夢にも思わない 作:ODA
という訳で、無事に下忍になった私は、例によって例のごとく。Dランク任務の雑用をこなす日々を過ごしていた。
はっきりきっぱり言えば、多少面倒だが、これくらいが楽でいい。私は命のやり取りなんかしたくもないので、これはこれで平凡で幸せな日々ではあった。
今日だって、何の変哲もない一日を過ごせると思ったんだけどな。
その日の任務は、物品の運搬だった。物品と言っても、巻物だとか、貴重な宝物だとか、勿論そんなものではない。何でもどこぞの大名が、他の国へ嫁いだ愛娘の子ども(要するに孫)の誕生日に贈るプレゼントを運んで欲しいとのこと。完全に雑用である。忍がやるような仕事ではない。
とはいえ、運搬先は他の里だ。距離がある。日帰り任務とは行かないだろう。今回の任務は、三、四日ほどかかるらしい。
泊まりがけの任務ならば、それなりの準備が必要だ。任務の言い渡しの後、「一旦解散して各自準備、三時間後に集合」という上忍の言葉を合図に、私たちは散った。
家に帰って、取りあえず母さんに泊まり込みの任務になったことを告げる。母さんは気を付けなさいと静かに笑っただけだった。
さすがは忍の家の妻。六歳児を笑顔で送り出すとはなかなかやる。私は前世では未婚で子どももいなかったが、同じことは出来ないだろうなぁと思った。忍の里の母は強い。偉大だ。
私は手早く支度を済ませてから、家の中にいる筈のサスケを探す。任務は三日はかかるのだ。しばらくサスケにも会えなくなる。今のうちにサスケを補充しておくのだ。
そう思って居間へと向かえば、先客が既にいた。
「……兄さん?」
後ろ姿に声を掛ければ、イタチは振り返りながら、口元に人差し指を当てた。
イタチの背中越しに覗き込めば、そこではサスケが眠っていた。穏やかな顔して眠るサスケに、私は思わず笑みを零す。
本当は抱きしめて、いっぱい遊んでやりたかったんだけどな。穏やかなサスケの寝顔を見ていると、起こしてやる気にはならない。
サスケは後で怒るだろうか。私はともかくイタチも三日も家を空けるのだ。お兄ちゃん子のサスケはどうして起こしてくれなかったのかとへそを曲げるかもしれない。
それでも、やっぱり穏やかに眠る弟の姿は、それはそれで大変可愛らしく、愛おしいもので。結局、起こすだなんて無粋な選択肢など存在しようもないのだ。
私はイタチの隣りに座って、サスケの寝顔を静かに眺めた。
「サスケへのお土産を買ってくる暇あるかなぁ」
「……どうだろうな」
私たちは眠るサスケを眺めながら、そんな会話を密やかに交わした。
およそ丸一日かけて辿り着いたその国は、海に面した穏やかな場所だった。吹き抜ける風は潮の香りがする。元来、日本という島国出身の私としては、潮の香りは少し懐かしい香りだ。
だが、これは任務だ。バカンスではない。潮の香りは懐かしいが、任務遂行が一番である。
私たちは、国に着いて早々に目的である大名の孫に依頼の品を届けた。
「さ、任務も終わったことだし……」
任務後、上忍がそう切り出したので、私はてっきり『きびきび帰るぞ』とでも言い出すのかと思った。が、その予想はあっさりと裏切られる。上忍が口にしたのは、まったく別の言葉だった。
「今から二時間自由時間にする!」
「……は?」
いやいやいやいや。待て待て待て待て。
私は心の中で高速で突っ込みを入れる。
確かに、荷運びの任務は終わった。後は帰るだけであるのは間違いない。だが、帰るまでが遠足……じゃない、任務ではないのだろうか。報告を済ませてようやく任務完了になる。途中で遊ぶのは如何なものか。
「お前たちが頑張ったおかげで予定より早く目的も達成出来たし、まあ、その分休憩も兼ねての自由時間だ」
上忍にそう言われて、私の眉はぴくりとつり上がった。
予定より早く着いた? まあ、それは間違いないだろう。だが、行きの行程を思い出して、私はかなりうんざりする。
はっきり言えば、今回の任務、“任務自体”はそう大したものでもなかった。そもそも下忍に成り立ての新任忍者が任されるような任務だ。大したことないに決まってる。というか、そうでないと私が困る。
原作で言う波の国のような話が簡単にあちこちで起こっていたら、困るのだ。あんな活劇は物語としては面白いだろうが、当事者にはなりたくない。あんな事件に巻き込まれたら、現時点の私は軽く死ねるんじゃないだろうか。
そう考えて、サスケはよく頑張ったなと思った。まだまだ未来の話ではあるけれど。
とにかく、問題は依頼内容そのものではなかった。途中のその過程がかなり問題だったのだ。
私たちはこの地に着くまで、何故か街道を通らず、『真っ直ぐ行った方がきっと早い』という上忍の発言により、木の葉からこの場所まで文字通り“一直線”にやって来た。
はっきり言えば、道中、獣道を通り、水の上を走らされたのだ。
おかげで、獣道では狂暴な野生生物と遭遇し、無駄に戦闘を繰り返した。大した生き物はいなかったが、連戦が続くとさすがにキツい。いつ抜けるかも分からない獣道の中で、先の見えないマラソン大会は精神的にもだいぶ疲れた。
そのうえ、水の上の移動も自分の足で走らされたのだ。チャクラコントロールがまだそこまで上手くない私は水中に何度か沈んで、したくもない水浴びをする羽目になった。(そのたびにイタチに何度も助けられた)まだ季節は春の終わり。水浴びをするような季節では決してない。風邪を引いたらどうしてくれようか。
おかげで、予定より早くつけたのは間違いないが、辿り着いた時には私は見る影もなくボロボロだった。幼女虐待もいい加減にして欲しい。
いや、上忍のやりたいことは分かる。これも多分修行のうちなんだろう。修行だと言われれば文句はない。だが、私の横には、すいすい何でもこなしていくイタチがいるのだ。正直に言うと、あまりみっともないところは見せたくない。
スパルタ結構。けれど、イタチのいないところでやって欲しい。
とにかく、わざわざここで上忍が『二時間の自由時間』を言い渡したのは、帰りも同じ行程で帰るからよろしくということなのだろう。二時間休みをきっちりやる。だから、帰りも覚悟しろよ、と彼の真意を代弁するならこうなると思う。あんまりだ。
私は怒りにぷるぷる拳を震わせた。
「ふざけるなあぁぁぁ!!」
私の絶叫は、けれど、上忍の笑顔に軽く流されるだけだった。
結局、与えられた二時間の自由時間。私は海でも眺めてのんびり休憩をすることにした。
他人の思い通りに動くのは癪に触るが、実際問題、帰りの行程を考えると少しは休んだ方がいい。そのまま即座に里へと帰ったならば、私は多分家に帰り着く頃にはぼろ雑巾に変わっているだろう。
仕方なく体力回復も兼ねて、まったり自由時間を過ごすことに決めた。
海に近いこの土地は、どこにいても何だかしょっぱい香りがする。そういえば、この体になって海なんてまともに行った記憶がないなぁと思ったら、急に磯の香りが恋しくなった。
海に入るにはまだ些か早い季節ではあるけれど、波音を聴くくらいならいいだろう。そう考えて、私は海辺を目指すことにした。
大名の孫の屋敷は高台にあったから、海を目指すならば自然と坂を下ることになる。
一人でうろうろするのも何だし、私はイタチと連れ立って散策に出掛けた。一緒に行こうと誘えば、イタチは容易に首を縦に振ってくれる。元々、断られるとは私も思っていない。イタチは私やサスケにはうんと甘いから。いいお兄ちゃんである。感心する反面、私もサスケは大好きだが、あそこまでサスケに尽くすことは出来ないとも思ってしまう。結局、私は我が身が一番な身勝手な人間なのだ。
石畳が敷き詰められた坂道に木の葉とは違う文化を感じて、道を歩く足取りも軽い。遠くへ来たのだと今更ながら実感して、なんだか嬉しくなった。
木の葉の里が嫌いという訳ではない。ただ、遠くの街に旅行に出掛けたりすると不思議な開放感があるもので、今の私はまさしくその状況だったのだ。
道の脇の露天も木の葉では見ないようなものが並んでいる。正直、楽しい。
サスケへの土産になりそうなものはないかと横目で探すが、どうやらここは観光地らしく、装飾品の類ばかりだ。サスケが喜びそうな品ではない。
そもそもサスケが喜ぶものって何だろう。トマトは土産には向かないだろうし……まあ、いいや。適当に浜辺で貝殻でも拾おう。お金もかからないし、多分それくらいが四歳児にはちょうどいい。
浜辺に辿り着くと、時期はずれのせいか私たち以外は誰もいなかった。実質、貸切だ。少し嬉しくなる。
嬉しくなるついでに、私は浜辺で靴を脱いだ。
「ナナセ?」
イタチは私の急な行動に驚いたようだが、私は気にしないことにする。
泳ぐにはまだ早い季節でも、足を入れるくらいなら問題ないだろう。
脱いだ靴を丁寧に砂浜に並べてから、私は引き寄せる波に向かって走り出した。
「きゃっ!」
足にかかった海の水はひんやりとしていて冷たい。けれど、私が上げた小さな悲鳴は、私自身、嬉しそうな響きを持っていると感じた。海にはしゃぐ子どもそのものだ。
海の水を両手ですくい上げて、空に散らす。陽光を浴びて、海水は宝石のように空中に舞った。
「ナナセは海が好きだったのか?」
知らなかったと言わんばかりのイタチに、私はふふっと笑顔を返す。
「嫌いじゃないよ。でも、それ以上に開放感があるからかもしれないけど」
私がそう言えば、イタチはまじまじと私を見つめた。
「いつもは結構努力してるの」
ここが里の外だからだろうか、言うつもりもない本音がついポロリと零れた。
「私は兄さんの妹で、サスケのお姉さんだから。恥ずかしい真似出来ないじゃない?」
「……」
「でもね、努力はしてるけど、無理はしてない。努力するのも、兄さんの妹でサスケのお姉さんであることも嫌いじゃないもの」
イタチが何かを言いかけたが、彼が何かを言い切る前に私はそう続けた。
これは本音だ。嘘じゃない。
良かったと思う。私はイタチの妹で、サスケの姉で。少なくとも今は。未来の私は後悔するかもしれないけれど、私は今の私が決して嫌いではないのだ。
時々、いろんなことに息が詰まって今日みたいに羽目を外してみたくもなるけれど。
「私って案外子どもっぽいでしょ?」
「……どんなナナセでも、ナナセはナナセだ」
私の意地悪な質問にも、イタチは生真面目にそう答えてくれた。それが嬉しくて、私は笑う。
いきなりこんなカミングアウトされても、イタチにしてみれば迷惑だろうに、彼は私に真剣に取り合ってくれる。それが嬉しい。
やっぱりイタチは優しい、と私は小さく呟いた。私の呟きは波音にかき消されて、誰の耳にも届かないまま波と共に散った。
イタチのその優しさを私は好ましいと思う。時々、そのまま寄りかかってしまいたくなる時もあるけれど、それこそ私らしくない。だから、私はこうやってほんの一時、その優しさに甘えるだけにしなければいけないと思った。
しばらく波と戯れていたら、急にイタチが私の名前を呼んだ。
「ナナセ」
イタチのもとに駆け寄れば、イタチは何かを私の髪に挿した。それはどこか甘い香りがして、大輪の花であると気が付く。どこかで見つけてきたのだろうか。
「そろそろ戻った方がいい」
イタチはそう言って、私に左手を差し出した。私はイタチの左手を右手で掴む。
「うん、戻ろ」
私はイタチの左手を握ったまま、波から足を上げた。
「……つけられてる?」
私の言葉にイタチは前を向いたまま、小さく頷いた。
浜辺から集合場所へと向かう途中、私はいつからか私たちを追って来ている気配に気がついた。おそらくこの気配、一般人ではない。忍だ。
私たちはお互いに目を合わせず、前を向いたまま道を歩く。不自然さがないように、表情は出来るだけ普段のそれを装った。
数は三人……、いや四人だろうか。目的は何かは分からないが、こんな人通りの多い道で何かアクションを起こしてくるとは普通ならまず考えられない。しかし、万が一という可能性もまた否定できないだろう。
ここは木の葉ではない。他の里で問題を起こすのは、例え此方にその気がなくとも拙いだろう。民間人に被害が出れば尚更だ。
――どうする? 私は思考を巡らせる。
相手は四人、能力も目的も未知数だ。対して此方は二人。イタチがいると言えども、私たちはまだまだ一介の下忍でしかない。戦うにせよ、分が悪いのではないだろうか。
相手を撒くにしても、私たちはほんの一時間ほど前にここに着いたばかりだ。土地勘はないに等しい。逃げられるかと問われれば、運がよければとしか返しようがない。下手に動けば、不利な場所に追い込まれることも考えられる。
「次の道で右に曲がろう」
私は前を向いたまま、小さくそう言った。確かこの先の道を右に曲がれば、人気のない路地裏に繋がっていた筈だ。私は先程浜辺に向かった道順を思い出しながら、提案する。人気のない裏道ならば、私たちをつけている忍もおそらくは何らかの行動を取るだろう。
逃げるのも難しく、現状の維持も好ましくない以上、取れる行動は限られていた。迎え撃つ。それが私の結論だった。路地裏に追跡者を誘い出し、そこで叩く。路地裏ならば、一般人にも被害は出にくい。
「わかった」
正直に言えば、イタチは私の案を蹴るのではないかと思っていた。だが、意外なことに彼は真っ直ぐ前を向いたまま、肯定を示す。
迎え撃つという行為は、自分で提案しておきながら何だが、一種博打の要素が伴う。相手の力量が分からない以上、本来ならばこんな手は打たない。
戦闘というのは戦って勝てると思うときにやればいいだけで、基本的には避けるべき事柄だ。手段としては悪手となりかねない一手である。勿論、状況によっては戦わざるを得ないことも多々あるだろうが。
だから、イタチは正直この案には乗ってこないと思っていた。まあ、他に手があるのかと言われればない訳で、ベストでなくともベターな選択ではあるというところだろうか。
そうして、私たちは路地裏を目指し、道を曲がる。道を曲がると同時に、物陰に身を隠し相手の出方を待つ。
おそらくは私たちを追ってきたであろう輩の一人が路地裏に視線を走らせていた。私たちの姿が見えないことに焦ったのか、軽く舌打ちまでしている。
おいおい、あんた忍でしょう。もっと忍べ。私はそんな姿を見ながら、心の中で突っ込む。なんならお説教をしてやりたいくらいだ。そんな義理はないので、やらないけど。
そんな風に呆れていたら、背後からクナイが飛んできた。私は咄嗟にそれを右に避ける。良かったと言えばいいのか、悪かったと言えばいいのか。相手も馬鹿ばかりではないらしい。ちゃんと気配を絶ちながら、背後からの狙い打ち。正直、ひやりとする。
「兄さん、そっちは任せる!」
言いながら、私は体勢を整える。“そっち”とはつまり正面から私たちを追ってきていたヤツのことだ。イタチなら、多分問題ない。
そっちは任せる。言いかえれば、こっちは任せろということ。私は目を細めて、私を狙った相手を見据える。
クナイの方向から相手の位置を確認し、私は相手との距離を詰める。相手の能力も実力も分からない。ならば、先手必勝、一撃必殺、これに限る。
印を組み、息を吸い込む。次いで、息と共に炎を吐く。
――火遁・業火球の術!
炎の塊は見た目は派手だが、当たりづらい。そもそもモーションでバレるし、息を吸う間がある。射程距離も長くない。ので、ある程度実力のある相手には単発で打っても当たりはしないだろう。見た目が派手な分、威嚇や誘導には向いていると思うけど。
実際、私は術が当たるなどとは思っていない。当たればラッキーぐらいには思っているけれど。
あっさりと相手は炎を避ける。けれど、予想済み。
ここは狭い路地裏。逃げ場は限られる。奥は袋小路だ。
バン、と大きめの音が響く。起爆札。私が路地裏に入ると同時に仕込んだ罠だ。上手くいっただろうか。
けれど、敵さんもそこまで甘くはなかったらしい。
「地面が……!」
不自然に歪んだ地面が、相手を起爆札の爆発から守っている。
――土遁か。
「年齢の割にはやるようだが、相手が悪かったな」
相手が私を嘲笑う。
「!」
――足が動かない。
咄嗟に足元に視線を走らせる。
「俺の能力は地面に粘性を持たせる能力だ」
ありがたいことに、敵さんはわざわざ自分の能力を説明してくれた。何で好き好んで相手を有利にするようなことを語らねばならないのか。アホなのか。そんなことを内心考えるくらいには、今の私には余裕があった。
小物臭がする言動から見ても、多分相手はそんなに強くない。まぁ、私の比較対象は担当上忍及びイタチくらいしかいないので、それが正しい認識かはよく分からないけれど。
でも、彼らに比べるとこの相手は強くない。相手が子どもだからと言って見くびるようなやつが彼らより強いわけがない。
相手の能力は粘性を持たせることだと本人も自白していた。
粘性を持たせる。つまりは、地面がガムテープや接着剤の役割を果たしているってことか。私の足が動かないのは、おそらくは起爆札の爆発を防いだ時に一緒に術を仕掛けられたんだろう。地面に粘性を持たせ、私の足を拘束しているというところか。
「相手が悪い? それは――、」
けれど、私は焦らなかった。例えば磁力のように吸引する力ならば、また結果は違っていたんだろう。でも、粘着力だって言うんなら、問題ない。
私は小さく息を吸い込んだ。そして。
「私が決めることよ!」
威勢良く吠えながら、私は相手との距離を詰める。そして、相手の顎を蹴り上げた。
その足は靴は履いていなかった。
顎の先端を蹴り上げてやったので、脳震盪を起こしたのだろう。相手はそのまま後ろへと倒れた。
すぐさまイタチの方へと振り返れば、そちらももう終わったらしく相手が地に伏している。心配はしてなかったが、正直ホッとした。
その油断がいけなかったんだと思う。
「動くな」
背後から聞こえた声と首筋に当たる冷たい感触に、息が詰まった。
振り返らなくとも、自分の状態が手に取るように分かる。クナイの先端が首の皮に触れていた。
私たちを追っていた輩の人数は二人ではないと、初めから分かっていたのに。自分の愚かさに舌打ちしたくなる。
自分が傷付くだけならいい。それは私が招いた結果だから、当然の報いだ。けれど、これではイタチだって動けまい。
足手まといという言葉が、頭の中でぐるぐると回る。後悔が私を責め立てた。
その時だった。
「悪いけど、部下を死なせる訳には行かないんだ」
上忍の声が降ってきたと思ったら、私の背後に立っていた男が思いっきり吹き飛んでいた。
驚いて振り返れば、既に上忍が男を押さえつけている。
偶然にしても、タイミングが良すぎやしないか。私が驚いて目を丸くしている横で、イタチは平然とこう言った。
「やはり、あなたでしたか」
「え?」
イタチの言葉に、私は思わず彼を見つめる。
「ナナセ、お前が言ったように俺たちを追いかけていたのは四人だ」
イタチは平然としながら、言葉を続けた。
「敵が三人、それをさらに尾行していた者が一人」
なんですと? それは、つまり上忍が最初から私たちの後をつけていたってことですか?
上忍に向き直れば、彼はいい笑顔を浮かべていた。
さて、上忍から聞いた話や情報を整理すると、つまりはこうなる。
近頃は、この辺りで忍の里の子どもの誘拐事件が頻繁に起きており、上忍は初めからそれを知っていた。
うちはの子どもなんて貴重な存在なら、特に目を付けられやすい。なので、待ち伏せされやすい街道は通らず、行きはあんな道を通った。
念のため、休憩時間中も私たちを見張っていたら、案の定不審な輩が現れたとこういう訳だ。
「なんで最初からそう言わないのよ」
「言ったら気にするだろ?」
まあ、イタチは気付いていたみたいだけど。
その上忍の言葉を聞いて、私は思わずイタチを見つめた。
「兄さんも知ってたの? 知ってて黙ってたの?」
私の問いに、イタチはそっと私から視線を外す。イタチは何も言わなかったけれど、沈黙は肯定と同じことだ。
「……なんで」
そのイタチの態度に、私は何だか裏切られたような気分になった。
私はそんなにも信用ならないのだろうか。そんな疑問が私の胸に湧く。
イタチと私が対等だなんて思い上がるつもりはない。私はイタチよりは確実に劣っている。それでも、イタチは私を認めてくれていると思っていた。最低限の信頼はあると、私は勝手に信じていたのだ。
けれど、イタチにとっては違ったのだろう。
私はいつまでもイタチにとっては庇護の対象で、――足手まといなのだ。
だから、イタチは私に何も言わなかった。イタチは私を信用していなかったのだ。
さっきの自分のミスも相まって、私は悔しさに拳を握った。肩が震えているのが自分でも分かる。
足手まといで役立たず。私はイタチの足枷でしかないのだろうか。
それなりには努力してきたつもりだった。でも、本当にそれは“つもり”でしかなかったのだ。
私は気が付くと瞳を潤ませていた。
感情が高ぶっているのが自分でも分かる。冷静でなんかいられない。悔しいし、悲しい。あんまりじゃないか。
「……兄さんなんか嫌いだ」
私は思わずそんな言葉を呟いていた。