ジョースター邸でディオと一戦交えたあの日から、だいぶ日が経過した。
いくつか骨を折った上に全身に酷い火傷を負っていた僕が目を覚ました時、僕は病院で介抱されていた。
その際に知ってしまった複数の衝撃的な事実に、これは夢なのではないかと全てを疑いそうになった。
一番衝撃的だったのは、その病院でエリナと再会したことだ。
7年前の一件で酷い別れ方をしてしまった僕達だったが、病院に運ばれてから目を覚ますまでの間ずっと、この病院で看護師として働いていたエリナが休む間も惜しんで僕の看病をしてくれていたのだ。
気が緩んだだけで倒れてしまいそうになるくらい、必死に看病してくれていたのだ。
スピードワゴンが言うには僕のことをこの病院に運んだのはアニが教えてくれたからであり、エリナが言うには既にアニとはこの病院を訪れたことで再会を果たしていたのだと言う。
そして、もうひとつは信じたくもない衝撃的なこと。
そのことを知ったのは僕が目を覚ましてからさほど日を経ない時であり、神妙な面持ちのスピードワゴンの口から伝えられた。
「嬢ちゃんは、もういない……」
いつもならすぐそばにいてなんでも世話を焼いてくるアニの姿が一向に見えないことに違和感を持ったことで尋ねてみれば、返ってきたのはそんな答えだった。
「どういうことだい?」
思わず聞き返してしまう。
だけれど、スピードワゴンはがっくりとこうべを垂れるだけだった。
「すまねぇ、すまねぇなジョースターさん……。ジョースターさんの大事な家族だってのに、俺は救ってやることができなかった」
スピードワゴンは告げた。
逃げ遅れてしまったアニが、燃え盛る屋敷に取り残されて炎にまかれてしまったことを。
最後の最後まで、姿が見えなくなるその時まで、僕のことを気にかけていたことを。
何を言われているのか初めは理解ができなかった、いや、理解しようとしていなかった。
だって、アニともう2度と会うことができなくなるだなんて、一生ありえないことだと思っていたんだから。
謝罪を繰り返すスピードワゴンのことを見つめながら、僕の脳裏には昔から傍にいてくれた幼馴染みの顔が浮かんでいた。
そこにいる幻影でしかない彼女は、僕のことをまっすぐ見つめながら、また言うのだ。
『僕の居場所は、ジョジョ、君の心の中だよ。僕は君のために生きて、君のために死ぬ。昔から心にそう決めているんだよ』
昔から変わらない、人を惹きつける微笑みを湛えながら、そう言うのだ。
アニ、君はずるい人だ。
気付いた時には僕の隣にいたっていうのに、気付いた時には僕の隣からいなくなっている。
父さんを失って君まで失ってしまったらどれほど辛く悲しいことか、君にはわかっていたはずなのに。
だけど君は入れ違うように僕をエリナと引き合わせた。
昔から悪戯な知恵だけは人1倍賢い君だったけど、もし入れ違うことまでも悪戯な知恵だというなら、本当に君はずるい人だ。
目が覚めた時からずっと僕の手に握られていたチョーカーは、一生アニのことを忘れることを許さないだろう。
「ジョナサン、体の調子はどうですか?」
「もうだいぶ平気になったよ。エリナ、君がつきっきりで看病してくれたおかげさ」
そして今日になってようやく退院することができた僕は、あの場所へ――ジョースター邸へ向かった。
業火で脆くなり鎮火と共に崩れ落ちた僕の生まれ育った家は、今ではもうただの瓦礫の山でしかない。
あの日の出来事を知っているのは、そしてあの場に居合わせて生き残っているのは、僕とスピードワゴンの2人だけだ。
僕はここでたくさんのものを得て、そしてたくさんのものを失った。
スピードワゴンの話によると、この瓦礫の中から石仮面を見つけ出すことはできなかったという。
建物が倒壊した際に瓦礫に押しつぶされて破壊されたんだとしたならいいんだけど……。
それに見つからなかったのは石仮面だけじゃない。
ディオ、さらにはアニの死体も出てこなかったと聞かされた。
僕は思う、ディオは確実に生きていると。
人間を超越してしまった彼ならば、あの業火の中でも生き延びることはできたのだろう、そして逃げ切って見せたのだろう。
では、アニはどこに……。
遺体も残らないほどに焼き尽くされてしまったというのだろうか。
だけど、父さんの遺体は見つかっている……。
アニのことを正式に弔ってやれない気がかりはあるけど、まずはディオが生きているとするならば倒さなくてはいけない。
彼が世に放たれるのは良くないことなのだ。
父さんの、アニの、そしてジョースター家の名誉のために、僕は必ずディオを倒してみせる!
「ここに長居すると風邪を引いてしまいますよ」
「……そうだね」
まだ名残惜しいけど、行かなければ。
そうしてエリナと歩いている最中、僕は、僕達の後をつけてくる存在に気づいた。
なんなんだろう、あの人は……尾行なんかして何のつもりなんだ?
「どうかしましたか?」
「いや、何でもなっ!?」
何でもない、と答えたかったのだが、前を向いた途端にそれは驚きの声へと変わってしまった。
目の前には、さっきまで後ろをつけてきていた男が立っていた。
「私はウィル・A・ツェペリ男爵。波紋使いだ」
この男との出会いが、僕の運命を大きく変えることになる。
静かに呼吸を整えて川沿いにひっそりと顔を出す小さな芽に触れる。
その芽はほんの一瞬のうちに立派な木へと成長した。
「……ふう、だいぶ扱いがわかってきたな」
僕は育った木を撫でるとそう呟いた。
場所は
スピードワゴンとジョジョに別れを告げたあと、僕は早急に身を隠す場所を探した。
できるだけ平和な、できるだけ辺鄙な、できるだけ辺境な地、それがここだった。
この町に住む人はみな、突然やってきた流れものである僕にも優しく接してくれて、それだけでなく住む場所も与えてくれた。
僕はありがたくもらい受けた家にたった1人で暮らしながら、誰にも見られない場所でこの力の鍛錬を行っていた。
ディオに対して唯一効果的に見えたこの力は、呼吸さえ正しく施行できればある程度のコントロールができることがわかり、少しでも強力な技として使えないものかと試行錯誤しているのだ。
こんなことをしているのも、全てディオを殺すため。
わかるのだ、まだあいつが生きていることが。
曲がりなりにも血縁関係にあるせいだろうか、ディオの息吹を確実に感じているのだ。
ジョジョがあいつを倒したと思われた、あの瞬間からずっと。
だから僕はジョジョの元を離れ、僕だけでディオを殺すことを決心した。
知ってしまった以上は血縁者である僕にもこの件に関しては責任があるんだ、だとしたらこれ以上ジョジョを巻き込んだりせずに僕1人でやり遂げなくちゃあならない。
僕はジョジョのために生きて、ジョジョのために死ぬ。
昔からそう決めていた。
現状、これから死ぬとしたら間違いなくディオとの戦いの中になるだろう。
もうジョジョの幸せの邪魔なんてさせてたまるものか。
このアンジェリカ・スターライトが命に変えても彼らの安寧を守り抜いてみせる。
「……それにしても、ここ数日はディオの気配が強くなっているな。回復しつつあるのか」
空を見上げると淀んだ雲が一面を覆っている。
「アンジェリカさん」
「ん? ああ、ポコか。どうかしたのかい?」
「姉ちゃんが、ご飯ができたから、よかったらって」
「そうか、もうそんな時間なんだな。ありがたく頂くよ」
走って現れた少年の頭を撫でてやると、僕達は彼の家へと向かった。
このポコという少年と一緒に住んでいる姉の2人は、この町で特に僕のことを気にかけてくれる姉弟だ。
とてもありがたく思うのと同時に、ディオと戦うにあたってもしこの2人にまで危害が及んでしまったらと不安になる。
もちろんのこと、そんなことは僕が身を呈してまで阻止してみせるけれど。
「ただいま!」
「お邪魔するよ」
だというのに、僕の想いを嘲笑うかのようにディオの魔の手はすぐそこまで迫ってきていたのだ。