ジョジョと奇妙な友人   作:音子雀

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8話

家に帰った私は頭を抱えていた。

 

エリナの働くあの病院で、エリナに連れられて謁見した先生と話をして、私は何が何だか分からなくなってしまった。

 

こんなこと、信じられるはずがない。

 

だけれど、信じなくてはならない。

 

それが、事実であり、真実なのだから。

 

 

 

私はずっと不思議だったのだ。

 

黒髪の両親から赤毛の少女が生まれることが、果たしてあり得ることであるのかどうか。

 

私は幼いころに失くした両親の顔を知らない。

 

面倒を見てくれていた近所の人たちから噂を聞くだけだった。

 

それでも彼らの異様なまでの漆黒の髪色だけは今でもはっきりと思い出せた。

 

子供である私はそれに反してみすぼらしい赤毛だというのに。

 

 

 

気になった私は高校の教師に尋ねた。

 

どうすれば真実を知ることができるのか、と。

 

彼は言った。

 

生物学を専攻し、学び、研究せよ、と。

 

今日会ってきた先生は生物学を専門とし、親から子へと受け継がれるもの、『遺伝子工学』について研究を続けてきた人だった。

 

 

 

結果として出された結論は

 

「黒髪の親から赤毛の子は生まれない」

 

ということだった。

 

そしてそれは、私が彼らの実子ではないことを示していた。

 

 

 

この事実を、真実を、現実を、一体全体私にどう受け止めろというのだろうか。

 

私が彼らの子でないとするならば、私はいったい誰の腹から生まれた子なのだろうか。

 

どうして私の母は、父は、私の親とはなってくれなかったのだろうか。

 

 

ふさぎ込んでしまった。

 

ふさぎ込むしかなかった。

 

私には……この血肉を分け合った肉親と呼べる存在がいないのだろうか。

 

「アニ、夕飯の支度が出来たよ」

 

部屋の外からは今日も変わらずに明るい声のジョジョの声がする。

 

大好きな彼の声も、今は耳障りに感じてしまった。

 

「ごめんなさいジョジョ、今日はなんだか気分がすぐれないの。だから夕食はいらないと、父さんに伝えてほしい」

 

「えっ大丈夫かい?」

 

「少し休めばきっと大丈夫よ。だから――」

 

「うん、わかったよ」

 

部屋の前から気配が消える。

 

私は来ていたドレスを脱いでネグリジェに着替えると、そのままベッドに潜り込んでしまった。

 

ああ、私は誰なんだろう。

 

アンジェリカ・スターライトという存在は、一体いつ、どこで、どんな親から、どんな風にして生を受けたのだろう。

 

ぐるぐると考えがまとまらないまま、私はいつの間には眠ってしまっていた。

 

その夜も、夢を見た。

 

顔も名前も声も知らない私の母が、やさしく私の頭をなでてくれている。

 

顔も名前も声も知らない私の父が、強く私を叩いている。

 

次第に母はやつれ、弱り、息を引き取る。

 

まだ赤子の私を残して1人で逝く。

 

父は私を籠に乗せ、海へと流した。

 

そこで目が覚めた。

 

果たしてこれは何だったのか。

 

私の赤子の頃の記憶か、それとも私が勝手に思い込んでしまった幻影か。

 

 

 

空が白み始めている。

 

その時私は何を思ったのだろうか、ふらりと屋敷から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

僕が目を覚ました時にはすでに、屋敷からアニはいなくなっていた。

 

部屋に鞄が残されていたから大学に行ったわけじゃあない。

 

執事もメイドも、屋敷にいた誰もが彼女の姿を見ていなかった。

 

一瞬、ディオがまた何か仕掛けたのかとも思ったのだが、昔のあの一件以来、僕と彼の仲は改善していった。

 

……はずだ。

 

いや、確かにそうなったんだ。

 

ディオは心を改め、今に至るまで僕と仲良くしてきたじゃあないか。

 

家族を疑ってしまったことに、僕は自分の心を恥じた。

 

では一体アニはどこへ行ってしまったんだろうか。

 

「父さん、アニを探しに行ってくるよ」

 

ここ最近、父さんの体調が芳しくない。

 

父さんが心配しないように、僕一人で探しに行くことにした。

 

「ジョジョ……気を付けて行ってくるんだ」

 

「うん」

 

僕が最初に向かったのはアニが以前住んでいた家だ。

 

もしかしたら何か忘れ物でも思い出して取りに戻ったのかもしれない。

 

結果としては、はずれだった。

 

次に向かったのは3人でよく遊んだ野原。

 

その次は商店街。

 

その次は、その次は、その次は――

 

 

 

気づけば日が暮れ始めていた。

 

心当たりがある場所はすべて回ったというのに、アニの姿はどこにもなかった。

 

かくいう僕も、彼女を探し回っている間に随分と遠くへ来てしまったみたいだ。

 

まったく見覚えのない景色。

 

夕日の照らすどこかの浜辺を通りかかったとき、僕の足が止まった。

 

「アニ!!」

 

身に覚えのない景色の中に見つけた身に覚えのある後姿。

 

「ようやく見つけたよ。父さんが心配している。帰ろう? ……アニ?」

 

どれだけ呼びかけても何の反応もない。

 

確かにそこにいるのはアニなのに、全く別のものに話しかけているような錯覚に陥った。

 

顔を覗き込む。

 

彼女の眼はとても虚ろだった。

 

まるで僕のことなど見えていないようで、ずっと遠くを、ここではないどこかを見つめているようだった。

 

「ジョジョ」

 

僕をとらえない瞳が僕に向けられる。

 

目はこちらを向いているのに、僕を見ていない。

 

「ねぇ、ジョジョ、不思議よね。私、ここを知っているの」

 

「え?」

 

「夢の中で見たのよ。私が<本当の>父さんにここから捨てられた夢。その場所が、本当にあったのよ」

 

僕には、彼女の言っていることが理解できなかった。

 

本当の父さん?

 

それはつまりアニがジョースター家に引き取られる前の父親のことだろうか。

 

いいや、そんなはずはない。

 

だって僕は彼女の両親を知っている。

 

とても優しい人たちだった。

 

「ふふ、違うのよ。あの人たちはね、私の本当の両親ではないの」

 

「どういうことだい?」

 

「あの人たちは黒髪だった。とても深い、闇のような黒。それに引き換え私はこんな赤毛。知ってる? 黒髪の親から赤毛の子が生まれることはないんですって」

 

そこまで聞いて、ようやく点と点がつながった。

 

そして整理して考え直すなら、アニは捨て子だということだ。

 

生みの親に海に捨てられ、あの町であの両親に拾われた、そういうことだ。

 

「夢で見たものだから本当かどうかわからないのだけれど、私の母は、私によく似た赤毛で、とても優しい人だった。けれど父はとても乱暴で、酒に酔うとすぐに赤子の私をぶったわ。そしてひどく母のことを責めたてた。次第に母は衰弱して死んでしまって、私は父に、この海で捨てられた。夢の話よ。確証も何もない、単なる夢の話」

 

あくまで夢であることを主張するアニだったけど、その言葉、その話にはあまりにも現実味がありすぎた。

 

だって事実、アニが夢で見たという場所がすべて存在してしまっているのだから。

 

実際に知らない場所を夢に見ることはできない……と、思う。

 

けれど知っているということは、やはりアニがここで暮らしたことがあるという証拠なのだ。

 

「君の本当の親を知る人には会えたの?」

 

「いいえ、誰一人として会ってないわ。誰も、私の中に母の面影を見ることができないから」

 

「でも名前なら」

 

「無理よ。アンジェリカ・スターライトは育ての親がつけてくれた名前。彼らスターライト家で育った証なのだから」

 

顔もわからず名前もわからない、まるで霧のような人探しを、彼女はしていたのだ。

 

僕にはそれが残酷に思えてしょうがなかった。

 

「君は……アニは、本当の親を知ってどうしたいんだい?」

 

「……え?」

 

「確かにスターライト夫婦が君の本当の親じゃなかったことはとてもショックかもしれない。だけど、何もわからない人物を探して、たとえ見つけたとして、君は彼らとどうしたいの? ジョースター家から去ってしまうのかい?」

 

その問いにアニは答えない。

 

これは僕の率直な思いだった。

 

彼女が本当の親に会えたとしたら嬉しいのかもしれないけど、だけどさっきの話が現実なら、アニの父親はとてもひどい人だ。

 

そんな人に会ってしまって、本当にいいのだろうか。

 

それに僕は――アニにジョースター家を離れてほしくない。

 

ものごごろついた時から隣にいるのが当たり前で、いつでも僕を支え続けてきてくれた彼女が僕の前からいなくなるのが怖いんだ。

 

「僕は家族として、君のことを愛しているんだ」

 

「ジョジョ……」

 

アニの瞳が、その時漸く僕のことを見てくれた。

 

そこに映る感情は僕にはわからないけど、なんだかこっぱずかしいことを言ってしまったような気がした。

 

「大丈夫よ、ジョジョ」

 

彼女の柔らかくて小さな手が、僕の手を掴む。

 

「僕はどこにもいかないさ。僕の居場所は、ジョジョ、君の心の中だよ。僕は君のために生きて、君のために死ぬ。昔から心にそう決めているんだよ」

 

いつもとは違う、けれどもこれが本当だと思わせる、不思議な少女が僕の目の前にはいた。

 

昔から変わった人だと思っていた。

 

何ものにも屈せず、あらゆる人を惹き付ける、そんな魅力がある気がした。

 

そんな彼女がこの短い時間で絶望し、渇望し、希望した。

 

ああ、この人のためなら命を張れる。

 

僕は心の底から、そう思った。

 

「さ、帰ろう。父さんも心配している」

 

「そうね」

 

いつもと違う宵の口、僕たちは久しぶりに手を繋いで歩いた。

 

 

 

 

 

「ところでジョジョ」

 

「なんだい?」

 

「今日、ラグビーの試合だったのでは?」

 

「――――あ!!」




その頃のジョースター宅

「ジョジョ貴様、試合をすっぽかすとはどういう了見だアアアアアアァァァァァァァッッ!!!」


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