プロローグ「憑依?したっぽい」
「お兄様!しっかりしてください!!」
これが、俺がこの世界に来て意識を持った瞬間に聞いた第一声であった。
脳が記憶する知識によるとどうやら、俺の名前はリィン・シュバルツァーというらしい。
後ろには、黒い長髪の少女。お兄様と呼んでいたことから、義妹であるエリゼ・シュバルツァーだと推測する。
次いで、目に映るのは熊っぽいけど見たことない獣の死体に、真っ赤に染まった自分の腕。そして、獣の体から溢れる血だまりにハッキリと映る、幼児体型で痛々しい銀髪の少年、つまり、自分の姿だった。
「な、なんじゃこりゃぁぁあああ!?」
思わず、非現実的な光景から逃避するために叫んでしまった俺は悪くないと思う。
それから、十年後。
<…次は~トリスタ~。お降りの方は、忘れ物がないようお気を付けくださ~い>
「ほら、着いたわよ。リィン、起きなさい!」
「おおう。スマン、今起きる」
列車内のアナウンスが目的地に着いたことを知らせ、一緒に移動してきた人物を俺の体を揺らしたため、寝ぼけた頭を覚醒させる。
「ほら、アンタの荷物」
「助かる」
気が強そうな外見に似合わず、不承不承といった感じながらも世話を焼いてくれる目の前の茶髪を団子状にして結んでいる少女に、礼を言いながら自分の荷物を受け取る。
そして、二人で並んで客車から降りると駅の改札を抜ける。
「しっかし、俺ら、この学校に入学するはずだよな?にしては、制服の色が違くね?」
「そうね。私たち以外にもいるにはいたけど、少ないわね」
トールズ士官学院。それが、俺らがこれから入学する学校の名前である。簡単に説明すれば、歴史がある伝統を重んじる軍人を養成する学校である。
その学校の制服を着ている俺らだが、通常は純白か緑の二種類の色しかないのだが、自分と彼女の制服の色は真紅なので、本当にここで合っているのか戸惑ってしまう。
駅を出ると、そこには一面に咲き誇るライノの花があり、元日本人として桜に似たその花のあまりの美しさに足を止めてしまう。
「綺麗なのは分かるけど、通行の邪魔よ」
「サンキュ。そこな少女もスマンな」
「いえ、こちらこそぶつかりそうになってすみません」
感慨に耽っていたら彼女に腕を引っ張られて横にずれたのと同時に、長い金髪の少女が通りすがり、お互いに会釈して別れる。
「入学式にはまだ時間あるみたいだが、どうする?」
「そうねえ、街の散策でもする?」
「それはデートのお誘いですかな?では、エスコートさせていただきましょう」
「デートってのは否定しないけど、アンタエスコートできるほどこの街の地理に詳しいの?」
「バカな!?リィがアホじゃない…だと!?」
「元からアホじゃないし!ほら、さっさと行くわよ!!」
「りょーかい」
先導する彼女を追いかけ、チラリとこちらに視線を向けて微妙に左腕を浮かせた意図を察して腕を組む。
あの日、俺がこの体で意識が覚醒してから早十年余りの月日が流れた。
そしてようやく、ようやく平穏な生活を目指して続けた努力が実を結ぼうとしている。
そう、あの十年は地獄だった!転生なのか憑依なのかよう分からんが、べつの世界に降り立った俺は、偶然にも巡り合った師匠と共に世界の情報を集めると同時に、ミッチリと扱かれた。
おかげで、八葉一刀流なる技術が習得できたし、色んな出会いがあって楽しかったが二度と経験したくはないと思えるほど苦難のたくさんあった時間でもあった。
その時間から解放され、青春には必須の学校に今日から通い、彼女とも一緒に生活できる!これを幸せと言わずとしてなんと言えるか。いや、ない!
気分としては、田舎から上京したばかりの学生、と言ったところだろう。
「この学校で、俺は青春を満喫してやる!」
「いや、無理でしょ。《蛇》からの監視役として私がいる時点で」
「忘れようとしてたのに!嘘だと言ってよ、バーニィー!」
「バーニィーって誰よ?私は、デュバリィよ」
今後の生活への誓いを口に出すが、間髪入れずに否定する、俺のすぐ隣で小馬鹿にしたように笑う彼女、知るぞ知る人から《神速》のデュバリィと呼ばれる彼女に、早くも俺の意思は砕けそうになる。
そして、リィの言葉通り俺の青春は、平凡とは程遠い激動に満ちた時代に否応なく巻き込まれることを、この時の俺は予期することはできなかった。
続く、かも?