ドアを蹴破った四季はポケットに手を突っ込んで精霊を観察していた。やはり彼女の目は警戒心ひた向きで、自分のことも敵だと思っている。
『ドアを蹴破るのかよ』
「あんなデコボコしたモノなどもう使えんだろ」
四季は後ろにいる『士道』と首を向けて会話していると、精霊の少女が足に力を込めているのを四季は見た。
その刹那、彼女は剣を振りかぶり、斬り込む。四季の胴体を真っ二つにする一撃。しかし彼はそれをなんなく、腰に用意していた錬成仕立てのジャックナイフで受け止めた。
「ッ!?」
「まあ、待て。俺はお前を殺しに来たんじゃない。話に来たんだ」
しかし聞く耳持たずか、距離を取った精霊の少女は次に仕向けたのは腕を大きく振り上げていた。その手のひらには、丸く形作られた光の塊のようなものが、黒い輝きを放っている。
(やむ得ない……)
四季は久方ぶりに『召喚』を使った。リストバンドのような腕輪が装着され、四季が持つジャックナイフに何らかの力を得た。
そして光の奔流が四季を飲み込もうとした刹那、その奔流がパックリと『切り裂かれた』。これが四季の持つ神器――――『切り裂く者』。視認できるモノであればどんなものでも、ナイフや刃物があれば切り裂くことができる能力を持つ。
「くっ……これもか!」
「まあ落ち着け。俺は敵じゃない。ゆえにこのナイフを捨てよう」
四季があっさりナイフを破壊したことに一瞬、ポカーンとした顔になる。精霊の少女は首を振りすぐさま鬱々した顔で四季に剣を向ける。
「お前は何者だ?」
「ああ、俺は――――」
『ちょっと待って四季』
しかし琴里は「待った」をかけた。現在の<フラクシナス>のディスプレイには選択肢が出ているのである。
リアルタイムで写される映像から精霊の機嫌や好感度がわかる上に、解析官の令音による
琴里達はその選択肢について頭を悩ませることとなる。なぜなら、これが表示されたときには精霊の精神が不安定なときであり、この選択肢によって四季をデッドかハッピーに変える分岐点なのだからだ。
琴里は投票を行い、一番多い選択肢――――『人に名を訊ねるときは自分から名乗れ』だった。
『四季、こう言いなさい。「人に名を訊ねるときは自分から名乗れ」と』
「人に名を訊ねるときは自分から名乗れ…………って」
途端、精霊の少女は不機嫌な顔を作り、今度は両手を振り上げて光の球を作り出した。
「ッ……!」
四季は床を蹴り、右方へ転がり身を伏せる。
一瞬あと、四季が立っていた場所に黒い光球が投げつけられた。床に、二階一階まで貫通するような穴が開く。
ついでに衝撃波がきたが机と椅子を盛大に巻き込んだだけで四季はまだその場にとどまっていた。
「ッ……なんつー威力だよ」
『あれ、おかしいな』
「殺すぞコラ」
心底不思議そうに言ってくる琴里に返し、四季は青筋を立てる。こんなことされてその発言すれば誰だって怒る。
「これが最後だ。お前は何者だ」
四季を見下ろす形で机の上に精霊は立っていた。それに対して四季はやれやれと呟いて、
「五河四季。お前がここを破壊した教室の生徒だ」
「せいと? なんだそれは?」
「お前を襲撃してきた女共とは違い、戦う力がない一般市民。つまり、単なる雑魚だ」
平然と嘘つく四季に『士道』は呆れた息を吐いた。なんせ、先ほどの衝撃波だと『士道』ならば飛ばされていたところ彼は身を伏せることで回避したのだ。
戦う力がないとすれば明らかな嘘である。すると精霊の少女は机から降りて、剣を向ける。
「動くな。ここは私の攻撃範囲だ」
「わかってるって。第一動いてミンチにされるのはこちらもごめんだ」
降参と言った手をあげて彼は無害であることを示す。
「……ん? おまえ、どこかで見たことあるな」
「四月十日で初邂逅した変人だ」
「おお」
精霊の少女は得心と言った顔でトンと手を打つと、すぐに姿勢を元に戻した。
「思い出したぞ。私のことを聞いてきたおかしな奴だな」
「正解。ま、俺は普通じゃないからお前のことを怖がることなんてないけど」
少女の目から微かに険しさが消えるのを見取って、考える。
(とは言え、準備も何もしてないから戦えば確実にこちらが負けるな。錬金術だって材料さえあれば武器が作れるがここは学校だし、何より錬金術は無限にできるわけでもない。俺が精製した魔力の分だけしか使えない)
――――完全な無力だ。既に詰んでいる
四季は内心渇いた笑みを浮かべた。
だから気にくわなかった。少女が次の刹那に四季の前髪を掴もうとしたことが。
四季はその手を掴み、剣呑な目差しで少女を威圧した。
「こちらが何もしないのに、手を出すのは何事だ?」
「ッ……離せ!」
少女の一声で四季は言う通りにしたが、彼はまだ険しい目をやめていない。彼女がしたことに彼は説教を始めた。
「いきなり無抵抗な者を地面に説き伏せるのはどうかと思うぞ」
「知れたことを。おまえも私を殺しにきたんだろ? そうだろう!」
「違う。おまえと話に来たんだ。殺しにきたのなら、すぐにあのナイフでおまえを刺そうとしていたはずだ。そんなに信じられないのなら――――」
四季は錬成で手錠を作り出して精霊に差し出した。
「コイツで俺の手を封じろ。手が使えなければ俺はナイフなど使えない」
「………………」
少女は四季の言う通りにその手錠で手を封じた。
それからまた元の空気に戻る。今度の四季は完全な無力で無抵抗だ。まさに尋問されてる囚人という言葉がふさわしいのだろう。
「おまえの目的はなんだ?」
「それは――――」
琴里がまた「待った」をかけたが、四季は無視した。
「お前に会って話がしたかったからだ」
「それはなぜだ?」
「その憂鬱そうな顔の理由だ。周りが敵だらけで否定されたからか?」
「そうだ。私はおまえらに『この世に存在してはいけない』と言われてきた」
「なら、それは誤解だ。人間全てがお前ら精霊を殺したいわけでもない」
「どういうことだ?」
「お前の目の前にいるだろ? 殺すために来たのではなく話し合いをするために現れた人間が」
少女は信じられないと言った表情で四季を見ていた。すると琴里から勝手に話を進めたことを咎められる。
『四季、勝手な言動は控えなさい! 命令には従いなさい!』
「(悪いが琴里。残念だが、お前らのそのシュミレーションは今回において全く使えない。だからお前の指示は聞けない)」
『どうして!?』
「(簡単な話だ。この女に必要なのは――――)」
と四季が無言になったことが気になり、彼女は不機嫌に顔を歪める。
「おい、なぜ黙った?」
「悪い。少し考え事だ。それでお前は何がほしい?」
「なんだと?」
四季の問いに少女は目を丸くする。
「お前はここに現れた。それは何かの目的があって現れた。それが俺が疑問に思ったところだ。お前は何かを求めて現れた。違うか?」
「わからない……私は、いったいどうしてここにいるのかわからないのだ……」
『わからない』と少女の答えに四季は嘆息を吐いた。予想通りなのだ。
この精霊は破壊の目的で現れたわけではない。ASTを迎撃していただけで、彼女達が何もしなければこの精霊は何もしなかったはずなのだ。
「わからない。つまり名前も素性も何もかもがわからない……と?」
「そうだ。私が何者なのかがわからないのだ」
「なるほどそれは――――面白い」
四季は少女の不幸を喜んだ発言ではない。彼女は全くの無知。何も知らない。何もわからない。
そこに四季は興味を持った。彼女の存在はまさに『未知』。彼の好奇心がくすぐられるのは無理もない。
「わかった。お前は何も知らずにここに来てしまった。いや無意識にここを求めてしまったということだな」
「そういうことになるな」
「では、ここで一つ宣言しておくとしよう。ああ、この宣言に関してはお前が信じようが信じまいがどうでもいい。無視して普段通りで構わない」
四季は言う――――琴里に言った
「お前とは敵対しない――――認めよう。お前はここにいていいんだ」
『肯定者』。少女にはいなかった認めてくれる者を、最初の一人として四季はなるつもりだった。
「お前を、否定しない」
「……ッ」
その言葉に少女は眉をよせると四季から目を逸らした。そしてしばしの間黙ったあと、小さく唇を開いた。
「シキと言ったな」
「ああ」
「本当に、おまえは私を否定しないのか?」
「本当だ」
「本当に本当か?」
「本当に本当だ」
「本当に本当に本当か?」
「本当に本当に本当だ。というか嘘ついたら、そのときは俺の命をくれてやる」
四季が間髪入れずに答えると、少女は髪をくしゃくしゃとかき、ずずっと鼻をすするかのような音を立ててから、顔を向きを戻した。
「――――ふん」
眉根を寄せ口をへの字に結んだままの表情で、腕組をする。
「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」
「……ふふ」
クスリと四季は笑う。この少女の心はどうもまだ子どものようだ。それが少し微笑ましくて彼は笑ってしまった。
少女は少し不満そうに口を尖らせて四季に詰め寄る。
「む、何がおかしいのだ?」
「いんや、お前がどうも微笑ましくてな。いやいや馬鹿にはしてないぞ。ホントにかわいいよお前は」
かわいいよと言われたとき少女は顔を紅くする。面と言われたことに破壊力は抜群である。少女はふんとまたそっぽを向いた。
四季はさてと、呟いて少女に聞いた。
「お前は俺を一時的に信用するってことでいいよな」
「そういうことだ。か、勘違いするなよ。私はこの世界の情報を知るためにおまえを利用するだけだ! 情報超大事!」
「クスクス……やっぱお前はかわいいよ」
「か、かわいい言うなー!! ほら、手錠とか言うものを外してやるから!」
照れ隠しにプンスカ怒る少女に四季は妹を見るかのような慈愛を込めて見ていた。少女は面として顔が見れずに目線を逸らしたままだ。
四季はふと思い出したかのように聞いた。
「そういえばお前の名前はなんだ? 精霊ってのは俺達人間が言うお前らの総称だし、個人名がわからないな」
「そんなものはない。むー……」
と少女の頭に『!』マークが浮かんだ。
「シキが考えてくれ!」
「俺が? うーむ……(琴里、名前を投票しろ。これはまずい)」
琴里も同じことを考えていた。四季のネーミングセンスは壊滅的である。完全に専門外なことであり、琴里は<フラクシナス>クルー達全員に案を出させた。
『ちょっと川越! この美佐子ってあんたの前妻じゃない!』
『……椎崎、マリアンヌは日本人っぽくない』
インカム越しから伝わる会話に四季はとても呆れた息を吐いた。
少女の顔立ちは凛とした大和撫子。つまり日本人だ。ゆえに西洋的な名前も論外だ。
と、ここで予想外の人物が声を出した。
『トウカってのはどうだ?』
「『士道』?」
『士道』の名前に四季は内心では指を鳴らした。四月十日に出会ったから『トウカ』というのは安直かもしれないが、彼さその名前が気に入ったからだ。
「トーカ……。それはどう書くんだ?」
「こう、だな」
四季は錬成で再構築したチョークで、黒板に『十香』という文字をを書くと、少女も指から『十香』という文字を書いた。
「シキ」
「なんだ?」
「十香」
「あ?」
「十香。私の名だ。素敵だろう?」
「……ああ、ホントに良い名だ」
四季はニッと笑うと彼女もパアッと太陽の笑顔を向ける。『士道』も思わず見とれるほどの破壊力だ。
「シキ」
「なんだ十香」
四季がその名で呼ぶと満足そうに唇の端をニッと上げた。
突如、建物が揺れ銃撃音が聞こえた。四季はこの音がなんなのか琴里に確認をとった。
『ASTの強行策ね。精霊をいぶり出すための挑発ね』
「やはりか。それに隠れる場所をなくすつもりだな。てか、人の学校を破壊するのはこれ如何に」
『復興部隊がいるからかしらね。まあ世に珍しい錬金術師がいるからでもあるけど』
そう、この世界には三人の錬金術が使える者がいるのだ。
とは言え彼女達の活躍により復興時間も早い。
「シキ、そこにいてくれ。私はあの『メカメカ団』を追い払ってくる」
「いやあれは挑発だ。だから大人しくここにいろ。そうだな……」
四季は『士道』を手掴みし、ポチッとボタンを押す。すると埴輪から防御結界が展開された。
「これは……」
「防御結界だ。と言っても斬撃を受ければすぐに消えちゃうがな」
四季は椅子と円卓の小さな机を錬成し、座らせて面と向かい合う。
「さて、話そうか十香。お前の全てを知りたい」
彼はニヤリと笑って彼女と会話を始めた。
さてさて、四季はどうすることやら。