或る咎人の憂鬱   作:小栗チカ

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【前回までのあらすじ】
ウィルオードライブの破損と剥離による『幻痛(ファントムペイン)』とその後遺症で、ボランティアができなくなった咎人。
焦って無茶をした咎人は、目を背けていた己の姿と直面する事になり、失意と絶望のどん底に叩き落されます。
しかし、どん底で咎人が見たものは、どん底から這い上がってきた人間と、法に守られずとも逞しく生きている人間たち、そして己の夢でした。
咎人は戦場への復帰を目指し、再び前進を始めます。

★ 原作のネタバレが含まれています。

◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。今回は暴力描写もあります。
◆ NPCのキャラが崩壊しています。
◆ アンチ・ヘイトの意図はありませんが、保険としてつけております。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。



咎人、帰還する

薬の力も借りずに眠れた俺の体調はまずまずだった。

美味くも不味くもない、だが全く味気のない配給食を食べながら、ロウストリートジャーナルに目を通す。

相変わらずの食事。相変わらずの独房。相変わらずの情報は、真綿で締めるような息苦しさと停滞を感じて仕方がない。

 

それを振り切るように身支度を整え、最後にジャケットを身につける。

そして、ベッドにおいてある傷だらけの真鍮の煙草ケースを手に取った。

しばしそれを眺め、内ポケットにしまう。

今までなかった重さが、昨日とは違うのだと実感し、俺を落ち着かせた。

そして、ポンコツを連れて独房を出ると、簡単にゴミ拾いをしながら第一階層に向けて歩き出す。

下の階層に向かうたびに心拍数が上がるのを感じたが、それでも問題なく訓練場にたどり着いた。

 

「エルフ先輩やセルジオを呼ばなくてもよろしいのですか」

 

控え室に入ると、アクセサリが尋ねる。

……結局、エルフ先輩で定着してんのな。

そんな事を思いつつ、俺は頷く。

 

「ああ。薬くれ。保険だ」

「了解しました。ウィルオードライブをお持ちする間に、服用して下さい」

 

そう言ってアクセサリは薬を手渡し、控え室から出て行った。

相変わらず不味い薬を顔を顰めながら飲み込み、何となく部屋を見渡す。

第一階層の施設らしい、薄暗く湿気を感じる空間。

そして当然だが、四方八方に監視カメラの青い光が点灯している。

控え室って、こんな感じだったんだな。

今まではちゃんと見てなかった。そんな余裕もなかったし。

空気の抜けるような音がして、控え室の扉が開いた。

アクセサリは、持って来たウィルオードライブを丁寧に台の上に置き、俺を見る。

 

「道具を使いこなしてこそ人類です。貴方の人類への進化を期待しております」

 

自分の事を棚上げして偉そうに言ってくれる。

俺はウィルオードライブと向き合った。

戦いたくない。今この瞬間だって怖い。

煙草ケースの収められている部分に手をあて深呼吸を繰り返す。

 

自由になりたい。

その為に変わりたい。

 

ウィルオードライブを見据えると、迷う事なく掴み、手順に従って体に取り付ける。

ここまでは良い。問題はこの先。

俺の体に入ったウィルオー磁性流体が、擬似神経と化すまでが装着作業だ。

いつもここで躓き、装着は失敗に終わっている。

腰骨から背骨を伝って、ウィルオー磁性流体が流れ込んできた時はさすがに目を瞑り、リラックスしようと胸に手を当て、深呼吸を繰り返した。

失敗したら? あの瞬間をまた見る事になったら?

そうしたら帰って不貞寝して、明日またポンコツにいらない一言を言われながら、再挑戦をするだけだ。

 

そうしてゆっくりと目を開けると、PTのロゴマークの単眼が、同じように開きつつ眼前に浮かびあがった。続いてウィルオードライブのロゴマークが現れる。

ウィルオードライブが起動している。

懐かしい。

三ヵ月も経っていないのに、こんなにも懐かしく感じるとは。

眼前に次々と情報が表示され、最後にヘルスゲージとイバラゲージが表示された。

同時に、自分の右腕に赤く発光した荊が瞬時に巻きつく。

 

「ウィルオードライブの起動を確認。脳波、バイタル共に安定。引き続き兵装の確認をお願いします」

 

腰に手を回すと、瞬時に独特の形状をした小剣が出現した。

色はどうしても気に入らないが、派生強化したムラサメ。

そしてやっぱり色は気に入らないが、派生強化したバーバラに瞬時に切り替わる。

 

「基本動作に問題はなし。ウィルオードライブを正常に装着できた事を確認しました」

 

……おお。

 

「おめでとうございます。貴方は清く正しい人る」

「おおおっしゃああああああああああああああああ!!」

 

ポンコツの台詞を遮り叫んだ。

やっと、やっと、ウィルオードライブを着ける事が出来た。

やっと、願いをかなえるための手段を取り戻せた。

これで前に進めるのだ。

もちろんその先にあるのは俺が忌避する戦いの日々だが、それでも前に進める喜びがそれを上回る。

これほど嬉しい事が、記憶を失ってからあっただろうか。

雄叫びを上げ、何回もガッツポーズをとり、足を踏み鳴らす様はまさに音に聞く超古代の人類だろうが、進化としては正しい姿だろう。

 

「ユウ!」

「焦るなとあれほど言ったのに、またバカをやりおって!」

 

慌てた様子で飛び込んできたのは、セルジオとエルフリーデだった。

ポンコツは平然と二人を迎え入れ、

 

「ご覧下さい。彼が人類へと進化を遂げたのです。今は原始人のような振る舞いをしておりますが」

「……おお!」

「お前、ついにウィルオードライブを着ける事が出来たんだな!」

 

俺の腰についているウィルオードライブを見て、二人はポンコツを押しのけて俺の元へとやってくる。

 

「やっとここまで来れたか、このバカが!」

「良かった! 本当に、本当に良かった!」

「ああ、皆のおかげだ」

 

セルジオは何度も頷きながら俺の背中を叩き、エルフリーデは俺の両腕を掴んで何かに耐えるように俯いた。

二人が本当に心から喜んでくれているのがわかる。

この二人には、本当に迷惑と心配をかけっぱなしだった。

その二人が喜んでくれている事が、何より嬉しい。

いつか何かしらの形で返す事ができればいいのだが、今はまだ二人の力が必要だ。

 

「それで、迷惑ついでにお願いがあるんだが」

 

俺の言いたい事がわかったのだろう。セルジオは口の端を釣り上げ、エルフリーデも顔を上げる。

その目は赤かったが、いつもの元気で不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ああ」

「最後まで付き合ってやるよ。不肖の後輩の世話も、立派な貢献活動だからな。そうだろう?」

 

エルフリーデが振り向いた先にいるポンコツは、鷹揚に頷いた。

 

「仰るとおりです。エルフ先輩」

「……本当はぶん殴りたいところだが、今日は見逃す」

「賢明な判断。エルフ先輩、さすがです」

 

歯軋りするエルフリーデの横で、セルジオが珍しく困惑したように俺を見た。

 

「前に会った時も思ったが、貴様のアクセサリ、おかしくないか?」

「意見と感想はユリアンに言ってくれ」

 

セルジオから目を逸らし、サポート業務を超人市民に全て丸投げした。

 

後になって聞いたのだが、エルフリーデとセルジオが駆けつけたのは、ポンコツがウィルオードライブを取りに行きつつ、二人に連絡を入れ、たまたま時間が空いていた二人が慌てて駆けつけた、という事らしい。

ユリアンにその話をしたら、患者のフォローのためだろうね、と言っていた。

俺がウィルオードライブの装着に失敗した時、体のフォローはできても心のフォローは出来ないと判断し、事情をよく知る二人を呼び寄せたのだろうと。

確かにポンコツは、人の感情を認識できても理解はできないと言っていた。

これが素のポンコツのままだったら、どんな判断をしたのだろうか。

そして俺は、ここまで立ち直ることができたのだろうか。

そう考えると、仕込まれたプログラム技術の高さに驚かざるを得ない。

さすがは超人市民! と心から賞賛したら、照れつつも嬉しそうだった。

ついでにポンコツの言動について、意見と感想と苦情を言ったら、深々と頭を下げて陳謝された。

 

その日から、ウィルオードライブをつけての戦闘訓練が始まった。

歩行と走行、荊での移動、簡易的な戦闘を訓練場で行った。

さらにエルフリーデに頭を下げ、無手での格闘術を教わることにした。

俺のような凡人が強くなるためには、どんなことも学んで身につけなければならない。

これでエルフ先輩からエルフ師匠になったわけだ。

その呼び方には相変わらず不服そうであったが。

 

数日後には、訓練を並行して行いながら市民から発行される簡単なボランティアに参加するようになった。

当初やはり後遺症とフラッシュバックに悩まされ、二人の足を引っ張り続けたが、辛抱強く付き合い続ける二人の支えもあって少しずつ改善されていった。

後は俺自身、それらの対処の仕方や、予防の知識を身につけたことも大きいのかもしれない。

 

意識回復から既に二ヵ月以上が経過し、療養のタイムリミットまで残すところ一週間を切ったその日の夜、数日前に行った精密検査の判定の時を迎えた。

経過良好の判定が出れば、取得考試を受ける以前の権利状態に戻る事が出来る。

それは咎人として、本格的に貢献活動を再スタートする時でもある。

 

「生産計画局より通達です」

 

ポンコツの語尾に続いて、独房に流れる緊張感のないジングル。

……何だよ、今までは担当医とのやり取りだったのに。

溜め息をつき、ベッドに腰をかけて壁面モニターを見た。

そして現れたのは、俺にとってはポンコツと並ぶ天敵。

 

『ユウさん、こんばんは。超高機能汎用窓口係プロパくんです』

 

はいはい。

 

『人類の地平にようやく立つ事のできたおたんこなすの貴方に、私自らが精密検査の判定をお知らせします。社会不適合者以前の貴方は、私自身が結果発表をする名誉に身を震わせ、刮目し、傾聴し、その不出来な脳細胞にしっかりと記憶しておいて下さいね』

 

その不出来な脳細胞ですぐに忘れてやるから、早よ話せ。

 

『精密検査による判定は……、経過良好! おめでとうございます! これに伴い、貴方が取得し差し止められていた権利を再解放します』

 

よっしゃ!

安っぽいジングルと共に拍手するクマもどきを尻目に、拳を握り締めて小さくガッツポーズ。

 

『これで思う存分貢献活動が出来ますね。ユウさんが今までの遅れを取り戻すべく、最大の愛と献身を持って熱烈に働いてくれる姿が目に浮かぶようです。我がパノプティコンは、ユウさんのそんな貢献活動に期待しております。……期待を裏切らないで下さいね。それでは、レッツ貢献!』

 

言うだけ言って、呆気なく消えた。

相変わらずのようで何よりだよ、クソが。

それでも、これでようやく元の状態に戻る事が出来た。

正確には、元の状態とは言えないが、それでも戻る事が出来たのだ。

早速、エルフリーデとセルジオに連絡をし、明日からのボランティアについて打ち合わせをする。

消灯時間になるまで連絡を取り合い、そしてベッドに潜り込んだ。

 

「おやすみなさい。第七情報位階権限、取得考試の突破を目指し、貢献活動に勤しみましょう」

 

そうだ、マティアスが待っている。

ずいぶんと長い事待たせてしまっているが、この際もう少しだけ待っててもらおう。

まあ待ってなかったとしても、勝手に行かせてもらうが。

俺は静かに目を閉じた。

 

 

リスポーンから復帰し、ウィルオー通信に表示されるこちらの継戦力は、残り九。

対して向こうは三。

優勢に立っているように見えるが、勝負はここからだった。

 

第七情報位階権限、取得考試。

ここまで来るのに、取得した全ての権利が再解放されてからさらに三週間が経っていた。

周囲は脅威の回復力に驚いていたが、俺にとっては三ヵ月以上の足止めだ。

未だに後遺症の薬は手放せないし、戦いに対する忌避も消えはせず、ボランティアが終わった後に独房でゲロを吐く事もしばしばだ。

 

それでも今は、集中力は途切れる事なく、膝も心も折れる事なく、士気は保ったままだった。

心臓をバクバクさせながら立ち上がり、すぐさまメザニンラック上のアクセサリの元へと荊を射出。

背後に回りこんで切り伏せ、さらに荊で移動しながらアクセサリどもを沈黙させた。

 

メザニンラック上に押し寄せる赤い暴力装置。その後ろにターゲットのナタリアがいた。

強化した武器のおかげで、前回よりもかなり楽に敵を沈める事が出来る。

そして俺には、ここまで温存しておいた道具がある。

ダイブアタックでまとまって倒れこむ敵兵の近くに、対人地雷『APマイン』を仕込んだ。

ナタリアは、自分の部下を決して見捨ず必ず蘇生しようとする。

それは前回の戦いでも気づいていたが、それを活かす事は出来なかった。

だが今回は、それを存分に活かす事が出来る。

地雷で吹っ飛ぶナタリアに荊を接続。止めとばかりにダイブで切りつけた。

憎らしげな表情を浮かべて倒れるナタリアに、さらに地雷をセット。背後にオートBENKEI君を設置する。

ナタリアを援護しようと押し寄せる敵は、俺の力ではなく、道具の力でどんどん倒れていった。

持ち込んだ道具の職人のような手際はどうだ。

畏敬の念と共に、なぜか、立派な眉毛を持った壮年の男の姿が思い浮かんだ。

 

そしてナタリアはリスポーン。向こうの継戦力は二となったが、踏ん張りどころはこれからだ。

俺自身も圧倒的な敵の数にジリジリと体力を削られ、ついにはリスポーンし、継戦力を減らしていく。

それでも、強化した武器と持ち込んだ道具の全てを使って、ついに向こうの継戦力は残り一となった。

 

後がないナタリアは、鬼気迫る凄まじい表情でSR-42/LAをぶっ放してくる。

リロードを待つ間に、とにかく目障りな敵をまとめて撃破し、できれば一対一の状態に持ち込みたい。

逃げまくりながら敵がある程度まとまった所で、エリア中央の十字通路に対アブダクター地雷『AAマイン』をしかけた。見事に吹っ飛ぶ敵に止めを刺し続ける。

ミニマップを見ると、一直線にこちらに向かってくる赤いマークを確認。

間違いなくナタリアだ。

この期に及んでも、部下の蘇生を優先させるとは。

そんなナタリアをダイブアタックで弾き飛ばすと、憤怒の表情で俺を見た。

 

「貴様あああ!」

 

ナタリアは怒号と共にライフルから隼影に持ち替えて、俺に飛びかかった。

狙い通りに一対一に持ち込めた。

素早い攻撃を凌ぎながら、この女が前回の戦いで言っていた事を思い出す。

このPTを守り抜くと。

非情と罵られる手段を取らなければならないとしてもと。

それが、あんたの願いだったんだな。

言葉にして俺に伝える事で、改めて決意を固めていたのだろうか。

やっと気付けた。

あの時のあんたが、決意に満ちた凛々しくも美しい良い顔をしていたわけを。

 

鍔迫り合いになり、腕力に劣るナタリアは歯を食いしばり顔を歪ませながら俺の力に抗おうとする。

全力で踏み込んでるってーのにこの女、どんだけだよ!

身体形成で骨密度と筋力上げてんのか?

それともどこかドロイド化してんのか?

人の意思たるウィルオー様のお力か?

じゃなけりゃ、俺もまだまだ鍛え足りないってか。エルフ師匠、不肖の弟子でマジさーせん!

 

だがな、俺にも叶えたい願いと夢があるんだ。

なあ、俺の体と心。

本当に無理をさせてすまない。

だが後もう少しだけ、もう少しだけ俺に付き合ってくれ。

そしてナタリア、

 

「邪魔だ、どけえええええっ!!」

 

がら空きの胴に微塵の容赦もなく前蹴りをぶちかまし、体勢を崩した隙を見逃さず渾身の力でムラサメを振り上げる。

衝撃波でナタリアは宙を舞い、受身も取れずに床に叩きつけられた。

 

「通さんぞ……」

 

地の底からの悪鬼のごとく呻き、腹を押さえてよろめきながら起き上がるナタリア。

トレードマークのメガネが床に落ちたが、意に介さず踏み砕いて立ちはだかる。

 

「貴様の様な穀潰しに……、何度も記憶を失くし続けている社会不適合者の貴様に……」

 

静かな、しかし並々ならぬ怒りを湛えて女は呟き、そして激昂して叫んだ。

 

「貴様だけは絶対に通さん!!」

「通るんだよっ!!」

 

ナタリアの激烈な横薙ぎコンボを、エルフ師匠直伝の体捌きで何とか凌ぎきり荊を射出。ナタリアの背後に回りこむと、連続コンボを食らわした。

最後のフィニッシュでナタリアは吹き飛び、倒れる。

息つく暇もなく、背後からリスポーンした敵が再びわらわらと押し寄せてきた。

もはや道具は一つも残されていない。

後はムラサメと己の身一つで戦うしかない。

と。

 

「これが貴様の力、いや、貴様のやり方か……」

「あんたのやり方を真似しただけだよ。そうだろ?」

 

敵の攻撃を凌ぎながら必死で言い返すと、ナタリアは悪役のような笑い声を上げ、そして消えた。

それと同時に、ウィルオー通信の敵の継戦力はゼロとなり、敵も瞬時に消える。

 

終わった。

全てのモノを出し切って、ようやく勝てたのだ。

戦況マップで敵がいない事を確認し、膝から折れて座り込んだ。

しんどかった。本っ当にしんどかったあああ!

こうして俺の長い、あまりにも長い第七情報位階権限取得考試への挑戦は、ようやく終わりを向かえたのである。

 

 

無事に第七情報位階権限に上がって二週間が経った夕暮れ時のモザイク街。

俺とマティアスは、例の焚き火を囲んで体育座りをしつつ炎を眺めていた。

 

「いいじゃん炎。超shazじゃん」

「だろ」

 

空ろな目で俺たちは会話しあう。

先ほど終えたボランティアで、俺たちは精も魂も尽き果て、真っ白になってモザイク街へやってきた。

ボランティアの内容は、PTの秘密部隊『 』(ブランク)と一戦交えるというものだったのだが、単独で戦うという鬼畜な内容だった。

 

「本当に大丈夫かい? 何なら、手分けして戦ったほうがいいと思うんだけど」

 

俺を気遣うユリアンが提案し、俺はマティアスに相談。

奴は意外にも二つ返事で引き受けてくれた。

そしてそれぞれ単独で『 』と戦う事になり、無事にボランティアを終えて今に至るわけだ。

 

「敵のエイムが神すぎ。威力強すぎ。何であんなに強えーんだよ」

「精鋭部隊だからだろ。あとウィルオーの仕業じゃね?」

「あとあれだ。エゼルさんが凶悪すぎて燃えるどころか消し炭一直線。何なの、あの炎」

「ウィルオーの仕業なんだろ、知らんけど」

 

ぼやく俺に、マティアスは投げやりに返事をする。

ただ、あのエゼルさんは利用の価値はありそうだ。

対人に有効なのは知っていたが、身をもってそれを知った以上、本腰入れて作成してみようかな。

 

「ま、生きて帰れて良かったよな」

「ホントそれな」

 

マティアスの台詞に頷く。

今回のボランティアは、捕縛性荊を利用して敵を罠にはめつつ、道具も織り交ぜて辛くも勝利した感じだ。

ここしばらくはずっと防壁性荊を使っていたが、最近はボランティアの種類や仲間によって使い分けるようになった。

使えるものは何でも使う。

どん底で経験し学んだ事は、血となり肉となり知恵となって俺の中に生きている。

視線を感じて顔を上げると、マティアスがこちらを見ていた。

 

「どした?」

「ん? いや、お前が元に戻ったみたいで良かったなと思って」

「お前それ、俺が第七情報位階権限に上がってから何回言ってんの」

「そんだけ心配したんだよ、このバカめ!」

「スミマセンでした!」

 

素直に頭を下げる。

マティアスは腕を組んでふんぞり返る。

 

「それだけじゃねーだろ」

「あざーす!」

「変なところで抜けてんだよな、お前」

 

一々ごもっともで、反論出来ない。

実際、俺は俺が思っている以上に多くの人に気にかけてもらっていたのだ。

ありがたく思うのだが、それを返せるのはいつになるやら。

もう少し先のことになりそうだ。

溜め息をつくマティアスだったが、思い出したように表情を改めた。

 

「お前のアクセサリも元に戻ったんだよな。前に話しかけたら断られちまってさ」

「ああ。でも本来そういうもんだろ」

「そうなんだけどさ、あの三ヵ月の言動はホントにshazだったからなあ」

 

ポンコツに搭載され、俺と周囲に恩恵と理不尽と不条理を与えたプログラムは、きっかり三ヵ月で削除された。

これで普通のアクセサリに戻るはずだったのだが、この三ヵ月の事を記録し学習したポンコツの言動は、三ヵ月前と比べて少し変わっていた。

もちろん、理不尽と不条理という悪い意味で。

 

「どう転んでも面倒な事に変わりねーよ。あーあ、俺のパートナー、もうBENKEI兄弟で良いわ。アクセサリなんて代物、俺には扱いきれるもんじゃなかったんだよ」

「人類ならば道具は使えて当たり前です。ユウ、頑張ってください」

「うっせーよ」

 

ポンコツのモノマネをするマティアスを睨んだが、奴は笑ってあっさり受け流した。

……ああは言ったけど、わかっている。

アクセサリと上手くやれないのは、自分が弱いからこそ信じられず、甘えているからこその不満と苛立ちが原因だ。

俺は変わらなければならない。

結局どれだけ愚痴ろうがぼやこうが、刑期がゼロになるその日まで、共に戦い続けなければならないのだから。

ならば、無駄な犠牲や損失を減らして迅速に戦いを終わらせるために、もっと上手く使いこなし、もっと効率よく最大限に利用できるよう、俺自身が成長する必要がある。

願いと夢の実現のために、避けては通れない俺の重要な課題だ。

 

「おい、聞いているか」

 

マティアスに声をかけられ我に返る。

 

「悪ぃ、考え事してた。何だ?」

「メシ食いに行くか? って聞いたんだよ」

 

俺は笑って答えた。

 

「そうだな。腹にたまるもんが食いたい」

「んじゃ、今日は奮発して『コークス』に行こうぜ。肉食いてぇんだよな」

「いいねぇ、肉」

「だろ」

 

『コークス』とは、肉料理専門の店のこと。

セルジオとエルフ先輩が、俺の快気祝いと称して連れて行ってくれた事で知った店だ。

使う恩赦ポイントは半端ないが美味いメシと肉が食える店で、後に誘ったマティアスともどもお気に入りの店の一つになっている。

肉の正体が、人工蛋白質か培養食肉かは知らんが。

ともかく、俺たちは笑って立ち上がり、早速店に向かおうとした時だった。

 

「マティアスさーん!」

 

声のした方を見れば、奇抜な髪型をした金髪男がこちらにやって来た。

正体は一目でわかる。

 

「ビリー」

「何だ、お前も一緒か」

 

悪かったな、一緒で。

 

「どうしたよ。これから俺ら、メシ食いに行くんだけど」

「いやいや、聞いてくださいよ! 俺、このマーベラスでグレイツでオウサムなビッグウェーブにライドオンしようと思ってるんすよ!」

「は?」

 

ハモる俺ら。

何言ってんだ、コイツ。

マティアスは呆れた表情を隠す事なく腰に手を当てる。

 

「何するって?」

「あれ? マティアスさん知らないっすか?」

「だから何が?」

 

若干苛ついた口調になっているのは、腹が減っているせいだろう。

それでも付き合う奴の面倒見の良さよ。

実際、俺も早くメシを食いたいのだが、リハビリを兼ねたボランティアでコイツにはかなり世話になっている。

ここは我慢だ、俺。

だが、俺達の微妙な空気を敏感に感じ取ったらしいビリーは、焦って周囲を見渡し、ビルに設置されているオーロラビジョンを勢いよく指をさした。

 

「あれっすよ! ビッグ&ワイルドなニューウェーブっす!」

「え?」

 

俺たちはオーロラビジョンに目をやる。

ロウストリートジャーナルは、八甲重機によるブースタープラントの宣伝を映し出していたが、次に切り替わった情報は見慣れぬものだった。

 

「新制度のご紹介。仲間と共にボランティアを進めよう。……貢献活動 相互支援制度?」

 

俺は読み進め、髪の毛がかなりの本数で抜け落ちるような衝撃と脱力感に襲われた。

 

「んだよ、これ……」

 

マティアスも茫然自失状態で立ち尽くしている。

俺達の気持ちは、今まさに同じものに違いない。

『貢献活動 相互支援制度』とは、他人の協力を得てボランティアに成功すれば、全員が成功扱いになる制度である。

例えばだ。

俺が三ヶ月以上もの間、散々醜態を晒してどうにかこうにか成功した第七情報位階権限取得考試も、皆で協力して成功すれば合格扱いになる。

もちろん無条件というわけではなく細かい決まりはあるようだが、基本的には単独ボランティアを他人の手を借りて挑む事ができる制度と言える。

俺の気持ち、わかっていただけるだろうか?

涙目になっているのは自覚しているので、決して突っ込まないで欲しい。

 

「ふ、ふ、ふ」

「マティアスさん?」

「ふざけんなあああああ!!」

 

俯き肩を震わせていたマティアスは、広場に轟き渡る大声で叫んだ。

 

「俺やコイツがぼっちで必死で戦った意味ねーじゃん! なんじゃそりゃあ!!」

「マ、マティアスさん落ち着いて」

 

ビリーがおっかなびっくり宥めようとするが、マティアスの怒りは収まらない。

 

「これが落ち着いていられるか! 前の取得考試の時に俺がどれだけ頑張ったかわかるか!? 塩ナト二週間絶ちしたんだぞ!」

「それは、全PTが泣くナイストライっす!」

「だろうが、だろうがよ!」

 

この制度が告示された時間は今日の十五時。

丁度俺が、エゼルさんでこんがりとローストされてリスポーンしている頃だろうか。

何でこう、タイミングが悪ぃんだろうなぁ。

……まあ、仕方がない。

以後の戦いでは存分にこの制度を利用させていただくとして──。

 

「ねぇ、あの人たち。例の制度知らなくて、一人で突撃したみたいだよ。超可愛そうだよねぇ」

「本当にバカだよな。でも感謝しろよ。そのバカのおかげで俺達は楽できるんだから」

 

後ろで囀るのは、例の噂好きの女と皮肉屋の男。

普段なら聞き流しているような野次だが、今の俺にそんな心のゆとりはなかった。

利口だよ、キミタチ。だが、空気を読めるほど敏くはなさそうだ。

怒りを込めて視線を向けた途端、奴らの表情が一気に引きつり、そそくさとPTへと逃げていく。

違和感を覚えて振り向くと、マティアスが『ヤンチャ』をしていた頃を髣髴とさせる、凄惨な雰囲気を漂わせて睥睨していた。

そして、

 

「口先だけかよ、クソが」

 

心臓すらも一瞬で凍りつかせるようなドスの利いた声で、一言吐き捨てるのを聞き逃さなかった。

ビリーは腰を落とし、逃げる隙を窺っている。

腹を空かせた上に不機嫌な『獅子』の尾を踏むとこうなんのか。

奴の怒りに反比例して、俺はすっかり平静に戻った。

 

「マティアス、行こう。いい加減、腹減ったよ」

 

声をかけると奴は瞬きをし、そして表情を崩してため息をついた。

 

「んだな。あーあ、腹減ってんのに無駄なカロリー使っちまったぜ」

「その分、食って補ってやりゃあいいさ。唐揚げくらいなら奢ってもいい」

「おお! ユウ君、どうした? 今日は太っ腹だねぇ!」

「今日のボランティアの礼だ。でも、あんま余裕はねえから一皿だけだぞ」

「ありがてぇ、ありがてぇ」

 

実は、療養期間中に拾ったゴミはそれなりの数となり、非実在資源具現化なんちゃらとかいうやつをそこそこの数を貰ったので懐はかなり暖かい。

しかしそれを奴に言うと、遠慮なく徹底的に食いまくられて痛い目を見た経験があるので控えめに表現しているのだ。

遠巻きに見守っていた人々を尻目に、俺たちはのんびりと歩き出す。

すると、背後から声をかけられた。

 

「あのー、マティアスさんとチンピラブラザー」

 

振り向くと、ビリーが恐る恐る俺達に声をかけてくる。

 

「実は、ヘルプミーな単独ボランティアがあるんスけど」

「まずは一人で行って来い!」

 

俺たちは再びハモり、そして今度こそ振り向く事なく店に向かって歩き出した。

 




第七情報位階権限取得考試のお話は、これにておしまいでございます。
愉快でも何でもない、おまけに拙いお話にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございます!

今回のお話ですが、咎人の情けないガラクタな姿を書きたかったのがきっかけでした。
この咎人は、社会に出て働き始めて1年目から2年目くらいの、お尻にまだ卵の殻が付いている社会人のイメージで書いています。
刑期は八十万年をようやく切り、第七情報位階権限にやっと上がれた凡人咎人です。ぶっちゃけその中身はたかが知れています。
彼の外見と中身が一致するのは、もう少し先のお話。
今後も甘やかさず、それなりに突き放しながら書いていければと思っています。

この取得考試にて、ナタリアさんが汚れ役となってしまいました。
ナタリアさんのファンの方、本当にごめんなさい。
原作のナタリアさんですが、この時点ではもう少し咎人の才能を認めているのではないかと思っています。
登場させる機会があったら、もう少し良いところを書いてみたいです。

次回は短編を一つ挟むか、ぶっちぎりさんの登場かのいずれかになります。
原作を踏襲しつつ、どのようなアレンジを加えていこうかと考えていますが、それが難しくもあり面白くもあります。
今年の冬に設定資料集が出るそうで、その前に片を付けることが出来ればと思っていますが、ちょっと難しそうです。

それではまた。

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