◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ NPCのキャラが崩壊しています。
◆ その他不備がありましたらごめんなさい。
『おお! 超いい天気じゃん。そんでこのshazな景色はどうよ!』
ヘッドホンのスピーカー越しに聞こえるその声は、軽い台詞とは裏腹に深い情感に満ち溢れ、声の主が心を激しく揺さぶられている事が手に取るようにわかる。
『見渡す限りの赤茶色! しかも向こうに何か見えなくね? 動いてなくね? まさか、絶滅した猛獣か何かか!?』
感極まったのか、男の声はいよいよ高らかにヒートアップしていく。
『すげえっ! 死んだって言われてるこの大地に生物がいた。いたんだ存在していたんだ! これ、夢じゃねえよな? 現実だよな、紛れもなく現実なんだよな!』
何も言わず、俺は通信のボリュームを下げる。
『俺達は世紀の大発見に立ち会っているんだ! て、んなわけあるかあああああっ!!』
マティアスの絶叫は、猛烈な勢いで天地を赤茶色に塗りつぶしていく風塵によって、あっけなくかき消された。
時間は朝の七時五分前。場所は砂漠。天気は砂嵐。
ゴーグルと赤茶色の帳の向こうに見えるのは、敵性PTの咎人とアクセサリ数名。ウィルオー通信のミニマップで見る限り、目視よりも数は多い。
砂嵐の影響で、敵どころか味方の判別すら難しく、数メートル先の右翼と左翼に、それぞれ陣取るマティアスとベアトリーチェの姿も不明瞭だ。
『本ボランティアの目的は、資源の回収です。規定時間内に、資源を回収してください』
アクセサリが、今回のボランティアの目的を告げる。
本来なら、天気も良くて敵性PTもいない、極めてお気楽なボランティアであるはずだったのだが。
『現在の天候は砂嵐。また敵対勢力の妨害が予想されます。敵対勢力の妨害に対応しつつ、資源を回収してください』
天候の急変と偶然に居合わせた敵性PTの存在が、このボランティアを緊迫感あふれるものへと押し上げた。
マティアスが絶叫する気持ちもわかる。
あのザル部隊め。
ガワだけはいい、安全保障局のメガネな隊長が思い浮かんだ。
あの胸のファスナーに手ぇ突っ込んで、憤りをこめて揉みしだいてやりたいわ。
確実に刑期加算の上、再教育行きだろうがな。
『アブちゃんがいなくて良かったね。そしたら、もっと大変な事になっていたし』
アブダクター大好きベアトリーチェが取り成すように言うと、マティアスが自棄っぱちに笑った。
『もしそうだとしたら俺、このボランティアが終わったら田舎に帰って婚約者と結婚するわ』
『え!? マティアス、婚約者なんていたの!?』
『死亡(ロスト)フラグだよ、冗談。こいつにそんな勇気と甲斐性あるわけねーだろ』
『本人を前に、ネガティブ発言はやめていただけませんかね』
あっけらかんとネタバレするカルロスに、地を這うような唸り声を上げるマティアス。
やり取りを聞き流しつつ、バリケードの向こうで、アリサカ Mk.1を手に待機するアクセサリに目を向けた。
この砂嵐の中でも、一際目立つ鮮やかな青のコートを纏い、コートと同じ色のフルフェイスが異様である。
センサーの類が集中する頭を保護するために、ボランティア中はいつも装備させている。
この砂嵐では俺達の目は当てにならず、中遠距離からの銃撃は心もとない。
しかし、高感度のセンサーを持ったアクセサリなら、俺達よりはまともに撃てるはずだ。
「マティアスとベアトリーチェが資源を回収している間、俺とカルロスとで敵を引き付ける。お前は俺達がこぼした敵兵を仕留めろ。どんな事があってもバリの外へは出るな」
そして、アクセサリコマンドにもある指示を口にする。
「『迎撃しろ』」
念を押す形で続ける。
「この視界が最悪な中、勝手に動き回られて機能停止したら探すのが面倒だ。俺や友軍が戦闘不能にならないよう、敵兵は確実に仕留めろ」
『了解しました』
『さっき設置したオートBENKEI君も一緒だ。即席の砲台としてはまずまずじゃねーの』
マティアスをからかって満足したと思しきカルロスが、こちらの会話に入ってきた。
「カルロスのアクセサリも、砲台仲間に加えたかったんだけどな」
『悪いねー。バーバラちゃんしか持たせていないんだわ』
「知ってるよ」
カルロスの戦闘スタイルは、アクセサリの兵装にも反映されている。
そもそもカルロスに、チームプレイは一切期待していない。
「先陣は任せる。骨は資源と一緒にちゃんと拾うんで、心置きなく逝っちゃって下さいセンパイ」
『骨拾いは俺も手伝うぜ!』
『えっと、じゃあ私も手伝うよ!』
『お前ら後で覚えてろよ』
『ボランティア開始、一分前です』
無機質な合成音声が、緊張感のない無駄なやり取りを止める。
兵装の最終チェック。
ムラサメ Mk.9から、即時にバーバラへと切り替え。
この武器の切り替えも、ウィルオー技術によるものだそうだ。
一通りチェックし、問題は全くなかった。
『んじゃ、行くか』
「うっす」
促すカルロスに俺は応じ、
『さっさと終わらせよーぜ!』
『みんな、頑張ろうね!』
マティアスとベアトリーチェも元気よく続く。
こうして、全てが予想外のボランティアが始まった。
そもそも何故このボランティアを引き受けたのか。
それは数時間前に遡る。
◆
起床して、栄養だけはあるらしい上手くも不味くもない配給食を食べ、歯磨きをしていたところに、アクセサリから声をかけられた。
「生産計画局より通達です」
「あ?」
同時に緊張感に欠けた電子音が鳴り響く。
小さく溜め息をつき、歯磨きの手を止めてベッドに腰をおろすと、壁面モニターにオレンジのクマもどきがどアップで映し出された。
『ユウさん、おはようございます。超高機能汎用窓口係プロパくんです』
PTのマスコットキャラクターが、幼い子供の合成音声で俺に呼びかける。
『貢献活動は著しいながらも、我がPTでも名だたる社会不適合者のユウさんに、残念なお知らせです』
一言多いよ、クマもどき。
『普段から資源を大切にするよう、咎人や市民の皆さんに呼びかけていますが、その甲斐も空しく、一部の資源に不足が出てきてしまいました。そのため、生産計画局から配給される物資の一部が、当面欠品状態になりますのでご注意下さい。これがそのリストです』
クマもどきがリストを掲げる。
結構数が多いな。しかも身近なものばかり……って、あ! 俺が今日申請しようとしていた石鹸も含まれてるじゃねーか、ふざけんな!
『リストはいつでも見れるよう、アクセサリに共有するので都度確認してください。また、不足した資源を補うため、資源回収のボランティアを優先的に行うことを推奨します。むしろ積極的に資源を回収をして下さい。資源回収、してくれますよね?』
うぜー。
『我がPTが誇る恐怖の盾役にして地獄の衛生兵、チンピラ咎人ユウさんの更なる貢献活動に期待しています。レッツ貢献!』
クマもどきが消えた瞬間、壁面モニターに蹴りを食らわした。
聞きなれた警告音と共に、見慣れた赤黒い通知書が現れる。
「独房における器物の破損行為、ならびに暴力行為はPT法違反です。刑期を加算します」
このアクセサリ、刑期の管理とアラーム機能だけは優秀です。
親指で弾くように捺印し、歯磨きの続きを行うことした。
親指の爪程度の大きさしかない石鹸を見て、なんとも切ない気持ちになる。
三日は持たせたいところだが。
「咎人マティアス・“レオ”・ブルーノより連絡です」
心もとない石鹸をいかに上手く使おうか考えているところに、再びアクセサリから声をかけられる。
「『資源回収のボランティアの件で話があるから、ガソリンまで来てくれ』。以上です」
早いな。
情報収集か、ボランティアのお誘いか。両方かな。
「マティアスに伝言。了解。今から十五分後に行くから待っててくれ」
「了解しました」
さて。
石鹸を出来る限り少ない量で、しかし剃刀負けをせずにヒゲを剃れるか。
今までの髭剃り経験が試される時が来た。
そして十五分後。
「頬の辺りが赤いのはそのせいか」
「石鹸ケチりすぎた」
ガソリンで待っていたマティアスに真っ先に指摘され、俺は原因を告げた。
結果から言えば負けた。自分の肌を過信し過ぎた。俺はケチな負け犬になったのだ。
「俺も予備があるかと思ったら、今使っているのでラストだった。マジshazだぜ」
ソファに座るマティアスが、膝の上で両手の拳を握りしめる。
「あいつじゃなきゃダメなんだ。あいつより上でも下でも意味がない。俺に必要なのはあいつだけなんだ」
悲哀を帯びた告白のように聞こえるが、対象はもちろん石鹸である。
正式名称は『プロパくんのオレンジ石鹸』。
パッと見はオレンジ色の普通の石鹸だが、あのクマもどきが彫り込まれているのが特徴。
このPTで石鹸と言えば一般的にこれの事を指し、情報位階権限に関係なく誰でも手に入れる事ができる。
マティアスは筋金入りの愛用者だし、俺も普段使ってはいるが、微妙に肌に合わない。これを機に変えてもいいのだか、石鹸全般がほぼ欠品状態では意味はなかった。
「いざとなったら、物々交換で手に入れるしかないだろうな」
背後で派手なシャツに黒いスーツ、フルフェイスのメットを被った男の視線を感じる。
商売になりそうな話だから、聞き耳でも立てているのだろうか。
「ユウ、マティアス、おはよう」
「うーっす」
ベアトリーチェがこちらにやって来た。
マティアスが呼んだそうで、これでいつもの面子が揃ったことになる。
今までの話をかいつまんで説明すると、ベアトリーチェは申し訳なさそうに告げた。
「私の石鹸、分けてあげようと思ったけど、予備が残り一個しかなくて」
「いやいや、大丈夫だから気にすんなよ」
「後で他の咎人連中にも聞いてみるよ」
マティアスが大げさに手を振り、俺も取り成すように笑った。
「そうだ! 剃刀負けなら私の荊で治せるけどどうかな」
名案とばかりに手を打つが、その為に毎朝、他人様の荊のお世話になるのもどうだろう。
「本気で負けたらお願いします」
「うん、遠慮なく言ってね」
「ありがとうな」
好意だけはありがたく受け取っておく。
「さて、本題に入るぞ」
マティアスの話は予想通り、資源回収ボランティアへのお誘いだった。
「さすがにこの手のボランティアは多かったけど、中でもコイツはオススメだと思うんだよな」
マティアスがオススメするのは砂漠での資源回収ボランティアだった。
集める数はそこそこだが、至急のマークがついているので、他の資源回収ボランティアよりも減刑年数は多い。
「砂漠は見通しもいいし、天気調べたら快晴らしいし、今の時間だったら動きやすいじゃん」
「午後は近づきたくないよね」
「間違いなくお断りですわ」
ベアトリーチェは笑い、俺も頷いて、ふと気付く。
「敵性PTの情報は入っているのか?」
「さっき調べた時点ではなかったけど、また改めて確認してみる」
「よろしくな」
部隊が来ているとしたら、安全保障局の連中が別にボランティアを発行しているはずだから、問題はないだろう。
「じゃあ、このボランティアを申請するから、念のためちゃんと準備はしてきてくれ」
「了解」
「うっす」
この後、ガソリンを出た俺たちは、モザイク街の広場でたむろっていたカルロスに絡まれ、そのまま一緒にボランティアに行く事になった。
そして、護送車で現場に送られている最中に事態の急変を告げられ、今に至るわけだ。
◆
砂嵐の中の攻防は、予想以上に苦しいものになった。
簡易マスクではまともに呼吸が出来ない上に、風と砂塵が動きを著しく制限する。
荊がなかったら、移動もままならないほどだった。
防塵マスクを持ってくれば良かったと心から後悔したが、手持ちのカードで戦うしかない。
目端に捉えた敵影に、とっさに荊を射出。接続の手ごたえを感じた瞬間に、一気にアタックを仕掛けた。
上手いこと弱点を捉えて一撃で倒し、ミニマップで状況を確認する。
カルロスが敵と戦っているようだが、程なく仕留めるだろう。
『よし、いっちょ上がりと』
あっという間に敵を仕留めたカルロスが、荊でこちらにやって来た。
「あざす。バリまで下がろう」
『あいよ』
荊を使ってバリまでダイブしようとした時だった。
『敵増援、接近中。間もなく会敵します』
「あ!?」
何増援呼んでるんだよ、クソが!
『とりあえず下がるぞ』
「了解」
カルロスに促されてバリまで下がると、支給されたAMMOパックで弾薬を補充し、荊チャージで、カルロスとアクセサリたちの防御力の底上げをする。
そして程なく現れた増援は。
『みんな、落ち着いて聞いてくれ!』
マティアスがシリアスな声で告げる。
『実は俺、明日誕生日なんだ。だからナタリアの乳を揉んだら、ちょっとセルガーデンの禁止区域の様子を見に行ってくる! もう何も怖くない!!』
『マティアス。貴方の発言は、管理者の意に反する性的言動、及び、不可侵領域の保全規定に違反する意思があると見なし、刑期を加算します』
『あああああ!!』
『マティアス……』
『こんな時まで笑いを取るのかよ、お前は』
呆れと哀れみをこめて呟くベアトリーチェとカルロス。
マティアスが、死亡フラグを乱立しようとする気持ちはわからなくもない。
現れた増援は人だけでなく、アブダクターも一緒だった。
汎用四脚。
肩にはHミサイルポッド、肘にはガトリング砲、そしてかすかに見える腰部分にブレードシューター完備。
「準備万端すぎだろ」
『俺、何気にあいつ嫌いなんだよなー』
「ああ、わかる」
カルロスのぼやきに、俺は深く頷いた。
「以前のボランティアで、センパイがアイツのブレードシューターを華麗に回避した後、ジャンピングプレスで戦闘不能になった事、昨日の事の様に覚えているっスよ」
『アハハハハハ!』
カルロスは笑い、
『お前がアイツのキモイ走り回りで、連続してひかれて戦闘不能になった事、俺もよーく覚えているぜ』
「アハハハハハ!」
もう一回プレスで潰れろ。
「マティアス、ベアトリーチェ。出来るだけ早く回収してくれ」
『わかってるって!』
『待ってて、あともう少しだから!』
あの二人が資源を回収したら、即座に離脱だ。
『よし、行くぞ』
「了解」
言うが早いが、カルロスは槍を構えてバリから飛び出し、俺もその後に続いた。
ダイビングアタックで咎人連中を倒し、アブダクターに集中するカルロスをフォローする。
アクセサリも俺がこぼした咎人連中を一掃していた。
すると、アブダクターが立ち止まった。身をそらせたかと思うと、立て続けにミサイルをぶっ放す。
あの方角はヤバイ!
アブダクターに向けて荊を射出し、頭に張り付く。
その間にも誘導ミサイルはバリを越え、アクセサリへと連続して叩き込まれた。
『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』
頭から大きくジャンプしつつ、空中で体をバリのある方向に向ける。
バリと煙の向こうに見えた鮮やかな青をめがけて荊を射出。
『機能の修復を確認。戦闘へ復帰します』
これで良し。
あ、カルロスのアクセサリが転がってる。ついでに回復と。
カルロスの武器では溶断できないし、そもそもカルロスは溶断をする意思がない。
咎人の掃討はアクセサリ達に任せて、ミサイルポッドを溶断するか。
荊でミサイルポッドに張り付き、溶断開始。
『こちらベアトリーチェ。資源の回収を完了したよ!』
ベアトリーチェ、ナイス。
「敵に気をつけて、こちらに戻ってきてくれ」
『了解! すぐに戻るね!』
激しい火花と騒音を撒き散らしながら、いよいよ溶断は佳境に入った。
後もう少しなんだががががが!
ミサイルポッドが大きく揺れ、四脚が走り回り始めた。
この砂嵐をものともせずに元気に走り回る様は、ベアトリーチェが見たら健気に映るのだろうか。
だが向かっている先は、洒落にはならない。
かすかに見える戦艦と岩の位置からして、マティアスが担当する資源回収ポイントだ。
溶断するか、怯ませるかして動きを止めないと。
必死でしがみつき、溶断を続ける。
後もうちょっとおおおおお!
と、内臓が持ち上がる感覚。
瞬間、ミサイルポッドを蹴り、後方へと大きく宙返りをしながらアブダクターから離れた。
大技、ジャンピングプレスだ。
砂塵を大量に巻き上げ、四肢を投げ出した状態でアブダクターは動きを止めた。
着地したが砂塵は中々収まらず、視界は完全にゼロだ。
とっさにミニマップを確認しようとして、脇腹に衝撃を受けた。
赤茶色の視界の向こうから、かすかに見えたのはブレードシューター。
ヤベ、離れないと!
腕を伸ばして荊を射出しようとしたが、唸りを上げるブレードシューターによって吹っ飛ばされた。
連続して切り刻まれ、視界は赤茶色から赤へと塗りつぶされていく。
『簡易ヘルススキャン実行。バイタルの低下を確認。回復を提案します』
無機質なアクセサリのアナウンスが聞こえる。
あー、ヤバイね、これ。
遠隔操作のブレードシューターは、完全に俺に狙いを定めていた。
『おおおらあああああ!!』
赤に塗りこめられた世界から、雄叫びと共に飛び出す鮮やかな緑の荊と人影。
ブレードシューターに突っ込むように立ちはだかったのは、shazな戦友マティアス。
マティアスのアクセサリが、銃撃でブレードシューターを破壊し、その間に荊チャージで回復をしてくれた。
「サンキュー。助かったわ」
『資源回収が終わって報告しようとしたら、あいつがこっちに突っ込んで来てさ。慌てて逃げていたら、お前がやられかかったのが見えたんでな』
運が良かった。
「夜にガソリンで奢らせてくれよ」
『おう! 唐揚げ大盛りで頼んじゃうぜー』
さあ、後は撤退するだけだ。
「ベアトリーチェ、カルロス、撤退するぞ」
『了解!』
『あらら、もうおしまいか』
はいはい、また今度ね。
『ボランティアは成功しました。敵対勢力の攻撃に注意しつつ、即時撤退を開始してください』
アクセサリの声に促され、俺たちはほうほうの体で、いまだ砂嵐が猛威を振るう砂漠から撤退をした。
◆
砂漠から戻った俺たちは、ひとまず解散し、共同浴場で汗と砂埃を洗い流して独房に戻った。
昼飯を食いながら、壁面モニターに映し出されたロウストリートジャーナルに目を通す。
真っ先に映し出されたのは、資源不足による配給物資の制限と、それにともなう貢献活動への参加要請だった。
水や食料品といった生命活動を維持するための物資は十分にあるようだが、いわゆる衛生用品、日用品の不足が顕著であり、今後も欠品は増えていくとの事。
ぶっちゃけ、これらはなくても生きていけるのだが、衛生用品は人の健康に、日用品は生活のモチベーションに影響を与える。
切羽詰った危機感を与える事はないが、日々の生活に薄暗い不安を与えるには十分で、顔見知りの咎人や市民の連中も、それなりに忙しく働いているようだった。
「咎人ベアトリーチェ・“リリィ”・アナスターシより連絡です」
洗浄を済ませたアクセサリが声をかける。
「『モザイク街の広場で待ってるね』。以上です」
「ベアトリーチェに伝言。今飯食っているから、十分待ってくれ」
「了解しました」
午後のボランティアの相談だろう。
あまり待たせるのもあれなので、食べる手を早めて独房を出た。
ロウストリートでマティアスと合流し、一緒にモザイク街の広場へ向かう。
広場にはベアトリーチェの他に、カルロスと、女の市民二人が俺達を待っていた。
「午後のボランティアなんだけど、この二人の依頼を受けたいなって思って」
依頼人は、民生院に勤める民生委員で、二つ縛りがソフィア、銀髪おかっぱがナターシャというらしい。
ソフィアは自然体だが、ナターシャは明らかに俺達を警戒アンド蔑視しているようだった。
俺とマティアスも自己紹介をし、ソフィアは早速話を切り出した。
内容はもちろん資源回収のボランティアだった。
場所は、老朽化のため解体予定のジオフロントで、現状は敵性PTもいないらしい。
減刑年数は多いが、回収する資源の量もそれなりに多く、中々骨が折れそうな内容である。
「あんたらが必要としている資源って?」
「保護クリームの材料だよ」
ソフィアが口を開く前に、ベアトリーチェが身を乗り出して告げた。
その保護クリームは、ボランティアがもたらす悪い要素から、お肌をオールマイティに守ってくれるものらしく、女咎人には必須のアイテムとして、定番かつ不動の人気商品なのだそうだ。
そんなクリームの原材料が不足し、欠品リストの候補に挙がった。
愛用者であるベアトリーチェがそれを聞きつけ、俄然やる気を出しているらしい。
「クリームの予備がないから頑張って資源を集めて、欠品だけは食い止めたいなって。私欲丸出しで恥ずかしいんだけど」
「そんな事はない」
ソフィアは首を振る。
「このクリームがあるのとないのとでは、女性咎人のやる気が全然違う。どのような立場であれ、女性は肌に気を使うものだからな」
ボランティアを受ける事自体に是非もないのだが。
「そのボランティア、本当に敵性PTはいないのか?」
「いると思ったほうがいいぜ」
懸念する俺に、今まで黙っていたカルロスが口を開いた。
「さっきのボランティアで不審に思って色々聞いて回ったんだが、どうやらこの周辺のPT全体で資源不足が起こっているらしい。資源を求めて駆けずり回っているのは、俺達だけじゃないってこった」
「わーお」
マティアスが大げさな身振りで空を見上げ、俺も一気に憂鬱になった。
先ほどの敵性PTが、本気の増援を呼んだ理由がわかった。このボランティアも手を焼きそうだ。
すると、後ろに控えていただけの銀髪おかっぱが一歩前に出た。
「あんた達咎人はそれが仕事でしょ! だから……、つべこべ言わずに、は、働きなさいよ……」
俺の視線を受けると、おかっぱは声のトーンとボリュームを落とし、明らかに怯えた表情でソフィアの後ろに隠れた。
盾にされたソフィアは溜め息をつく。
「彼女の非礼は詫びるが、あまり怖がらせないでやってくれないか」
「ただ見ただけだが」
すると、カルロスは笑いを堪えながら俺を見た。
「お前の目つきは、ドブの底から這い上がってきたチンピラ崩れそのものだからな。お上品に育てられた市民の皆様には、恐怖以外の何者でもないんだろ」
このホウキ頭、誰かエゼルさんでローストしてくんねーかな、マジで。
ホウキ頭はあえて無視し、俺はソフィアに向き直った。
「そこの市民様の言うとおり、俺たちは粛々と貢献活動をさせていただきますよ」
「ありがたい。よろしく頼む」
ソフィアは笑顔で続ける。
「成功したあかつきには、報酬とは別に石鹸をプレゼントしよう。本当にたいした物じゃな」
「僕らにお任せを!」
ソフィアの台詞を遮って、マティアスが高らかに宣言した。
「困っている市民の皆様を助けるのは、僕達の咎人の使命! 大船に乗ったつもりで安心してお待ち下さい!」
「お前の船でのクルージングは、笑いと転覆のスリルに溢れていそうだな」
ホウキ頭が茶化すが、マティアスは全く聞いていないようだった。
目前の物欲を前に、闘志を燃え上がらせている。
「じゃあ、サッと準備してパッと出発しよ! 暗くなる前にスパッと終わらせちゃおうね!」
「おう!」
心なしか目がギラついているベアトリーチェの提案に、マティアスもギラつく目で応じた。
「チョロイ奴らだな」
呆れるカルロス。
俺は疑問に思った事を尋ねた。
「なんでカルロスは俺達に付き合っているんだ? 資源回収なんて興味ないだろうに」
「そりゃもちろん、お前らを面白おかしくからかうためにだな」
「マティアス、ビリーを呼ぼう。対人掃討があるなら、アイツが適任だ」
「まー待て待て」
カルロスは言い、ふいに晴れ渡った午後の青空を見上げた。
「気付いたんだよ」
あ?
「俺はこんなんだからな、大切なモノだと気付くのにいつも遅れていたんだ。俺のPTの仲間も、ハルたちも、メガネもな」
何言い出してるんだ、コイツ。ていうか、最後はおかしいだろ。仲間に入れちゃダメだろ。
「だが、そんな経験があったからこそ、俺にとって大切なモノが、今また失われようとしている事に気づく事が出来たんだ。奴らの死(ロスト)は決して無駄じゃなかった」
「スンマセン、何言ってるんスかね」
胡散臭そうな表情で、マティアスが声をかける。
カルロスは俺達を見た。
その表情はいつになく真剣で、真摯で、そして敬虔で。
依頼人の市民を含めた全員が、思わず姿勢を正して耳を傾けるほどに、その雰囲気は厳かなものだった。
「ワックスだ」
「は?」
「このイカした髪形を維持するためのワックスがな、欠品状態になったんだよ! わかるか!? 通達を聞いたときの俺の悲嘆と絶望、そして怒りが!」
「知るかあああああっ!!」
マティアスとソフィアまでもが吼えた。
……ぶん殴りてえな、おい。
腰を入れ、全体重をかけ、真面目に耳を傾けた己を、渾身の力でぶん殴りてえわっ!
「つまり、カルロスにも資源回収をする理由があるってこと?」
「そ。その保護クリームに使われている資源の一部が、そのワックスにも使われているんでな。渡りに船ってやつだ」
何かを堪えながらベアトリーチェが尋ねると、カルロスは元の調子であっさり白状した。
「じゃ、サッと準備してパッと出発してスパッと終わらせようぜ。俺、先に護送車に行ってるから」
聞き馴染みのある台詞と共に、カルロスは広場から風のように立ち去った。
そして取り残される俺達。
「なあ」
「何だよ」
無表情で声をかけるマティアスに、俺も同じ調子で答える。
「お前、隙を見てアイツ取り押さえてくれねーか。俺が牙龍で確実に仕留めてみせっから」
「アイツと一緒に串刺しなんて、洒落にもならねーよ」
盛大に溜め息をつく俺達に近づく影。
あのおかっぱが、心からの同情と気遣いをこめて俺達を見つめる。
「あんた達も大変なのね。ちょっと誤解してた」
そうか。なら、そっとしておいてくれないか。
「正式に申請してくるから、気を取り直して頑張ろ」
ベアトリーチェは酷く疲れた表情で、しかし健気に声をかける。
俺たちは頷き、ボランティアの準備のため広場を後にした。
◆
目的地であるジオフロントに到着し、護送車のドアが開いた瞬間から、妙な違和感があった。
思わず皆を見れば、どこか微妙な表情をしている。
それでも施設内に入ると、まだウィルオーが通じているらしく、各所で明かりがついてるため行動に支障はないように思えたが。
「おい、なんだよあれ」
先頭を歩いていたマティアスの声が強張り、ベアトリーチェも小さく悲鳴を上げる。
俺も呻き声を上げそうになるのを堪えた。
「こりゃまた予想外の展開じゃねえか」
カルロスの口調にも緊張感が漂っていた。
あらゆるものが資源として管理されているこのご時世。俺達の眼前に広がるこれらもまた、資源と呼ぶべきものだろうか。
咎人とアクセサリが、無残な姿であちこちに放置されていた。
轢かれたもの。叩き潰されたもの。大穴が開いたもの。一つとして、まともな遺体が見つからない。
「対人戦だけでこれはねえな。十中八九、アブダクターも同伴している」
言葉をなくす俺達を尻目に、カルロスは近くの遺体に歩み寄った。片膝をついて遺体を見つめる。
「レムリアPTの連中だ」
服についていたPTマークから判断したらしい。
レムリアPTは、俺の所属するPTにおいては敵性PTの一つにあたる。
「死んでからそんなに時間も経っていねえようだな。二、三時間ってところか」
普段のカルロスからは想像もできないが、幾たびの修羅場を掻い潜ってきた咎人だけの事はあり、この状況でも冷静だ。
「おい、生存者はいないのか?」
「この周辺一帯に、我々以外の生体反応は確認できません」
「そうか」
マティアスが自分のアクセサリに声をかけるが、その返答は無情なものだった。
だが、レムリアPTの連中はもちろん、奴らを襲った存在もいないのは、不謹慎を承知で思うのならラッキーではある。
「さて、どうするよ」
カルロスが立ち上がりながら尋ねた。
何も変わりはしない。
俺はすぐに答えた。
「資源を集めるなら今がチャンスだ。さっさと集めてトンズラするに限る」
「死体の山を掻き分けてのお宝探しか。まるで墓荒らしだな」
嫌な事言うな、コイツ。
「俺は減刑もしたいし恩赦ポイントも欲しいけど、怖えからさっさと終わらせたいだけだよ」
「正直なヤツだねえ」
カルロスは笑い、マティアスたちを見る。
「俺もやるぜ。コイツだけに任せられないからな」
「私もやるよ」
カルロスの視線を受けてマティアスは頷き、ベアトリーチェも意思表明をするが、どう見ても顔色がよくない。
「無理すんな。顔色良くねえぞ」
マティアスは気遣うが、ベアトリーチェは小さく笑って首を振った。
「ありがとう。でも皆でやれば、その分早く終わるでしょ。本当に無理だったら、ちゃんと言うから」
顔色は悪いが、心は挫けていないようだった。
カルロスもそれを察したのだろう、手を一つ打った。
「んじゃ、全員でさっさとやっちまうか」
カルロスの一声で、手分けして資源をかき集める事になった。
皆と別れ、担当するポイントに向かいながら周囲を観察する。
うねりながら施設上部を巡る丸ダクト。壁面に沿って設置されているメザニンラック。無骨に鋼板で補強された内壁。建物と重機を支える塗料の剥げた鉄骨。ウィルオー発電機。ガスタンク。そしてなぜかクマもどきの彫像。
これで遺体がなければ、最高の場所なんだが。見学のためだけに来れないかな。
そして着いたポイントは、ビルと事務所と思しき建物の間にできた吹き抜けの空間だった。
ビルの外壁に設置されたオーロラビジョンと、天上付近から垂れ下がった巨大な蛇のようなケーブルが目を引く。
だが嫌でも目に入ってくるのは、スタート地点以上の、数多くの残骸と遺体だった。
恐らくこの場所で戦闘が行われ、そして蹂躙の限りを尽くされたのだろう。
天上が崩れ、自然光の溢れる開けた場所にも関わらず、空気の悪さは半端ない。
簡易マスクをつけ、手早く資源の回収を始めた。
資源を集め終わり、引き返そうとして、改めて周囲を見渡す。
カルロスはアブダクターにやられたと言っていたが、連中はどんな奴にやられたんだ?
『おい』
ヘッドホンから聞こえるカルロスの声は、いつになく不穏だ。
『こいつらをやったアブダクターがわか』
「アブダクターの反応を感知しました」
カルロスの声を遮ったアクセサリの報告に、一気に心拍数が跳ね上がる。
「場所は?」
「ここです」
アクセサリの声に被って、轟音とともに建物の一部が吹き飛んだ。
棒立ちするアクセサリの腕を引き、物陰に引っ張り込む。
直後、自分とアクセサリがいた場所に瓦礫が落下。
間一髪すぎるだろ。
『おい、大丈夫か!?』
「まだ生きているよ」
仲間の声に応えつつ、それを見た。
ああ、なるほど。連中はコレにやられたのか。
六本足のそれは蜘蛛に似ているアブダクター、パラドクサ。装甲は剥がれパージ状態。
カルロスが見た装甲は、恐らくコイツが身に付けていたものだ。
パラドクサは己の存在を誇示するように、自在に空間を駆け回ると足踏みをし、大きく前脚を上げた。
「敵アブダクター、攻撃性増大。注意して下さい」
は? まだ何もしてねーぞ!
俺の名を呼ぶ声がして振り向けば、ベアトリーチェがアクセサリを従えて、こちらにやって来た。
「ベアトリーチェ、大丈夫か?」
「それはこっちの台詞だよ、怪我はない?」
「ああ」
ベアトリーチェは安心したように頷くと一転、厳しい表情でパラドクサを見やる。
そして眉をひそめた。
「あの子、おかしい」
「え?」
「駆動音がいつもと違う。あの子、暴走してるよ!」
すると、奴はこちらに向かって高速回転しながら襲いかかって来た。同時に特徴的な主砲からネットが乱射される。
その動きはあまりにも早く、それゆえにキモイ。
散開し、ネットをかわしながら、鬼気迫る動きにロストの存在を強く意識した。
あの蜘蛛とは何回か戦った事はあるが、今の奴は全く倒せる気がしない。
『詳しい事はさすがにわからないけど』
ベアトリーチェの声。
『多分何かのトラブルがあって、人の手から完全に離れちゃったんだよ。もしかしたらこの人たちは』
スピンアタックからのネットの乱射は止まったが、今度はホバリングで突進を仕掛けようとしている。
「ひとまず逃げるぞ! 暴走状態のアブダクターなんか相手にしてられねえよ!」
『なんだ、逃げんのかよ』
ブーイングをするカルロス。
この期に及んで、まだこの調子を続けるか。ホント、ぶれねーな。
色々なものに耐えつつ、口を開いた。
「よーし、カルロスが足止めをしてくれるらしいから、その間に逃げよう! センパイの尊い意思と犠牲を無駄にするな!」
『了解! 今のカルロス、マジshazなヒーローだぜ。俺、ぜってー忘れねーから!』
『カルロス、ありがとう。ごめんなさい』
『勝手に殺すな、置いてくな』
素直に退却を始める二人に続いて、カルロスも退却をし、ジオフロントを離れた。
護送車の中で、俺たちは状況の報告を始める。
恐らく、資源回収のために来たであろうレムリアPTの連中だが、一緒に連れてきたパラドクサ(装甲にレムリアPTのマークがついていたらしい)は何らかの理由で暴走。咎人連中は止めようとして、逆に返り討ちにあったのではないか。
カルロスとベアトリーチェの報告をまとめると、こんな感じだろうか。
資源はまだ足りない状態で、このまま帰ってもボランティアは失敗に終わる。
ベアトリーチェは思案していた様子だったが、やがて顔を上げた。
「あの状態で動き回っていたら体が持たない。あの子、放っておけば勝手に機能停止すると思う」
「だったら、機能停止するまで待っていれば良いってことか」
ベアトリーチェの発言にマティアスの表情が明るくなるが、カルロスは首を振った。
「飼い主達もそれが狙いかも知れねえぞ。そうなったら次のお相手は、言うまでもないだろ」
「うわぁ……」
マティアスは露骨に嫌な顔をし、ベアトリーチェも俯いた。
能力や性格的に対人戦には向いていない事は、本人達が一番よく知っている。
そんな二人を見ながら、俺は提案をすることにした。
「さっきと同じ方法でいくか」
つまり、俺とカルロスであの暴走蜘蛛をひきつけ、その間にマティアスとベアトリーチェで資源を回収する。
咎人連中がいない分、蜘蛛に集中できそうではあるが、とは言え、現状の俺達では手に負えるとは思えない。
「おいおい、俺とお前でアレを止められると思ってんの?」
「資源を回収するまで凌げれば十分だ。飼い主連中とやり合うより、蜘蛛一匹のほうがマシだと思うんだが」
「ホントかよ」
案の定、皮肉っぽく言うカルロスに、俺は笑顔で答えた。
「さっきはやる気満々だったじゃないっスか。大丈夫っスよ。背中は守るしフォローもする。戦闘不能になっても、何度でも必ず蘇生させますんで」
カルロスは皮肉な表情を消し、獰猛な笑みを浮かべた。
「お前ホント、えげつねえな」
「それが俺の仕事っスから」
「ああ、そうだったな」
俺たちは笑い合うが、カルロスの目は全然笑っていなかったし、俺もそうだったろう。
そんな様を、ドン引きで見つめるマティアスとベアトリーチェ。
えげつなかろうとも、俺が望む仕事でなかろうとも、それが俺に求められている仕事だ。
ならばやり遂げる。
俺の本当の望みを、願いをかなえるために。
結局、マティアスたちからは代案は出ず、俺の提案がそのまま採用。再びジオフロントへと向かった。
ジオフロントに到着すると、マティアスたちはすぐに資源回収を開始し、俺とカルロスはあの暴走蜘蛛の元へ向かう。
場所は、俺が資源回収をした、あの吹き抜けのエリアだ。
「いた! お先に行くぜ!」
カルロスは槍を構えると、さらに走る速度を速めて暴走蜘蛛の元へ突進した。
俺も後に続く。
わかってはいたが、さすがに無茶としか言いようがなかった。
あの蜘蛛、スピードも破壊力も普通の蜘蛛より段違いで、凄いを通り越してキモイ上におかしい。
ホバリングをかすっただけで、戦闘不能寸前までになった時は、回復を忘れて笑ってしまったほどだった。
だから当然、
『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』
そうなりますわな。
カルロスのアクセサリも転がっていたので、荊を使って、まとめて叩き起こした。
しかも奴、なぜかカルロスに対して集中的に攻撃を仕掛けているため、実質カルロスが盾役状態になっている。
アンプリファイアを使ったにも関わらず、カルロス一筋。
だがさすがは歴戦の咎人だった。あの蜘蛛の攻撃をよくかわし、耐え凌いでいる。
おかげで鳥篭攻め放題だが、それも時間の問題で、徐々にカルロスが消耗していくのがわかった。
すかさず蜘蛛の後ろ脚に荊を接続し、ドラッグダウンを仕掛ける。
引き倒すためじゃない。こちらにヘイトを集めるためだ。
こちらを向けば、カルロスは回復できるし、その後で鳥篭を狙いやすくなる。
高い攻撃力を持つカルロスが鳥篭を狙えばダウンを狙えるだろう。
ドラッグダウンを仕掛けている隙に、カルロスはようやく蜘蛛との間合いを取った。
だが、何てこった。奴はカルロスの下へ突進。荊が限界まで伸びきり、ついにはオレも引きずられていく。
おいおい、そんなにカルロスに構って欲しいのかよ! 物好きだな!
カルロスは何とか逃げ切ったが、そこに間髪置かず、蜘蛛の頭部のセンサーが高速回転し、スピンアタック開始。
さらに脚から大量のミサイルを乱射しまくる。
『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』
ああ、わかっていたさ。
しかも、スピンアタックを回避していたカルロスも、このミサイル乱射を喰らって戦闘不能。カルロスのアクセサリも当然沈黙している。
ようやく俺の方を向いた奴の突進をかわし、まずは自分のアクセサリを荊で叩き起こす。
走りながら目視でカルロスを確認し、狙いを定め荊を射出。
起き上がったの確認し、さらに荊で移動しながら、カルロスのアクセサリも起こした。
『ウィルオー残存量減少、荊の使用限界が近づいています』
お馴染みのアナウンス。
イバラゲージのウィルオーの残りは1センチもない。ていうか、ほぼ空だ。
ハハ! これじゃあ、荊での移動もできねーよ。射出しただけで終了だ。
『資源回収終わったぞ!』
マティアスの報告に、生存への希望の光が灯る。
「了解、退却だ」
蜘蛛の攻撃をかわし、時折り攻撃を交えて引きつけながら隙を窺う。
ヤツが俺に構っている間は、皆は安全に退却できるはずだ。
ウィルオーは急速に回復しているが、恐らく射出している間に踏み潰される。
先程のブレードシューター同様、荊での移動は緊急回避の手段になりえない。
自分の足でひたすら逃げ、隙を見て高台へ移動するしかなさそうだ。
その時、ヘッドフォン越しに雄叫びが聞こえた。
無意識のうちにアクセサリを小脇に抱え、目に入った通路に飛び込む。
その瞬間、暴走蜘蛛が宙を飛び、施設内を揺るがすような音を立てて壁に激突した。
抱えたアクセサリが身じろぎし、俺を見上げる。
「敵アブダクター、一時的に無力化。追撃を提案します」
しねーよ。
『ようやっと反撃できたぜ。このバカ蜘蛛はよ』
カルロスの声には疲労感と、一矢報いた達成感がにじみ出ていた。
俺が敵をひきつけている間に、カルロスが鳥篭を攻撃してダウンを取ってくれたのだ。
「センパイ、あざっす」
『やられっぱなしは性に合わないんでな。今のうちにずらかろうぜ』
「了解」
足を投げ出してダウンをしている暴走蜘蛛を背に、俺たちは資源と、それ以上の疲労を抱えてジオフロントを後にした。
こうして、予想外尽くしの今日のボランティアは幕を下ろしたのである。
◆
モザイク街の広場に戻った俺たちは、市民二人から感謝のお言葉と石鹸をいただき、そのままガソリンで打ち上げに突入。
マティアスの全く遠慮のない注文と、便乗したベアトリーチェとカルロスの分まで奢る羽目になり、自分の恩赦ポイントの危機が迫っていた。
だが、今日も皆には助けられたし、俺の仕事もまずまずだったと思う。
砂嵐での戦闘に始まり、あの暴走蜘蛛相手に生きて帰ってこれた。
ここは皆で喜びを分かち合い、俺の奢りで盛り上がるなら安いものじゃないか。
そうは思ったものの、失うものはあまりに大きく、俺は人工炭酸水を片手に、こっそり溜め息をつくのだった。
◆
数日後、カルロスから聞いた話では、あの暴走蜘蛛はジオフロントに破壊の限りを尽くして機能停止し、レムリアPTの連中が遺体と共に回収したという。
そして、このPTの資源不足は、咎人の命がけの資源回収と、市民の不眠不休の働きにより、一週間後には解消された。
PTの上層部はその働きに満足したらしく、関係者全員に特別褒賞が配られたのだが、その内容が『プロパくんのオレンジ石鹸』三個。
これがきっかけで、このPTに新たな事件が起こるのだが、それは別の話。
pixivで投稿した際は前後編と分けていましたが、一つにまとめました。
内容は同じものです。
プラントやジオフロント内を、邪魔される事なく見て回りたいです。
そういう施設が好きなので、観察すると結構興味深いなあと。
どこかの狩りゲーみたく、エリアを広くして採取とか探索ツアーとかあればいいのに。
でも、受けないでしょうね。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。