方ないか、とため息を吐こうとした時、私の隣にいたサスケが私の服の袖を引いた。

 

「姉さん、あれ」

 

 サスケの指差した先にいたのは、何故かどんよりとした空気を纏った壮年のご夫婦だった。その空気というのが、どこかホラーチックで、私は思わず「ひぃっ」と変な声を挙げてしまう。一体、何なんだこの人たちは。

 

「……何かご用ですか」

 

 じめじめした空気を纏ったまま、旦那さんと思わしき人物が顔を上げた。

 多分、このご夫婦がスイカ畑の所有者に違いない。

 

「あ、あのー、もしよければスイカを売って欲しいなぁと思って、」

 

 若干、引き気味になりながらも要件を伝えれば、ご夫婦はさらにずーんと沈んでしまった。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。が、一体今の会話のどこに地雷があったというのだろうか。

 

「残念ですが、スイカをお売りすることは出来ません」

 

 旦那さんは地面を見つめたまま、今にも泣きそうな顔でそう言った。

 

「そもそもお売りすることが出来るスイカがないのです」

 

「え?」

 

 旦那さんの発言に、私とサスケはお互いに顔を見合わせた。

 

 

 

 さて、ご夫婦のお話を聞けば、近頃この辺りにオオイノシシが現れるようになったらしい。そして、そのオオイノシシに畑を荒らされてスイカ畑は全滅。売ることが出来るスイカがないとは、そういう意味らしい。

 

「忍を雇うことも考えましたが、元々私たちは貧しい農家です。収穫も絶望的な現状で忍を雇うお金などなく……」

 

 おーいおいおいおい。ご夫婦は服の袖に目を当てて、めそめそと泣き始めた。

 私はと言えば、話を聞きながら、高級品を栽培しているからといって儲かる訳じゃないんだな、農家って大変、とそんなことを考えていた。

 しかし、サスケは私と違うことを考えていたらしい。

 

「ねぇ、姉さん、助けてあげようよ」

 

 サスケの言葉に、私よりも素早く反応を示したのは、農家のご夫婦だった。バッと二人ともほとんど同時に顔を上げて、私たちを眺めている。助けるとはどういう意味かと、考えているのだろう。

 そこに決定打を持ち込んだのはサスケだった。

 

「姉さんはアカデミーを主席で卒業した優秀な忍だから、オオイノシシくらい簡単にやっつけられるよ!」

 

 余計なことを、と思わない訳ではない。しかし、可愛い弟が自慢げに私のことを話してくれるのは、悪い気がしないのも事実だ。だから、私にはサスケの余計な発言を叱るという選択肢は初めから存在していない。まぁ、ため息くらいは吐かせてもらうけれど。

 サスケが言い終わらないうちに、私の両手はご夫婦の両手にしっかりと握られていた。

 

「お願いします、どうか私たちをお助け下さい」

 

 善人だなどと自称する気はないけれど、私は極悪非道という訳でもないのだ。泣いて頼まれれば、断るなんて出来るはずもない。

 何より、私の隣でサスケが印を褒められた時同様、キラキラした顔で私を眺めている。その期待を裏切るなんてもっと出来ない。

 ボランティアなんて私の柄じゃないのに。

 結局は私は首を縦に振ったのだった。

 

「いくらなんでもでかすぎでしょ……」

 

 オオイノシシというくらいだから、大きいイノシシなのだろうとは思っていた。しかし、大きいにも程がある。正直、この大きさは想定外だ。

 現れたオオイノシシは、通常のイノシシより二回りと言わず大きかった。多分、普通のイノシシ5頭分ぐらいの大きさはあるんじゃないだろうか。有り得ない。何を食べてこんなに大きくなったんだ。スイカか、高級スイカのせいなのか。

 オオイノシシはふんふんと鼻を鳴らしながら、あらかじめ準備していた罠へと近づいていく。が、正直あの罠では無駄だろう。あんなのは規格外だ。罠の方が持たない。

 そして、実際に持たなかった。オオイノシシがおびき寄せるための餌に近づいたところで、仕掛けておいた網がイノシシを包む。が、無意味だった。網の方が耐え切れずにちぎれてしまっている。見る影なく破れた網がなんだか無残だ。

 

「姉さん、どうするの?」

 

 一緒に木の上から様子を窺っていたサスケが私に聞く。どうするったって、そりゃあこうなったら一つでしょう、勿論。

 

「実力行使」

 

 言いながら、私は木の上からオオイノシシ目掛けて飛び降りる。勢いつけて、その背中にかかと落としを食らわせてやった。

 が、ぽよんと柔らかい食感がするだけで弾かれてしまう。私はくるりと宙で一回転をしてから地面に着地する。

 

「げ」

 

 私の目の前にいるオオイノシシは平然と立っていた。結構勢いつけて、かかと落としを繰り出したのに。私は、内心でため息を吐く。どうやら、有り余る脂肪でダメージが通らなかったらしい。メタボめ。

 オオイノシシは、私の攻撃に大層お怒りらしく、鼻息荒く突進してきた。スピードはあれど、ただの直進。避けるのは難しくはない。

 

「サスケ! 頭を狙って」

 

 背中で駄目なら、狙うのは急所。頭を揺らされれば、人間だって脳震盪を起こす。イノシシだってそれは同じたろう。生物である限り、脳は急所だ。

 イノシシがいたのは、ちょうどサスケがいる木の真下。アカデミー就学前とはいえ、サスケは優秀だ。大きいとはいえ、イノシシを狩るくらい出来ないとは思わない。私が大声で指示を出せば、すかさず木の上から黒い影が飛ぶ。

 黒い影は華麗にオオイノシシの頭上に舞い、獲物の脳天を見事に捉えた。

 ドシンと大きな音が響く。音源に目を向ければ、オオイノシシが伸びている横でサスケが満面の笑みでこちらを見ていた。

 

 

 

「ねぇ、兄さん!」

 

 家に帰りつくなり、サスケはイタチに飛びついた。聞いてよ、とはしゃいだ声が部屋に響く。今日の武勇伝をイタチに一刻も早く聞かせてやりたいらしい。

 ブラコン。サスケの姿にそんな四文字が頭を過ぎるが、それを言ったら自分も同類なので、何も言わずに私は台所に向かった。

 随分と立派なスイカを抱えて台所に現れた私に、母さんが「あら」と驚いたように小さく声を上げる。

 あの後、伸びたオオイノシシを引きづって現れた私たちに、農家のご夫婦がお礼にと言って、立派なスイカをくれた。大切な農作物を頂いてもいいのかと少し思ったが、結局はご夫婦に押し切られた。頼むのも強引なら、お礼も強引な夫婦であったと思う。

 

「それ、どうしたの?」

 

「戦利品」

 

 母さんの問いに、私は簡潔に答えた。

 そんな一言じゃ、まるで意味が分からないに決まっている。でも、私が説明するまでもないだろう。あの様子じゃ、きっと夕飯までには、母さんにもサスケが自分で全部説明してくれるに違いなんだから。

 それでも、と私は居間から聞こえてくるサスケの声を聞きながら思う。

 後で、イタチにだけは可愛い弟との小さな冒険譚を自慢してやろう。季節外れのスイカでも食べながら。

 そんなことを考えていたら、私はなんだか愉快になってきた。そんな私の背中に小さな衝撃が襲う。振り返ると、笑顔のサスケがいた。

 

「俺、今日すごく楽しかった!」

 

 満面の笑みを浮かべるサスケにつられて、私も思わず頬を緩ませる。

 

「そっか」

 

 また、一緒に出掛けようというサスケの言葉に、私は勿論迷うことなく頷いた。

 そんな平和な中秋の一日。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 今日のおやつはおはぎかぁ。

 テーブルの上におはぎを見つけて、私は少しだけ浮かれる。甘いものは大好きだ。

 どうやら私は、この体になってから特に甘いものが好きになったらしい。昔も決して嫌いではなかってけれど、今ほどではなかったと思う。

 代わりに昔は平気だったものが苦手になった。セロリとかカイワレダイコンとかピーマンとか。苦い野菜ばっかりだ。食べられないほどじゃないが、好んで食べたくはないとは思う。お子様舌。現在の私の味覚を一言でいうと、つまりはそういうことだ。

 いそいそと湯呑に煎茶を淹れ、いただきますと手を合わせる。おはぎを一口かじれば、何とも言えない甘さが広がった。しつこすぎず、さっぱりとした甘さだ。美味しい。思わず頬を押さえてにやけてしまう。

 この世界ではまだ各人の家々でおはぎを手作りするのも珍しくなかったから、これもきっと母さんの手作りに違いない。手作り独特の美味しさに私は舌鼓を打つ。

 そんな私の前に、イタチが現れた。

 

「兄さんも食べる?」

 

 目が合ったついでに、おはぎを勧めればイタチは私の正面に腰かけた。私はイタチの分の煎茶を淹れて、彼に渡す。

 これがサスケだったらおはぎだなんて、お断りを受けていたかもしれない。断らないあたりを見ると、イタチも甘いものは嫌いではないんだろう。私の甘党は遺伝だったりするのだろうか。そんな、どうでもいいことを思う。

 私はおはぎを食べるのに忙しく、イタチもそんなに雄弁な方ではないから、自然と場は静かになる。二人で黙々とおはぎを食べるのは、ある意味異様な気もしたが、如何せん私はおはぎに夢中だ。そんな些細な沈黙など気にもならない。

 私が二個目のおはぎに手を出そうとした時、不意にイタチがその沈黙を破った。

 

「最近丸くなったか?」

 

 その一言に、おはぎに伸ばしかけていた私の手がぴたりと止まる。何を言われたのか、一瞬理解できず、私はそのまま固まってしまった。

 丸くなる。つまりは有り体に言えば、太ったということを意味する言葉だ。頭の片隅で、そんなことを思い出す。

 丸くなった。丸くなった。丸くなった……。

 イタチの言葉だけが、私の頭の中でエコーを繰り返す。

 私は呆然として、自分の湯呑を見つめた。湯呑に描かれた団扇のマークに、こんなものにまで家紋が付いているのかとどうでもいいことを考えてしまう。毎日使っていたのに、そういえば全然気にしたことがなかった。多分、慣れてしまったんだろう。昔はそれなりに、自分の着る服にいつの間にか縫われていた団扇のマークにも違和感があった。一族の敷地内にある団扇の家紋もしかりだ。

 団扇大好き一族め、とこれでも最初は思っていたものである。いつの間にか慣れてしまっていて、違和感なんか忘れていたけれど。

 私の体型も同じことなのだろうか。毎日毎日、甘いものを食べていたせいで、違和感なんかなくしていた。正直、油断していたというのもある。

 だって、日々あんなに運動しているんだ。今の一日の運動量は、前世では考えられない運動量である。太る筈がないと高をくくっていた。なんて馬鹿な私。摂取エネルギーを消費エネルギーが上回れば太るに決まっている。

 昨晩、風呂に入る前に見た自分の体を思い出す。一見すると普通だが、微かな違和感は確かにあった。主におなかに。

 デブ。女の子が言われてもっとも傷つく二文字が頭に浮かんだ。泣きたい。自業自得としか言いようがないけれど。

 体重を減らすためにすべき手段なんて限られている。運動をするか、食事制限をするか。運動量はもともと多い。だとすれば、答えは一つしかない。考えたくない対策法が頭に浮かんで、私は思わず首を振る。

 だって、ほら。私、成長期だし! 成長期に食事制限だなんて、発育に悪い影響を与えるかもしれないし!

 私は脳内で、必死に自分に言い訳を繰り返す。食事制限なんて冗談じゃない。

 そもそもこの体になってからは当然だが、ダイエットなんてしたことない。以前の体の時はいろいろやったけど、それだってほとんど長続きしなかったし、芳しい結果だって得られていない。結果が得られてないんだから、以前の知識も経験も何の役にも立ちはしないのだ。

 とりあえず、私は涙ながらに、おはぎに伸ばしかけた右手を膝の上に戻した。

 忍とは耐え忍ぶものなのである。




秋に書いた話。
食べ物の話を書きたかった。

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