前世の五河四季は『最凶』と呼ばれていた。
『最凶』――――世界のバランスさえ、ぶち壊せる
『最凶』の名を持つのは変態やら断罪者、そして帝王とも呼ばれている男性女性であるが、錬金術師においての『最凶』はジャックだった。
彼女には世界をあっという間に壊せる力があり、何度もどこかの組織に襲われたがどれも最終的には切り裂かれ、無惨な最期を迎えている。
普段の彼女は無害(?)だが、邪魔する者には容赦がなく、また機嫌を損ねさせる者にも容赦がない。つまり彼女を刺激させなければなんともないのだ。
そしてその人格は五河四季にも受け継がれている。彼は
――――ゆえに言おう
――――どうして……どうしてこうなってしまったのだ…………と
☆☆☆
琴里と令音はどこかのカフェテリアにて、休憩をしていた。十香という精霊の対策を考え、次なるプランを考えていたが気分転換を兼ねてでこうして休憩をとっていたのだ。
「実は私と四季って血が繋がってないのよね」
「ふむ、見ての通りだがやはりか。それで琴里。彼はホントに何者なんだい? あの頭の回転といい、普通では恐れることを平然とやってのける精神はもはや異常だ」
「そう四季は異常よ。最初に会ったときから異常よ」
琴里は四季が普通ではないことを認める。それもそうだ。彼は普通ではないのは一目瞭然。
否定する要素もない。琴里が令音に話したのは、一時期両親に捨てられ絶望的な目をしていたある日のことだ。
彼は変わったかのように地面から埴輪を錬成して、その埴輪に何かを描いた。その埴輪が呻き声をあげて喋り始めたのは今でも思い出に残っている。
以降、彼の奇行が始まり、琴里は苦労することとなる。四季はやりたい放題な行動で、琴里は涙を流す日々となる。『士道』が彼女を慰めることも日課になる。
(だけどまあ、私のことを蔑ろにしたことは一度もないけど)
四季はフェニミストである。家族想いだ。その証明に彼は義理の父親を重傷に追い込んだ強盗を二度と動けないように追い込んだ。
琴里も誘拐されそうになったときなんかは、間接技を決めただけでなく、精神的にもズタズタにする言葉責めで再起不能にまで追い込んだこともある。
ゆえに彼女は四季が少し怖いが、嫌いというわけではない。
「にしても四季は今ごろ何をしているのかしら?」
「さあ? 大方、デートでもしてるのではないのかい?」
ははは、と談笑する琴里と令音だったがそれを人をフラグと言う。店に入る男と女を視界に入れた琴里は思わず吹き出した。
「琴里……」
「あ、ごめん令音。それよりもあれは幻覚じゃないわよね?」
琴里が指さすのは一組のカップル――――四季と十香である。
「おお! この絵に写るヤツをなんでも食べていいのか!?」
「別にいいけど大丈夫か? お前、さっき二十個くらいのきなこパン食べてただろ」
「大丈夫。むしろきなこで戦が起きないかが心配だ。あの魔性の粉にやられて依存する人類の争いが起きるに違いない!」
「それはお前だけだ」
四季は呆れながらメニューからコーヒーを頼む。今の十香の姿は四季がコーディネートした可愛らしい服を着ていた。琴里でさえ、一瞬誰かと思えるくらいのセンスの良さだ。
「それにしてこの服、シキはどうやって用意したのだ? しっかりと着れるし……」
「俺は一目見ればお前の身体の大きさを理解できる。後は錬金術で布さえあればちょちょいのちょいだ。それは世界で一つしかない俺のオーダーメイドだから大切にしろよ」
「おお! オォダァメェイドか! ……それはなんなのだ? 食べ物か?」
「……食べ物から離れろ」
明らかにデートをしている。メニューで顔を隠した琴里と令音は<フラクシナス>に連絡した。それは今度のデートプランをここで実行するのだ。
そんな中でもう一人だけ四季と十香を見張る少女がいた。彼女は電柱からインカムで上司に報告する。
「すぐに狙撃許可を」
『駄目よ。まだ下りてない。……あとそのビキビキなる音は何? なんかあんたの声も震えてるのだけど』
燎子は折紙の嫉妬の炎に少し戸惑いが起きるのだった。
閑話休題
それから四季のデートは急展開を遂げる。いきなり屋台が出てきて祭りが始まったのだ。
十香は様々な食べ物に興味を示し、彼女は大いに楽しんでいた。四季は複雑な気持ちで上空を見ていた。
(琴里の仕業か……)
『(まあいいじゃん。十香も楽しんでいるし)』
まあ十香が楽しんでいるのは役得である。そして次に十香が指をさしたのは、『士道』をギョッとさせるモノだ。
「シキ、シキ! あのお城はなんだ。一時間休憩所って書いてあるぞ!」
「あそこはデートする男女の終着点だ。主に合体するところだ」
「合体? 男と女は合体できるのか?」
「できるな。そうだ。後で殿町にその映像を借りるか。持ってそうだし」
『お前は
耳元でツッコまれ、四季は不満そうに言った。
「何ってナニに決まってるだろ。無垢な少女に色を教えるものだろう」
『発言があぶねーよ! というか教えてナニするつもりだ!?』
「何もしない。知りたいから教えただけだ。ん? お前は何を考えていたんだ。エロいな『士道』。エロい『士道』――――略してエロ道」
『誰がエロ道だ!』
首を傾げる十香に、プンスカ怒る埴輪な『士道』。それに対して笑う四季。
彼は滅多に笑顔を見せない。笑うことなんてあまりないのだ。琴里はそれを見て安心した息を吐いた。
このまま順調であれば、と最悪な結末を予想しなかった。
――――それが実現されるまで最後まで気づかなかった……
☆☆☆
夕陽の丘。日が暮れて一日の終わりが近づいている。四季は木でできた柵にもたれかかり、十香は夕陽と重なる四季に見とれていた。
「…………」
「……なんだ?」
「あ、いや、その……シキに夕陽が似合うなって……」
「似合うのか? それは新しい発見だな。もっとも、俺は十香の方が似合うと思うがな」
「ッ~!」
顔をそっぽを向いた十香に四季はクスリと笑みを浮かべた。彼は天を仰ぎながら口を開いた。
「なあ、十香。この世界は綺麗だろ」
「……そうだな。私は今まで気づけなかったが、世界はこんなにも美しかったのだな」
「そうだ。お前が怖がり、恐れて壊してきた世界だ」
それを聞いた十香は口を閉じて複雑な気持ちなった。自分が壊してきたものの中にはこんな美しいものもあるのかもしれないと考えたからだ。
「別にお前を責めてるわけでもない。ただ、知ってほしかっただけだ。この世界はまだ捨てたものではない、とな」
「シキは初めて私に会ったときにはどうだったのだ?」
「綺麗な夜色の髪だなーってな。怖いとは思えなかったな」
四季は淡々と口で語り始める。
「人間は『未知』を恐れる。わからない、知らない――――何があるのか理解不能だから恐れる。かつて世界には十香のような精霊が起こした未知の現象により恐怖を覚えたんだ。だからメカメカ団のような人間は否定するんだ」
「……私は居てはいけないのか」
「そうは言ってない。最初に言っただろ。俺はお前を否定しない。お前の存在を、在り方を肯定する」
四季は彼女に手を伸ばす。さし伸ばした手を十香はジッと見ていた。
「十香、俺の家族になってくれないか?」
「かぞく?」
「ああ、家族だ。血の繋がりがなくても作れる絆だ。俺はそれを大切にする。俺はそれを絶対に捨てたりしない。俺がそれを捨てるときは、家族を失ったときだ」
だから、と四季は笑う。その笑みは琴里が初めてみる彼の一番の笑顔。
「この手を握ってくれ。一緒に生きてくれ」
四季は共生を望む。最初からそのつもりだ。彼女の全てを受け止め、肯定したい。
この少女を孤独にはさせない。そんな想いがあった。
『士道』も四季のプロポーズみたいなお願いに同感だ。
彼女には色々なことを知ってほしい。まあ彼の暴走を少しは抑えてくれる抑止力も期待してたりするが、ともかく十香を肯定するのは同感だ。
彼と彼女の時間は流れる。十香は四季の手を握ろうとしたとき『士道』は気づいた。
ライフルみたいなもので狙撃しようとしている折紙の姿を。
『四季! 十香を突き飛ばせェェェェェ!!』
一瞬、四季は「なぜ?」と顔を向けるがそれは間違いだった。
十香の胸から破裂する音がした。彼女の胸の真ん中にポッカリと穴が空いていた。
狙撃――――と四季が考えたとき、彼は思い出す。
――――
ああ、なんてことだ。彼は思い出すべきではないことを思い出した。
それは破滅へのカウントダウン。彼が『最凶』に戻るための序奏曲。
トラウマ再現。次回は四季がぶちギレる?