「はっくしょい!」
ズビビ……と一毅が鼻を啜る音がやけに響く。
着地地点から歩きだして早くも半日……一毅とカツェは雪を掻き分け山を降りていく……
「まだ掛かるのか?」
「もう少しだよ……ってか風邪でも引いたんじゃないのか?」
「安心しろって……俺は生まれてこのかた風邪引いたことないんだ。つうか病気になったことがない」
昔中学二年のときにインフルエンザが大流行したとき遠山家に下宿してたのだが学年閉鎖となり更には遠山家の全員がインフルエンザに掛かったときも一毅はケロリとしていたくらいだ。
「ああ、バカは風邪を引かないんだよな」
と、今朝から歩きだしてこっちを見ようとすらせずに先導するカツェが言う。
「あ?」
一毅はビキ!っと表情を強張らせる。因みにバカは風邪を引かないのではなく引いたのに気づかないのだが……まあ一毅は
「ふぅ……あと一息だ」
「やっとか……」
それから黙って歩いてるとカツェがこっちを見てきた。
「少し休憩しようぜ」
「そうだな……あ、これ食うか?」
と一毅はカロリーメイトを半分カツェに放る。
「じゃあ代わりにこれやるよ」
とカツェは一毅に試験管にいれた水を渡してくる。
「雪そのまま食うと体を壊すしな」
「助かる」
そんなやり取りをしながらカツェは一毅の顔を見る。
「……お前顔色悪くないか?」
「え?そうか?」
「あぁ……やっぱ寒いんだろ」
「いや……寧ろ体が熱い」
「…………………………」
「もちろん変な意味じゃないぞ」
カツェがドン引きそうだったので一毅は手を振る。
「まぁ雪山だしな……少し位は悪くなるさ」
「…………おい脱げ」
「え?おいおい!こんな場所で脱いだら凍え死ぬって!きゃー追い剥ぎよ!」
「良いから少し裾をまくれ!」
とカツェが強引に裾を捲り上げてきた……そして、
「やっぱり……」
一毅の胸につけられた呂布の斬撃傷……そこには何重に幾重にもガーゼと包帯で固定しているのだがそれですら血が滲んでいた……更に元々武偵高校の制服はワイシャツまで血が着いても血の色にかなり染まり難い……それが災いしてカツェは良く制服を見なければ気づけなかった。
「ま、全治半年……三ヶ月はほんとは病院に入院させとけって傷だしな……」
「わ、わるい……蹴っ飛ばして……」
「いや実は着地したときには既に傷開いてたからお前蹴っ飛ばしてもいなくても血がな……」
「ばっか!こんな傷あんなら私のコートなんか貸してる場合じゃないだろ!」
カツェが慌ててコートを返そうとするが一毅は大丈夫だよと首を振る。
「どうせあと少しだしこれくらいの傷なんかで動けなくならないんだよ」
ただ山降りたら包帯と責めて防弾じゃなくても良いからYシャツくらいは変えたいなと一毅が笑うとカツェはコメカミを抑えた。
「普通だったら動けねぇはずだぞ……どんな体してんだよ」
「こんな体だ」
一毅が胸を張って笑った。それを見てカツェは苦笑いを返すしかない。
「なにもんだよ……お前」
「ん?俺は化けもんだよ……日本では偏差値低めの高校に通うただの化け物さ」
一毅はそう言ってまた笑う。
「化け物……ねぇ……」
「ああ、チームバスカービル最強の……って着くけどな」
そう言って一毅は先を見る。
「そろそろ行こうぜ。俺が倒れたってお前は俺を運べないだろうしな」
「は?倒れた場所に置いていくに決まってるだろ」
「ひでぇ~」
一毅は不満げな顔をするとカツェは先を歩き出す。
「全く……お前と話してると上が言うほど危険人物なのか分からなくなる」
「そんなに警戒されてるのか?」
歩きながら一毅が聞くとカツェは答える。
「
「マジか……」
「特にお前らなんて組織って言えるほどの数もいないのに藍幇を下しただろ……私たちのなかじゃバスカービルってのは鬼門扱いだ」
「ま、その分癖も強いぜ?」
お前が言うなとカツェが眉を寄せたが突っ込まないでおこう。
「だからでもあるけどな」
「え?」
「その癖の強いチームを纏めてしかも藍幇まで降して……将来頭になってほしいと頼まれてすらいるんだろ?リーダーの遠山 キンジは」
「ああ」
「それが異常なんだよ、癖が強いやつを纏めてるってだけでも充分あり得ないってのに他にも一流クラスの組織からスカウトだぁ?その状況が普通じゃねぇ」
「そう言う考えもあんのか……」
「だから上の連中なんかは注目してんだぜ?」
「なに?そっからもスカウトか?」
「まぁな……だけど振り向かないなら……」
カツェは親指で首をかっ切るジェスチャーをした。
「ここで殺す……か」
「そう言うことだ。出る杭は打たれるって言うだろ?将来邪魔になるようなら消すってわけだ」
「だけど上っていったい何者だ?」
「さぁな……政治とかだけじゃねぇ……色んな企業や組織……そんなもんが複雑に絡んでるからな……私は勿論イヴィリア様だって詳しくは知らないし……知ろうとも思わねぇ」
「ヤバイ突いて蛇は出したくないって奴だな」
「…………思ったんだけどお前ちょいちょい日本語間違えてねぇか?」
「え?」
「私も日本語詳しくねぇけど多分それって【藪をつついて蛇を出す】じゃねぇのか?」
「あ……そうとも言うかも知れん」
「いやそうとしか言わねぇだろ……」
一毅が頬を掻くとカツェは苦笑いした。
「典型的な脳筋タイプじゃねぇか」
「ほっとけ……考えるのは他の連中に任せとけば良いんだよ、俺は黙って突っ込むだけだ」
「お前な……いつか死ぬぞ」
「体だけは頑丈なんだ」
と、一毅が言う。すると街が見えてきた……
「おぉ!カツェ!街だぞ!」
「ああ……やっと見えてきたぜ」
二人は街が見えてきて興奮ぎみである。
「なぁ、桐生」
「ん?」
まぁまだ街が見えてきたばかりなので歩くとカツェが声をかけてきた。
「まだ言ってなかったからな……ありがとな……助けてくれてよ……」
「あぁ~そんなことか。もういいって」
「そんなってなお前!こっちは結構緊張しながら言ってんだぞ!」
「わりぃわりぃ……でも別にその事で俺は恩義を着せようなんて考えてねぇからよ」
と、街に差し掛かり遂に雪を踏まなくてすむことに一毅は安堵しつつ言うとカツェは舌打ちした。
「お前といると調子狂うぜ」
そう言いつつカツェはズカズカと先に行ってしまう。
「そうカッカするなよ……可愛い顔が台無しだぜ?」
「んな!」
ボッとカツェは自分の頬が熱くなるのを感じた……少なくともカツェが10年+数年生きてきたなかで異性から可愛いと言われた経験は皆無であった。
「わ、私はかわいくなんか……あれ?」
かわいくなんかない!っと言おうとしてカツェが振り替えると一毅がいない……そしてそのまま視線を下に落とすと……
「き、桐生!」
一毅は地面に倒れ伏していた……
当たり前だろう……幾ら一毅でも胸に重症を残し高度からの落下……雪山での遭難……更に低気温の中のコート無し……これだけ様々な要因があれば一毅でも体力の限界に達して当たり前である。
「おい桐生!」
カツェは一毅の体を揺するが意識は混濁しており目を覚ます気配はない。
良くも悪くも人通りがまだない場所のため人の助けを借りれるかは微妙だ……
どうするか……下手に病院にもつれていけな……一毅はともかくカツェは未成年で身分を証明するものがなく下手すればここは不法入国に取られかねない……そうなれば……
「桐生……死ぬなよ!そこで待ってろ!」
そう言ってカツェは走り出した……
「う……」
一毅はうっすらと目を開ける……確か街に入って……あれ?そのあと記憶が飛んでいる。
つうかここはどこだ?と見たことない部屋を一毅は見渡す……
「つぅ……」
一毅は起き上がろうとして胸に走った痛みに顔を顰める。痛い……
「そうだ確か目眩して……そのままか……」
一毅は自分の体を見る……すると着ていた制服は着ておらず綺麗な包帯が巻かれていた……
「これは……」
「桐生!」
そこにドアが突然開かれたかと思えば水を張った桶を持ったカツェが出てきた。
「え?カツェ?」
「やっと目が覚めたのかよ、心配したんだぞ!」
「え?え?どゆこと?」
「お前街に差し掛かった所で気を失ったんだぞ?覚えてないのか?」
「あ~……良く覚えてねぇ……」
「お前なぁ……あの後ここに運んでお前を闇医者に見せてと大変だったぞ……」
「そうだったのか……つうかここどこだ?」
「少し過剰に親独な男が経営してるホテルさ」
「成程……で?俺はどれくらい寝てたんだ?」
「丸一日だ」
そんなに寝てたのかと一毅は天を仰いだ……
「全く……半日毎に包帯も変えなきゃいけなかったからめんどくさかったぜ……」
「……もしかしてこの包帯お前が巻いたのか?」
「私以外誰が巻くんだよ」
それもそうかと一毅は納得する。
「ありがとな……いやぁ~まさか意識を失うとは思わなかった!」
アハハと笑うとカツェが頭を軽く叩いてきた。
「笑ってる場合じゃねぇだろ、私は流石にビックリして死んだんじゃないかと焦ったんだぞ。だから慌ててこのホテルに飛び込んでお前を運んでもらって闇医者も呼んで……運良くこのホテルの眼と鼻の先に山から降りてなかったらどうなってたか……」
「メーヤの幸運が効いたかな」
と一毅が言うとカツェが苦虫を噛んだような顔をした。
「メーヤ?」
「あぁ、運良く山の斜面に落ちたのも山を降りた場所がよかったのもメーヤの近くにいたお陰かなと」
「ちっ、そういやあいつの魔術は一次的に伝染するんだったな……」
まぁ流石にもう運は使い果たしただろうがな……
「だが桐生。気を付けとけよ、あの手の魔術はどっかで損するんだ……お前も下手に近づくとろくな目に遭わねぇ……」
「そう言えばそんなこともいってたな……」
「ケッ……皆あのデケェ胸ばかり気に入りやがる、女は胸じゃねぇ!」
「とりあえず落ち着けよ……俺は女は胸だとは考えてねぇし……」
「どうだかな……ま、私はまだ成長の余地あるけどよ」
あるのか?とは聞かないでおこう。何せ前にアリアが同じようなことを言って理子がムリムリと言ったらガチの拳が理子の顔に炸裂し20メートルほど後方へ吹っ飛んだ上にそのまま壁にめり込んだのを見たことがある。勿論それを修復したのは一毅とキンジと強制的に呼び出した辰正である。
まぁ素人の修理なのでいまだにその傷跡は残ってるのがまた怖い……カツェがそんな馬鹿げたパワーがあるんとは思えないがそんなデリカシーに欠けることは言わないに限る。
「ま、カツェはカツェらしくやってれば良いんじゃないか?」
「お、おう」
と、カツェは少し照れながら答えた。
「ああ、そう言えば遠山キンジはうちの所で預かってるぜ」
「なぜ知ってるんだ?」
「ここに来る前に連絡したんだ。明日の朝にはここにも迎えが来る。つうわけだからおとなしく捕まれよ」
「あいあい、キンジもいるってのに無茶できるかよ……治療の恩もあるしな」
「別に治療はそっちが私を助けたんだ……相子だろ」
「そんなもんかね」
銭勘定や相場とかを考えるのが得意じゃない一毅は恩の勘定もあまり得意じゃない。そもそも助けたのを恩に着せてないのは言っておいた筈だから気にしなくてもいいのだ。
「っと、それで?傷の調子は?」
「それ一番先の聞けよ……ま、良いよ」
「ま、腕だけは良い奴に頼んだからな」
と、カツェは包帯を見せてくる。
「ちょうど良いから巻き直すぞ」
「ああ」
そう言って一毅は去れるがままとなる……カツェはぎこちないながらも包帯を外し血で汚れたガーゼを外し新しいガーゼを取る。
「ひでぇ傷だな……」
カツェは眉を顰めるのも仕方ないだろう。ルゥから喰らった斬撃はかなり深く入っているため縫い直してあるものの生々しい……
「ま、生傷が耐えないのが武偵だしな……流石にこれはひどい方にはいるけど……」
「それで軽傷扱いだったらそっちの方が驚くって……」
カツェはガーゼを着けながら包帯を手に取る。
「…………これでよしと」
「悪いな」
一毅は上着を探すとカツェがYシャツを出してきた。
「防弾じゃない普通のだけど無いよりマシだろ」
「サンキュー」
一毅はそれを受け取り着ると沈黙が流れる……一毅は別に平気だがカツェは気まずそうな表情を浮かべる。
「…………なぁカツェ」
「ん?なんだよ」
「ありがとな……治療」
「…………ケッ……」
カツェはそっぽ向いたが……少しだけ笑っていたのに気付いていたのは秘密だ……
そんなことがあった次の日の早朝……バタバタとなにかが来る音がして一毅が跳ね起きた。
「仲間だよ」
とカツェが言うとドアが開かれ外から魔女連隊の服を着た女性が複数入ってきた。
その女性たちにカツェは揉みくちゃにされる。これは恐らくカツェは可愛がられていたんだろう。ま、分からなくもない。何て考えてると一毅の存在に向こうも気づいて戦闘体制に入ろうとするとカツェが慌てて止めた。外国語なので一毅には全くわからないが少なくともカツェが事情説明してるらしく相手の警戒レベルは下げられた。
「おい桐生。立ちな、私たちのアジトに案内してやるぜ」
「了解……っと」
一毅は少しふらつく頭を叩きながら立ち上がると頑丈そうな手錠をつけられた。
「ま、当然だよな」
刀は無論没収され(
「さ、キリキリ歩きな」
「はいはい」
と、一毅はカツェ達に連れられ歩き出した……