ジョジョと奇妙な友人   作:音子雀

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5話

いつもの野原に行くと、すでにエリナが待っていた。

 

「遅くなって済まない」

 

「いいのよ。まあ、アンジェリカったらすっかりお嬢様ね」

 

「言わないでくれ、小恥ずかしいんだ」

 

僕がジョースター家に住み始めてから数日が経っていた。

 

今まで来ていた服は全てジョースター卿に没収され、代わりに仕立てられたドレスで過ごしている。

 

ジョジョもジョースター卿も様になっているとは言うけれど、先ほど行ったとおり小恥ずかしいのだ。

 

「そんなことよりも、早く行かないと遅れてしまうよ」

 

「そうね」

 

エリナの手を引いて僕たちは近くの広場まで走った。

 

今日は、ジョジョの言っていたボクシング大会が行われる日なのだ。

 

「ふう、どうやら今からみたいだ」

 

広場に着いたときには、グローブを手につけて準備を終えたジョジョと観衆が大勢いた。

 

こんなものを見にくる女子など流石にいないらしく、僕たちは完全に浮いていた。

 

だからなるべく後ろの方で目立たないように応援することにした。

 

「さあ、ジョジョの対戦相手ですが! ……ちょっとここで変更があります」

 

「え?」

 

「まだ名前しか知られていない新入り、ディオ・ブランドー君です!」

 

な……ジョジョの相手がディオだって?

 

僕には悪意しか感じられないぞ。

 

「アンジェリカ、彼を知っているの?」

 

「知っているも何も、家族の1人さ。どうやらジョジョのことが嫌いらしい」

 

「まあ、ジョナサンは大丈夫かしら」

 

「大丈夫……だと信じたいね」

 

試合が始まる。

 

ジョジョは鋭い拳を連続で打ち込むも、ディオは全て難なく躱してしまう。

 

代わりにディオの渾身の一撃がジョジョの腹部を襲った。

 

この競技は顔面に一撃でも当てれば勝負がつくと聞く。

 

故にジョジョはまだ負けてはいないのだが、有無を言わさず彼の顔面めがけてディオの拳が向かっていた。

 

はぁ、見るに堪えない試合だ。

 

「アンジェリカ? なぜ私の目を塞いでしまうの? これでは試合が見えないわ」

 

「我慢してくれエリナ。君に見せるには酷だ」

 

防ぐこともできずに顔面に食らったジョジョ。

 

そのあとが悲劇だった。

 

故意か偶然か、いやどう見ても故意的にディオはどさくさ紛れに親指をジョジョの左目に突き立てたのだ。

 

ディオの勝利に観衆が彼の元に集まった隙に、僕はエリナの目を塞いだままジョジョに駆け寄った。

 

「大丈夫かいジョジョ!」

 

「アニ! ……エリナも来てくれていたんだね」

 

「アンジェリカ、いい加減手をどけてちょうだいよ、ジョナサンが見えないわ」

 

「それは済まない」

 

そっと彼女の目から手をどける。

 

「ジョナサン血が出てるわ!」

 

「これくらい、どうってことないさ」

 

「僕は君の目が心配だ。急いで帰って手当てしないと。エリナ、手伝ってくれるかい?」

 

「もちろんよ」

 

ディオがまたこちらを見ながら何かを言っていた気がするが、今の僕は彼に用はない。

 

その言葉は後々確認することにして、急いでジョースター邸まで戻った。

 

流石に父さんにディオがやったとは言えず、馬車が跳ねた小石が当たったと伝えた。

 

医者に見てもらえば、瞼を切っているが角膜に傷かついたわけではないからすぐに治るし失明の心配もないと言われた。

 

安心から倒れそうになったのは別の話だ。

 

「大事に至らなくて良かったが、数日は絶対安静だな」

 

「ジョナサン痛みはどう?」

 

「大丈夫さ。それよりも僕はディオの卑劣な行為に腹が立っているんだ」

 

「僕……いや、私が見ていた限りではあれは事故ではなくわざとだ。詰問しようとすればできるが、今はよそう」

 

「うん、あまり父さんに心配はかけたくないし」

 

僕は黙って頷いた。

 

それから数日、すぐに回復したジョジョは日常生活に戻り、いつものように3人で遊べるようになった。

 

最近では街に買い物にでたり、遊園地に行ったこともあった。

 

いい加減ここまで来ると僕が一緒にいると言う方が気まずく感じる。

 

それでも2人は僕といることを望んでくれた。

 

「ジョジョ、何をしているんだい?」

 

「へへっ、ごらん」

 

木に向かって何かをする行為が不審なので声をかけてみれば、彼はとんでもないものを見せて来た。

 

ハートに囲まれたジョジョとエリナの名前、さらにそれを囲む僕の名前が木に彫りこまれていたのだ。

 

「まあ! ジョナサンったらいけない人!」

 

「そこに僕の名前はいけないだろうに……やれやれだね」

 

でも結局、3人で笑いあってしまった。

 

……そしてその日の帰り、僕たちの運命を変える事件が起こってしまった。

 

「それじゃあもうすぐ暗くなるし、エリナは僕が送って行くよ。父さんに伝えてくれ」

 

「任せたよアニ。エリナ、また明日ね」

 

綺麗な夕日を背に僕たちは別れる。

 

今日のことを話しながら歩いていると、僕らの前に誰かが立ちはだかった。

 

「やあ、君はエリナって言うのかい?」

 

「あなたは……」

 

「ディオ! 何故君がここに!」

 

「君の仕業かいアニ? せっかく僕がぶちのめして落ち込ませようとしたのにジョジョのやつはいつまでもヘラヘラしている。それが気に食わない!」

 

叫ぶように怒鳴ると、ディオはエリナの腕を掴んで強引に引き寄せた。

 

そして……そして…………

 

エリナに、口づけをした。

 

「ジョジョとはもうキスをしたのかい? まだだよなぁ? ファーストキスはジョジョではない、このディオだあッ!!」

 

パシィンッ!!

 

乾いた音がその場に響いた。

 

ディオの驚いた顔がとても滑稽だが、それ以上に僕も驚いていた。

 

今のは、僕がディオの頬を平手打ちした音だった。

 

「アニ……貴様」

 

「僕は謝らない、そして許さない。君は僕の大切な人の尊厳を傷つけた!」

 

「どこまで僕の邪魔をすれば気が済むアンジェリカ・スターライトッ!」

 

「いくらでも邪魔をしてやるさ! 君が僕の大切な人を傷つけると言うのなら! 地獄に追ってでも邪魔をしてやる!!」

 

「ディっディオ! さっきの女が!」

 

僕たちの会話を遮ってディオの取り巻きが叫んだ。

 

ディオと僕は殆ど同時にエリナの方を向いた。

 

先ほど突き飛ばされたエリナは水たまりに使ってしまっていた。

 

そして、その水たまりの泥水で口をすすいでいたのだ。

 

「エリナ、何をしている!?」

 

「こいつ……泥水ですすぐことで完全なる拒絶の意味を示したと言うのか……! このディオを拒絶したと言うのかッ!? このアマがッッ!!」

 

ディオが手を振り上げる。

 

しかしその手はエリナを殴ることはなかった。

 

「アンジェ!」

 

「ケガ、ないかい?」

 

「あなたが殴られることなんてなかったのに!」

 

頬がヒリヒリと痛む。

 

けどこんな痛み、エリナの心の痛みに比べたらなんて言うことはない。

 

無言でディオを睨みつける。

 

「全て君の思い通りにはならなかった。どうだいディオ? この屈辱は」

 

「ぐ……ッ! 帰るぞお前ら!」

 

踵を返して立ち去るディオを横目に、僕の視界が揺らいだ。

 

……さすがディオだ、これっぽっちの手加減もなしに殴ってくれたじゃあないか。

 

ふらつくのもお構いなしに立ち上がる。

 

やれやれ、ドレスが泥まみれになってしまったよ。

 

「アンジェリカ……」

 

「泣くなよエリナ。痛くないさ」

 

「違うのよ、私、明日からどんな顔をしてジョナサンに会えばいいの? 彼に合わせる顔がないわ!」

 

「君が気負うことじゃあないだろう?」

 

「でも、それでも私……!」

 

そのままエリナはうずくまって泣きじゃくってしまった。

 

エリナは、僕がいなけりゃジョジョと2人きりにすらなれないこの初心な少女の心は、野心にまみれたくだらない立った一度のキスによって踏みにじられてしまった。

 

この怒り狂う心はどうしてくれようか。

 

僕は何があっても君を許すことはしない、ディオ!!

 

「ねえアンジェリカ、この事はジョナサンには黙っていて欲しいのよ」

 

「何故!?」

 

「私決めたわ。ほとぼりが冷めるまでジョナサンとは会わない」

 

「エリナ……君は……。わかった、それが僕の親友からの頼みだと言うのなら」

 

「ありがとう」

 

ジョジョ、済まない……僕では彼女の心を癒せないみたいだ。

 

エリナをちゃんと送り届けてから僕がジョースター邸に戻る頃にはすっかり暗くなってしまっていた。

 

「アニ、こんな遅くなっては心配するじゃあないか! どうしたんだいその格好!? 頬は腫れてるし服は泥だらだ!」

 

「ごめんよジョジョ。帰り道で木の根に躓いてしまってね、水たまりに突っ込んでしまったんだ」

 

「すぐにシャワーを浴びてきなさい。晩ご飯はその後だ」

 

「はい、父さん」

 

まっすぐシャワールームへ向かってさっぱりしても、メイドが持ってきてくれた服に着替えても、みんなで夕食を食べても、ぐっすり寝ても、僕の心が晴れることはなかった。

 


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