あれは、僕がようやく立ったり喋ったりできるようになった頃のことさ。
大雨の翌日だったあの日、どう言うわけか僕は川へと向かったんだ。
流石に空模様やその時の川の様子までは覚えていないよ、何せ物心つく前だからね。
ああ、この話は僕の親が亡くなる前に聞いたからよく覚えてるのさ。
ただ話によれば、その日の川は増水しててとても危険なものだったらしい。
何故幼い僕がそんなに危険な場所に行ってしまったのか、それは僕を含めて誰にもわからない。
けれどその僕の行動は結果としていいものへ導いてくれたんだ。
増水した川で、僕はとんでもないものを見つけてしまった。
人だよ。
僕と同じ年頃の男の子が川に飲まれて溺れていたんだ。
普通の人ならパニックにでも陥りそうな光景だけど、その意味を理解しなかった僕はとても冷静でね、その場で叫んだ。
男の子が溺れてる!
誰か助けてあげないと死んじゃうよ!
ってね。
幸い大雨による被害を確認するために見回っていた大人がすぐ近くにいたものだから彼の命は助かった。
気づいていただろうけど、その男の子がジョジョ、ジョナサン・ジョースターだったんだよ。
ジョースター家と言えばここら一帯では知らぬものなしの貴族じゃあないか。
要するに僕はお坊ちゃんの命を救っていたわけだ。
しかも、よく覚えてはいないけど、ジョースター卿が迎えに来るまでの間、僕はずっと気を失っているジョジョに付き添っていたらしいんだ。
そんなことがあったもんで、ジョースター卿がいたく僕を気に入ってくれてね、年が同じと言うこともあって僕がいつでもジョジョに会うことを許してくれたんだ。
本来なら僕みたいな平民、いや貧民なんて貴族をお目にかけることすらできないだろう。
そんな僕が親をなくしてからもずっと暮らして行けるのはジョジョたちがいてくれたからなのさ。
「だから父さんは何度もアニに養子として引き取りたいと言っているんだけど、アニも相当頑固でね」
「頑固ではない。迷惑をかけたくないだけさ」
「あら、せっかくだから家族になってしまえばいいのに」
「エリナもそうあっさりと言わないでおくれよ」
「アニ、君はすこぶる遠慮しているようだから言うけど、君が僕の命を救ってくれた恩は何をしても返しきれない。だから、この話も恩返しだと思って受けてはくれないだろうか」
あまりにも真剣すぎるジョジョの目を見て、僕は思わず盛大なため息をついてしまった。
「昔は昔、今は今だろう? 君たちは少しお人好しではないか?」
「紳士たるもの寛容に。君に何度も聞かされた言葉さ」
「……はあ」
ジョジョめ、人が悪いじゃあないか。
こんなところで僕自身の言葉を出されちゃあ、言い訳すらでないだろう。
確かに僕はそう言ったが、こう言う意味では……いや、反論するだけ無駄と言うものだ。
「わかった。その話は保留と言うことにしようじゃあないか。受けるか否かは考えさせてもらうよ」
「本当かい!? いい返事を期待しているよ!」
ここまでごり押しされちゃあ、ね?
「アンジェリカ、私たちもずっと友達よね?」
「何を言い出すのかと思えば。何をどうしたら僕たちの友情が終わると言うんだ」
「いえ、なんだか遠い存在に見えてしまったのよ」
「君は僕との終焉を見るより、ジョジョとの開幕を見たらどうだい?」
「「アニ!!/アンジェ!!」」
真っ赤になって怒鳴る2人、いいねぇ。
この2人は将来が期待できそうだ。
なんて考えていたらニヤニヤしてしまっていて不審な目で見られてしまった。
っと、そう言えば、気になっていたことがあったんだっけ。
「なあジョジョ、ディオとはうまくやっているのかい?」
「うっ。それがね、僕はどうやら彼に嫌われてるみたいで……。父さんもディオが来てから厳しくなってしまったし」
「いや、ジョースター卿が厳しいのは君がしゃんとしないからじゃあないか」
僕が言ってしまっては可哀想ではあるけど、正直なところジョジョがジョースター家を継ぐところは全く想像ができない。
何せいつもヘラヘラしているようなやつなのだ。
幾分か心配だ。
「ジョナサンはどんな大人になりたいのですか?」
「もちろん、父さんみたいな立派な紳士さ!」
「そのためには厳しい教育も乗り越えなくちゃあね」
「うっ……。君はいつも辛辣だなあ」
「いやいや、僕はいつも率直なだけさ」
ヘラヘラしているからこそ甘やかしちゃあいけない。
それが僕からジョジョへの教育方法なのさ。
「そうだアニ、今度またあのボクシングの大会をやるんだ。見に来るかい?」
「僕からしたらとても野蛮なものにしか思えないけど……まあ君が勇姿を見せたいと言うのならばね」
「ありがとう! ぜひエリナも来てくれよ」
「わかりました。ジョナサンのこと応援に行きますね」
いやぁ、でもさ、結構真面目な話、ひたすら他人を殴るだけの競技のどこが面白いのか、皆目見当がつかないねえ。
「さて、僕は帰るとするか」
「え、もう?」
「考えなくちゃならないことが色々とあるからね。君たちはもう少し親睦を深めているといい」
じゃあね。
そう手を振って僕は彼らと別れた。