或る咎人の憂鬱   作:小栗チカ

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◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ NPCのキャラが崩壊しています。
◆ アンチ・ヘイトの意図はありませんが、保険としてつけております。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。


プロローグ

自由になりたい。

願いはそれだけ。

 

 

天地を繋ぐ物騒な光の柱と、その存在を雄々しくも高らかに告げる轟音が、意識を現実へ引き戻した。

鉛色の空から降り注ぐのは、高濃度で大粒の酸性雨。

かすかに土気を含んだ水と、鉄と、オイルと、火薬の匂い。

周囲は空の色を映しこんだストレージタンクが立ち並び、昼間とは言え視界は著しく悪い。

 

あれ、もしかしてリスポーンしたか。

ウィルオー通信を開くと、継戦力がしっかりと一つ減っていた。

酷ぇな、誰も助けてくれなかったのかよ。

すると、すでにお馴染みとなった警告音と、無機質な女の合成音声が耳朶を打った。

 

『現在、ダメージにより機能停止中。回復を要請します』

 

そうだったね、先にやられていたんだっけね。ポンコツめ。

索敵画面を見れば、自分のチームを示すマークはバツ印が多く、俺が意識をなくしている間に戦況はかなり悪化している事を示していた。

しかも、やみくもに逃げ惑ったのか、味方を蘇生をしようとして無茶な突貫をしたのか、マークはプラント区域に散らばっている。

 

これは酷い。

これでは敵に、各個撃破をして下さいと言っているようなものだ。

おまけにポンコツは、ここから離れた排水処理施設の近くにいるらしい。

 

整理をしよう。

このボランティアは、とあるプラント区域にて、敵性PT(パノプティコン)の連中に捕らわれた、市民(シヴィリアン)三名奪還することが目的だ。

先発だったアブダクター二体は沈黙し、すでに市民も二名奪還済み。

総崩れになったのは、増援の耐電汎用弐脚 乙と、敵の咎人とアクセサリの猛攻によるものだ。

 

アブダクター自体はどうでもいい。

問題なのは、精鋭と呼んでもおかしくない、いやむしろそう呼ばせていただきたい、咎人とアクセサリの存在である。

正確無比の射撃とスキのない近接攻撃。そして、叩いても湧いてくる人材の豊富さ。

この資源のない世界において、よくもまあ、これだけ優秀な兵隊を送り込めたものである。

ていうか、資源がないなんて嘘じゃないかと思いたくなる。

 

愚痴っても始まらない。

俺のなすべき仕事は、これからが本番だった。

むしろそれを期待されて、このボランティアに呼ばれたのだ。

生きて、この戦況を即座に建て直し、こちらに有利な状況を維持すること。

その為にはまず、あのポンコツを攫われない内に回復させなければ。

 

『現在、ダメージにより機能停止中。回復を要請します』

 

あーはいはい今行くよ、待ってろ。

うんざりしつつ水滴が滴る髪をかき上げ、濡れた顔を拭いながら立ち上がる。

支給されたレインコートのフード部分は、完全に役立たずになっていたが、致命傷を受けたはずの頭の傷は嘘のように全快していた。

魔法のようだと常に言われている、ウィルオー技術様々だ。

 

銃をリロードし、腕の荊を、荊が届くギリギリの距離にある蒸留塔の壁へと射出する。

荊でダイブを続ければ、排水処理施設で転がっているポンコツの元へ、すぐにたどり着けるはずだ。

止む気配を微塵に見せない雨の中、遮るもののない空へ向けて大きく飛び出した。

 

 

ボランティアも何とか終わり、モザイク街へやって来た時には夜になっていた。

ガソリンのカウンターで、人工炭酸水を飲みつつ一息つこうとするが、どうしても今回のボランティアの一人反省会となってしまう。

 

継戦力を減らす大失態をした原因はわかっている。

俺が本来の仕事を放置して、単身切り込んで行ったことが原因だった。

 

一緒に戦った仲間は決して初心者ではない。

第五情報位階権限(コード)を与えられた、一人前と呼んでも差し支えのない咎人で、実際に戦いも手馴れたものだった。

二体同時に現れたアブダクターは程なく沈み、救助した市民を運んでいた仲間に、増援の咎人とアクセサリが襲いかかったのが始まりだった。

 

市民を無事に護送機に送り届けたものの、敵の猛攻を受けて、仲間とそのアクセサリは沈黙。

俺のアクセサリに蘇生の指示を出そうとしたら、リロード中に敵の近接攻撃を受けてあっさり機能停止。

助けに向かおうとしたら、敵の見事なヘッドショットが俺の頭に炸裂。

かくして、継戦力を一つ減らす事になったのだった。

 

今回一緒に戦った仲間は、お互いに初めて顔をあわせた面子ばかりだったが、本当に気の良い連中だった。

俺の働きを素直にありがたがってくれて、また手伝いを頼むとも言ってくれた。

しかし、俺としては実に不甲斐ない内容で、全然心は晴れなかった。

 

「渋い顔してんなー。そんなに継戦力を減らしたのがご不満か」

 

既に解散した仲間とのやり取りを聞いていたのだろう、ガソリンのマスターであるジローさんが笑って声をかけてきた。

適当に言い繕ったところで、あらゆる点で俺よりも経験値の高そうなジローさんにかなうとは思えない。

それでも本心をごまかそうとして苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃ、減らないに越した事はないでしょう。しかも今回は俺のせいですし」

「手堅い仕事をするお前にしちゃ珍しいことだな」

「人間ですし、いつも同じ仕事が出来るとは限りませんよ」

 

自嘲する俺に、ジローさんがこちらを真正面から見る。

 

「気にしてんのか? つまらねえ戦い方しているって言われたのが」

 

……嫌な事を率直に言ってくれるよな。やはり侮れない。

悪気はないのはわかっているが、反省会状態の俺の心にはけっこう来るものがある。

溜め息をつき、正直に答えた。

 

「そりゃまあ。自分が一番わかっていますからね」

「あの時の奴らは、お前の仕事をわかっていないからな。完全に誤解してんだよ」

 

一ヶ月くらい前だろうか。第六情報位階権限に昇進した際の打ち上げの際、途中からガソリンに来た名も知らない咎人連中に言われたのだ。

 

前線で戦う事なく、第六情報位階権限に昇進した盾役風情。

地味で誰にでも出来るお仕事。

衛生兵。介護兵。

つまらない戦い方をしてお気楽に昇進した玉無し野郎。

 

その時一緒にいたマティアスやベアトリーチェ、何故かアンやマリーまで俺以上に憤激し、取っ組み合いの大喧嘩になろうとした。

ウーヴェやセルジオ、エルフリーデのおかげでその場は納まったが、俺の心には、どうにも抜けない棘が刺さったままだ。

 

「ぶっちゃけお前の仕事は華がない上に、わかりやすい貢献とは言いがたいからな。これからも勘違いする連中は出てくるだろうが──」

「お前と一緒に戦えば、そんな事言いだす奴いなくなるって」

 

ジローさんの台詞を遮ってフォローしたのは、意外な男だった。

 

「カルロス、ボランティアは終わったのか」

「余裕過ぎてつまらないお勤めでしたよと」

 

カルロスはジローさんに答えると、俺の隣に来てすかさず人工炭酸水を頼んだ。

 

「あの木っ端連中に言われた事、まだ根に持ってたのかよ。ま、あの時はあんな事になっちまって、怒りの持って行き場を失くしちまったか」

「あんな事にしちまった張本人がそれを言いますかね」

「そりゃお前、マティアスとベアトリーチェはともかく、あのお嬢ちゃんたちまでケンカ腰になるなんざ、珍しい上に面白すぎるだろ」

 

あの時のこの人、炎上上等のような発言をして、場を囃し立てるわ、煽りまくるわ、本当に心から楽しそうでした。

本来なら大炎上するはずの俺が、なぜか火消しするハメになって大変でしたよ。

 

「アンやマリーも、どちらかと言えばコイツと同じような役割を持った人間だからな。自分の仕事を貶されたようで黙っていられなかったんだろう」

「なるほど、そういう事ね」

 

ジローさんが炭酸水を差し出しながら言うと、カルロスはそれを受け取った。

 

「さっきも言ったが、お前の立ち回りの真意は一緒に戦ってみねぇとわからんのよ」

 

カルロスは飄々とした口調で続ける。

 

「お前が後ろで友軍の背後や脇の隙を潰していくから、他の連中は前線で集中して戦える。戦いやすさが全然違うんだよ。特にあのお嬢ちゃん達にしたら、お前は頼もしい盾であり、安心できるお守りなのさ」

「カルロス」

「実際、お前がいると俺も心置きなく戦いを楽しめるしな」

 

なんて事だ。あのカルロスが俺を誉めている、だと?

見ればジローさんも、意外そうにカルロスを見ていた。

これは何だ。よもや天罰の前兆か!?

カルロスは俺の肩に手を置き、親指を力強く立てる。

 

「だからあれだ。血気に逸って十代の小僧のような自意識過剰のスタンドプレイした挙句、継戦力を減らすような恥ずかし~いドジは踏むなって事さ」

 

うぜえええええっ!

ほんのちょっとでも、先輩咎人として見直そうとしたらこれだよ!

あ、ジローさん、そんな心からの同情をこめて俺を見ないでいただけますかね。逆に辛いっス。

 

「それにだ。お前は前に出ないほうが良い」

「何故?」

 

憮然としつつも尋ねると、カルロスは皮肉な笑みを浮かべた。

 

「お前はみんなの背中を守れるが、お前の背中を守れる奴は誰一人としていないからさ。それでも前に進みたかったら、背中には十分気をつけろよ」

 

ハードボイルドな雰囲気を漂わせようとするスチャラカ咎人を、俺は一瞬真顔で見つめ、そして鷹揚にうなずいた。

 

「へいへい」

「何だよ、人が真面目に忠告しているってーのに」

「ジローさん、この人が真面目になんて単語使ってるんスけど」

「明日天罰でも来るんじゃねーの」

「やっぱそうなんスかね?」

「おいおい、お前らな」

 

さらに言葉を続けようとしたカルロスに、賑やかな足音と雰囲気がやって来た。

 

「うーっす」

 

記憶を失って再出発した時の同期にして、ライバルにして、仲間の一人、マティアスである。

 

「なんだ、お前もボランティア上がりか?」

「や、いつものやつを補給しに来ただけっスよ」

「あー、待ってろ」

 

ジローさんは心得たもので、さっそく準備に取り掛かった。

 

「そういや、応援に呼ばれたボランティアはどうだったんだ? 初めての面子だったんだろ?」

 

マティアスに悪気はないのはわかるが、早速その話題ですか。

すると、不吉な隣の咎人がゆらりと動いて俺の肩を抱いた。

 

「彼の華々しいスタンドプレイと、聞くも語るも恥ずかしいドジによって、貴重な継戦力を一つ減らしての成功だったそうだっ!」

 

あああああっ!

コイツにクリーミーの特殊弾をぶち込みてえええっ!

 

「お前……」

 

自分がいない間のやり取りを全て察したであろうマティアスが、沈痛な表情で俺を見る。

やめろ、相棒。俺をそんな目で見るな。

 

「ほれ、いつもの」

「あーざっす」

 

ジローさんがカウンターにマティアスご所望の品を置き、続けて俺の目の前に何かを置いた。

小皿に乗っかっているのは合成モロQ。

 

「奢りだ。それ食って元気出せ」

「……あざーす」

 

気を遣われてしまった。

明日は確実に浮上して、仕事の失敗を取り返さないと。

奢りの合成モロQをひと口齧る。

あれ? おかしいな。

今日の合成モロQは苦味が強いような気がする。

 

 

独房に戻ったのは、就寝時間の一時間ほど前だった。

あの後もカルロスにからかわれつつ、マティアスと他愛のない会話で盛り上がって、予定よりも戻るのが遅くなったのだ。

おかげで気はだいぶ紛れた。

 

洗面台で最低限の水で歯を磨き、顔を洗う。

あ、石鹸がそろそろなくなる。申請しないと。

この石鹸、自分の肌にはあまり合わないのだが、これがないとヒゲを剃る時に剃刀負けして、ただでさえ大した事のない顔が悲惨な事になる。

 

独房の水周りは、トイレと洗面台しかない。

風呂は共同浴場。メシは配給食。情報位階権限によって待遇は当然変わる。

水もメシも貴重な資源だから仕方がない。

 

最後にコップに水を一杯注いで、ベッドに腰掛けた。

後はもう寝るだけだ。

ベッドの上でストレッチしていると、嫌でも目の端に入るのは、女の姿をした監視カメラにして看守の生体アンドロイド、アクセサリである。

 

このアクセサリ、咎人全員に与えられ、咎人の好みの容姿に変更できるのだが、ほぼ基本設定のままにしている。

第四情報位階権限で、アクセサリに名前をつける権利も得たが、そもそも権利自体を解放していない。

理由は考えるのが面倒だから。

カスタマイズした箇所といえば、腕と手、足回りくらいだろうか。

理由は大型の兵装も扱えるようにするため。

ついでにアクセサリ配給服のコートの色も、ボランティアの内容によって変えている。

理由は戦場で目立つようにするため。

今はデフォルトの色に戻している。

 

扉の前に立ち、無表情で俺を見ている姿は、二十四時間、くまなく隙なく監視しているように見えるが、実際はどうだか知らない。

わかりやすいPT法違反には真っ先に反応するが、ユリアンやカルロスとのPT法に抵触するであろうやり取りには反応がないからだ。

刑期の管理が主な仕事らしいから、それ以外の事は優先度が低いのかもしれない。

 

俺たち咎人にとって重要なのは、ボランティアという戦場に赴くにあたり、アクセサリは監視者にして協汎者という立場であるということだ。

大半の咎人はそれに異論はないだろうが、俺の認識は全然違う。

少なくとも、俺に与えられたアクセサリは間違いなくポンコツである。

当初は、アクセサリを上手く活かせていない俺がポンコツなのだと、一人反省会を今以上の頻度で行っていた。

しかし第五情報位階権限に昇進したあたりで、その認識を改める事にした。

 

まず耐久力がない。戦場に出てはならないレベルの貧弱さ。救出対象の市民のほうが遥かに頑丈だと思う。

しかも資源価値が高いから、機能停止したら真っ先に掻っ攫われる。嫌な意味で目が離せない。

致命的なのは、隙が極めて大きい事だ。

対人戦だとこれが顕著で、少しでも離れると敵によって蜂の巣やサンドバッグになる事、数限りなし。

 

なんと言うか、普段内勤で働くお堅く融通の利かない役人が、仕事だからと無理やり戦場に出ている感じだろうか。

つまり決定的に戦いに向いていないのである。

 

それに庇護欲をそそられて頑張る咎人もいるだろし、そんな事すら気にせずに、アクセサリに入れ込む咎人もいるだろう。

残念ながら俺が求めているのは、俺の背中や脇にできる隙を埋めてくれる存在であって、心や欲望を埋めてくれる存在ではない。

 

俺を貶した名の知れない咎人の発言は正しいし、ガソリンでカルロスが指摘した事は正鵠を得ている。

自分の希望する仕事と、現実に与えられる仕事との乖離はよくある話なのだが……。

思わず溜め息が出た。

 

寝よう。

無い物ねだりする時間があるなら、さっさと寝て明日に備えるに限る。

コップの水を飲み干すと、ポンコツと視線を合わせた。

 

「明日は生産管理局に消耗品の申請。それから適当にボランティアを回す。いつもの時間に起こしてくれ」

「明日のスケジュールを更新。更新を完了しました」

 

このアクセサリの唯一信頼できる仕事を頼むと、布団に潜り込み目を閉じる。

 

「おやすみなさい。明日もまた貢献活動に勤しみましょう」

 

ポンコツの台詞とともに消灯。

瞬く間に意識は、闇の向こうへとフェードアウトしていった。




バージョン1.0時に書いたものです。
pixivにも同様の内容のものを投稿しております。

世界観が本当に大好きで、それゆえに色々思うところがあって、それを昇華すべく書き始めたのがきっかけです。

バージョンも上がり、ソロでもプレイがしやすくなりました。
難関だったボランティアも、インフラでクリアがしやすくなりました。

それでも、こんな時があったのだと、広い心で見ていただけたら幸いです。

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