或る咎人の憂鬱   作:小栗チカ

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【前回までのあらすじ】
アーベルによって攫われたベアトリーチェを取り戻し、棺を守るためにホウライPTへと向かった咎人たち。
世界でも最強と謳われるホウライPTの咎人『アーベル』と、最古に最強のアブダクター『憤怒の烈火(レッドレイジ)』と対峙する事になりました。
アーベルの本当の望みを知った咎人ですが、当然相容れる事はなく、苦戦の末に撃破に成功します。
しかし時既に遅く、棺の扉は開かれてしまったのでした。

★ 原作のネタバレが含まれています。

◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ 暴力描写、流血描写があります。
◆ NPCのキャラが崩壊しています。
◆ アンチ・ヘイトの意図はありませんが、保険としてつけております。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。



咎人、煉獄を垣間見る

フロアの入り口まで後退した俺たちは、そのアブダクターらしきモノを見上げる。

それは何と表現をしていいのか。

端的に言えば、宙に浮かぶ目玉がくっついた箱だ。

しかも箱の後ろには、ウネウネと蠢くマニピュレーターがくっついている。

くっついていると言えば、目玉にも何かがへばりついているようだ。

拡大表示させると女らしき像だった。

……わからん。

このアブダクターが何を模したものなのか、何の目的で作られたものなのか皆目見当がつかない。

炎を纏い、今までのアブダクターとは比較にならないほどのエンジン音を響かせながら、それは威風堂々とフロア内へと進み出る。

呆然と見守る事しか出来ない俺達だが、ふと、隣にいるベアトリーチェに声をかけた。

 

「ベアトリーチェ、アイツが一体何なのかわかるか?」

「わからない。天獄に、こんなアブダクターはいなかった。初めて見る子だよ」

 

箱のアブダクターから目を離す事なく、緊張した面持ちで答えるベアトリーチェ。

あのベアトリーチェですらも知らないアブダクターなのか。

そうなると、いよいよポンコツの出番だな。

 

「おい」

 

背後でAAW-M2を構えるフルフェイスのアクセサリに声をかける。

 

「サルート」

「了解しました」

 

サルートとは、改造で付け加えた独自コマンドで『偵察をしろ』という命令である。

古代の軍隊で広く用いられた偵察方法をサルートと言ったらしく、それが由来だと、改造に携わった技術者が言っていた。

アクセサリはデフォルトで監視による報告を行うが、こちらは偵察と言うだけあって積極的かつ高度なものになっている。

ぶっちゃけ違法改造であり、サルートと名づけたのも誤魔化す為だ。

だからナタリアがいる今回は自重していたのだが、状況が状況だけに仕方がない。

 

再び前方を向いてアブダクターらしきものを見上げる。

と、幾何学模様に縁取られた目の奥が蠢いた瞬間、フロアどころかPT全体を揺さぶるような大音響とともに、俺たちは吹っ飛ばされた。

 

『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』

 

アクセサリどもが揃って機能停止状態になった。

これはまさか。

 

「こいつも大咆哮を使いやがるのか」

 

呻きながらも立ち上がるカルロス。

他の皆もダメージは受けているものの、どうにか立ち上がる事ができて……ベアトリーチェがうずくまったまま動けないでいる。

 

「ベアトリーチェ、大丈夫か!?」

 

慌てて駆けつけるマティアスとエルフリーデ。

そう言えば、ベアトリーチェはハウリングキャンセルを装備していない。

回復に相当の時間がかかるだろうし、今回はベアトリーチェは戦力にならないかも。

そして俺達も、改良したハウリングキャンセルはもう使えないから、あらかじめ装備していた普通のハウリングキャンセルで凌ぐしかない。

初見の敵なのに、難易度高すぎだろ。

とんでもないもん呼び出しやがって。

先ほどまで戦っていた最凶の咎人の顔を思い出し、舌打ちをする。

アクセサリどもを叩き起こして回りながら、眼前を青い光がちらついている事に気付いた。

後遺症の前兆だ。

そっか。そろそろ薬が切れる頃合いだし、今のうちに飲んでおこう。

ウィルオードライブから薬と水を取り出し、クソ不味い液剤と錠剤を水と一緒に流し込む。

その間にウーヴェが荊チャージで全員の防御力を底上げした。

 

「まずは遠距離攻撃で様子を見るぞ」

 

ナタリアの号令の元、俺たちは箱──そうとしか言いようがない──に向かって攻撃を始めた。

正確に言えば、俺とカルロスはあの箱に届く遠距離攻撃の手段を持っていないので、様子見をするしかないのだが。

復活したポンコツは、緊張感など全くない足取りで前に進み出ると、ロケランをぶっ放した。

綺麗な放物線を描いて飛んでいくミサイルは、箱に当たる前に爆発する。

目玉の下に光る青白い光と、爆発した時にちらりと見えた紫色の光はまさか。

 

『球体の下に設置されている菱形の物体から、シールドジェネレータに酷似したエネルギーを確認』

「マジかよ」

 

アクセサリの報告に、思わず顔をしかめる。

シールドジェネレーター同様、先にアレを壊す必要がありそうだ。面倒くせえ。

しかも、あのうねうねした奴──もう触手でいいよな?──から、連続してピンク色の光弾で絶え間なく攻撃をしてくる。

ダメージは微々たる物だが、かなり鬱陶しい。

まずは、あのシールドっぽいのを溶断しに行くか。

狙いを定めて荊を射出しようとした時だった。

 

「ちょい待ち」

 

カルロスの手が翻り、放り投げられたモノを反射的にキャッチする。

見れば、あの警邏連中がくれたオマモリだった。

ただし、袋は焼け焦げ、中の機械も潰されており、立派な非実在ゴミ資源と化している。

腿の外についているポケットにしまったはず……ポケットは破れていた。

 

「……いつ落としたんだろ」

「さあな。さっきの爆風で足元に転がってきたから、拾っておいただけだ。とりあえず返しておくぜ」

 

カルロスはニヤリと笑い、そして荊を射出すると珍しくシールドの破壊──溶断できる装備じゃないから──に向かった。

続いてナタリアもシールドへ向かって飛んでいく。

オマモリに目をやり、ある事に思い至ったが、今はそれどころじゃない。

さあ、集中しろ。

オマモリをウィルオードライブに放り込み、狙いを定めて荊を射出。

大きくジャンプしてシールドに張り付き溶断をしながら、改めてこの変なアブダクター? を観察する。

 

目玉の後ろについている箱は八つ。いずれも触手付き。

触手は鎖のような胴体をくねらせ、鉤爪のようなマニピュレーターと、やっぱり気味の悪い目玉がくっついている。

この目玉から光弾を発射しているようだ。

あの箱、いかにも溶断できそうなんだけど、溶断したらどうなるんだ? あの触手も無力化すんのかね?

後はやっぱり曰くありげな横座りしている女の像。目玉よりも脆そうだけど、攻撃したらどうなるんだろう?

 

「後もう少しで溶断が完了する。そしたら箱を溶断してみようと思うんだが」

『わかった。身の安全を最優先にな』

 

ナタリアの許可も得た。

シールドは意外に脆く、溶断が完了してシールドは地上に落下。

俺も続いて落ちつつ、箱に狙いを定めた時だった。

 

『警告。球体周辺より人体に有害と推測されるガス発生。至急、機体周辺から離脱してください』

 

エンジン音の高まりと共に、目玉周辺にどう見てもやばそうな色の霧が生み出されている。

何だあれ?

もしかして、毒なのか!?

 

『ガスの解析を開始しました』

 

荊の射出を止め、そのまま地面に難なく着地。

荊って言うか、ウィルオーの力だと思うけど、相変わらずこれも謎の現象だ。

そして、紫色の霧が周辺にはじけて広がった。

後退する俺に続いてカルロスとナタリアも俺に続く。

 

「何なんだあれは。形はもとより鳥篭(ケージ)も見当たらない。しかも毒まで持っているとは」

「正確にはアブダクターとは言えねーだろうなぁ」

 

ナタリアの困惑した声と、カルロスの皮肉気な、だが緊張感のこもった声。

アブダクターとは、誘拐犯・拉致者の意味があるらしい。

 

『ガスの解析完了。致死性、永続性のある毒物と判断。治療性荊質にて治療可能。治療をしない限り、蘇生をしても状態異常が続くため、戦闘に多大な影響が出ると推測します。注意して下さい』

 

今まで戦ってきたアブダクターは、その由来のとおり市民、つまり資源の略奪と保護を目的として作られたものだ。

だからこそ、資源を安全に格納するための鳥篭が必ずつき、毒物を持つことは決してなかった。

だがあれは外見と能力を見るに、ヒトを殺傷する事を目的で作られている。

何故、そんな能力を持たせてるんだ?

 

「私が残りのシールドを溶断する」

 

隣に立つナタリアの声に再び見上げれば、紫色の霧は晴れ、シールドは残すところ後一つとなっている。

 

「貴様は箱の溶断に向かえ。十分に気をつけろ」

「了解」

 

箱を落とすことで、触手も無力化するといいんだけどな。

ナタリアが再び荊で跳躍。

俺も機体に近づき荊を射出、箱の溶断を始める。

さすがにちと固い。

触手からの光弾がうっとうしいが、ずいぶんと単調にして順調のように思える。

でもこれだけの図体をしていて、攻撃手段は絶対にこれだけじゃないはずだ。

 

『溶断完了! 目玉と女の像を集中的に攻撃しろ!』

『承知した』

『よっしゃあ! 行くぜ!!』

 

ナタリアの号令と共に、地上からの一斉射撃が始まる。

ライフゲージが少しずつ、だが着実に減り始めている。

と、溶断のスピードが上がった。

ポンコツがミサイルで援護していた。

自動砲台、オペレーター、そして看守としては優秀だと思うんだが、何でその機能を一つにまとめようとしたんだか。

何であんなに貧弱でポンコツなのか。

何でヒトの形にしたのか。

毎度の疑問であり、正解など出ない問いかけだ。

俺の残念すぎる脳みそと歪んだフィルターでは、思い入れなり依存させるなりして、PTとPT法に恭順させましょうね、このクソったれな世界の枠に組み込みましょうね、って考えしか思い浮かばない。

ああ! 今は余計な事を考えるな!

 

「集中うううっ!!」

 

声に出し、ムラサメを握る手にさらに力を込める。

よし! 後もう少しで溶断でき──。

その時、箱から異音が聞こえた。もっと言うなら、何か接続していたモノが切り離される音。

 

『友軍、会敵。戦闘が始まっています、至急、応援に向かって下さい』

「えっ!?」

 

増援か!? どこに!?

 

ミニマップを見れば、いる。

確かに敵が、アブダクターがいる。二体だ。しかも俺の近くに一体……。

何となく視線を感じてそちらを見た。

あの触手が、箱から切り離された状態で空中でウネウネと蠢いている。

マニュピレーターの奥で不気味に輝く目が、俺をしっかり捉えていた。

な、な!?

 

「なんじゃこりゃあああああ!!」

『なんじゃこりゃあああああ!!』

 

マティアスとハモった瞬間、触手のマニュピレーターが勢いよく俺の体を掴んだ。

ゲッ!!

 

「この野郎がっ!!」

 

叫んでどうにかもがく。

腰のウィルオードライブが、マニュピレーターからはずれていたのは不幸中の幸い。

だが肋骨が、右腕の骨が、マニュピレーターの締め上げに悲鳴を上げる。

当然、俺のヘルスゲージもジリジリと減少。

自由だった左手のムラサメで触手を攻撃。どうにか外そうと試みる。

そして、努力の甲斐あってどうにか脱出。

そのまま落下する俺と入れ違いに、赤い荊が触手に絡みついた。

 

『友軍がドラッグダウンを仕掛けています、援護行動を』

『落ちろおっ!!』

 

アクセサリが定型文を言い切る前に、エルフリーデのドラッグダウンで触手はあっさり落下。

よし、集中攻撃!

どう見ても弱点であろうマニュピレーター、正確に言えば目玉の部分を、エルフリーデとポンコツ共に攻撃。

あっという間にヘルスゲージは空になり、一回大きく跳ねて触手は沈黙した。

 

「ユウ、ポッドの溶断を完了させて下さい」

「え?」

 

ポッドって、あの箱のことか。

ポンコツはリロードしつつ、報告を続ける。

 

「ポッドが、あの鎖の本体ではないかと推測されます。切り離された鎖だけを排除しても、本体が健在な限り再生をするのではないかと」

「再生って」

「先ほどのレッドレイジ戦において、レッドレイジの左腕が再生されたのをご覧になったはずです。まして敵は未知の存在。決して油断する事なく、あらゆる事態を想定して行動すべきでしょう」

 

感情なく言われ、俺は無意識のうちに、しかも何の根拠もなく、あの箱を侮っていた事に思い至る。

普段のポンコツを思えばムカつく限りだが、この場においてはポンコツが正しい。

俺は大きく深呼吸し、改めて宙に浮かぶ箱を見据えた。

 

「わかった。お前は入り口付近まで後退。偵察レベルを上げろ」

「了解しました」

 

偵察レベルを上げるとコイツの攻撃頻度が減るので、全体の攻撃力は落ちてしまうが、偵察業務に専念してもらった方が、状況は把握しやすいだろう。

荊を先ほどの箱に向けて射出する。

あの箱はもう少しで潰せるから、続けて切り離されて留守番状態の箱を潰そう。

あ、そうだ。

跳躍しつつ、ある一つの考えを思いついた。

まずは先ほどの箱を溶断。

あっけなく地面に落ちていくのを見届けつつ、再度荊を射出して箱に取り付く。

大きくジャンプして、女の像の近くに着地。

ウィルオードライブから、パートナーを取り出して設置してみた。

おお! やっぱり設置できるんだな。

任せたぞ、BENKEI君。

俺の期待に応えるかのように、オートBENKEIは箱に向かって連続射撃を開始した。

それを見届けて、留守番状態の箱に取り付き、溶断をはじめる。

 

『敵アブダクター、損壊率五十パーセント』

 

ようやく折り返し地点か。

邪魔される事なく溶断が完了して、箱と共に落ちていこうとしていた時だった。

 

『友軍、会敵。戦闘が始まっています、至急、応援に向かって下さい』

「あぁ!?」

 

ミニマップを見れば、再びアブダクターの数が増えている。

触手が切り離されて、しかも今度は三体だ。

 

『ユウ! お前は箱の溶断を続けろ。触手は俺達が引き受けてやんよ!』

「了解」

 

マティアスに応じ、触手が切り離された箱に向かって荊を飛ばそうとして、展開していた箱が、棺から出てきた時同様にピタリと閉じた。

何だよ? 嫌な予感しかしな──。

 

『警告。敵、落下します』

 

反射的に荊で外壁に向かって大きくジャンプした瞬間、背後で耳をつんざく轟音と衝撃波が背を叩く。

吹き飛ばされつつも、何とか外壁にしがみつき、背後を見て唖然とした。

本当に落下していた。

あれだけの衝撃があったのに、フロアの床が無事なのも驚きだが、落下した箱本体のヘルスゲージが減っていないのは、一体何なんだって話である。

しかもBENKEI君は宙に浮いたまま攻撃続けてるし。

 

あ、このフロアの床、透けてんだな。

下のフロアのブロックが動いているのが見える。

どんな素材使ってんだ? 何の目的で透かしてるんだ? オシャレデザインって奴か?

……あーそうだよ、現実逃避だよ! だって色々でたらめ過ぎるだろうがよ!!

それを言ったら、俺達も十分にでたらめだけどな!

 

舌打ちをしつつ、宙返りをしてフロアに着地。

箱は完全に沈黙している。

触手のほうは順調に数を減らしているようだ。

立ち直ったらしいベアトリーチェが荊チャージ最大で、緑の大樹を模した回復陣地を築いていた。

今のうちに溶断を続けよう。

三つ落とす事は難しいかもしれないが、少しでも数を減らしたい。

再び箱に取り付き、溶断を開始。

時折りミサイルが飛んできたり、槍のチャージ技があったりで、溶断は順調に進む。

そして、敵は箱を展開しつつ浮上。

溶断を続けていたその時、脳裏に閃く警告の赤い光。

とっさに溶断を中断して、箱から離れたが遅かった。

激しい振動が全身に襲い掛かり、髪が逆立つような錯覚。

 

『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』

 

遠くで、ポンコツお決まりの台詞が聞こえる。

大咆哮。

外壁に叩きつけられ、そのまま無様にフロアに落下。

先ほどよりも近い距離にいたせいか、ヘルスゲージが半分以上削られていた。

心臓が奇妙な鼓動を立てている。

大丈夫大丈夫、今回復するからな。

医療アイテムで回復し、周囲を改めて確認する。

アクセサリは全滅し、ベアトリーチェは戦闘不能。

他の連中も生きてはいるものの、がっつりダメージを喰らっていた。

せっかくベアトリーチェが作った回復陣地は、跡形もなく消し飛んでいる。

触手を全て潰していたのはラッキーだったが、早く立て直さないと。

急いでアクセサリを叩き起こし、ウーヴェの荊のチャージ技で防御力を底上げする。

マティアスによって蘇生したベアトリーチェが、改めて回復陣地を作成した。

 

「箱の破壊に専念した方が良さそうだぜ。本体もやばいが、あの触手はさらにやばい」

「ドラッグダウンであいつを落とすか」

 

カルロスとウーヴェの提案に、全員でドラッグダウンを開始。

さすがに七人がかりではドラッグダウンも容易だ。

箱は再び落下して、一時的にではあるが無力化する。

箱に取り付いて溶断開始。

皆のサポートもあり箱は一つ、二つと順調に潰れていく。

だが、

 

『警告。敵、再起動。機体周辺の温度、急速に上昇中。至急、機体周辺から離脱してください』

 

急激に高まるエンジン音と、気温の上昇に不吉なものを感じてとっさに飛び退くが、眼前を白一色に塗り潰され、激しい熱と衝撃を全身に感じた。

そして訪れる青い世界。

ヘルスゲージは見事に空っぽだった。

そりゃ、あんな至近距離で爆発喰らったら、そりゃあ頑丈さが売りの俺でも即死でございましょうな。

青い世界の向こうで、あの箱は悠然と上昇している。

だからさぁ、色々とおかしいだろ。

あんだけの規模の爆発を起こして、手前はその爆心地にいただろうが。何で無事なんだよ!

ていうか俺、そろそろリスポーンしちゃうんだけど!

だが、そんな俺めがけて一直線に走り寄る人影。

 

「おーい、寝てんなよー」

 

そう言って蘇生したのは、本当に意外な人物だった。

 

「センパイ、あざす」

「んだよ、その意外そうな顔は」

「いやあんた、滅多に蘇生しねーから」

「そうも言ってらんなくってなぁ」

 

珍しく引きつった笑みを浮かべるカルロスの背後には、全ての触手が切り離され、フロア中に蔓延っている。

炎によって赤く照らされたフロア内を、縦横無尽に泳ぎ回る触手の姿は、あまりにも現実とはかけ離れすぎている光景だった。

まるで異世界だ。

だが、悪意と殺意に満ちている点では、現実と変わらない。

恐ろしいスピードと正確さで突進し、味方を吹き飛ばす触手。

小気味よく首? を振りつつ目玉から火炎放射をし、固まっているアクセサリ達を一網打尽にする触手。

それを助けようとする味方を例の突進で妨害し、冷凍放射でとどめをさす触手。

 

「……なんスか、このキモイ地獄絵図」

「タマの縮むような光景だろおおおっとお!」

 

突進してきた触手をとっさにかわし、カルロスは真剣な表情になった。

 

「すぐに立て直すぞ。それから触手を潰す」

「了解」

 

荊で移動しながら、倒れている味方やアクセサリを叩き起こして回る。

 

「アクセサリ、偵察レベルをデフォルトに戻」

『損壊率、規定値を突破。一時的に機能を停止します』

「あああああ!!」

 

触手の突進をくらったポンコツが、再び機能停止状態になった。

毎度毎度何なの、このタイミング。

思わず顔を手で覆う。

もう泣いて叫んで逃げ帰りたいわ!

そんでモザイク街の廃ビルで、燦々と降り注ぐ陽光と紫外線を浴びながら、ぼんやり風景を眺めつつ人工炭酸水を飲んだり、吹き抜ける風に季節を感じたり、移ろう空の色と雲に自分の姿を重ねて黄昏たりして、誰に気兼ねする事なく穏やかで平和な一日を過ごすんだ!

レッツ自分探し!

 

『現在ダメージにより機能を停止中。回復を要請します』

 

自分でも訳がわからない妄想をぶち破る発信音と、無感情に回復を督促するポンコツアクセサリの音声。

 

「あーはいはいわかったよ、うっせーな!」

 

そして変なジングルと共に現れるアクセサリの回復要請画面。

視界全面に出すんじゃねーよ邪魔だ!

視界が妨げられて周囲を状況が把握できねーんだよ! 何だ? 嫌がらせか!?

何度となく出している改善要望だが、どんなに市民連中にウザがられようとも改善要望を出す事を心に決め、移動しながらポンコツを蘇生。

 

「お前は触手を叩き落せ。迎撃しろ」

『了解しました。警告。雷放電時に発生する電磁波を感知しました。落雷が発生する確率、極めて大』

 

フロアの床に紫色の光が灯り、立ち上っている。

しかも、直線状に俺に向かってきていた。

まさかこれか!

慌てて荊で距離を取ろうとした瞬間、死角から突進してきた触手に吹っ飛ばされた。

しかも紫色の光から断続して落雷が発生し、フロアは混沌の度合いを深めている。

……あの野郎、本当にこんな世界を望んだのかよ。

あの狂人咎人の顔を思い出しながら、どうにか起き上がろうとした時、触手の火炎放射が俺を襲って再び床に倒れ伏した。

 

『簡易ヘルススキャン実行。バイタルの低下を確認。回復を提案します』

 

ヘルスゲージは残りわずか。

奥歯を音が鳴るほど噛みしめ、震える四肢に力を込めて立ち上がる。

この触手、マジうぜえええええええ!!

 

『これで、どう!!』

 

ベアトリーチェの声と共に、俺の頭上で鋭い光が炸裂した。

視界は奪われたが、周囲で次々と重たい音が聞こえてくる。

視界が回復すると、群がっていた触手が地面に落ちているではないか。

 

『やった! 効いた! フラッシュG!!』

 

この触手、フラッシュGが効くのか。

 

「ベアトリーチェ、ナイス!」

 

今のうちにこいつらを叩いてしまおう。

ポンコツと共に触手を攻撃。どうにか潰して、残り二体。

医療アイテムで回復し、落雷をよけつつ仲間を助けて回りながら態勢の立て直しを図る。

その後の俺はといえば、触手を潰すまではひたすら皆の衛生兵、介護兵と化していた。

触手を潰し終われば、すでに箱のヘルスゲージは残りわずかだ。

そこにエルフリーデの捕縛技で、箱を落として総攻撃。

箱のヘルスゲージがなくなったと同時に、目玉部分からの身の毛のよだつような絶叫が、フロア中に響き渡った。

そしてアブダクターと同様に、瞬時に箱は緑色に染まってフロアの床に静かに落下する。

……もう突っ込まねーからな。キリねーし。

箱は横倒しになって、ピクリとも動かない。

 

『目標の排除を確認しました』

「よっしゃああああああ!!」

「お疲れ様、やったね!」

 

マティアスとベアトリーチェがハイタッチをしつつ歓声を上げ、俺もようやく大きく溜め息をついた。

ああ、しんどかったあ!

 

「ひとまずお疲れさん」

「センパイもお疲れっス」

 

カルロスに応えつつ武器をウィルオードライブにしまい、棺に目を向ける。

相変わらず棺の向こうからは、炎が噴き出していた。

この箱を凌ぐ事は出来たが、またこんなのが続々とお越しいただいてはたまらない。

 

「あの押っ広げの股ぐら、どうやって閉じるんスかね」

「おまけにずいぶんと欲求不満のご様子だしなぁ」

 

俺の台詞に、カルロスはニヤリと笑う。

 

「お前、突っ込んでみたらどうだ?」

「ハ。俺のムラサメで満足するようなタマかよ。センパイが行ったらどうっスか? 前言ってたっスよね。『俺の影月は顧客満足度ナンバーワンなんだぜえ』って」

 

カルロスのモノマネを交えて言うと、奴は口元を歪めつつ俺を睨んだ。

だがすぐに影月の穂先を棺に向ける。

真剣な表情で棺を見据えていたが、やがてそっと穂先を下ろした。

 

「がっつき過ぎてひくわ」

「あー……、気持ちはわかるっスよ」

「だろ」

「お前ら真顔で何言ってんの?」

 

心の底から呆れたようなマティアスの声に、俺は腰に手を当てる。

 

「何って、棺をどうやって閉じるかに決まってんだろ。扉の向こうに攻撃したらどうなるかってな」

「そうだマティアス、お前のカンナギで試してみようぜ。お前のチャージ技なら、もしかしてもしかしたら」

「ぜってーヤダ! 何で俺が欲求不満のバ」

 

マティアスが言い募ろうとした時、警告音と共に赤黒い通知書が俺達三人の前に現れた。

 

「貴様ら本当にいい加減にしろ」

「何で俺まで!?」

「自分の胸に聞け」

 

表情も声も静かな、しかし並々ならぬ怒気を発して告げるナタリア。

俺を睨むマティアスと、冷たく乾いた視線を向ける他の仲間から目を背け、通知書に捺印をする。

俺は頭をかいた。

 

「んじゃ、真剣に考えるとしましょうかね」

「真剣に考えるも何も、人力で手押しするしかねーだろ」

「開ける時はあんなにご大層だったのに、閉める時は人力手押しなのか?」

 

もっともな事を言うマティアスに、カルロスは肩をすくめた。

 

「他に何か方法があるわけ?」

「……ねーけどさぁ、しょっぱすぎなくね?」

 

ナタリアは大きく溜め息をついた。

 

「やれる事をやろう。私たちであの扉を閉じる事ができるか試してみるぞ」

 

ナタリアの指示で俺たちは棺に向かい、開ききっている扉に手をかける。

いやいや、あんなバケモノを封じていた扉が、七人と六体の力で動くわけがない、って、動くぞコイツ!

 

「カルロス、あんた中身は最悪だけど超shazだな!」

「適当に言ったつもりだったのに、まさか本当になるたぁなぁ」

 

マティアスの台詞に、カルロスは呆れたように笑った。

動いたとは言え、あまりにも巨大な扉である。

人間は額に汗をかきながら、フルフェイスを被っていないアクセサリ達は涼しい顔で押し続け、少しずつ、ジリジリと扉の隙間は狭まっていく。

それなりに時間は経ち、扉の隙間は荊の幅ほどとなった。

 

「よし! 最後のもう一押しだ!!」

 

ウーヴェの声に俺たちは応え、最後の力を振り絞って扉を押す。

そして扉は、小さな、しかし厳粛な音を立てて完全に閉まった。

その瞬間、棺全体にウィルオーの青い光が走り抜ける。

何の根拠もないのだが、これでちゃんと封印ができた事を察した。

はあ、やっと終わったか。

 

「終わったなぁ」

「そうだねぇ」

 

マティアスが座り込み、笑顔で応えるベアトリーチェの態勢が崩れる。

とっさに腕を伸ばして、ベアトリーチェを支えた。

 

「あ。ごめんね、ありがとう」

「どういたしまして」

「敵対勢力の反応を感知しました」

 

弛緩した空気を切り裂く、ポンコツの冷徹な報告。

ポンコツが、フルフェイスの奥で俺を見ている。

いや違う。

 

「貴方の後ろに一体」

「え?」

 

後ろにいるのは──。

瞬間、背後から灼熱の衝撃を受けた。

熱さは痛みだ。

心臓が激しく鼓動を刻むが、体中の力が問答無用で抜けていく。

すぐに悟った。

これはロストする。ベアトリーチェの力でも手に負えない。

体勢を崩しつつ、左手をウィルオードライブに回す。

即座に手にしたのは、敵からかっぱらったバーバラだ。

一矢なりとも報いなければ、俺の気がすまない!

 

「カルロスううう!!」

 

最後の力を振り絞って振り向きざまに、躊躇う事なくトリガーを引いた。

飛び退こうとする奴の頬と右耳が吹っ飛ばされ、血が吹き出す。

 

「手前えっ!」

「避けてんじゃねーぞ、この野郎がっ!」

「ユウ!!」

 

ベアトリーチェの絶叫を耳元で聞きながら、今度こそ倒れこんだ。

 

「手前っ、なにやってんだよ!!」

「貴様あああ!!」

 

続いてマティアスとエルフリーデの怒号。

 

「ユウ、ユウ! しっかりして! 大丈夫、絶対、絶対に治してみせるから!!」

 

怒っているような泣き顔で、それでも荊の力を注ぎ込み続けるベアトリーチェ。

ありがとよ、ベアトリーチェ。

気持ちは本当にありがたいけど、これはさすがに無理だ。

致命傷って奴だよ。

ふいに、眼前に光景が映し出される。

あれはいつかのガソリンでの出来事だ。

まだ俺が、本当の自分から目を背けていた頃。

いや、目を背けていた事も気付けずにいた頃。

焦って無茶して、スタンドプレーして、継戦力を減らして、ガソリンで不貞腐れていた時だ。

 

 

「それにだ。お前は前に出ないほうが良い」

「何故?」

 

憮然としつつも尋ねると、カルロスは皮肉な笑みを浮かべた。

 

「お前はみんなの背中を守れるが、お前の背中を守れる奴は誰一人としていないからさ。それでも前に進みたかったら、背中には十分気をつけろよ」

 

ハードボイルドな雰囲気を漂わせようとするスチャラカ咎人を、俺は一瞬真顔で見つめ、そして鷹揚にうなずいた。

 

「へいへい」

「何だよ、人が真面目に忠告しているってーのに」

「ジローさん、この人が真面目になんて単語使ってるんスけど」

「明日天罰でも来るんじゃねーの」

「やっぱそうなんスかね?」

「おいおい、お前らな」

 

 

は、ははははは!

何だよ、本当に忠告してくれてたんだな、カルロス。

でもガラクタ咎人の俺は、せっかくの忠告を活かす事はできなかったわーゴメンネー、クソが!

 

寒い。

熱いはずなのに寒い。

ベアトリーチェの荊の力が注がれているのに、全くそれが届いていない。

死にたくない。

ロストしたくない。

やっと、やるべき事が見えてきたと思ったのに。

やっと、積み重ねることが出来ると思ったのに。

やっと、願いに向かって歩き出せると思ったのに。

積み重ねてきた何かを、活かす事も残す事も出来ない。

託す事すら出来ない。

それがこんなにも苦しく、悲しい気持ちになるとは。

こんなにも無念な気持ちになるとは。

……そうか。

これが積み重ねてきたヒトの、死の形の一つなのか。

 

「貴様! どういう了見だ」

「どういうって」

「二時の方角の上空にアブダクターの反応を感知しました。数二体。飛行能力を有する事から、天獄アブダクター『ディオーネ』と判断。間もなくホウライPT上空に到達します。頭上に注意して下さい」

「……美味しい場面を掻っ攫ってくのは、所有者譲りかぁ」

 

視界は既に利かず、聞こえてくる声も遠い。

だがやり取りからして、この状態においても、ポンコツは通常運転を続けているようだった。

…………。

お前は本当に足を引っ張る事だけは一人前の、正真正銘のポンコツアクセサリだ。

戦場で役立てるのは、元から備わっていた精密な射撃が出来る貧弱な自動砲台としてのスキルと、ユリアン達市民と結託して違法改造で与えた偵察スキルだけ。

ならばせめて、そのスキルで、みんなを助けてやってくれ。

それが、お前というモノが存在する理由──PT全体の幸福希求と発展を促す事──にも、きっと、繋がる……。

そうして意識は、完全に闇に溶け込んだ。

 

 

青色に染まった世界を背景に、俺を覗き込む黒いパーカーを来た女。

 

「君は、良い子だネ」

 

何だそれ。

いぶかしむ俺に、女は優しく笑いかける。

 

「ボクには届いたよ、君の思イ。ウィルオー」

 

……何の事やらさっぱりなわけだが。

 

「そういう事にしておくヨ」

 

女はおかしそうに、しかし暖かい笑顔を浮かべた。

そして俺に顔を近づける。

 

「棺の前で会いましょうって約束、守ってくれてありがト」

 

俺の額に唇を寄せる。

そこから、一気に精気が溢れて体中に満ちる。

瞬きを繰り返し、改めて女の目を覗き込んだ。

……そういえば、そんな約束してたっけな。

 

「酷いナ。約束忘れてたノ? ボクはちゃーんと待ってたのニ」

 

あんな状況だったんだから、仕方ないだろ。

正確には忘れていたわけじゃねーし、猛烈に不本意な形ではあるけど来たじゃん?

だから問題はアリマセン。

すると、露骨に呆れた表情をする女。

 

「君はもう少し大人になって、女の子の気持ちを理解する努力をした方が良いヨ。非モテ脱出できないヨ」

 

余計なお世話だよ。

体を起こして横を見れば、背後にディオーネを従え、自分の身の丈以上の槍を振るう女が、仲間達と戦っていた。

だが、俺をぶっ刺したカルロスの姿が見あたらない。

 

「彼ならディオーネに乗って、この場からとっくに離れちゃったヨ」

 

あっそ。

いつか体中の関節と言う関節をへし折って、砂漠に放置プレイ決めてやるから覚えてろ。

それはともかく、あの女、見覚えがある。

確かベアトリーチェの妹だ。

名前は……。

 

「シルヴィアだネ。追撃の戦乙女(危険なビューティー)なんて二つ名がついてル」

 

また変なあだ名がついてんのな。

だが、変なあだ名が付いている奴は何故か強い。

アーベルも地上最狂の咎人(ぶっちぎりのヤバイヤツ)なんてあだ名がついていた。

そして、あの氷菓子大好き娘(ソフトクリームジャンキー)も例外ではなさそうだ。

 

「……君の非モテ脱出は、当分先になりそうだネ」

 

呆れたような女──アリエス・M──の呟きを無視し、俺はその戦いを見つめる。

五人と六体に対し、敵は一人と一体。

だがウーヴェやナタリアすらも圧倒し、あのディオーネと連携をとって不利な状況を覆している。

これ、もしかして相当にヤバいんじゃねーのか。

 

「だからこそ、サイモンに会いに行くんだヨ。棺、オープん」

 

アリエスが両手を広げると、先ほど閉じたはずの棺が荘厳な音を立てて開いていく。

ああ、せっかく俺達が苦労して閉めたのになぁ。

だが、そこからあふれ出すものは炎ではなかった。

ウィルオー、だろうか。

 

「これが本当の棺の入り口。サイモンに会うための本当の扉だヨ」

 

これが……。

立ち上がり、ウィルオーがあふれ出すその入り口を眺める。

ウィルオーが溢れ出すその先は全く見えない。

アリエスが俺の手を取った。

 

「急ぎましょウ。あの子達も長くはもたなイ」

 

改めて戦う仲間を見やる。

どう見ても劣勢だ。

しかも、ディオーネの角から、眩い光が放たれ大きく膨らんでいる。

 

「アリエス!」

「こっちだヨ、さあ来テ!」

 

待ってろよ、すぐに戻ってくるからな。

アリエスに手を引かれ、俺は棺の入り口に飛び込んだ。

 




ここまでお読みいただきましてありがとうございます!
毎回の事ではありますが、誤字、脱字、言い回し等の変更がある際は、都度手を入れていきます。

これにて一連の戦いは終了となり、次回はエピローグとなります。

箱戦は書き出しに躓き、 全く盛り上がらず陰々滅々と書き進めていたのですが、どうにかペースを掴んで力技で書ききった感じです。

ゲームにてこの箱に最初に挑んだのが、七月の始め頃でした。
当時は、twitterの本垢のフォロワーさんの中にもプレイをしていらっしゃる方がいて、三度ほど失敗して嘆くへっぽこな私にアドバイスを下さったり、ハッシュタグを付けて呟いていた事から、フォロワーさん以外の方からもアドバイスをいただきました。
そのおかげでようやく倒す事ができた、非常に苦い思い出のあるラスボスです。
当時を思い出しながら、何度も箱に挑みつつ書きました。
そこそこに強い武器を作っても、未だにあの箱が苦手です。

箱戦終了後は、スピードアップ。
カルロスファンの方々、最後ですみませんでした。
咎人に撃たれた傷は、即座にラージファーストエイドで治したようです。

毎度の事ですが、活動報告のほうに補足をちょこっと少し書いておりますので、お時間と興味があれば、ご覧いただけたらと思います。

次回のエピローグでお会いできる事を願いつつ、それではまた!

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