激しい戦闘を終えた後だとか、気温が高過ぎるからだとか、そういった理由からではない。
ただただ、現状に対する緊張感からその汗は流れている。
自分と対峙する者を見据えることが出来ない。
それは恐怖――あるいは畏怖によるもののせいでもあるのだが、少年と呼んでも未だ差し支えのないエリオットにしてみれば致し方ないことであった。
しんっと広がる静寂。
それでもエリオットは僅かばかりの勇気を振り絞り、
「あの……レイルとはどのような関係なんですか?」
目の前の麗しき女性――クレア・リーヴェルト大尉へと抱いた疑問を口にした。
「いたぞ! 取り囲め!」
押し寄せてきた領邦軍の小隊が、各々の武器を構えながら周囲に展開していき、盗難の犯人達――ではなく、エリオット達を包囲してきた。
「ど、どうして僕達を……」
「取り囲むなら彼等ではないのですか?」
狼狽するエリオットを背に隠すようにリィンが1歩前に出る。
それを受けて、隊長格の男が不適な笑みを浮かべる。
「彼等がここにある商品を盗んだという証拠はどこにもない。それに――盗んだと言うなら貴様達こそ犯人ではないのか?」
「私達を疑う根拠があるって言うの!?」
男の言い分にアリサが食って掛かる。しかし、男は卑しい笑みのまま、エリオット達を嘗め回すかのように見てくる。
「我々独自の調査の結果、貴様達が容疑者として浮かび上がってきたのだ」
「なっ……」
その物言いにエリオットは息を詰まらせた。
事件の犯人を追って行動していた自分達が、あろうことかその犯人として疑われるとは思ってもいなかった。
「そんな……何か証拠があるんですか?」
「深夜の大市で貴様達を目撃したという証言が寄せられている」
「――!?」
突き付けられた言葉に、エリオットは今度こそ呼吸が止まったかのように感じた。
昨晩は夕食後に実習のレポートを仕上げ、その後はすぐに寝支度を済ませて眠りについたのだ。
リィンがレポートを書き終えてからレイルとラウラと共に剣の稽古に出掛けたが、戻ってきたのは22時より前だったので、深夜と呼べる時間でもないし、仮に犯行に及んだとしてもあまりにも人目に付きすぎる。
故に、彼の言う目撃情報は真っ赤な嘘である。
そう糾弾しようにも、有無を言わせぬ彼らの態度が、エリオットの両肩に諦観となって重く圧し掛かってくる。
どうすれば良いのか。
どうすれば、この状況を打開できるのか。
必死に考えを巡らせるエリオットの肩に、物理的な重みが加えられた。
「え?」
振り返るとそこには、今まで黙っていたレイルが笑みを浮かべて、エリオットの肩に手を乗せていた。
「大丈夫。言っただろ? “チェック”だって」
ぽんっと、エリオットの肩を叩いてレイルが前へ躍り出る。
「少し宜しいですか?」
「なんだ? 今更言い逃れしようとしたところで――」
隊長格の男が面倒臭そうに言ってくるが、レイルは気にすることなく続ける。
「こちらとしても独自の調査の結果、盗難事件の犯人がここに潜伏していると目星を付けてやってきたわけです。捜査の経緯は逐次書き記していますので、それと市民の証言を照らし合わせて頂ければ、我々は無実だと理解してもらえるかと」
「ハンッ、所詮学生が調べたこと。我々の調査より信憑性があるとは思えんがな」
男が一笑に付すが、それでもレイルは態度を変えることなく、冷静な口調で言葉を紡ぎ続ける。
「確かに。我々はあくまで学生であり、貴方達からすれば取るに足らない存在かもしれません。ですが、ケルディックに住まう人々の声には耳を傾けても良いのではないでしょうか?」
「民衆が何と言おうと、我々が掴んだ情報に間違いなどない!」
男が苛立ちを滲ませて吐き捨てる。それを見てレイルは僅かにだが口角を上げた。
「それは、領邦軍のあり方として如何なものかと」
「貴様ごときが領邦軍のなんたるかを語るか!? 我らクロイツェン領邦軍はアルバレア公爵家に使える身だ! その当主であらせられるヘルムート様の言葉こそが我らにとって至上――」
「そこまでです」
男が激昂して叫ぶのを遮り、静かな、それでいて響き渡る涼やかな声がエリオットの鼓膜を震わせた。
その声の主へと全員の視線が集中する。
しかし、声の主である女性は臆することなく毅然とした態度で一同に継げた。
◆
鉄道憲兵隊。
灰色を基調とした軍服を身に纏う者達こそ、帝国正規軍の中でも最精鋭と謳われるエリート中のエリートである。
帝国中に敷かれた鉄道網。その中継地点での捜査権等を有し、専用列車で帝国中を駆け巡る鉄道憲兵隊は、今や帝国における治安維持の大部分を担っているとされ、正規軍を志す若者達からは羨望の眼差しを、そして彼女らを疎ましく思っている領邦軍には常に煙たがられている。
そして、羨望の眼差しを向けられる要因として、鉄道憲兵隊を指揮する若き女性将校の存在が大きい。
クレア・リーヴェルト憲兵大尉。
清楚可憐な容貌と導力演算器並みの指揮・処理能力を併せ持つことから《氷の乙女》の異名を持つ彼女に魅了された者は数知れない。
そんな彼女が言葉巧みに領邦軍を言い包めると、すぐさま同行させて来た隊員達に指示を飛ばし、犯人達の拘束、盗難品の確保、と手際良く処理していく。
そして大方の作業が終了した段階でクレアがエリオット達に近付いてくる。
指示を出す姿もそうだったが、動作の1つ1つに隙がなく、颯爽と歩み寄ってくる。
エリオットは知らず知らずの内に緊張で身体を硬直させてしまっていた。
残り10アージュを切り、エリオットの緊張が高まってきた所で、クレアの様子に変化が生じた。
規則正しいテンポで地面を踏みしめていた軍靴が、みるみる速度を上げていく。
まるでこちらに突撃する勢いで、距離を一気に縮めてくる彼女に、エリオットは面食らったのだが、それ以上のことが直後に起きた。
「レイルさん!!」
「おっと」
制動を掛けることなく、全力で飛び付くクレアをレイルは事も無げに抱き留める。
そして、
「ごめっ、なさ……い……」
クレアが嗚咽と共に溢した言葉。
それを受けて、レイルは中空を見上げながらも彼女の頭を撫でて宥め続けた。
その光景にエリオット達は反応することも忘れ、ただただ見守るしかなかった。
「……お……」
そんな中、突然聞こえてきた声に振り返ると、どこかに行っていたはずのリューネの姿があった。
その全身は戦慄き、信じられないものを見てしまったという絶望感が、彼女の表情に影を差している。
そして、彼女の悲壮な叫びが木霊する。
「お兄ちゃんの不潔ッ!!」
◆
暫くして平静を取り戻したクレアを始め、憲兵隊員達に導かれ、エリオット達はケルディックへと戻ってきていた。
その間、レイルはリューネを宥めるのに必死になっていたが、それもケルディック駅舎内に設けられた取調室まで連れて来られたことで中断となった。
そして、エリオット達は各々別の部屋で待機を命じられ、個々での取調べが執り行われ、今回の調書を作成する運びとなった。
危急の事態は解決したとはいえ、置かれた状況にエリオットはそわそわと落ち着かない時間を強いられることになった。
そんな時間がどれほど過ぎた頃だろうか、扉をノックする音が響いた後、涼やかな声が聞こえてきた。
「お待たせしました」
「い、いえ!」
現れたのはクレア・リーヴェルト大尉であった。まさか隊を指揮する彼女自ら調書を取りに来るとは思っていなかったので、エリオットは咄嗟に立ち上がり、彼女を出迎える。
その様子を微笑ましく感じたのか、クレアは「どうか緊張なされずに」と微笑みながら、着席を促してきた。
その後の流れは至ってスムーズであった。クレアの質問の仕方が良かったというのもあるが、エリオットが学生手帳に事のあらましを書き残していたので、滞ることなく調書の作成が完了した。先に済んでいたメンバーも同様だったため、クレアは何故か嬉しそうに「流石はトールズの方々ですね」と口にしていた。
「それではこれで聴取は終了させて頂きますね。他の方が終了するまでもう暫くお待ちくださいね」
そう言って退席しようとするクレアを、ある衝動に駆られたエリオットが呼び止める。
「あの!」
「如何しましたか?」
突然の呼び止めにクレアはいぶかしむ様子を見せることなく、自然と小首を傾げてきた。
その仕草にドキッとしたエリオットが言葉を詰まらせてしまう。
背筋に流れる汗を妙に熱を持っているように感じられる。
流れていく静寂。
それでもエリオットは僅かばかりの勇気を振り絞り、
「あの……レイルとはどのような関係なんですか?」
先程の邂逅から感じていた疑問を口にした。
すると、沈黙が再び部屋を満たしていく。
「…………ふふっ」
それを突然破ったのは、クレアが堪え切れないといった感じで漏らした微笑だった。
「やはり、皆さん気になられるようですね」
そのセリフから、既に他のメンバーからも似たような質問を投げ掛けられたのだろうと推測出来た。
「他の方にも申し上げましたが……3年程前から付き合いのあるご友人、とだけお答えしておきます」
そう告げるクレアの表情は、どこか悲しみを帯びたものだとエリオットは感じてしまった。
◆
「君達には感謝してもしきれない。本当にありがとう」
駅舎での取調べを終えた後、リィン達は事の経緯をオットー元締めへと報告しに来ていた。
根本的な問題が解決した訳ではないが、鉄道憲兵隊の介入により大市へと圧力は軽減されるだろう旨を伝えると、オットー元締めを始め、居合わせた大市の面々より感謝の言葉を受けた。
最後は鉄道憲兵隊のおかげでどうにかなったが、自分達が動いた結果が良い方向へと繋がったことに面映く感じながら、リィン達は元締めの邸宅を後にした。
「さてっと、帰りの列車にはまだ時間があるな」
ARCUSで現在時刻を確認したレイルが告げると、一同が足を止めて思案する。
「そうね……もう少し大市を見て回るのも良いかもしれないわね」
「そうだね。課題や盗難事件のせいで落ち着いて見て回れなかったしね」
「そうです、けど……それ以上に」
アリサ、エリオットが繋げた流れを断ち切るように、リューネがレイルを睥睨する。
「まだクレア大尉とのこと、ちゃんと説明されてないんだけどなぁ~?」
珍しく険のある声で威圧するリューネ。
だが、それを軽くあしらいレイルが踵を返す。
「俺から今説明出来るのは、さっきも言った様に『帝都にいた時に知り合った友人』ってだけだ」
じゃっ! と軽く手を挙げて、レイルはどこぞへと逃げていった。
「あっ、ちょっとお兄ちゃん!?」
それを逃すまいと慌てて追いかけるリューネ。
そんな兄妹のやり取りを微笑ましく見守っていたリィンだったが、ふと先程まで一緒にいた筈のラウラがいないことに気付いた。
その姿を探して周囲を窺う。すると、街道への出口に向かって歩くラウラを見つけた。
――まさか1人で外へ!?
行動の意図は分からなかったが、如何にラウラといえど1人で街道に出るのは危険行為だった。
そう思った時には、リィンは既に駆け出していた。
必死に追いかけたが思いの外距離が開いていたため、追いついたのは町から少し離れた場所だった。
そこでは既にラウラが複数の魔獣と対峙していた。
「ハアッ!」
裂帛の気合と共に大剣を振るうラウラ。
だが、その姿からは普段の自信に満ちた泰然とした気配を感じることはなかった。
今の彼女から感じるのは、焦燥。
余裕なく、なにかを逸り、焦りに満ちている。
故に――死角から忍び寄る魔獣にも気付けずにいた。
「危ない!」
すんでのところで、リィンが割って入り、飛び掛ってきた魔獣を切り払う。
「リィン!?」
リィンが現れた事が余程意外に思ったらしく、ラウラが目を見開く。
「今はこの場を乗り切るぞ!」
「しょ、承知!」
2人を包囲する魔獣達を背中合わせで迎え撃つ。
ARCUSの戦術リンクを結び、冷静に対処すればそう問題のない数であったが、実際に撃退するまで想定していた倍以上の時間を要してしまった。
「どうして、こんな無茶を」
グルノージャ達との戦いでの疲れが抜け切っていなかったのもあるが、想像以上に体力を消耗したリィンが肩で息をしながらラウラへと問い掛ける。
「はぁ……はぁ……」
だが、リィン以上に呼吸を乱しているラウラは、態勢を整えるだけで精一杯といった様子だった。
仕方なくリィンは周囲を警戒しながら腰を据えて、ラウラが落ち着くのを待った。
「…………己の未熟を恥じていた」
ようやく落ち着きを取り戻したラウラが静かにその口を開いた。
「先の戦い……肝心なところでミスを犯してしまった、だけでなく――怖かったんだ。力を身に付けたとしても、より強大な力の前では、私はなんて非力なのだろう、と」
「…………」
「父からアルゼイドの剣を学び、故郷では私に敵う者が片手で数える程になり――自分は強いのだと錯覚していたのだろうな」
ラウラが自嘲じみた笑みを浮かべる。
「レイルの力量を垣間見た時に、その様な錯覚に気付かねばならなかったのだがな」
でも、と彼女は続ける。
「だからこそ、私はもっと強くなりたいのだ。何者にも屈せず、何者にも負けることのないように」
「……だから、1人で街道に?」
「うん。良い鍛錬になるだろうと思ってな」
そう語るラウラに、リィンは諭すように語り掛ける。
「それは、水臭いんじゃないか?」
「うん?」
リィンの言葉の意味を理解出来ていないのか、ラウラが首を傾げる。
「自然公園での戦闘で何かを掴めたけど……それでも、俺も自分の未熟さを痛感しているんだ」
たとえ、初伝で修行を打ち切られた身だとしても、今回の特別実習で思うところがないわけではない。
「俺も強くなりたい。そう思ったんだ。だから1人で無理をせず、共に強くなっていこう」
「リィン……」
「それが、仲間ってもんだろう?」
リィンは立ち上がり、ラウラへと手を差し出す。
するとラウラは、喜びに満ちた表情でリィンの手を取った。
「ありがとう、リィン。どうやら気が逸って、周りが見えていなかったようだ」
「それは今もじゃないかしら?」
突然聞こえてきたアリサの声と共に2人の間を過ぎる矢。直後に近くの草むらから魔獣の悲鳴が上がり、遠くへと逃げていく姿が見えた。
それを見送った後、導力弓を携えて呆れ顔のアリサと苦笑を浮かべているエリオットが近付いてきた。
「まったく、街道のど真ん中で何をやってるんだか」
「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……僕達も思うところがあるんだよ?」
「む……」
先程の話を聞かれていたのが恥ずかしかったのかラウラが頬を赤らめるが、2人は気にせずに続ける。
「さっきの戦いだって、レイルとリューネが群れを引き付けてくれなかったらどうにもならなかったわ」
「あの2人みたいにって訳にはいかないけど、それでも足手まといにはなりたくないからさ」
だから皆で強くなろうと、エリオットがラウラへと手を差し出す。
「うん。改めて宜しく頼む」
握手を交わす2人を見守りながら、リィンは不思議な高揚感を覚えるのだった。
◆
「随分とお疲れのようですね」
「手強い義妹が出来たんで」
追い縋るリューネを撒くために町中を駆け回ったレイルが逃げ込んだのは、ケルディック駅舎内にある鉄道憲兵隊の指揮所であった。
そこに居合わせたクレアに挨拶を済ませ、軽く滲んだ汗を拭う。
「良いお嬢さんですね、彼女」
「そう、ですね。むしろ良い子過ぎるぐらいで、もう少し世話を焼かせて欲しい、ってのは贅沢な悩みですかね」
言い合って、2人して笑みを浮かべる。およそ2年振りの邂逅ではあったが、あの時と変わらず接することが出来ていることにレイルは喜びを感じていた。
厳密に言えば、全く同じという訳ではない。
2年前のとある事件のせいでレイルは居場所の幾つかを失ってしまうことになったのである。その直接の原因がクレアにあるわけではないのだが、責任感の強い彼女は自らを責め、この2年を苦悩と共に生きることになってしまったのである。その結果が出会い頭に行われた涙の謝罪というのだから、レイルの方が彼女への申し訳なさで一杯だった。
取調べ中も依然と謝り続けようとする彼女をどうにか宥めて、以前のように笑い合えることに、喜びだけでなく安堵を感じるレイルだった。
「話は変わりますけど……四大名門の動き、どうなっていますか?」
レイルは意図的に和やかな空気を引き締め、クレアに確認を取った。
聴取の時間では先の理由により訊ねる時間がなかったが、今はそうではない。
出発の時刻までまだ時間はある。それに、この指揮所には他の憲兵隊員はおらず、秘密の会話にはもってこいである。
クレアも表情を引き締めて、レイルの問いに応じた。
「レイルさんも掴んでいるでしょうが、正直芳しくありません。特にここクロイツェン州での軍備増強が著しいですね」
「やっぱり、そうですよね」
故に、大市に対する課税を引き上げ、軍事資金を徴収しようという策略であり、それが今回の事件を引き起こした原因でもある。
「名目上はカルバートの侵攻に備えて、というものですが」
「不戦条約が締結された今日で、そんなお題目が通る訳がないでしょうが」
「それをまかり通してしまえるのは、それだけ四大名門の影響力が強大であるという顕れでしょう」
ふぅ、とクレアが深い溜め息を溢す。
「《革新派》としては大きな悩みの種みたいですね」
「……否定はしません。それに……」
そこでクレアが言い淀む。それを察してレイルが助け舟を出す。
「言い難いことなら無理に聞き出そうとはしませんよ」
「いえ、いずれは耳に入ることでしょうし……実は――」
そして告げられる内容に、流石のレイルも耳を疑った。
「それはまた……厄介なことになっているじゃないですか」
想像の斜め上を行く事態に、レイルは思わず苦笑いを溢した。
「あくまでその兆候が見られるという段階ですので……我々としては最悪の事態にならないように最善を尽くしていくだけです。ただ……」
「その時が来たら、俺達も動かせて貰いますよ」
クレアの言葉を先回りしてレイルが告げると、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「私が言えた義理ではないのですが……」
「だから気にしないでくださいって。それに、俺達が動くのはあくまで民間人のためであって、どちらかの勢力に肩入れするわけにはいきませんから、そこは理解しといてくださいよ」
「重々承知していますよ。けど今更ですが、こうして私と繋がっていることはアリなんですか?」
「それはそれ。柔軟な対応が出来なければやってられませんよ。そういう意味ではクレアさんの方が大変でしょうに」
「私もまあ、上手く立ち回っていますよ?」
と言葉を濁すクレアだったが、レイルは深く追求するのを控えた。
「お互いイレギュラーな立場ってことですね」
「そういうことです」
そこまで話したところで、クレアが肩の力を抜く。
話すべきことは話したということだろう。それを察して、レイルも堅苦しい雰囲気を解く。
「ところで」
「何ですか?」
「エミナさんとはあれから進展しましたか?」
「……………………あー」
とても軽い調子で、世間話でもするようにクレアが訊ねてくる。いや、実際に話題としては世間話のそれであるのだが、レイルにとってそれをクレアに答えるのは、少々難易度が高い話であった。
だからといって、避けては通れないというのは前々から理解していたので、腹を据えて答える。
「遅くなりましたが、無事お付き合いさせて頂いています」
「それは良かったです。でなければ、私の立つ瀬がありませんし」
「うっ」
クレアに悪気はないのだろうが、彼女の言葉がレイルの胸を抉る。
「不躾な質問ですが……クレアさん、もしかして、まだ」
「ええ。勿論です」
レイルが言い切る前に、クレアがきっぱりと告げてくる。
「一男性として貴方をお慕いしていますよ、レイルさん」
◆
夕暮れに染まるケルディックの町並み。
リィン達はトリスタへ戻るため、少し早めに駅舎前へと集合していた。
そこではお世話になった風見亭のマゴットやルイセ、オットー元締めなどが見送りのために集まってくれていた。
「君達には本当に世話になったよ。重ね重ねになるが、本当にありがとう」
「そんな……自分達に出来る事をしただけですし、それに最後は鉄道憲兵隊が動いてくれなければどうなっていたことか」
リィンがそう言うと、人垣の向こうから近付いてくる人物が声を掛けてくる。
「皆さんが動いていなければ犯人を取り逃がしていたかもしれません。ですので、今回の事件を解決したのは、他でもない皆さんですよ」
「ということだから、今回は素直に受け取っておこうぜ」
「クレア大尉……それにレイルも」
「お兄ちゃん、どこ行ってたの!? もしかしてクレア大尉と――」
レイルがクレアと一緒にいるのを見つけて、リューネが我先にと噛み付く。
だが、レイルは何故か憔悴した様子で、リューネに言われるがままであった。
「ですが、余計な事をしてしまったかもしれませんね」
2人のやり取りを尻目に、クレアがリィン達に向き合う。
「領邦軍が駆けつけた後の対処も含めて《特別実習》だったのかもしれませんし」
「え――」
クレアの口から出た言葉に、リィンは驚きを顕わにした。
――どうして?
その問いを発する前に、駅舎の中から現れた人物から声が掛かる。
「――流石にそこまでは考えてもないけどね」
「あー!」
「サラ教官!?」
「……ようやくのお出ましか」
現れた女性――サラに対して各々が反応を示す中、サラは迷うことなくクレアの元へと進み出る。
「こうして直接会うのはいつ振りかしらね? ――ねぇ、クレア?」
「サラ、さん……」
好戦的な笑みを浮かべるサラに対して、クレアが申し訳なさそうに顔を背ける。
その異様な雰囲気に、居合わせた誰もが固唾を呑んだ。
前回の更新からどれだけ経ったかなぁ? わ~、1ヶ月半経ってる~!
(^q^)
時の流れが如何に無常であるかを痛感しております、檜山アキラです。
いやしかし、時間を掛けまくって書いていると、当初予定していた内容とはまた違った筋書きになっていて我ながら面白く感じております。
今回の内容で言えば、リィンとラウラのシーンは2人だけで誓いを立てるみたいな感じでしたが、いつの間にアリサとエリオットも乱入しておりますし……これはあれですね、「リィン×アリサ」タグによる強制力が働いたとしか思えませんね。まぁ、だからといってアリサ以外にもフラグは立てて行こうとは思いますけどね。
それに革新派と貴族派の対立などをリィン達視点で詳しく描いてみようと思ったんですが、バッサリカット! 徐々に浮き彫りになっていくという形に変更となったりと、色々予定が変わりますね。
そして遂にクレアさんの登場!
まぁ、今回の話を読んでいただければ分かると思いますが、原作とはえらい異なった感じになってますね。元のクレアさんじゃなきゃ嫌! という方には申し訳ありませんが、うちのクレアさんはこんな感じで行かせて頂きます。
まぁ、どんな経緯でうちのクレアさんが形成されたのかはいつか過去編で書きたいなぁと思ってます。どんな内容かもあらかた決まってますが、とりあえず言えるのが、その頃のクレアさんはツンデレ系チョロインだということ。
……どこのどなたでしょうか?
まぁ、そんなこんなで1章もいよいよ大詰め。出来れば今月中に日の目を浴びれるように頑張って参ります。
なにせ、次の話を実現できる日を私自身が待ちわびたのですから。
◆鉄血宰相の次回予告コーナー◆
1つの冒険が終わり、若者達は日常へと帰っていく。
だが、その途上であっても物語は進展を迎える。
明かされる真実の欠片の前に彼らはどう向き合うのか――?
次回、神薙の軌跡『帰路~明かされる秘密~』
若者達よ、寮に着くまでが是、特別実習也!