僕は今、ジョースター邸の前に立っていた。
傍らにあるのは荷物を全て詰め込んだ大きなバッグ。
あらかた、誰でも検討がつくだろう。
僕はあのあとよく考えた結果、結局のところジョースター家にお世話になることを選んだのだ。
返事を伝えた時のジョジョとジョースター卿の喜びようが思い出される。
改めて荷物を持ちエントランスへの扉を開く。
「おや、君は……」
一瞬、なぜ彼がこんなところにいるのだと問おうとしてしまったが、彼もまたここの住人であることを思い出し、止まった。
「久しぶりだね、ディオ・ブランドー。今日から僕もこの家に厄介になることにしたのさ」
「そうか。くれぐれも僕の邪魔はしないでくれよ」
「邪魔? まぁせいぜい隅っこ生活でもするつもりだから心配しないでくれ」
なんの邪魔なのかはわからないが、あまり彼に関わるのはよろしくないだろう。
適当に返すとディオは踵を返して屋敷の奥へと引っ込んで行った。
それと入れ替わるように、奥からジョジョとジョースター卿が現れた。
「いらっしゃいアンジェリカ」
「本日よりお世話になります、ジョースター卿。何なりと使ってくださって構いませんので」
「何を言うんだいアンジェリカ。君も今日から私の娘だ。そんなに気負わないでくれ」
「ときにジョースター卿、できることならば今まで通りにアニと呼んではいただけないでしょうか。違和感と言うか、その……」
「やはり慣れないか。家族になるのだし試しに呼んでみたのだが、私も慣れなくてな。わかった、今まで通りアニと呼ぼう」
今の所僕のことをアンジェリカと呼んでいるのはエリナだけだ。
ジョジョもジョースター卿もずっとアニと呼んでいた。
突然変えられても僕が戸惑ってしまう。
「それじゃあ部屋に案内しよう」
ジョジョに荷物を持ってもらって(僕は断ったのだがジョジョが珍しく頑固になったのだ)、日当たりのいい一室に案内された。
「ここはなくなった妻の部屋でね。自由に使うといい」
「な、何を言ってるんですか!? そんな大切な部屋を使うわけには行きません! どうか別の部屋を!」
「いいんだアニ。妻がね、もし娘ができたらこの部屋を譲ると、生前によく言っていたのだ」
「で、でも」
「家具もそのまま使ってくれて構わない。今日からここは君の部屋だ」
そんなことをして本当にいいのだろうか。
ジョースター夫人はジョジョが乳飲み子の頃に亡くなったと聞いているからその言葉の真偽はわからない。
たとえ本当だとしても、僕のような人間が使ってもいいのだろうか。
果てし無く心配と不安が残る。
「君の新しい服も後で仕立てさせるとしよう。その服では不便も多いだろう」
ジョースター卿が示した僕の服、それはジョジョと同じようにラフな格好である。
シャツにズボン。
この上なく動きやすい服があるのだろうか。
けれどジョースター卿が言いたいのはそう言うことではなかったらしい。
「ジョースター家にふさわしい格好をせねばな」
「えっと、それはつまり」
「アニに似合いそうなドレスを考えなくてはな」
この人ちょいと楽しんでませんか!?
僕にドレス……だと!?
「それと、アニは言葉遣いも改めなくてはね。淑女たるもの、一人称は僕ではなく私だ」
「えっ。あ、そうですよね。幼い頃話し相手がジョジョしかいなかったものだから、つい」
そう、だよね。
僕はジョジョとともに言葉を覚えたようなものだ。
その流れでつい僕まで一人称が彼と同じになってしまっていた。
エリナと出会ってそこに気づくべきだった。
いや、むしろなぜ気づかなかったのだろうか?
僕が阿呆なだけか。
「さて、アニも少し疲れているだろうし、お昼にしよう。ジョジョ、ディオを呼んで来てくれ」
「う、うん……」
そう言えばジョジョはディオのことが苦手だと言っていたな。
「僕……じゃなくって、私も一緒に行こうか?」
「あはは、やっぱり不思議な感じだな、その言い方。ううん、僕だけで大丈夫だから、アニは父さんと先に食堂に行っててくれよ」
「そうかい? ならお言葉に甘えるよ」
「アニ、食堂まで案内しよう」
ジョースター卿のあとについて、僕は食堂まで足を運んだ。
今までにも何度か食事に招かれたことはあるから本当は案内は必要ないけど、行為は甘えるが吉だ。
それよりも、やっぱり僕もジョースター卿のことを父さんと呼ぶべきなのだろうか?
おこがましい気もするのだけど、家族とはそんなものの気はする。
「あの、ジョースター卿」
「どうした?」
「その……僕、いえ私もあなたのことを父さんと呼ぶべきでしょうか」
結構真剣な質問のはずだったのだけれど、ジョースター卿は一瞬驚いた顔をした後、小さく笑い出してしまった。
「いや、すまない。君に父さんと呼んでもらえるとは思わなくってね」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることじゃあない。いいんだ、アニがいいのなら父さんと呼んでほしい」
なんか、小恥ずかしい気分だ。
と、そこへタイミング良くジョジョとディオがやって来た。
気のせいだろうか、ジョジョの頬がうっすら赤く腫れている?
おおかたディオに殴られたか……。
「揃ったようだね。それじゃあ食べようか」
各々が席につく。
ジョジョとディオが向かい合って座っていたが、どうもディオの近くに座る気になれず、僕はジョジョの隣に座ることにした。
あの向かい側の席、今までだったら僕の席なのに。
少し膨れてしまったが家族になったのはディオの方が先なのだ、仕方が無い。
ナイフとフォークを手に、僕も食事を始めた。
懐かしい、初めて来たときに右と左を逆に持ってしまって怒られたっけな。
「……やっぱり美味しい」
と、隣からやけに騒がしく食器のなる音がなって来た。
ちらりと見れば、ジョジョが料理にがっついている。
「ジョジョ、行儀悪いよ。別に慌てなくたって料理は逃げたりなんかしないさ、ゆっくり食べたらどうだい?」
「うっ、ごめん」
「アニに注意されるようではまだまだだな、ジョジョ」
その後も何かと細かいことが気になってしまったので逐一注意していたら、変にジョースター卿に褒められた。
……一応僕も幼い頃にあなたにマナーを教わりましたからね。
ふと視線を感じてみると、ディオが僕のことを睨むように見つめていた。
口の動きが何かを伝えてくる。
(じゃ ま を す る な)
邪魔だって?
確かに彼は、屋敷に来てすぐのときに邪魔をするなとは言って来たが、僕はまだ彼の邪魔をした覚えはない。
ただ、ジョジョに注意をしていただけで……。
ディオはジョジョがしゃんとすることを嫌っているとでも言うのか。
まさか!
何のためにさ!
ディオが変なことを企んでるとでも!?
……いや、あまり無闇に家族を疑うものじゃあない。
もしかしたら彼がジョジョの指導をしたかったのかもしれないじゃあないか。
けど……気になるものは気になるのだ。
少し目をつけておいても問題はないだろう。