神薙の軌跡   作:檜山アキラ

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「本当に大丈夫なのかなぁ」
 ケルディックの大市。その片隅に設けられた休憩所で、エリオットが溜め息混じりに溢す。
「……レイルが『俺に任せろ』って言ってたんだし、仕方ないんじゃない」
 大型魔獣の討伐後、明らかに雰囲気が豹変したラウラについて、帰路の途中でレイルがそのように耳打ちしてきたのである。
 それを受けて、自然を装いここまで逃げてきたのであるが、アリサはバツが悪そうにしている。
「きっと大丈夫ですよ」
 と言うリューネもどこかそわそわしており、置いてきたレイル達のことが気になっているようであった。
 だが、ラウラが放つ重々しい雰囲気の中に戻るという選択は生まれてこず、エリオット達は彼らがここに現れるのをひたすらに待ち続けた。


剣士問答

「どうして本気を出さないのか、か……」

 鋭い眼光のラウラを正面に見据え、彼女が投げかけた問いを反芻して、リィンは困った表情を浮かべていた。

 その隣でレイルは静かに2人の動向を伺っていた。

 ――にしても、随分と直球だな。

ラウラの疑念。

 レイルとしても、その問いはいつか時期が来れば自分からリィンに投げかけるつもりでいたものだ。

 ただ、それが自分以外の誰かが、それもこんな早い時期にぶつけるとは想像の範囲外であった。

 ――流石は子爵閣下のご息女、といったところか……

 それだけではなく、今日だけでも何度と繰り返してきたARCUSの戦術リンクが、抑えているリィンの力量を彼女に察せさせたのだろう。

 リィンの実力はこんなものではない。

 では何故力を抑えて――いや、彼女からすれば手を抜いているとでも感じたのだろうか。

 ここ1ヶ月程で見えてきた彼女の人となり、武に真摯に彼女だからこそ口を出さずにはいられないのだろう。

 ただ、

 ――俺の時には納得してくれたんだがなぁ……

 レイルの場合、ラウラが彼の過去を知っており、かつ、彼の口から事情があるという説明をなされていたからというのもあったのだろうが、

 ――なら、リィンにも何か事情がある、って考えには至らんかね……

 随分と視野が狭窄しているように感じられ、レイルはラウラを宥めようとする。

しかし、それを遮る様にして言葉を放ったのはリィンだった。

「俺は……手を抜いているわけじゃないんだ。これが、俺の限界だ」

 そう言うリィンの表情は沈痛なもので、どこか自嘲めいたものを感じさせた。

 その答えに納得がいかなかったのか、ラウラが問い質すようにリィンへと詰め寄る。

「そなたの流派――八葉一刀流は剣仙ユン・カーファイが興した東方剣術の集大成とも言うべき流派だ。皆伝に至った者は理に通ずる達人として剣聖とも呼ばれるという。流石にそなたが剣聖だとは思わぬが、それでも、今日一緒に戦っていてそなたの力はあんなものではない……そう、感じたんだ」

 だから、先程の言葉は冗談だと言って欲しい。そう言いたげな熱の篭った視線に晒されて、それでもリィンは違うんだと首を横に振った。

「確かに一時期は老師に師事していたこともあった。だが、剣の道に限界を感じて老師から修行を打ち切られた身なんだ」

 

「俺はただの初伝止まり……誤解させたのならすまない」

 

 告げられた瞬間、ラウラの表情に様々な感情が浮かび上がるのを、レイルは見逃さなかった。

 それは、怒り。あるいは、落胆。失望。

 恐らく、ラウラの中でそれらの感情が暴れ回り、彼女の心を掻き乱しているのだろう。

 そしてそれは――レイルも同じだった。

 ――ああ、なるほど、ね。そういうことかよ……

 拳を堅く握り締めた彼女が胸中の想いをぶちまけようと口を開く――前に、レイルの拳がリィンの横っ面を捉えていた。

 

 ◆

 

「ぐっ……」

 無防備な状態でレイルに殴り飛ばされ、リィンは3アージュ離れた場所で倒れ付した。

「何を」

 するんだ、と抗議の声を挙げようと身体を起こすと、レイルの怒りに満ちた視線に射貫かれ、リィンは身体を竦めてしまう。

「リィン」

 静かなトーンで呼ばれる。だが、名を呼ばれただけだというのに、レイルからはこちらを叱責する意思がありありと伝わってきた。

 

「さっきの言葉――本気で言ってるのか?」

 

 静かに告げられる問い。それを聞いてリィンは、己の軽率が過ぎる言葉を自覚した。

 確かに自分は初伝で修行を打ち切られた身だ。

 そんな自分が八葉一刀流を名乗るなど、流派の名を汚しているはずだ。

 それでも――

「すまない。どんな理由があろうと、“剣の道”を軽んじて良いわけがなかった」

 ただの、だなどと口が裂けても言うべきではなかった。

 それは、老師を、八葉一刀流を、そして全ての“剣の道”を蔑ろにするに等しい言葉だった。

 それを口にした自分は、殴られて当然だ。

「それだけじゃ、満点とは言えないな」

 肩を竦めて、レイルが呆れた様子で続ける。

「剣の道もそうだが……お前は、お前自身を軽んじたことを反省すべきだ」

 そう言って、レイルが近付いてきてリィンへと手を差し出す。

 リィンは戸惑いながらもその手を掴み、彼の引き起こされるように立ち上がった。

「限界なんて言葉も軽々しく使うもんじゃない。……確かに、剣の腕は一朝一夕で上達するものでもない」

 だがな、とレイル。

「覚悟や心持ち次第で踏み込みや体捌き、技のキレは飛躍的に進化するもんだ。だから――いつか、お前が抱えている何かが解決すれば、お前はもっと強くなれるはずだ」

「あ……」

 何故だか分からなかったが、レイルのその言葉が全身に染み渡っていくような感覚を覚えた。

 リィンが抱える何か――それは、リィンが力を求めたきっかけで、そして、力を抑えることを望むことになった、かつての記憶。

 それを感じ取ったからか、レイルもラウラもリィンの剣に思う所があったのだろう。

 だが、

――アレを、乗り越えられるのだろうか……

 一抹の不安がリィンの心に影を射すが、こちらの表情を見取ったレイルがすかさず、

「1人で何でも抱え込むなよ? 不安や悩みがあるならお兄さんが聞いてやるぞ」

 と、優しい手でリィンの肩をぽんぽんと叩いてくる。

 たったそれだけのことで、不安が和らいでいくのを感じた。

「そう、だな……その時は、よろしく頼む」

 すると、レイルが力強く頷いてくれた。

「ラウラも、本当にすまな、かッ……た……」

 そこでようやく、先程から一言も発していなかったラウラへと向き直ったリィンだが、その言葉は尻すぼみに消えていく。

 レイルもラウラへと視線を移すが、彼も絶句し、目を見開いて硬直してしまった。

 2人の視線の先、そこにいたのは……

「…………」

 こちらを凝視したまま、静かに流れる雫で頬を濡らすラウラの姿だった。

「ラ、ラウラ!?」

「どうしたんだ!?」

 静かに涙を流す彼女に気付き、リィンとレイルは慌てて彼女の元へと駆け寄った。すると、ラウラは我に返ったのか、慌てて頬の湿りを拭い去る。

「その……すまない。色んな事で頭がぐちゃぐちゃになってしまったようだ」

 ラウラは1つ深呼吸し、そしてゆっくりと話し出した。

「……昔、父から『そなたが剣の道を志すならば、いずれ八葉の者と出会うだろう』と言われたことがある」

「光の剣匠が?」

 帝国で指折りの実力者として名を馳せる光の剣匠、ヴィクター・S・アルゼイド。ラウラの父でもある光の剣匠から、自身の流派の名が挙がるとは思ってもいなかったので、リィンは面映く感じてしまう。

「うん。故に、そなたが八葉一刀流の者と聞いた時には、内心ひどく喜んだものだが、今日の戦いの中でそなたが手を抜いているように感じた時は……正直、怒りにも似た感情が湧き上がってくるのを抑えることは出来なかった」

「……すまない」

 やはりまだ怒りは収まる――どころか、先程の発言のせいでより膨れ上がらせてしまったのではないかと思い、リィンは精一杯の謝罪の意を込めて頭を下げた。

「謝らないでほしい。謝るべきなのは、私の方だ」

「え……?」

 ラウラの意図が読めず、リィンは間の抜けた声を出してしまう。

「そなたにも事情や抱えているものがあるだろうに、それを無視して不躾に問い詰めたこと……どうか、許してほしい」

 今度はラウラが頭を下げると、リィンは再度面食らって慌ててしまう。

「か、顔を上げてくれ。それこそ謝らないでほしい」

「だが……」

 と渋るラウラだったが、何とか説得して面を上げさせることに成功した。

「……ならば、あと1つだけ良いだろうか?」

「ん?」

 ラウラがリィンを見つめ、真剣な面持ちで――だが、そこに張り詰めた空気は存在せず――問い掛けた。

「そなた、“剣の道”は好きか?」

 その問いに、リィンは目を見開いた。

 まるで、そんなことを考えたことがないという風に。

「好きとか嫌いとか、もうそういった感じじゃないな。あるのが当たり前で、自分の一部みたいなものだから」

「そうか。それを聞いて安心した」

 私も同じだ、と語るラウラは、先程までの憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

 

「さて、一件落着みたいだし、俺達も大市に向かうとしようか」

「あ……ちょっと待ってくれないか」

 さっさと行ってしまいそうになるレイルをリィンが引き留める。

「この流れで訊くのも何なんだが……レイルも力を抑えている、よな?」

「ああ。そうだが」

 だからどうかしたのか、とでも言わんばかりにあっけらかんと返してくるレイル。

 それに対して、リィンはしっかりとレイルを見据えて声を発した。

「今はまだ無理でも……いつか全力で手合わせしてくれないか?」

「へぇ……そいつはどうして?」

「こうして剣の道を進む身としては、自分にどれだけのことが出来るのか……どれだけの高みに至ることが出来るのか試してみたい、その為に胸を貸してもらえないか?」

 そう告げるリィンの表情を見て、レイルが心底楽しそうな笑みを浮かべる。

「ハハッ、良いぜ! この数分でえらく顔付きが変わったじゃねぇか。根っこの問題が解決したわけじゃないんだろうが、良い傾向だ」

 だから、

「……少しだけ、サービスだ」

「どうしたのだ?」

 黙って2人の様子を伺っていたラウラが怪訝そうに尋ねてくるが、レイルは答えず、神経を研ぎ澄ませる。

 この身に宿る力を静かに、そして力強く練り上げていく。

 そして、大気の流れを読み、最善のタイミングでそれを解き放つ。

 すると、街路樹の枝が道端に落ちる音が聞こえてきた。

「なっ!?」

「そんな!?」

 それに遅れて気付いたリィンとラウラが驚愕に目を見開く。

 そんな2人の傍らを、レイルは太刀を収めながらゆっくりと抜き去っていった。

「本当ならここまでの技はしばらく見せるつもりはなかったんだがな」

 未だ呆然としている2人に顔だけ振り向き、笑みを浮かべてはっきりと宣言する。

「若人が決意を胸に新しい一歩を踏み出そうとしたんだ」

 だから特別だぞ、と、より笑みを深めて、レイルは告げた。

「――早く、ここまで上って来いよ」

 そう言い残して、レイルは先に大市へ向かったリューネ達を探すことにした。

 その間、レイルはリィンとラウラの様子を思い返していた。

 自分の力を振るったことで、2人は唖然としていたが、その表情がレイルの心を昂ぶらせていた。

 ――あいつら、笑っていやがった。

 自身を凌駕する力の前に浮かべるそれは、虚勢と捉えるべきか。

 あるいは、自身の矮小さを嗤う自嘲と捉えるべきか。

 だがレイルは、そのどちらでもなく、そこに強者としての素質を感じ取り、笑みを深くしていた。

 

 

「なぁ、ラウラ」

「何だ?」

 大市に向かっていたレイルの姿が見えなくなった今、それでも視線をある場所から外すことなく、リィンはラウラに声を掛けた。

「ラウラは、レイルのこと昔から知っている感じだったが……」

「……うむ。3年程前に父と手合わせしているのを見たことがある」

 ラウラが心ここにあらず、といった様子で頷く。

 いや、呆然としているのはリィンも同じである。

 その視線の先にあるのは、道端に落ちた街路樹の枝。

 その根元は綺麗な断面を晒している。

 それだけで、綺麗な太刀筋で断たれたのだと把握出来る。

 問題があるとすれば、その枝が付いていた街路樹の位置が、枝が落ちた瞬間、レイルが立っていた場所から少なくとも10アージュも離れていたこと。

 そして、

「レイルは、いつ太刀を抜いたんだ?」

「……さぁな。ただ、これだけは確かだ……」

 一拍置いて、ラウラが冷や汗を流しながら口に出す。

「あの時とは比べものにならない程、強くなっている」

 

 

「ふぅ、疲れた~」

 夕食前、少しでもレポートを片付けておこうということになり、アリサ達は宿泊先の風見亭に戻り、机に向かって今日一日の報告書を作成していた。

 アリサは一段落着いた所で、同じ姿勢で固まっていた体を伸ばしながら、周りの様子を窺う。

「それで、貴方達は何をしていたのかしら?」

 アリサがジトッとした眼差しで睨むと、レイルとリィン、ラウラが表情を微かに引き攣かせながら、

「うん、まぁ、な」

「その、色々とな」

「うん。気にしないでくれ」

 と、顔を上げることもなく話を濁すのだった。

 あの後、アリサ達が休憩所で時間を潰していると、まずレイルがやって来て、ラウラの様子が元に戻ったという報告を受け、安堵の息を溢したのだ。

 だが、そこに遅れてやってきたリィンとラウラの様子にアリサ達は目を剥くことになった。

 片やリィンは片頬を赤く腫れ上がらせており、片やラウラは薄っすらとだが瞳が充血していた。

 いったい何があったのか。

いや、何かがあったとしか思えなかった。

アリサ達が問い詰めても3人が3人とも話をはぐらかす上、途中で大市の一角が騒々しくなり、詰問は中断せざるを得なかった。

 催し物とは違う、物騒な雰囲気を感じ取り駆けつけたアリサ達が目にしたのは、大市の出展者同士が出店場所を巡って争っていたところだった。

 その場を治めた大市の代表であるオットー元締め――彼が今回の実習課題を手配してくれていた――によると、クロイツェン州における大幅な増税に対して嘆願を行っているが、それを取り止めない限り、領内の治安を維持する領邦軍が不干渉を貫くとの通達。その矢先に同じ場所の出店許可証を持つ商人達の諍いが発生――出店許可が領主であるアルバレア公爵家の管轄であることを考えると、明らかに仕組まれたとしか思えない状況にアリサだけでなく誰もが良い顔をしなかった。

 ――けど、私達に出来ることなんて……

 はっきり言ってないのが当たり前なのだ。

 名門とはいえ、一介の学生である自分達に口出し出来る問題ではないのだ。

 オットー元締めも余計なことを話したと謝罪し、アリサ達には実習に集中するようにと言ってくれている。

 だが、

「う~……」

 釈然としない思いがアリサの脳内で蟠っている。

 ――解決出来なくても、何か力になれれば良いのだけど……

 そういう意味では、実習課題をしっかりこなすのがオットー元締め――そして、ケルディックのためになるはずだ。

 だが、それだけじゃなくて、もっと他に……

「何か出来ないのかしら……」

 机に突っ伏したアリサが溢すと、隣で必死にレポート作成に挑んでいたリューネが心配そうに覗き込んでくる。

「アリサさん、大丈夫ですか?」

「う~ん、大丈夫~」

 と、気の抜けた声で返すと、レイルが近寄ってきながら、

「あんまり思いつめても、身が持たないぞ」

 それより、とレイルが壁に掛けられた時計を指差す。時刻は18時30分を過ぎたところで、窓の外はだいぶ暗くなっていた。

「この辺で中断して夕食にしようぜ」

「……そうね」

 悩み続けていても仕方ないと割り切り、アリサは先に部屋を出て行くメンバーに遅れないよう後を追いかける。

「ところで」

 階段を下りながら、アリサがふと口を開く。

「そろそろ話す気になったかしら?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「こら」

 どうやら口を割る気はないらしい。

 

 

「今頃B班のエマ達はどうしてるのかしら……?」

 地の物をふんだんに使った夕食に舌鼓を打った後、食後のコーヒーを味わいながらアリサが溢すと、リィンが苦笑を浮かべて答える。

「そうだな……こんな風に一緒にテーブルを囲んではいなさそうだけど」

「そうだねぇ……」

 エリオットは呟き、B班の様子を想像してみた。

 個々で見れば、ほぼ全員がしっかり者だし、最年少のフィーもなんだかんだで問題なくやれてそうな気がする。

 ただ、組み合わせを考えると、苦い笑みが浮かんできてしまう。

 ユーシスとマキアス。

 入学初日から犬猿の仲である2人が同じ班で上手くやれているとは想像出来なかった。

 それに、風見亭に戻ってくる前、ケルディックを後にするサラが残した一言が更に不安を掻き立たせた。

『向こうがグダグダになってきた』

 そう言い残したサラの言を信じるなら、何か問題が生じたと考えて間違いなさそうだった。

「向こうにはエミナもいることだし、大問題になることはないと思うぞ」

「お兄ちゃん、それだと少なくても問題が起きるって聞こえるよ?」

「だが、あの者達のことだ。諍いの1つや2つ、起こしているのが目に浮かぶな」

 リューネに突っ込まれるレイルに便乗し、ラウラが軽口を言う。

 それに一同が、『まぁ、確かに』と気持ちが1つになるのを感じた。

「それにしても、どうして僕達Ⅶ組は集められたんだろう?」

 話が途切れたのを見計らって、エリオットが前々から感じていた疑問を口に出した。

 ARCUSの適性によって集められたのであれば、今日のような実習内容にはならないはずである。

 特別実習はまるで彼らに色々な経験を積ませようとしているようにも感じられた。

「……士官学院を志望した理由が同じ、でもないよな」

「その発想はなかったわね……」

 リィンが呟くと、アリサが何かを考え込むように俯いた。

 そして、話の流れがそれぞれの志望動機へと変わった。

 ラウラは目標としている人物に近付くため。

 アリサは上手く行っていない実家から自立するため。

 女子2人の話を聞いて、エリオットは自分の理由が少数派に属することを察した。何かを目的としている2人に比べ、自分は、

「元々、士官学院とは全然違う進路を希望してたんだよね」

「確か……音楽系の進路だったよな」

 以前そのことを話したリィンが確認してくる。

 他のメンバーにはまだ話したことがなかったから、一様に驚いていた。

「言われてみれば、確かに似合ってると思うぞ」

「そうかな? まぁ、そこまで本気じゃなかったけど……」

 レイルに言葉に破顔しそうになるのをぎりぎりで堪える。

「レ、レイルはどうなの?」

 話題を自分から逸らすために、矛先をレイルへと仕向ける。

「俺? 俺とエミナは……色々と理由があるんだが、ある人物への借りを返すため、だな」

「借り?」

「ああ。詳しくは話せないけど、そいつにでかい借りがあってな。それを返すために俺達はトールズに入学したって訳だ」

「じゃあ、リューネやフィーも?」

 エリオットがレイルの隣に座るリューネへと視線を移すと、自然と彼女へと関心の目が注がれる。

「えっと、私の場合、その人に凄いお世話になったのもあるんですけど……広い世界を見てみたい、というのが1番の理由です」

「へぇ」

 頬を赤く染めて恥ずかしそうにしているリューネだが、その姿はエリオットにとってとても眩しく感じられた。

 ……それに比べて、僕は……

 思考がネガティブになりかけているのに気付き、内心冷や汗を流しながら、嫌な考えを頭の片隅へと追いやる。

「それで、あとはリィンだけど」

「俺は……そうだな……」

 話を向けられたリィンが瞳を閉じ、考え込む。

 そして、顔を上げた彼は士官学院に入学した目的を口にした。

「自分を――見つけるためかもしれない」

「え?」

 思わぬ発言にリィンを除く全員が目を丸くしていた。

 その様子にリィンは困惑した様子で弁解してくる。

「その、大層な話じゃないんだが……あえて口にするならそんな感じで……」

「ふふ、貴方がそんなロマンチストだったなんて。ちょっと意外だったわね」

「あまりからかわないでくれ……」

 変なことを口走ったなと溢すリィンの耳がはっきりと紅く染まっていたのをエリオットは見逃さなかったが、それを指摘するのは可哀想に思えたので、心の片隅に留めるだけにしておいた。

 

 

「さて、そろそろ部屋に戻ってレポートの続きをしないとな」

 空腹が満たされ落ち着いてきた頃合で、リィンが号令を掛ける。

「このままベッドに倒れこみたいけど、そういう訳にもいかないわね……」

 と、肩を落とすアリサを先頭に各々が階上の部屋へと戻っていく。

「どこに行く気だ、レイル?」

 そんな中、レイルだけは別方向、外に向かおうとしたのをリィンが見咎めて声を掛ける。

 すると、レイルは手をひらひらと振りながら、

「俺はもうレポート書き終わったから、ちょっと夜風に当たってくる」

「な……もう終わったのか」

 その速さにリィンだけでなく、階段を上り切ろうとしていたメンバーたちをも驚愕に震えさせた。

 スムーズに作成出来ていたと思っていたリィンですら、ようやく半分程度を書き上げただけなのに、レイルは既に完成しているというのである。

 その事実に驚かざるを得なかったが、当のレイルは気にした様子もなく、

「遅くならない内には戻るから、お前達はちゃんとレポートを仕上げておけよ」

 と言い残して、外へ出て行こうとしたので、リィンは思わず彼の名を呼び、

「もし良かったら、後で稽古に付き合ってくれないか」

「早速だな……あんまり気負いすぎるなよ」

「あぁ、ありがとう」

 じゃあまた後でな、と了解の意を告げて、今度こそレイルは風見亭を後にした。

「ふふ、あの子は相変わらずだねぇ」

 その様子を窺っていたマゴットの言葉が耳に留まり、リィンはふと浮かび上がった疑問を口にした。

「マゴットさんは、レイルのことを知っているんですか?」

 思えば、ここに来た時にはサラとも親しげに話していた。その上、レイルとも知り合いというのであれば、彼女の交友関係――はともかくとして……

 ――そう言えば、レイルとエミナも入学する前からサラ教官のことを知っているような感じだったな……

 今更ながら、彼らの関係性について気になりだし始めた。

「あの子達とは、3年前からの付き合いだからねぇ……相変わらず、どこか掴み所のない――風のような子だけど、元気そうで本当に良かったよ」

 かつての日々を思い出しているのか、彼女のそう語る表情は、とても暖かなもののように感じられた。

 

 

「夜分に失礼します……ええ、お久しぶりですね……取り次いで頂けますか? ……ありがとうございます……………………いえ、待ってませんよ。と言うより、随分と呼吸が荒いようですが大丈夫ですか? ……はあ、まあ、それなら良いんですけど…………それで本題なんですけど……既に察知していると思いますが……ええ、そうです……もしかしたら協力を、って即答ですね……いえ、助かります…………恐らくですが、明日にでも状況が動くと思います……そちらの動きについては任せます……はい、それでは」

 

「よろしくお願いします、クレアさん」

 

 




 ふぅ、これにて実習1日目終了です。どれだけ書くのに時間掛かってるんだ……

 なにはともあれ、神薙の軌跡『剣士問答』をお送りしましたー。
 いやぁ、正直あのラウラを泣かすことになるとは、書き終わった今でもYOSOUGAI!状態です、はい。
 おや、宝剣を持った渋いおじ様g



◆突如として思いついた作者の妄想劇場◆

「ここの風は、実に良いものだな」
「へぇ、違いが判るみたいだな」

 生まれも育ちも違う2人。
 だが、共通するソレが、彼らを引き合わせた。

「いつかは感じてみたいものだな」
「最高の風を、か? その話何度目だよ」

 風を愛し、風に愛された2人の男。
 彼らが出会うとき、運命の歯車が動き出す!

「何をしている! 風が泣いているのが判らないのか!?」
「俺の行動の意味が理解出来ないみたいだな……なら、この風の嘆きが何によって齎されたのか判らないだろうな!」

 狂わされた運命に翻弄される2人。
 互いの信念をぶつけ合い、己が大切なものを守るために戦い続ける。

「あんちゃん、ダメーーーーーー!!」
「お願い、やめてーーーーーー!!」

 慟哭の空に響く声は、彼らに届くのか……?
 そして――

「彼女が、天空の姫巫女なのか?」
「天空城……伝説だとばかり思っていたが、実在したんだな」

 伝説として語り継がれる天空城が姿を顕す時、大陸を震撼させる陰謀の渦が牙を剥く!
 そして彼らは、大切な人達を守り抜けるのか!?

「行くぞ!!」
「おおっ!!」
「「イクス・レイド・テンペスターーーーー!!」」

 劇場版! 英雄伝説・閃の軌跡外伝!
 風の申し子達と天空の姫巫女!!

「俺達の勝利は――」
「悠久なる風と共に――」

 S.2015年秋! 帝都オペラ劇場にて開演!!
 そして同時開演!

「風と君に――乾杯」

 風のソムリエ~この想い伝えたくて~にも乞うご期待!

<主演>
 ガイウス・ウォーゼル
 レイル・クラウザー

<天の声>
 ギリアス・オズボーン

<協力>
 ノルドの方々
 トールズ士官学院1年Ⅶ組一同



◆鉄血宰相の次回予告コーナー◆

 順風満帆?
 世の中そんなに甘くない。
 忍び寄る不穏の影。
 陰謀が糸を引く中、若者達は何を成すのか……
 次回、神薙の軌跡『ルナリア自然公園』!
 神秘が眠るその土地で、暗躍するのは、誰?



 後悔も反省もあるわけない!
 と、若干寝不足のテンションで突っ走った感がありますが、折角なのでこういったお遊びも継続して続けていければなぁと思います。
 それでは! 次回もまた楽しみにして頂けるなら幸いです。

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