ジョジョと奇妙な友人   作:音子雀

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9話

「父さん……体調はどうです?」

 

「ああ、今日はだいぶ良くなっているよ、アニ」

 

 私たちの父、ジョージ・ジョースター氏は病に伏していた。

 

 ここしばらくの間ずっと、体調が悪くて一時期はどうなってしまうのかと不安に駆られるほどだった。

 

 初めは咳をしていて風邪でも引いたのかと思っていて、それをこじらせて酷くなってしまったのかと思っていて、肺の痛みや指の腫れまで訴え始めたときは何が何やらわからなくて、医者にも原因不明と言われてしまった。

 

 この時ほど医学を学んでいないことを悔やんだことはない。

 

「大事な時だというのに、心配をおかけしてすみません」

 

 それだというのに私は些細なことで家を飛び出し誰もに迷惑をかけてしまった。

 

「君が無事だった、それだけで十分さ」

 

 父さんは寛大な人だ。

 

 こんな私でさえも優しく接してくれる。

 

「ジョジョから聞いたよ。家族について調べていたんだってね」

 

「……まったくジョジョったら。もういいんです、ジョジョと話して気が晴れたわ。確かに本当の両親のことは気になります。だけれど私の名前はアンジェリカ・スターライトで、ジョージ・ジョースター卿、あなたの娘であることに変わりないのです」

 

 そう、それでいい。

 

 私は私、エリナとジョジョの親友で、ジョジョとディオの家族で、父さんの娘。

 

 ここに存在しているのだから、それで構わないのだ。

 

 小さく微笑む私はもしかしたら父さんから見たらぎこちないものだったのかもしれないけれども。

 

「おや、君もいたのかアニ」

 

 ふと声が聞こえた。

 

 ちょうど父さんのための薬をディオが運んできたところだった。

 

 執事は足腰が悪くなって階段を上るのが辛いからとディオが引き受けているのを見たことがある。

 

「いつもすまないね、ディオ」

 

「いえ、父さんに早く元気になってほしいのは僕も同じですから」

 

 持っていた盆をデスクに置き父さんに薬を飲ませているディオはとても甲斐甲斐しい。

 

 これが本当に7年前のあのディオと同一人物だというのが信じられない気もしている。

 

「ああそうだディオ。ラグビーの試合、優勝おめでとう。我が校のエース様は素晴らしいわ。応援に行けなくてごめんなさいね」

 

「気にすることはない。強いて言えば、君を探しに行ったジョジョが試合をすっぽかしたのが憎たらしいくらいだ」

 

「気にしているじゃあないか」

 

 家に帰ってきて瞬殺とでもいうべきか、試合をすっぽかしたことにご立腹だったディオによって強烈な一撃をお見舞いされていたジョジョの姿は今でも鮮明に思い出せる。

 

 試合を忘れていたジョジョもジョジョだが、その原因となったのは私であるから、少しだけ罪悪感はある。

 

 ……そういえば他に人がいない状況でこうしてディオと面と向かって話すのは初めてかもしれない。

 

 だからかもしれない、そのことに気付いたのは。

 

 ディオの瞳の色は私のそれとよく似ていた。

 

 赤い瞳なんて世の中にごまんといるかもしれない。

 

 私だって自分の瞳をまじまじと見たことがあるわけではないのだけれど、なんとく彼のものがよく似ていると思ったのだ。

 

「何をまじまじと見ている」

 

「ああ、いえ、何でもないわ」

 

 言われて凝視してしまっていることに気付いて慌てて目をそらした。

 

 家族のことを考えていたから、私と同じ遺伝を持つ人を探していたから、だから同じ色を見つけて思わず見つめてしまったのだろう。

 

 自分の中でそう結論付けた。

 

「それじゃあ私はこれで失礼するわ。父さん、お大事に」

 

 部屋を後にした私は少しだけ立ち止まってからジョジョの部屋に向かうことにした。

 

 最近のジョジョは研究だとか理由をつけて部屋に篭り、大学に行く時か食事の時にしか顔を出してはくれない。

 

「ジョジョ、入るわよ」

 

 軽いノックをしてからドアノブを開く。

 

 薄暗い部屋の中で、彼は奇妙なものを目前にして書斎机に向かっていた。

 

 あれは、何だろう……仮面のようにも見える。

 

 少しずつ近づいてよく見てみれば、どうやら石造りの仮面のようで、とても奇妙で、とても不気味だった。

 

「ジョジョ、これは?」

 

「迂闊に触らない方がいいよ。僕も研究している途中だからね」

 

「研究? あなたがしている研究はこの仮面のことだというの?」

 

「そうだ。この仮面には不思議な性能があるんだよ」

 

 話を聞くと興味を持ったのは7年前、ディオとの喧嘩の際に壁にかかっていたこの仮面に偶然血が付着したと思ったら仮面から牙のようなものが出現したのだとか。

 

 彼が一体何を言っているのかさっぱり私にはわからない。

 

「いいから見ていて」

 

 言うや否や、ジョジョはナイフで自分の指に傷をつけた。

 

 意味不明な行動に悲鳴をあげそうになった私を制しそこから零れる血液を仮面へと落とした――その時。

 

 ガシャンッ!

 

 重々しい音を立てて仮面は牙をむいた。

 

 比喩なんかではない。

 

 まさしくそれは()()()()()

 

「何よこれ……。かぶった者の頭を貫くじゃない!」

 

「その通り。僕は製作者の意図を知りたいんだ」

 

「ただの拷問道具ではないの?」

 

「それに、この仮面は僕の母さんが亡くなる前に買ったものなんだよ」

 

「えっ?」

 

 尚更意味が分からない。

 

 ジョジョが乳飲み子だったころに馬車の転落事故で命を落としたという彼の母。

 

 この石仮面はその日に購入されたものだという。

 

 何の意図があって購入したのか全く分からないが、ただの芸術品と思っていたのかもしれない。

 

 だとしても私にはこの不気味な仮面を購入する意味が理解できそうになかった。

 

 そんなこと、ジョジョの目の前では口が裂けても言えないのだけれど。

 

「ねえアニ、この仮面のことは2人だけの秘密だよ」

 

「あらどうして?」

 

「その方がかっこいいからさ!」

 

 ジョジョもまだまだ子供ね。

 

「いいわ。その代わりこの仮面のことは私も調べていいわよね?」

 

「もちろんさ」

 

 だけれどこういうものは興味を持ったもの勝ちよね。

 

 石仮面……奇妙で不気味ではあるけれど、ジョジョがここまで興味を持ったものなのだからきっと何かある気がする。

 

 そんな予感がする。

 

 善は急げとはよく言ったものだ、私は早速書斎へと向かい購入した当時のことを知るものが何かないかと探すことにした。

 

 ジョースター家に関係する文献を保管している棚を見つけ、年代から大体の位置を特定する。

 

 目星をつけたあたりの文献に手を伸ばしたものの、何かが引っかかってしまっているらしい、うまく引き抜くことができない。

 

 それでも半分力任せに引っこ抜くと、隣に積んであったらしい小箱を床に落としてしまった。

 

 軽い音を立てて中身が床に散らばる。

 

「しまった……」

 

 慌てて拾い上げると、その中の一つで手が止まった。

 

 なんてことない、ありきたりな封筒。

 

 私の目は、その差出人の名前に釘付けになってしまっていた。

 

 《ダリオ・ブランドー》、そう書かれていた。

 

「ブランドー?」

 

 どこかで聞いたことがあるような気がする。

 

 はて、どこだったかしら?

 

「……ディオ・ブランドー」

 

 そうだ、ディオのファミリーネームが確かブランドーだったはずだ。

 

 だとしたらこの名前は彼の親族、もしくは父親なのかもしれない。

 

 ディオは、ジョースター家に来る前は一体どんな少年だったのだろうか。

 

 いけないことだと思いながらも少なからず好奇心のあった私はその封を開け中身を読むことにしてみた。

 

「……これ、は」

 

 そして、信じられないものを目にしてしまった。

 

 

 

 

 僕は階段の上で、昇ってくるディオを待ち構えていた。

 

 やがて現れた彼は盆を片手に持ち、その上には水の入ったグラスと薬が入っているであろう薬包。

 

「ディオ、その薬は」

 

 声をかけると僕に気付いたようで顔を上げた。

 

「やあジョジョ。何、足腰の悪い執事の代わりに俺が運んでやっているだけさ」

 

「ディオ、君言っておきたいことがある。君は、何を企んでいる?」

 

 真剣な声で問いかけるとディオの眉がほんの少しだけ動いた。

 

 けれどすぐに鼻で笑われた。

 

「企み? 何を言っているんだジョジョ。何も企んじゃいないさ」

 

「昨日の夜、目を疑いたくなるものが出てきた。ダリオ・ブランドー、君の父から僕の父へと宛てられた手紙だ」

 

「何ッ」

 

 表情が崩れた。

 

 どうやらディオはこの手紙の存在自体を知らないようだ。

 

 知っていたらどう、というわけでもないんだけれど。

 

「読ませてもらうよ。ジョースター卿、私の命はもう長くはありません。分かるのです、もうすぐ死ぬということが。肺は痛み、指は腫れ上がり、咳も止まらないのです」

 

 この手紙は昨晩、石仮面の秘密を共有したアニが調べ物をしようとして偶然見つけてしまったものだ。

 

 綴られていたのは死期を悟ったダリオ・ブランドーが一人息子であるディオのことを引き取ってはくれないかという内容だった。

 

 僕が生まれてすぐ後に馬車の事故に遭った父さんと母さん、母さんは亡くなってしまったけれど父さんは助かり、それはダリオ・ブランドーのおかげである、だから恩返しをしてきたがあまりにも十分すぎるから代わりにディオを育ててほしい。

 

 すごくざっくばらんにまとめるとこんな感じになる。

 

 だけど僕がディオを呼び止めた理由はこんなことじゃあない。

 

 僕が問いただしたいのは、アニがすっ飛んで僕のもとに手紙を見せに来たのは、そんなことじゃあない。

 

「説明してくれディオ、この手紙に書いてある君の父の症状は、僕の父さんの症状とまるっきり同じじゃあないか!?」

 

 手紙の存在に動揺していたディオだが今の言葉には動揺はしないようだ。

 

「普段から薬を運んでいるのは君だ。その薬、調べさせてもらう」

 

 盆の上に置かれた薬包へ手を伸ばす。

 

 しかしそれよりも早くディオの屈強な腕が僕の動きを阻止した。

 

「やめたまえよジョジョ、その薬を調べるということは僕を疑うということ、僕たちの親友としての関係を失うことになるんだぞ」

 

 ディオの鋭い眼光が僕を睨む。

 

 その気迫に押された僕は思わず目をそらしてしまった。

 

 ここで目をそらしてはいけない、そう思うのに。

 

「……なら、誓ってくれ」

 

「誓う?」

 

「そうだ、君の身の潔白を、この手紙をよこした君の父の名誉にかけて、君の無実を誓って証明してくれ! そうすれば僕はこの薬を疑うことをやめる!」

 

 もしも僕の推測が正しいのならプライドの高いディオが誰かの名誉にかけてまで誓いをするはずがない。

 

 いや、心のどこかでは誓いをしてくれることを望んでいた。

 

 初めこそ仲が悪くてぎすぎすしていた僕達だけど、アニも含めてみんなでいい家族として仲のいい家族として長い間過ごしてきたはずなんだ。

 

 ディオが正式な養子になったときはささやかながら歓迎パーティだって催した。

 

 僕は今この時でさえ、ディオという男を信じていたかった。

 

「俺は」

 

 だから頼む。

 

「俺は」

 

 誓ってくれ。

 

「俺、は――」

 

 さあ、ディオ。

 

「あんなクズの名誉に誓うなど地獄に堕ちたとしてしてもたまるものかアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 ああやっぱり君はそうだったのか。

 

「君の父親に対する憎悪の念は尋常じゃない……僕の憶測だが、君は実の父を殺したんじゃないのか? この薬を使って」

 

「黙れジョジョッ! 貴様に何が分かるというのだッ!」

 

「わからない。僕には何もわからないさディオ。ただ」

 

 真っすぐ突き出された拳を甘んじて顔面で受け止める。

 

 あの時のように親指を突き立ててきたその腕をひねりあげ、僕はそのままディオを吹き抜けから階下へと投げ飛ばした。

 

 手すりを突き破って怒号を上げながらディオが落下する。

 

 僕はそんな彼を見つめていた。

 

「ただ――」

 

 決意の満ちた目で見つめる。

 

「ジョースター家は僕が守って見せる!!」


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