第七情報位階権限取得考試を受けた咎人は、ウィルオードライブの破損と剥離による『幻痛(ファントムペイン)』とその後遺症で、ボランティアができなくなりました。
咎人は、周囲の力を借りて地道に復帰を目指します。
★ 原作のネタバレが含まれています。
◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ NPCのキャラが崩壊しています。
◆ アンチ・ヘイトの意図はありませんが、保険としてつけております。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。
第六階層は人が多い。
特に咎人が多いように見える。
もちろん、まだ取得考試を受ける条件に達していない咎人もいるだろう。
だが、取得考試を突破できず、俺のように足止めを喰らっているのか、諦めたのか、噂に聞いて受ける前から及び腰になっているのか。そんな連中もそれなりにいるだろう。
どちらにしても、あの取得考試が咎人にとっての分水嶺となっている事は間違いない。
俺は、その分水嶺を目指し、治療とトレーニングを続けていた。
程なくして第六階層を問題なく歩けるようになると、次は階段の昇降を交えての歩行に移る。
息を荒げ、汗だくになり、隅々まで歩きまわる俺の姿は、さぞ奇異に写ったことだろう。
実際、そういう目で見られたし、陰口や揶揄する連中もいた。
だが日課になってしまえば、ただのロウストリートの日常風景となる。
今まで会話をする事もなかった咎人や、フラタニティを始めとした組織の連中、赤い服の忌々しい警邏、不遜な市民様とも話す機会が増え、この階層での知人や顔見知りが増えた。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるって」
トレーニングの休憩中、ベアトリーチェ尋ねられ、適当に返事を返す。
トレーニングにはポンコツの他に、エルフリーデとベアトリーチェが交互で付き合ってくれていた。
二人と話す機会が増えたのは良いとして、ベアトリーチェのアブダクター話には正直ついていけない。
今もそうだが、興味がないのと話に専門用語が多すぎて、俺の残念な脳みそでは理解ができないのだ。
「ホントに?」
「ホントホント」
疑いのマナコで見るベアトリーチェ。
最初こそは、楚々とした淑女のような彼女だったが、当初に比べて随分と表情が豊かになった。
それ自体は良い事だと思うが、現状は嫌な予感しかしない。
「じゃあ、クイズを出します」
「え!?」
「え!? じゃないよ。さっきの話を聞いていれば余裕で答えられる上に、すっごく簡単だから大丈夫」
ちっとも大丈夫じゃないです。
「普段の凛々しい立ち居振る舞いと、特殊ダウンの姿のギャップが魅力! コウシンからの問題です!」
「はあ」
何がそんなに楽しいのか、ベアトリーチェはご機嫌を絵に描いたような表情で言葉を続ける。
「普段はキリッとしているのに、どこか隙があって愛嬌があるって言うのかな? そんなコウシンの尻尾、ポリマーにウィルオー磁性流体を通して自在に動いていることは一般常識だけど、それを守る装甲は何個連なってできているでしょうか!」
「二十二個です」
背後にいたポンコツが即答。
俺はポンコツを見、そして満面の笑顔のまま固まっているベアトリーチェに視線を移す。
「二十二個」
「ダメダメ! それアクセサリーが答えたの真似しただけでしょう」
「正解なのか?」
「……正解です」
むくれてそっぽをむくベアトリーチェ。
本人は心から不本意なのだろうが、なかなか見る事のない愛嬌のある表情である。
そんなベアトリーチェに、ポンコツは音もなく近づいた。
「次の質問が提示されるまで待機します」
「え? あ、うん。……あれ? 何か話がおかしな方向に」
「休憩時間は残り一分四十六秒です。後五十三秒待機しますので、それまでに質問を提示して下さい」
「う、うん。ちょっと待っててね。今考えるからって、何で私、追い詰められてるの?」
軽く戸惑っていたベアトリーチェは、ポンコツの畳み掛けられ戸惑いを深くする。
ああ、これで俺、エルフ先輩に続いて、三人目の被害者誕生か?
「頑張れー、ベアトリーチェ。お前はやればできる子だ!」
諦観と励ましと、少々のからかいをこめて応援をする。
しかし、いつもなら優しげな光を湛える黄色い目に鋭く睨まれた。
「ユウは黙ってて。ええっと……」
「残り時間三十秒です。質問の提示を優先して下さい」
「わかってます!」
「質問は戦況マップでは確認できませんので注意して下さい」
「意味がわからないよ!」
こんな感じで、ポンコツに振り回されながらトレーニングは続き、身体形成のお世話になる事もなく、目に見えて筋肉がつき、体力も戻り始め、後遺症の頻度も大分減ってきた。
そして、意識回復から一ヵ月ほど経った頃、第六階層を階段の昇降を交えても問題なく動けるようになった。
「この調子で行けば、明日の精密検査も経過良好の判定が出るでしょう。その再生能力、プラナリアの如しですね」
「……プラナリアって何?」
「扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目ウズムシ亜目に属する動物の総称です。端的に言えば、切ったら切っただけ増殖する生物で、昔は再生研究のモデル生物として用いられていました」
消灯時間十五分前。
もはや返す言葉もなく溜息をつく俺に、ポンコツは小首をかしげる。
「その再生能力にあやかって、ミドルネームはプラナリアにする事を提案します」
「却下だ」
看護の技術は申し分ないのに、やはりクマもどきとシズカのブレンドは強烈で、関わる全ての人間に驚きと疲労を与える。
人でない上に、体制側のモノだからこその言動であり、こればかりは仕様というやつなのだろう。
救いなのは、これが期間限定であるということだ。
これが刑期がゼロになるまで続くとするなら、俺は自分の毛髪と内臓を守るために、本腰を入れて対処を考えなくてはならなかっただろうから。
「咎人マティアス・“レオ”・ブルーノから連絡です。『明日、第七情報位階権限、取得考試を受ける。チャッチャと終わらせてやるからな』。以上です」
「そうか」
そうか、いよいよ受けるんだな。
あの日以来、マティアスは普段以上にボランティアに精を出し、ボランティアが終わった後もガソリンに寄る事もなく、セルガーデンで戦闘の訓練をしていると、エルフリーデやベアトリーチェが教えてくれた。
受かって欲しいと思う。
だが焦る。もどかしく思う。
あー、いかんいかん!
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「マティアスに伝言。『頑張れよ。明日楽しみにしているからな』」
「了解しました」
この精密検査をクリアしたら、久しぶりにモザイク街に行くことになっている。
皆と共に、マティアスの吉報を待つことにしよう。
意識を無理やり前向きにして、布団に潜る。
「おやすみなさい。価値ある人類に向けて、着実に確実に進化を続けましょう」
余計な台詞と共に消灯。
この日は寝付くのに多少時間がかかった。
◆
よくよく見ると、凄い場所だよな。
第一階層でゴミ拾いをしつつ、周囲を見渡して改めて思う。
エリアにゴミが山積しているのもさることながら、内装も酷いものである。
重金属の内壁も、独房の通路や階段を支える鉄骨類も、シャッターも、エレベーターの扉も汚れと錆が著しい。
第五階層以降、開放感を与えている大窓には、適当そうに見えてしっかりと折板鋼板が嵌め込まれている。
使い込まれた床の縞鋼板も清潔には程遠く、特にこの階層は、空調が働いていないのか饐えた臭いが漂い、おまけに明かりも乏しく、閉塞感はかなりのものだ。
まるで穴倉だ。そうでなければ地下墓地(カタコンベ)か。
この閉塞感が安心をもたらすと言われれば納得もするし、見るだけなら嫌いじゃないが、ここに住もうとはさすがに思わない。
警邏の他にも巡回中のアクセサリも多く存在し、天井には等間隔で監視カメラがびっしりと埋め尽くしている。
本来の働き以外にも、咎人に監視のプレッシャーを与えるためだろう。
でもこれって、資源の無駄遣いじゃねーのか? 建物のコンセプトから外れているように見るが、何か理由でもあるのだろうか。
考えても答えは出るわけもなく、溜め息をついてゴミ拾いを再開する。
数日前に、精密検査で経過良好の判定をもらった。
回復は順調。
通信でやり取りをした担当医と関係者は、お前の祖先はメキシコサラマンダーかホヤじゃないのかと、驚きと共に喜んでいたのが印象的だった。
聞きなれない単語に尋ねてみたら、両者とも脅威の再生能力のあった、現在は絶滅している生物らしい。
市民って奴は、一日一回は人の感情を逆なでする決まりでもあるのだろうか。
ともあれ、回復が順調なのは素直に嬉しい。
その足でモザイク街に行ったら、俺の人相と体格の変化に驚きつつも、仲間が喜んで迎え入れてくれたのも嬉しかった。
あのカルロスやシズカまでもが、俺を気遣っていたようで反応に戸惑ったが、逆にあの二人に何かあれば、俺もやはり気遣うとは思う。
そして同じ日の夜、マティアスが第七情報位階権限、取得考試を見事に通過した報せを受けた。
まさかの一発通過に、俺はもちろん、取得考試の内容を知るウーヴェやセルジオ、カルロスも驚きの表情を隠せずにいた。
そして、意気揚々とガソリンに現れたマティアスを華々しく出迎えて、その夜は皆で楽しく過ごしたが、素直に喜べない自分がいることに気付き、俺は自己嫌悪も感じていた。
マティアスが第七情報位階権限に上がった事はもちろん嬉しい。
同期として、友人として喜ぶ気持ちは本物だが、やはり悔しいのだ。
仮に、あの事故がなかったとして、あの時点で俺は形勢をひっくり返し勝利を手にしただろうか。
否だ。
あの状態では、どんなに戦力があったとしても決して勝てなかった。
土壇場で踏ん張りが利かず、最後まで戦い抜ける気力は残っていなかったからだ。
奴は気持ちの上でも強く、そして俺は弱かった。
その事を否応なく見せ付けられ、凹まずにはいられなかった。
焦燥と嫉妬に苛まれながら俺はトレーニングを続ける。
今はそれしか出来ない。
「ユウさん、こちらのゴミ拾いは終わりましたよ。どうかしましたか?」
少女の声に我に返る。
「いや、ゴミ拾いが終わったから、何となく周りを見ていただけだ」
気を取り直して振り向き、本日のトレーニングのお相手に笑いかけた。
そのお相手であるアンは、不思議そうに俺を見る。
「何か珍しいものでもあったんですか?」
「いや、建物の造りとか内装とか設備を見てた」
「そう言えば、プラントやジオフロントも好きだって前に言ってましたよね。ボランティアが終わった後、護送車が来るまで熱心に見学してますし」
「まあ、それがメインだけど、資源回収もちゃんとやってるぞ」
「なるほど。趣味と実益を兼ねてるってことですね」
「そういうことかね」
笑って、俺たちは歩き出す。
今日のトレーニングは、下層階のゴミ拾いを兼ねた歩行と走行である。
前回の精密検査の判定を受けて、平時におけるPT内の疾走権と、平時における限定的アクセサリ監視外行動権が再解放された。
エルフリーデが、セルガーデンで戦闘訓練をしよう計画していたようだが、ここ連日ボランティアが入ってしまっている。
そこで、アンが提案した。下層階のゴミ拾いをしましょうと。
「PTへの貢献活動に繋がりますし、ユウさんの体力と筋力を鍛えられて一石二鳥です」
俺もエルフリーデも異論はなく、最近はアンと共にゴミ拾いに勤しむ毎日である。
「次はセルガーデンですね。今日はどんな部屋割りになっているんでしょうね」
ゴミ置き場にゴミを捨て、心なしか楽しげなアンと共にセルガーデンへと向かう。
「しかし毎日拾っているのに、なくなる事はないんだな」
「そりゃそうですよ。皆さん、生きているんですから」
ぼやく俺に、アンはあっさりと答える。
「下層階は咎人の数も多くて、ゴミを捨てる人は大勢いるのに、積極的にゴミを拾おうとする人も、処分をしようとする人も少ないからですからね」
「なるほどな」
心当たりがありすぎていたたまれない。
俺の心情を察したのか、アンは少し焦った様子で手を振った。
「でも当然ですよね。汚い地道な作業な上に、労力の割りに恩赦ポイントへの反映も少なめだから、やる気は出しにくいです。でも、大事な貢献活動だと思うんですよ」
誰にでもできる、地道で汚くて恩赦ポイントも少ない作業。
俺のボランティアでの立場も似た様なものだが、恩赦ポイントのおかげで続けられているようなものだ。
「兄もそう言っていたんです」
アンは静かに笑う。
「兄は、セルガーデンの探索を趣味にしていて、そのついでにゴミ拾いもやっていたんですよ」
「そうだったのか」
アンの兄、ハル。
第五情報位階権限にいた頃のボランティアの際、命を落とした仲間。
性格はまあ、アレなところもあったが、妹(アン)に対する若干過保護な思いは、微笑ましく好ましく思っていた。
仲の良い兄妹のやり取りを見るのが、この殺伐とした世界において、結構救われていたのだ。
だが、ハルはロストした。
兄を亡くし、嘆き、怒り、敵に復讐を誓った心優しい少女は、復讐で全てを精算する選択肢ではなく、兄の死と己の負の感情を背負って生き続けるという、過酷な選択肢を選び取った。
そこに至るまでに仲間の支えがあったとは言え、この少女にどれほどの葛藤があっただろうか。
今でも、復讐の念に捕らわれる事はないのだろうか。
兄を思い、嘆き悲しむ事はないのだろうか。
だが少なくとも、目の前の彼女は懸命に前を向いて生きている。
「じゃあ、俺もハルを見習って、趣味にセルガーデンの探索を加えようかな」
「それがいいですよ。私もお時間が合えば、いくらでもお付き合いしますから」
「ありがとう」
こうしてアンと共にゴミ拾いをすること十日間、ようやくエルフリーデと共に戦闘訓練に入ることになった。
セルガーデンに作られた訓練施設は、再教育時のそれとよく似ている。
「ウィルオードライブを装着後、スタート地点に着け。まずは歩行と走行を行おう」
控え室に入った俺は、エルフリーデに促され、台に置かれた黒い長方形の箱を見る。
箱は二つ。
どちらも意匠を凝らしたロゴマークとバージョン情報、そして自分のバーコードが記載されている。
中身も同じだ。ウィルオー磁性流体と、俺には一生理解できないであろうテクノロジーが詰まっている、文字通りのブラックボックスだ。
手に取ろうとして、手が震えている事に気づいた。
全身に汗をびっしょりとかき、体はおこりにかかったかのように震える。呼吸が荒くなる。
何だ、これ?
「簡易ヘルススキャン実行。諸々の数値と諸症状から、極度の緊張状態であると確認。リラックスをするよう努めて下さい」
言われずとも深呼吸を繰り返し、何とかして落ち着かせようとするが、何もかもが空回って、頭は完全に真っ白。パニック状態に近い。
何故だ? どうしてだ!?
「一度出るぞ」
厳しい表情のエルフリーデに促され、俺は足取りも重く控え室を出た。
部屋を出た途端、膝から崩れ落ちそうになり、壁に手を付いて自分の体を支える。
「すまん。何か急に緊張しちまって」
「やはり、親父が言ったとおりになったか」
「え?」
「まずは座ろう」
エルフリーデに促されるがまま、床に腰をおろす。
体の緊張は解けたが、心身ともにすっかり疲れ果てていた。
「お前がああなる事は、親父とセルジオは予想していた。親父たちは、幻痛とその後遺症に苦しむ咎人を何人も見てきたからな」
俺に水を手渡しながら、エルフリーデは語る。
幻痛による後遺症によって一番の課題になるのが心、精神面の問題なのだと。
体力も筋力も、トレーニングを続ければいずれ元に戻る。
だが、一度でも幻痛を体験した者は、ウィルオードライブの装着に忌避感を持つようになるのだという。
そりゃそうだろう。
ウィルオードライブを装着するという事は、幻痛というリスクも一緒に装着する事になる。
わかっているのだ。
ウィルオードライブなしにボランティアはできないし、むしろ恩恵の方が遥かに大きい。
だが、経験した事がない連中にはわかるまい。
あの五体が吹っ飛ぶような衝撃と、体の全神経を引き剥がされるような激痛と、散々な後遺症を今一度経験しようと誰が思うだろうか。
「幻痛と後遺症の痛みは、古代の三大痛のような、死を想起するほどの激痛だと聞き及んでおります」
アクセサリが話に入ってきた。
「彼がその痛みを恐れ、その原因となったウィルオードライブを忌避する事は、当然の結果と言えるでしょう。ですが、ご心配には及びません。このまま克服が出来なかったとしても、三ヵ月後には確実にボランティアに復帰する事になります」
「この状態で復帰させるつもりか!?」
「治療方法の選択肢はありますが、ウィルオードライブの装着ができない状態では、選択肢は一つしかありません。記憶の除去と改竄、そして再教育です」
エルフリーデは言葉をなくし、俺は敗北感でうなだれる。
もうそれで良いじゃん。
そう囁く自分がいる。
しかし、安易で弱い自分に対し、冷静な自分は警鐘を鳴らす。
アホだろ、お前。下手をすれば、何一つ変わらないどころか、事態をより一層悪化させる事になるんだぞ。
「あー……、どうしたもんかねえ」
皆目検討がつかず、思わず手で顔を覆った。
あまりの情けなさに泣きたくなったが、エルフリーデもアクセサリもいる。
みっともない醜態は既に晒し続けているのに、それでも泣く事だけはしたくなかった。
「今日のトレーニングはここまでにしよう」
エルフリーデは静かに告げた。
「私は親父たちに、お前の事を改めて相談してくる。また連絡するから」
「ゴメンな」
顔を上げ、辛うじて俺は言った。
エルフリーデは厳しい表情を緩ませて、首を振る。
「私こそ力になれずにすまない。だが、このまま引き下がるつもりもないからな」
そう言って、エルフリーデはセルガーデンを出て行った。
その姿を見送り、俺はゆっくりと立ち上がった。
「ゴミ拾いをしつつ戻る」
「了解しました」
無力感と疲労に苛まれつつ、セルガーデンを出た。
その日の夜は、中々寝付く事ができず、ついには後遺症の前兆も出始めたので、薬の力を借りて眠りについた。
翌朝。
「咎人セルジオ・“ヘルゲート”・コクトーより連絡です」
朝食を食べていると、アクセサリが声をかけてきた。
セルジオから?
「『本日十四時、第一階層の訓練場にて戦闘訓練を行う。遅刻と逃亡は厳禁。時間厳守で来られたし』。以上です」
セルジオが出てきたか。
エルフリーデが、ウーヴェとセルジオに昨日の報告と相談をしたからだろう。
昨日以上に大変な内容になりそうだな。
「セルジオに伝言。『了解。よろしくお願いします』」
「了解しました」
逃げるつもりはない。
セルジオだって忙しいだろうに、わざわざ俺のために時間を割いてくれたのだ。その思いを無碍にする事はできない。
朝食の最後のひと口を口に放り込み、念入りに咀嚼。
己の心の弱さも一緒に噛み砕き、飲み込めればいいのに。
憂鬱を引きずりながら身支度を整えて、早速出発。
第六階層から順にゴミ拾いをしつつ、下へ下へと降りていく。
そうして着いた第一階層。
予定の時間にはまだ三十分ほどの余裕があったが、指定の訓練場へと向かった。
俺は、本当にウィルオードライブを忌避しているのか、今一度、確認をしたかったのだ。
訓練場に入ると、すでに戦闘用のステージが出来上がっていた。
ゴミ拾いのときも思ったが、便利なもんだな。
そして控え室に入ると、台には黒い箱が二つ、既に準備されていた。
それを見た途端、緊張で体が強張り、心拍数が跳ね上がる。
既に手は汗でぐっしょりと濡れていた。
おいおい、この段階で既にこれかよ。
嘆きたくなったが、歯を食いしばって耐える。
大丈夫だ。懸命に言い聞かせる。
あれは身につけさえしなければ、ただの黒い箱でしかない。
一歩一歩、意識して足を動かし、台まで到達。
当然何も起こらない。
しばしそれを見つめる。
ボランティアに赴く俺の兵装であり、命を守り、目的を達成するための大切な道具。
アクセサリよりも遥かに身近で、俺の技量を正直に反映する、まさに体の一部と言っても過言ではない道具だ。
なのに何故俺は、これほどまでに恐れているのだろう。
本当に幻痛のせいだけなのか。
震える手をどうにか伸ばす。
触れたそれは、熱くも冷たくもない、ただの黒い箱だった。
もちろん何も起こらない。
だが、俺の体の緊張感は極限にまで達しようとしていた。
せり上がるものを飲み込み深呼吸を繰り返す。
両手で掴み、持ち上げて──。
目がチカチカしてきた。後遺症の前兆。
「脳波の乱れを確認。後遺症の前兆と判断しました。薬を服用して下さい」
背後で見ているだけだったアクセサリも当然察知し、薬を飲むように促すが、今回ばかりは無視をした。
後もう少しなのだ。
後は手順に則って装着すれば、全てがクリアになる。
「警告します。監視者の指示に従って下さい」
警告を無視し、何とか腰にウィルオードライブを装着した瞬間、青い光が走り、目の前が真っ青に染まった。
青いフィルムを貼り付けたような世界。
俺は戦っている。
場所はジオフロント。
敵は安全保障局の連中と、その隊長であるメガネの大女。
圧倒的な物量で押し寄せる赤い波濤に、たった一人で立ち向かう。
積もり積もる疲労と絶望。
削り取られる集中力と士気。
叩き潰される自負。
今まで培ってきたもの全てを粉微塵にされ、俺の中に残ったものは。
痛みと苦しみと、そして恐怖だけ。
恐怖?
何の?
敵アクセサリがリロードの体勢になり、ダイブしようとしたその時、複数の敵が荊を使って俺の背後に現れた。
「いかん!」
ナタリアが鋭く叫んだのと、俺がダイブをしようとしたのと、連中が俺の腰についているウィルオードライブを切りつけるのは、ほぼ同時だった。
ウィルオードライブが、ウィルオーと部品を撒き散らしながら俺の腰から離れ──。
ロストする。
何一つ、成せぬまま。
何一つ、残す事も出来ぬまま。
何一つ、変える事も出来ぬまま。
……嫌だ。
それだけは嫌だ!
ロストしたくない!
俺は、こんな所でロストしたくない!!
まだ、まだ戦わないと──!
だが、さらに叫ぶ声が聞こえる。
目を閉じる事も、耳を塞ぐ事も、逃げる事もできずに、俺はそれと真正面から対峙した。
痛い、苦しい、辛い、怖い、これ以上は本当に無理だ!
もう戦いたくない!
戦ってロストしたくない!
止めてくれ!!
その瞬間、衝撃と激痛に意識は蒸発。世界は暗転した。
2014/10/10 改訂しました。
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しんどい話はもう少し続きます。
推敲が完璧ではないので、都度修正を入れる予定です。
拙い文章ですが、またお読みいただけましたら嬉しく思います。
それではまた。