◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ NPCのキャラが崩壊しています。
◆ アンチ・ヘイトの意図はありませんが、保険としてつけております。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。
「ベアトリーチェ!!」
マティアスと共に叫ぶが、俺達と彼女を隔てる距離も遠ければ、立ちはだかる障害はあまりにも強大だった。
おまけに研究室から慌てて飛び出した俺達は丸腰。
丸腰で挑むなどそもそもどんな相手にもできないが、仮に兵装を整えた状態でも、あれらをどうにかできる技量を俺は持ち合わせちゃいない。
強固なはずのPTの外壁をぶち破り、抵抗しようとした咎人とアクセサリを倒し、目的のモノを手に入れて悠然と立ち去ろうとするそれら。
一度砂漠で遭遇し、その時いた仲間全員を赤子を手を捻るように打ち負かし、あっさりと棺をかっぱらっていった一人と一体。
この世界でも最強と謳われる咎人、アーベル・“シュトラーフェ”・バルトと、そのお供と呼ぶにはあまりに物騒な赤い汎用二脚。
名前は確か『憤怒の烈火(レッドレイジ)』といったか。
「ユウ! マティアス!」
俺達に気付いたベアトリーチェは俺達の名を呼び、アーベルの拘束から離れようともがいて、あっさり気絶させられた。
ベアトリーチェを担ぎ、『地上最狂(ぶっちぎり)の咎人(ヤバイヤツ)』の視線がこちらに向けられる。
その途端、俺の脚は鋼板と一緒に縫いとめられたように動かなくなった。
隣にいるマティアスもだ。
がむしゃらに突っ走っていた時とは違い、今の俺は奴のとんでもない技量がよくわかる。
あれはアカン。
俺一人どころか、マティアスと一緒でも絶対に無理だ。
恐らくここにいる全員が束になってかかっても難しい。
この広いロウストリートが、一瞬にして奴のテリトリーになってしまったかのような錯覚。
空気の成分まで変えてしまいそうな重厚かつ濃密で物騒な威圧感は、半端な心持ちでは卒倒必至だろう。
「ほう、あの時の小僧どもか」
蛇にも似た面構えの咎人が薄っすらと笑った。
どうやら覚えられてらしい。忘れてくれても良かったんだがな。
「野郎に覚えられても何も嬉しくねーよ」
マティアスは毒づくが奴には聞こえず、担いだベアトリーチェを見せ付けた。
「この娘は我が牢国へお越しいただく。この娘にしかできないボランティアをしていただくためにな」
その台詞は、ベアトリーチェと棺の関わりを知っている事を暗に仄めかすものだった。
予想通りとは言え旗色の悪い展開である。
ジーンさんよ、いい仕事してくれたな。さすがは超人市民の上司だ。くたばれ。
「その割には随分と強引なお誘いじゃあないんスかね」
俺は笑って続ける。
「しかもベアトリーチェにしか出来ないボランティアとか。捉えようによっちゃあ、なかなかのシチュエーションに色々なところが熱くなりますなぁ」
「お前な、内外にゲスいこと表明してんなよ。俺まで同類に見られんだろうが」
「特六─九号法悦作戦、目標到達ってか」
「最低だよ、お前」
浅瀬に仇波っていう言葉がある事をウーヴェから聞いた事がある。
今の俺はまさにそれだ。
「下劣なヤツだ」
お褒めいただき恐悦至極。
当然、アーベルは大仰な身振りで一蹴した。
「心配はするな。貴様の思うようなゲスなことはしないし、させもしない。これは大事な『鍵』だからな」
「ユウ」
声をかけてきたのは、ウィルオードライブを抱えたポンコツだった。
傍らには、マティアスのアクセサリも同じようにウィルオードライブを抱えている。
黙って受け取ると、手早く装着をした。
「ナタリア・“9”・ウーより連絡です。『後二分ほどで部隊が到着する。それまで時間を稼げ』以上です」
「二分か」
ポンコツの報告に思わず顔をしかめる。
遅ぇよ、二分も持たねぇよ!
だがやるしかないのだ。
マティアスと目が合った。
瞬時に役割分担完了。俺は手すりに手をかけ、アーベルに向かってグッと身を乗り出す。
「へえ、そうなんスか? でも、あんたがここまでやってきた仕打ちを見て信用するようなヤツぁ、暢気が売りのこのPTにも、さすがにいねえと思うんスけど?」
「抵抗さえしなければ何もしない。そう言ったがな」
そう言って奴の顔が凶悪に歪んだ。
途端、目の前に赤いモノが降ってくる。
来た!
「おおおおおあああああ!!」
マティアスが雄叫びと共にカンナギを構えて飛び出し、同時に俺もレッドレイジに向けて荊を射出。接続し、大きく跳躍をして、アーベルの姿を捉えた。
体を捻って、アーベルの背後へと荊を飛ばす。
ヤツがベアトリーチェを抱えている以上、刃を振るうことはできない。
ならば、今とっさに考えた俺の必殺技、咎人フリーフォール荊アタックだ!
まあ、何て事のない渾身の体当たりってヤツだが。
当然向こうは予測済みで、瞬時に取り出した得物で俺を弾き飛ばす。
こちらもこうなる事はわかっていたので、すぐさま受身を取って体勢を立て直した。
しかし、なんつー重さと鋭さだよ。
奴の斬撃を受け止めたムラサメは刃こぼれ一つしていなかったが、持つ腕と手が鈍い痛みを発している。
息つく暇などなかった。
ヤツが得物を振るうたびに、とんでもないスピードと威力の衝撃波が俺を襲う。
重金属で出来ているはずの鉄骨があっさりと切り刻まれて宙を舞い、床の縞鋼板が火花を散らしてえぐれ削れていく。
アクセサリにレッドレイジへの攻撃を指示しながら荊でひたすら逃げ回り、隙を窺うが全くそれが見当たらない。
ベアトリーチェを抱えてるってーのに、この威力、そして身のこなし。
天賦の才を持つ上に、とんでもない修練も重ねて来たのだろう。実力に差がありすぎて、嫉妬する気持ちすら起きない。バケモノめ。
横目で見れば、アクセサリ達が攻撃をしながらレッドレイジをひきつけている間に、マティアスが渾身のチャージ攻撃を喰らわしたところだった。
轟音と共に床の鋼板が重さと衝撃で大きく歪む。
「クソッ! やっぱ全然きいてねーよ、コイツ!!」
チャージ攻撃を喰らったはずのレッドレイジの下半身は、全くのノーダメージ。
その時、脳裏に赤い光が瞬いた。警告の閃き。
視界にアーベルの姿がない。
ヤバッ!!
荊を適当な外壁に打ち込み、瞬時に移動。
瞬間、俺のいた場所にヤツが得物を構えて落下攻撃をしてきた。
「手前!」
ベアトリーチェ抱えてんのに、何だよ、その攻撃は!
アーベルは構わず、例の歪んだ笑みを浮かべて大きく素早く得物を振るう。
それと同時にレッドレイジが四つんばいになった。
あ!!
「マティアス!」
語尾にロストを告げるが如きレーザー音。
そしてレーザの走った場所が瞬時にして爆発を起こす。
吹っ飛ぶマティアスとアクセサリが炎と爆煙の向こうに見えた。
『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』
これはいつもの事だからどうでもいい。
マティアスは無事か。
『畜生! ナタリアたちはまだかよ!』
どうやら無事のようだが、ヘッドフォンから聞こえてくる声は相当に苦しそうだ。
こちらも余裕は一切ないが、まずはアクセサリを何とかしないと。
思った瞬間には大きくジャンプをし、煙が立ち込める向こう側へと荊を射出した時だった。
「戯れはここまでのようだな」
いきなり興味を失ったかのようなアーベルの声。
アクセサリ二体を叩き起こしながら、状況を把握した。
ロウストリートの大扉が音を立てて開かれ、そこから赤い服に手には武器を持った人間が現れた。
大扉だけではない。
そこかしこの扉や通路からも、赤服連中が現れ配置に着く。
ようやくお出ましかよ。
安全保障局の連中と、その親玉であるナタリアが、アーベルと対峙した。
「アーベル! このPTに土足で踏み込み働いた狼藉、その身をもって今償ってもらう!」
「それはできんな。この鍵を我が牢国に迎え入れるのが最優先事項ゆえ」
「貴様、やはり知っているのか」
「無論。このPTの市民の仕事振りは優秀にして熱烈だったぞ。おかげでいち早く迎えにくる事ができたのだからな」
ナタリアの表情が苦渋に歪む。
……嫌な予感がする。
予想もしていなかった展開を迎えそうな気がする。
マティアスと合流しながら、嫌な予感の原因を探ろうとする俺の耳に、アブダクターの咆哮が轟いた。
マティアスとアクセサリはたまらず蹲るが、俺は無事。
装備していて良かったハウリングキャンセル。
声のした方向を見れば、赤服連中が荊のチャージ技を使ったのだろう、レッドレイジが赤い荊に何重にも捕縛されていた。
「構え!!」
混沌を鋭く切るようなナタリアの声。
一斉に赤服連中が銃を構える。
統率されたその動きは小気味が良いが、その銃口の先には──。
「おい! ナタリア、手前っ!」
マティアスは声を荒げて叫び、駆け出そうとする俺達を、ナタリアのオトモアクセサリ三人が立ちはだかる。
ナタリアの、このPTの上層部の意図はあまりにも明快だった。
鍵の奪還が不可能な場合は、鍵を消せ。
理解はできるのだ。
鍵となるベアトリーチェがいなくなれば、アーベルがかっぱらった棺は開く事はない。
この危険人物の手によって、棺が開かれる事による最悪の危機を回避できるのだ。
少ない犠牲で最大の効果を。
しかもその犠牲は穀潰しの咎人、たったの一人。
だがそれは、俺もマティアスも到底受け入れられるものではない。
オトモアクセサリどもに取り押さえられながら、ナタリアの横顔を見つめる。
あんた、前の取得考試で言っていたこと、本気で実行するんだな。
その信念に畏怖すら覚える。
なのに何やってんだよ。
手前ら市民連中にとって俺達は穀潰しの社会不適合者なんだろ。替えのきく低資源素材なんだろ。
だったら、一瞬でもそんなシケたツラすんのやめろや。
そんなツラされたら、怒り狂いたいのに萎えるんだよ!
俺達の懊悩をよそに、銃口を向けられた本人は全く気にしていないようだった。
嘲笑を浮かべ、芝居がかった仕草で両腕を広げる。
「弱者の茶番か。実にくだらん」
そして何故か、視線を俺に定めた。
「よく見ておけ小僧。弱いという事は、この世界で何よりも罪深いのだという事を」
言い返そうとして、思わず目を疑った。
奴の表情は、あまりにも意外なものだった。
どうしようもない苛立ちと無力感が喉元に競りあがる。
またかよ。
また俺は、弱い自分とやらを目の当たりにしなきゃいけねーのかよ。
そうこうしている間にもナタリアは顎を引き、刃物のような鋭い光を帯びた眼差しでアーベルを見据えた。
「止めろ、ナタリア!!」
「マティアス!」
アクセサリ共を振り切り、飛び出そうとするマティアスをとっさに押さえ込む。
このまま軍事行動の邪魔をすれば、刑期加算どころか確実に再教育直行だ。
何よりこの状況は本当にマズイ。危険すぎる。
ナタリアは右手を勢いよく前へと突き出した。
「撃てえっ!!」
ナタリアの非情な号令と共に、炸裂する無数の発火炎と銃撃音。
発射煙と火薬のにおいがロウストリートにたちまち充満する。
俺もマティアスも言葉をなくし、呆然と見守る事しか出来なかった。
◆
風呂も済ませてロウストリートに出ると、市民や咎人たちが慌しく動いていた。
恐らく、例の現場の調査と復興作業にあたっているのだろう。
独房に戻る気になれず、外壁に寄りかかってぼんやりと周囲を眺める。
しかし、呼吸をすれば鼻の奥から火薬と鉄と煤の匂いが感じられ、目を閉じればアーベルとベアトリーチェと、そして本日最大の惨劇が目に浮かんだ。
あの後、安全保障局の一斉掃射を喰らったアーベルとベアトリーチェはどうなったか。
無事だった。
レッドレイジは咆哮共に自力で拘束を解き、己の身を盾にしてアーベルとベアトリーチェを守ったのだ。
外壁からあふれる外光を浴びてヒトを守ろうとするその姿は、一枚の絵にもなるような胸に迫るものだった。
まるで超古代の神話に度々名前が出てくる神の使いとは、これの事を指すのではないかと思うほどには。
だが、そう思えたのはほんの数瞬だった。
ナタリアの部隊の一斉掃射が止んだと見るや、ロウストリートを、否、このPT全体を揺さぶる爆音が轟き渡った。
アブダクターの咆哮など目じゃない、まさに大咆哮と呼んでふさわしいものだろう。
大咆哮はハウリングキャンセルでも凌ぎきれず、それどころか大音圧に曝され吹っ飛ばされた。
ハウリングキャンセルを装備してる俺でもこれなのだ。
装備していなかった連中は吹っ飛ばされた後に完全に無力化し、アクセサリにいたってはこれだけで機能停止状態に陥っている。
もはやこのPTに、この一人と一体に抗える力を持っているヤツは誰もいなかった。
そして、アーベルがベアトリーチェをレッドレイジの鳥篭(ケージ)へ放り込み、これで完全に詰みだ。
ベアトリーチェの安全はこの時点では保証できたが、それ以外の安全度はゼロになったどころか底が抜けた。
アーベルはレッドレイジの首輪部分に荊を絡め、俺達を見下ろしている。
俺に見せた表情はどこへやら、今までにないほど凶悪な笑みを浮かべてヤツは得物を振り下ろした。
そして始まる一方的な蹂躙、虐殺。
ロウストリートは鋼鉄の残骸を背景とした血と煙と炎の生き地獄と化した。
レッドレイジの頭部から何発ものレーザーが発射され、赤服連中が何かのギャグのように吹っ飛ばされていき、退避しようとする連中も、ミサイルポッドからミサイルの爆風に巻き込まれて瞬く間に鋼板に倒れ伏す。
レッドレイジ両腕のガトリング砲が先ほどのお返しとばかりに周囲を一斉掃射し、さらに生き残っている連中に止めを刺し続けた。
ハウリングキャンセルのおかげでいち早く立ち直った俺は、アクセサリを叩き起こし、未だに蹲っているマティアスを背負ってロウストリートの奥へと逃げるが、小柄な市民様とは勝手が違う。
救援にやって来たウーヴェたちに出会えなかったら、間違いなくロストしていただろう。
そうしてやって来た仲間達と協力して、生き残った連中を回収し続ける。
まだ息のある安全保障局の男を担いだ時、攻撃が止んでいる事に気付いた。
レッドレイジとアーベルが、大穴の開いた外壁から外へと出て行く。
胸に湧き上がるのは炎のような怒りと憎悪と、芯から凍えるような恐怖と無力感。
それを振り切るように俺は背を向けると、男を抱えて回収作業を続けた。
一通りの回収を終えて待っていたのは、救護班が来る前に目が覚めたマティアスと言い争いだった。
理由はナタリアの件だ。
ナタリアをどうしても止めたかったマティアスは、当然俺の態度に怒り心頭だった
胸倉を掴み上げて俺を睨みつける奴に、俺も負けじと睨み返すが、いちいち奴の言葉正しくて腹立たしい。
そうとも、本来だったらどんな手段を使っても止めていただろうよ。
だが、ベアトリーチェがアーベルの手に落ちた時点で、すでに俺達は詰んでいたのだ。
もっと言うなら、ジーンのホウライPTへの内通を気付かなかった時点で、すでに形勢は決まっていたと言っていい。
「だからって諦めるのかよ! 手前は自分の命惜しさにヒヨってただけじゃねーか!!」
青い目に峻烈な怒りを宿らせて罵倒するマティアスに、ついに俺もキレた。
「だからどうした! 俺達が弱かったからこうなったんだろうが!!」
腹の底からの大音声に辺りが一斉に静まり返るのも構わず、俺はマティアスに怒鳴り続ける。
「そもそも俺達が強ければ、ナタリアが来る前にベアトリーチェを助ける事だって出来たはずだ。でも実際は奴らから逃げ回って、生き延びる事だけで精一杯だったじゃねーか! 俺がヒヨってた? ああ、そのとおりだよマティアス君。でも手前だってレッドレイジにダメージ与えられずに泣き言言って、咆哮でふっ飛ばされて今の今まで目ぇ回してたじゃねーか!!」
「手前っ!!」
「俺達が弱かったからこうなったんだよ」
今一度、繰り返す。
「俺達が弱かったから、あの理不尽な状況を覆す事が出来なかったんだよ。違うのかよ、マティアス」
『弱いという事は、この世界で何よりも罪深いのだという事を』
奴の言っていたことは正しかった。
安全保障局どころかPT上層部もザルな事は疑いようのない事実だが、俺達の実力は変わらない。
俺たちは弱かった。
弱かったからこそ、この最悪の事態を迎えてしまったのだ。
マティアスだって本当はわかっているはずだ。
だからこそ奴は心から悔しそうに歯を食いしばり、そして吼えた。
「クソッたれがっ!!」
乱暴に胸倉から手を離して俺を突き飛ばすと、ヤツはロウストリートの向こうへと行ってしまった。
それからメディカルチェックを受けた後、安全保障局の慇懃無礼な取調べをがっつりと受け、もうボランティアを出来る状態じゃなかったから今日は店じまいだ。
これからどうするかね。
「ユウ」
声のしたほうを見れば、端末を胸に抱えたツインテールの女市民が歩み寄って来るところだった。
「ソフィアか。お疲れさん、まだ仕事か?」
「ああ。さすがに今日は残業確定だな」
ソフィアは苦笑いを浮かべて、俺の傍らに立った。
以前の大規模な資源不足の時にボランティアを介して知り合った民生委員で、この第七階層が担当区域らしい。
なのでこの階層に来てからは、顔をあわせる機会も話す機会も多くなった。
市民といえば、大概咎人を低資源扱いして馬鹿にし見下すものだが、ソフィアについてはユリアン同様それがない。
むしろ、咎人のPTでの生活を支えようと、進んで咎人と接し面倒を見ている変わり者と言っていいだろう。
俺にとっては数少ない親しい市民なのだ。
ふと気付く。
「今日はオトモはいないのか?」
「オトモ? ああ、ナターシャの事か。彼女は今日は早上がりだよ」
「そうか。どうりで静かだと思ったら」
「いなくて残念だったか?」
「嫌味を交えた小言を聞かずに済んで一安心ですわ」
「そう言ってやるな。あれでもお前たちの事を気にかけているんだから」
「それはねーよ」
ソフィアにはオトモ、もとい、銀髪で背丈どころかおっぱいも省資源なナターシャという後輩がいる。
こちらはテンプレートのような市民様なので、俺達咎人に対する当たりも当然キツく、マトモに相手をしていたら疲れるのでスルーしているのだが、それもまた気に入らないらしい。
そんなわけで、あの女の態度はいつも不機嫌か怒っているかのどちらかで、俺の中での印象はあまり良いものではない。
思わず笑う俺に、ソフィアは首を振った。
「いや、気にかけているよ。我々の立場も『正しく』理解できている。だが人間誰しもそうだが、真実を知って理解はできても、それを受け入れる事は容易ではないのさ。増してや彼女はまだ若いしな」
うわぁ、心当たりがありすぎる。
先日の取得考試から今に至るまでの俺の心の動きにオーバーラップするものがあって、内心穏やかではいられない。
己の弱さや愚かさを知って理解できても、それを受け入れる事は中々に難しい。
それを受け入れない限り前進できないのも事実だが、最近はその受け入れ作業が多く、うんざりしているところである。
一体、この受け入れ作業はいつまで続くんだろう。
俺の心中をわかるはずもないソフィアは、まっすぐに俺を見上げた。
「マティアスにはすでに伝えたが、今日は言いたい事があって来た」
真摯な表情に、波立っていた心は一気に平静に戻る。
「あのベアトリーチェという仲間の話は聞いた。正直、かける言葉が見つからない。だが無事に帰ってきて、また会える事を願っている。それと」
赤い瞳に紛れもない労わりを浮かべ、笑顔で言った。
「お前たちが無事でよかった。今日は本当にお疲れ様だったな」
……ああ、弱っているところにこれは効くなぁ。
俺は頭をかき、そして外壁から体を起こしてソフィアを正面から見た。
「ありがとな。あんたも仕事、頑張れよ」
ソフィアと別れて独房に戻ると、洗浄を済ませたアクセサリが迎え入れた。
「お帰りなさい。連絡が二件届いています」
「報告してくれ」
「了解しました。一件目、咎人ウーヴェ・“サカモト”・カブレラより連絡です。『先程はご苦労だった。ナタリアからの言伝でな、当局の連絡があるまでは独房で待機していろとの事だ。ま、お言葉に甘えて今のうちに休んでおけ』以上です」
そうさせてもらいますわ。
「二件目、市民ユリアン・サダート#eより連絡です。『今日はお疲れ様。君やマティアスたちが無事で何よりだ。……ベアトリーチェの事は聞いたよ。僕がジーンさんの異変に気づいていればこんな事にはならなかったろうに。彼女は君と同じく大切な友人だ。君たちを助けるために、今僕に出来る事を全力でやる事にするよ。それじゃ』以上です」
ジーンの件は、むしろ安全保障局が猛省すべき点であり、一市民のユリアンが気に病む必要はないはずだ。
だがそれでも、前向きに今出来る事を懸命に取り組もうとするユリアンは強いと思う。
凹んでばかりいないで、俺も見習わないとな。
とりあえず、ウーヴェとユリアンに返信しよう。
「二件の伝言をお預かりしました。現在送信中。……送信を完了しました」
歯磨いて後遺症の薬飲んだら寝るとしよう。
ベアトリーチェの事は気になるが、少なくとも棺が開くまでは命の保証はできるはずだ。
それに、捕虜の保護はPT法で取り決められている。
アーベルの言葉と、ホウライPTの順法精神を信じるしかない。
俺にできる事は、万が一に備えて体調を整える事くらいだし、むしろそれが最優先だ。
一通りの事を済ませ、布団に潜りこむ。
「連絡があったら起こしてくれ」
「了解しました」
目を閉じると、浮かび上がるのは先ほどの惨劇。
拒絶しようと思わず硬く目を閉じる。
だが薬の力もあって、程なくして眠りに落ちた。
◆
結局あれから連絡はなく、そのまま朝を迎えた。
朝飯を食いながら見たロウストリートジャーナルでは、昨日の件での復旧ボランティアの協力要請が告知されていた。
見ながら思い出すのはベアトリーチェのことだ。
ちゃんと眠る事ができただろうか、飯もちゃんと食えているのだろうか。
そこまで思って湧き上がる自己嫌悪を、咀嚼していた飯ごと飲み込む。
マティアスの言うとおり、俺はあの時怯んだ。
アーベルのあまりの非凡な才能と、ナタリアの峻峭な覚悟に圧倒されたのだ。
今思い出しても怖気が走る。
特にアーベルについては実力が違う以前に次元が違う。俺が死ぬまで鍛錬を積んでも、あそこまでの域に達する事は決して出来ない。
だが、あれは何だ。
『よく見ておけ小僧。弱いという事は、この世界で何よりも罪深いのだという事を』
あの時の、俺を見ているようで見ていない、その上で浮かび上がった苛立ちと哀れみと何か遠くを見るような奇妙な表情。
傲慢で冷酷で利己的で、PT法という枠に収まらないどころか、人類の枠にもはまらないような絶対強者だと思っていただけに、あの表情はあまりに意外だった。
……あの男は、一体どんな人生を送ってきたのだろう。
このPTにいる咎人の最大の懲役年数は二百五十万年以下だ。
しかしヤツはカンスト状態。
そして十二年前の出来事。
だがそれ以前にも奴の人生はあるわけで、どんな人生を送ってきたら、ああいう人間になるのだろうか。
考えても答えなど出るわけがない。
それよりも、飯を食い終わったら訓練場でトレーニングでもしよう。
奴の動きを結構な時間見る事ができたから、一度トレースしてみたい。
何より、動いていたほうが気も紛れるし。
メシを食いきり、アクセサリに訓練場の予約を頼もうとした時だった。
「ナタリア・“9”・ウーより連絡です。『今すぐユリアンの研究室に来い』以上です」
◆
ナタリアとユリアン、そして主要メンバーによる打ち合わせが終わり、俺は待機時間を利用して、急遽ポンコツをプラントに持ち込んでメンテナンスを行い、その足で訓練場にやって来た。
アーベルの動きをトレースして、少しはアーベル攻略の足しになればと思ったのだ。
付け焼刃なのはわかっているが、それでもやらないよりマシだろう。
朝っぱらから三時間ほどかけてボランティアやセルガーデンで集めた材料で、今頃ユリアンとその同僚達が、対レッドレイジ用のモジュールを作成しているはずだ。
恐らくはナタリアの監視の元、死に物狂いで。
ユリアンの不眠不休の働きで、レッドレイジの攻撃無効化の対策を打つことが出来るようになった。
内容はサッパリわからず、理解できたのはこのモジュールを使えばレッドレイジにダメージを与えることができるって事と、ユリアンはやはり超人だったって事だけだ。
ただユリアンは顔を曇らせてこうも言った。
「確かにこのモジュールを使えば攻撃無効化を解除することはできる。でも無効化を解除する事しかできないから、レッドレイジの装甲がそもそも固ければ戦闘の時間は延びてしまうだろうね。兵装はちゃんと整えたほうがいい。それと、大咆哮については防ぐ事はできないから」
「それについては問題ない」
ユリアンの台詞を遮り、ナタリアがメガネのつるを押し上げながら口を開いた。
「八甲(やこう)重機にハウリングキャンセルの改良を取り急ぎ頼んでいる。貴様はモジュラーの製作に専念しろ」
「了解した」
ユリアンもそうだが、八甲重機の技術者も大変だな。
まあ、状況が状況だけに頑張っていただく他ない。
ともあれ、攻撃の無効化が解除できるのは大きなアドバンテージだ。
しかし、アーベルを何とかしない限りは勝利への光明は決して見ることはない。
そんなわけで、アーベルが持っていたのと同じ武器を急遽作成し、まずは一通りの動いてみることにした。
そもそも、大剣を使ったのは記憶をなくして再教育を受けた時以来だ。
ずっと小剣ばかり使ってきたから、その動きはフラストレーションを感じつつも新鮮ではあった。
作った武器は残影というPROTOTYPE社製の、ロゴにも象徴される代表的な大剣である。
隼影、牙龍、炎龍、影月といった、超渋くて浪漫溢れる武装を作るメーカー製だけあって、その大剣も実に独特の形をしている。
俺の背丈以上ある刀身部分は細くゆるかに反っており、鋼の硬質で一切の情のない輝きと、凄みすら帯びた形状の美しさはどうだ。
材料の選定から鍛造、研ぎに至るまでの一連の技術に全く無駄のないストイックな造形美。
このメーカーだからこそ作れる一品と言える。
率直にそう誉めたら、とぼけた雰囲気の製作担当者と思しき三人の市民が、子供のように表情を輝かせ、商売っ気無しに熱く語ってくれたのが印象的だった。
ほぼ聞き流したが。
このメーカーの作る武装はぶっちゃけ効率と採算を度外視したものが多いが、勤める連中がみんなこんなんばっかだとしたら、なるほど納得のラインナップである。
「咎人マティアス・“レオ”・ブルーノが、入場の許可を求めています」
「マティアスが?」
「はい」
控えていたポンコツの発言に動きを止める。
先ほどの打ち合わせの時、奴とは挨拶をしただけで会話をしていない。
昨日の件については謝るつもりはないし、向こうも謝る気などないだろう。
だが、次のボランティアもあるし、多少は意思疎通ができるまでにはしておきたいとは思っていたが。
「入れてやってくれ」
「了解しました」
程なくしてマティアスが登場した。
やはり先程同様、表情は固い。
俺も似た様なもんかもしれない。
「うーっす」
「おう」
迎え入れると、マティアスは片手を上げて応えた。
「どした?」
「少し体を動かそうと思って訓練場を探してたんだけど空いてなくてな。一緒に使わせてもらえねーか?」
「構わねーけど」
珍しいな。
どちらかと言えばコイツ、練習とか鍛錬とかそういう努力の類を人に見せないほうだと思ってた。
俺も以前までは人目を気にしてそんな事したけど、前の取得考試で体を壊してからやめたのだ。
既に醜態は晒しているので今さらカッコつけても意味ねーし。
気を取り直して得物を構えた。
「残影?」
マティアスの呟きに、俺は肩をすくめる。
「ああ。昨日の奴の動きをトレースしてんだよ。少しでも喰らいつけりゃと思ってな」
「顔に似合わず生真面目だよな」
「凡人で小心ってだけだ。前回の取得考試から嫌ってほど思い知らされてるし」
嫌味でもなくそう言ったが、マティアスは不機嫌そうに顔をしかめた。
気付かない振りをしつつ、言葉を続ける。
「まあ一通り型に沿って振ってみたけど、奴が規格外だって事はわかったよ」
俺は得物を下ろし、マティアスにわかった事を伝えることにした。
大剣の移動速度は普通なのだが、奴はそんなのまるっと無視。
小剣使いよりも素早く移動が可能な上に、荊を使わず高々とジャンプ出来る。
それだけじゃない。
ダッシュせずにダッシュ攻撃を繰り出してくるし、チャージせずにチャージ攻撃もできる。
「マジかよ、それ……」
「それだけではありません」
呆気に取られて呟くマティアスに続いて、突然話に入ってきたのはポンコツだった。
しかもいつの間にやら俺達の近くまで来ている。
また何かのスイッチが入ったか。
驚くマティアスを尻目に、内心溜め息をつく。
先日の取得考試の時以来、コイツは何かの拍子に雄弁になる事がある。
大概、理不尽と不条理方向に行くのだが、たまに助言っぽい事を口にすることもあり、厄介な事この上ない。
ポンコツは事務的に報告を始めた。
「安全保障局からの一斉掃射を受けた際、彼はベアトリーチェを庇いつつ、レッドレイジを拘束していた荊を衝撃波で切りつけました」
「は!?」
マティアスとハモる。
何だそれ。
「レッドレイジが自力で拘束を解いたんじゃないのか?」
「彼が荊を切りつけた事により、拘束が解きやすくなったのです」
「あの弾幕の中でか?」
「彼は一定の状態の時、遠距離攻撃を無効化できる何かしらの術を持っているのではないかと推測されます」
おいおい!
他人事のように重大な情報をもたらすポンコツ。
「おい! それ、本当の事なのかよ!?」
「他の咎人と会話する権利は得ていますか? その場合は、私ではなく直接本人に話しかけて下さい」
マティアスがポンコツに詰め寄るが、判を押したような、しかしどこかずれた定型文でお断りをするポンコツ。
こういうのを見ると、いつもどおりのポンコツアクセサリなんだが。
素っ気無くお断りされ、マティアスは鼻白み大きく溜め息をついた。
「それ、間違いないんだな?」
俺が代わりに尋ねると、ポンコツは首肯した。
「搭載されているセンサ、及びロウストリートに設置されている監視カメラの映像を解析しましたが、いずれも推測を裏付ける結果が出ています」
「ああそう。そいつぁ、困ったね」
思わず天を仰いだ。
一定の状態の時というのがよくわからないが、遠距離攻撃で削る方法が有力な手段になりえない事はわかった。
だとすると、ヒットアンドウェイでチマチマ削っていくしかないのだろうか。
「アーベルだけだったらまだしも、レッドレイジがいるからな」
苦々しくマティアスが呻く。
攻撃の無効化だけがレッドレイジの強さではない事は、俺達が一番良く知っている。
「レッドレイジの強さとは何なのでしょう」
再び口を開くポンコツ。
「攻撃を無効化する装甲でしょうか。高い威力の武装でしょうか。ハウリングキャンセルすら防ぎきれない咆哮でしょうか」
思わずマティアスと顔を見合わせる。
と、マティアスの目が見開き、ポンコツに顔を向けた。
「アーベルと連携を取れることか!」
「必要連絡事項は貴方のアクセサリに伝達して下さい」
判を押したような、しかしやっぱりずれた定型文でお断りをするポンコツ。
思わずガックリとうな垂れるマティアスの肩を一つ叩いた。
「アーベルと連携を取れることだな」
「そのとおりです」
愚直に頷くポンコツ。
何だよ、このやり取り。めんどくせー。
「レッドレイジの強さは単体のスペックの高さもそうですが、一番の強みは所有者と連携を取れる事にあります。連携を切ることができなければ、攻撃の無効化を解除したとしても苦戦は必至でしょう」
いつもの変なイントネーションの合成音声にも関わらず、話している内容は普通のアクセサリのスキルを超えているように思える。
それとも、これが普通なのか?
ポンコツは冷徹に語り続ける。
所有者の指示を受け、効率よく最大の効果を出すよう戦術プログラムに則って行動をする点においてはアクセサリと同じ。
脅威なのは、連携によって瞬時に有機的に動けるという点にある事だ。
所有者と呼吸を合わせて的確なタイミングで動けるどころか、所有者自身が乗り移ったかのような動きをする点において、兵器としては規格外と言わざるを得ない。
「ですが」
アクセサリは一旦言葉を切る。
「レッドレイジも私と同じ道具です。連携を切ってしまえば如何なレッドレイジとは言えパフォーマンスは著しく低下すると予想されます。それに加えて攻撃の無効化を解除する事ができるようになった今、赤くて少し強い汎用二脚程度なら、我々でも対抗は可能でしょう」
「おい」
マティアスが小声で俺を肘でつつく。
言わんとする事はわかる。
「つまり、アーベルをキッチリ押さえてレッドレイジに指示を飛ばせないようにすれば良いってこったな?」
「はい。相応の準備は必要になりますが、今度は友軍の手を借りる事が可能です。難しい戦いである事に変わりはありませんが、先日よりはまともに戦えるではないかと」
簡単に言ってくれますな、このポンコツは。
残影の背で肩を叩きながら、ポンコツを皮肉っぽく見た。
「お前らの耐久力がもっとしっかりしていたら、もう少し踏ん張りが利きそうなのにな」
「仰るとおりです」
ポンコツは頷き、そして小首を傾げる。
「このパノプティコンの市民は、既存のモノに対する改善の努力が足りません。資源不足を言い訳に怠惰の極みとは憂慮すべき事態です。その上、その市民を守るべき咎人の質も貧弱。パノプティコン全体の幸福のために貢献する気概を、揃いも揃って持ち合わせていないとは、ヒトの風上にも置けないダラクした姿に、適切な言葉が思いつきません」
「おい!」
「黙れそこ」
マティアスと俺が同時に突っ込む。
今背後にクマもどきが見えたぞ、このポンコツが!
ユリアンたちの不眠不休の働きを見ても、その台詞が言えるか!?
「モノ単体だけでは何も変える事は出来ません」
俺達の心中など当然無視してポンコツは淡々と続ける。
「モノはヒトの意思と創意工夫を受けて動き、改善意欲によって進化を遂げます。モノは最初から最後まで自発的に動く事も、変わる事もありません。我々(モノ)を活かすも殺すも進化させるのも、全てヒト次第なのです」
無機質な視線でポンコツは俺達を見据えた。
「ヒトは、我々をどこへ導こうとしているのでしょうね」
「手前らの事なんざ知ったこっちゃねーよ。好きにしろ」
「了解しました」
いつもどおり、情緒の一欠けらもなく応じるポンコツ。
何を了解したんだか。
溜め息をつき、再び得物を構えて型どおりに動いてみる。
アーベルの引き付け役はもれなく俺になる。
ならば少しでも奴の動きについていけるようにしなくては。
「おい」
マティアスが声をかけてきた。
先ほどのやり取りもあってか、表情に固さが取れている。
「俺も付き合う。相手がいた方がやりやすいだろ」
そう言ってヤツはカンナギを構えた。
……口で言うより、こっちのほうがわかりやすいわな。
「わかった。よろしく頼むわ」
「ちょっと待て」
んだよ。
訝しむと、マティアスは生真面目な表情のまま続ける。
「こういう場合はなりきるべきだろ」
「何にだよ」
「あの芝居じみた動きしか出来ないくせに、メッチャ強い咎人に決まってんだろ」
「は!? 何で俺がアーベルのモノマネしなきゃならねーんだよ」
マティアスはニヤリと笑い、カンナギを片手で持ちながら空いた手の人差し指を立てる。
「いいか相棒。今回の目的はアーベルの動きを見極める事なんだろ?」
「おう」
「だったら、奴になりきって動いた方がより理解が出来ると思うんだよ。奴になりきる事で性格や考え方をトレースする。そうすれば、自ずと動きも見えてくると思うんだけど、どうよ?」
疑心暗鬼でマティアスを見据え、静かに尋ねた。
「お前、俺の事からかおうとしてねーか?」
「ちっげーよ、バカ! あんな目にあってふざけてる場合か!?」
もっともらしい事を言っているが、どうも怪しい。
マティアスは再びカンナギを構える。
「いいから、まずは一度やってみようぜ」
「……ああ」
応じたものの疑念は晴れない。
これ、ぜってー、からかわれてるよな? だがマティアスの言う事も一理ある。
とりあえず、やってみるか。
最初に出会った砂漠の場面、どうだったけな。
おぼろげな記憶を頼りに、口の端を歪め、悠然と歩きながら残影を巧みに取り回そうとして、
「あ」
落とした。
あっぶねー! 下手したら膝から下、スパッといってたぞ!
胸を撫で下ろしながらふと見れば、マティアスが冷ややかなマナコでこちらを見ている。
ポンコツの無表情はいつもの事だから以下略。
俺はそっと得物を拾い、顔の前に手をやる例のポーズを決めた。
「些事だ」
「ああそうだな、些事だな」
「小僧、死に急ぐな!」
「急展開だな、おい」
「仕方ねーだろ。そういうやり取りしかしてねーんだから」
「まぁいいや。面白ぇし」
「手前、やっぱりからかってんじゃねーか!」
すると、ポンコツが再び音も無くこちらに来ていた。
生気を感じさせない、いつもの表情で俺達を見つつ、
「先日の襲撃で失ったコストを可及的速やかに補填すること」
「あ、はい」
俺たちは異口同音に答えた。
珍しく正論唱えたな。
こりゃ、次のボランティアは間違いなく大波乱だ。
その後、ナタリアから連絡が来るまで比較的真面目に訓練を続けた。
◆
第七階層のロウストリート。
ナタリアを前に、主要メンバーが揃って並ぶ。
まずは、ユリアンのモジュールと、改良版ハウリングキャンセルをそれぞれ受け取り説明を受けた。
「モジュールはあくまで攻撃の無効化を解除する手段に過ぎない。武装はちゃんと整備しておけ。それと、このブースターで大咆哮に耐えられるのは三回までだそうだ」
「話を聞く限り、大咆哮に曝されるのは何としても避けたいところだが」
「念のため普通のハウリングキャンセルも持ってたほうがよさそうだな」
あるのとないのとでは、ダメージの受け方が全然違う。
それは俺が身をもって実証済みだ。
ともかく、ユリアンたち技術者のおかげで、奴らの喉元に喰らい付くチャンスはできた。
後は俺達がそのチャンスを活かせるかどうかだ。
「我々はこれより、ホウライPTに対して全面攻勢に出る!」
ナタリアが厳かに宣言する。
目的は一つ。
アーベルを倒し、棺を守る事。
ナタリアは一拍呼吸を置いて、俺とマティアスを見た。
「その為にも今度こそ、お前たちの手でベアトリーチェを取り戻せ。そのために抗ってみせろ」
その表情は、いつもの『戦う法と秩序(パノプティコン)』のものだ。
だが、メガネのさらに奥にある色素の薄い目に、複雑なモノが宿っているのを見逃さなかった。
……まだまだ甘ぇよな、あんたも俺も。
「言われるまでもねーよ」
俺が言うと、マティアスも隣で右手の拳を左手で受け止める。
「ああ、次こそはぜってー勝つ!」
勝たなければならない。
勝って今度こそベアトリーチェを奪還するのだ。
「どうやら、わだかまりも解けたようだな」
「むう、何だかなー」
ウーヴェが強面の顔に笑みを浮かべる横で、エルフ師匠がジト目でこちらを見ている。
どうやら、またいらぬ心配をかけてしまったようだ。
するとカルロスが軽い足取りでエルフ師匠に近づき、ポンと肩に手を置いた。
「だったら俺らも負けじと厚ーい友情を築いてみるかぁ?」
「だが断る」
「つれねーなぁ、おい」
しかめ面をしてお断りをするエルフ師匠に、カルロスは大仰に首を振り、ウーヴェを見やった。
「んじゃあ、ウーヴェ」
「正気で言っているのか?」
「この親子ときたらよぉ」
と、ナタリアが咳払いをした。
メガネのつるを持ち上げ、俺達を睥睨する。
「じゃれ合いは帰ってきてからにしろ。穀潰しども」
「へいへい」
軽い足取りで元の位置に戻るカルロス。
ホント、この男はとことんブレねーな。
ナタリアは今一度俺達を見渡す。
「これが最終決戦だ。この戦いを、貴様らの上位情報位階権限取得考試とする。出撃すれば、決着をつけるまで戻ってくることは出来ないだろう。各自、準備を怠るな!」
こうして打ち合わせは終了し、独房に戻ってきた。
兵装の最終チェックを入念に行い、軽く飯を食って薬を飲む。
既にボランティアは発行されており、申請すれば逃げる事の許されない戦いに挑む事になるのだ。
ジャケットの内ポケットにある煙草ケースに手を当てる。
支えがなければ、まだ戦う事も前に進む事もおぼつかない弱い俺。
だが、今はどんな手段を使っても前へ進みたい。
ボランティアリストを開き、最新のボランティアの申請ボタンを押す。
呆気なく申請は受理された。
「パノプティコンのため貢献に勤しみましょう」
「へいよ」
申請を受けて、いつも定型文で応答するポンコツ。
こうして俺の、恐らくは長く特別な戦いになるであろうボランティアは始まったのだ。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます!
毎回の事ではありますが、誤字、脱字、言い回し等の変更がある際は、都度手を入れていきます。
設定資料集が発売されました。
先月末の活動報告にも書かせていただきましたが、このアーベル戦から第八情報位階権限昇格までは、設定資料集が発売される以前の情報で書かせていただきます。
設定資料集とは齟齬が出てくるかとは思いますが、ご了承いただければと思います。
前回でガラクタぶりが露呈した咎人ですが、今回の話でもそれを引きずっての進行となります。
人間そんなに簡単には変われませんw
このアーベル戦、そして第八情報位階権限昇格以降に続く物語で、少しずつ成長する姿を書いていければと思っています。
アーベルとレッドレイジについては、原作にはない設定を付け足し、改変してのお披露目となりました。
せっかくの強敵ですし、レッドレイジについては能力についても汎用二脚とは差別化を図りたかったのです。
ただ、アーベルのキャラがなかなか固まらずに苦労して、何回も映像を見る事になりました。
ですが見れば見るほどわからなくなりました。
本当に良く動くキャラですね。落ち着きがないというか。
この咎人のご先祖様は頑丈で再生能力の高い生物のようですが、彼のご先祖様は回遊魚かなんかなのでしょうか。
背格好も良いですし、表現力も豊かそうなので、平和な世の中でも舞台俳優としてご飯を食べていけそうな気がします。
彼とレッドレイジについてはもう少し書きたいところですが、次回以降に回そうと思います。
それではまた。