――――学院長室――――
「か、勝ってしまいましたね・・・しかし、杖も使わずに魔法を・・・まさか、エルフ?」
「・・・はぁ。まったく、これだからクソガキは・・・」
ヴィストリア達の勝利を目撃し、ぶつぶつとヴィストリア達の正体を呟くコルベール。
それに反して、オスマンはヴィリエの所業に頭が痛くなる。
「学院長。どうされますか?」
「どうって言われてもねぇ・・・先に手を出したのはあのクソガキだし、彼の言う通り骨の2、3本折っても自業自得でしょう?」
本当に彼女は学院の長としての自覚はあるのだろうか?先に手を出したとはいえ、少しは生徒に対して思う事はないのだろうか?
「いえ、そちらではなく・・・あの使い魔の少年たちの事です。」
普段のコルベールからは想像できない様な重々しい声色で返される。それに対し、オスマンはため息をひとつ吐くと口を開く。
「・・・”炎蛇”の君はどう思う?」
「・・・杖も使わずに魔法を行使した。その点が重要かと・・・本来、杖が無ければ、どれだけ呪文を唱えようとも魔法は発動しません。これは6000年の昔から変わらぬ不変の物でしょう。しかし・・・」
チラリ・・・と、
「彼は杖どころか、呪文すら唱えず、魔法名・・・あるいはそれすらも無しに魔法を行使していました。これが王宮の耳に届けば・・・」
「・・・異端審問は免れない・・・でしょ?」
異端審問・・・それは、自分達の信ずる物と別の物を信仰している者たちを裁く為のシステムと言っても良いだろう。ここ、ハルケギニアでは6000年前に系統魔法を広めた”始祖ブリミル”を絶対の神として崇め讃えているのだ。
それは、貴族・平民の隔てなく浸透している物であり、嘗ては始祖ブリミル以外の物を信仰していた村を1つ、”感染病”と偽って焼き払う事件があった事は、王宮内の極一部にのみ知られている。
そして、目の前にはその対象となりえる人物が遠身の鏡に映っているのだ。どう見ても普通の子供にしか見えないヴィストリアが・・・。
「これ、バレたらとんでもない事になるのは火を見るより明らか・・・ね?」
「は。誠に遺憾ながら・・・下手を打てばミス・ヴァリエール達にも被害が及ぶ可能性もあります。」
コルベールの言に益々眉根を顰めるオスマンは、何ともメンドクサイ事態にしてくれた発端のヴィリエをミンチにしたいという考えが過るが、過ぎた事を嘆いていても意味はないと考えを一端打ち切る。
「この事は他言無用よ。生徒達や教師達・・・目撃者に
「了解しました!」
軍隊式の敬礼を向けると部屋を出て行こうとするコルベールに、待ったを掛けるオスマン。
「待ちなさい。緘口令を敷いた後は、彼らをここに呼ぶように・・・」
「彼らとは・・・あの使い魔の少年とその関係者にあたる少女の2人の事でしょうか?それとも・・・」
ヴィストリアとアリスの2人だけ、もしくはこの決闘騒ぎの中心となっていた者達であろうかと言外に聞くコルベール。
「その2人に加えて、ルイズちゃんとあのクソガキ共も・・・よ。」
つまりは、5人共呼べ。という事である。
「仰せのままに・・・!」
そう言って、今度こそコルベールは部屋から出て行くのであった。
「・・・本当。厄介な事してくれたわね・・・」
そう言って、遠身の鏡に映る者達を見て深いため息を吐くのだった。
翌日・・・虚無の曜日。
あの後、コルベールは命令通りに緘口令を敷いたのだが・・・ほぼ無意味だろう。人の口に戸は建てられない。教師陣ならば上の命令という事で厳守するだろうが、寮生活の学生たちがこんなおいしい話題をむざむざ逃すはずもなく・・・一夜明けただけで全生徒には伝わっているだろう。
つまり・・・王宮に知られるのは時間の問題と言う事だ。基本的に閉鎖的な環境である学院に早々王宮から遣いが来ることはないが、それも絶対ではないので安心など出来る筈もなく、オスマンは益々余計な事を仕出かしたヴィリエ以下男児全てを畜生にも劣るゲスだと思う事にするのだった。
--ルイズの部屋--
「ん~~ふわぁぁぁぁぁ~~・・・おあよう、ヴィスティ~~」
大きな欠伸をしながら挨拶するルイズ。それでいいのか花の乙女。
「ふはぁぁぁぁぁ~~~・・・おあようございます。ルイズさん」
二人揃って半目でフラフラと覚束無く起きあがる。この二人はなるべくしてパートナーとなったのではなかろうか?
『おはよう。ヴィスティ』
クイクイとヴィストリアの裾を軽く引いて筆談するのはアリス。当然、眠る位置はヴィストリアの腕の中であるのは誰もが予想している事だろう。
「うん。おはよう。アリス・・・」
なでなでとアリスの頭を優しく撫でながら挨拶を交わす。それを微笑ましくもどこか羨ましそうに眺めるルイズであった。
「でもねアリス?ルイズさんにも挨拶しないと失礼だよ。当分の間は、ルイズさんのお世話になるんだから。ね?」
『むぅ・・・わかった。おはよう。ルイズ。今日もいい天気』
「うん。おはようアリスちゃん。」
そう言ってルイズもアリスの頭を撫でようとするが、スッと逃げられた。
『・・・ダメ。私の頭を撫でていいのはヴィスティだけ。これは譲らない。』
「え~~残念。綺麗な髪だから撫でてみたかったんだけど・・・」
ムスッとした表情で逃げるアリスに、心底残念そうに呟くルイズだった。それから数分の間、外に出て二人の着替えを待つヴィストリアだった。
ガチャリ・・・
「あら、おはようヴィスティ。」
「おはようございます。キュルケさん」
2人の着替えを待っていると、丁度向かいの部屋からキュルケが出てきたので、ペコリとお辞儀しながら挨拶を交わす。本当に魔王としての威厳はまるでない少年である。
「ルイズ達は?着替え中かしら?」
「ええ。その通りです。多分そろそろ・・・」
ガチャ・・・
噂をすれば、と言う奴だろうか?ルイズの部屋から着替えを終えた2人が出てくる。
「お待たせ~。あ、おはようキュルケさん。」
『・・・おはよう。キュルケ。』
待たせていたヴィストリアに陽気に声をかけると、キュルケが居た事に気付いて挨拶をする2人。
先程兄に注意された事もあって言われる前に筆談で挨拶をするアリスはやはりブラコンである。
「おはよう2人とも。あとはタバサだけね?」
「じゃ、起こしに行きましょっか?」
そうしてタバサの部屋を経由して食堂の方へと向かう一行。
――アルヴィーズの食堂――
昨日の今日故か、食堂に足を踏み入れるとルイズ達、とりわけヴィストリアとアリスに対してヒソヒソと声を潜めて会話する生徒達。
「あ、シエスター!」
そんな生徒達には目もくれずに、ルイズは視界に入ったメイドの一人、シエスタに手を振りながら呼ぶ。
「おはようございます!ミス・ヴァリエール」
向日葵の様な笑顔で向かってくるシエスタ。挨拶を交わすと同時にルイズと両手でタッチする。貴族と平民の階級なんて気にしないとばかりに、友達感覚で接している2人は、他の貴族から見ると信じられない光景なのではないだろうか?
「ちょっと、お願いがあるんだけどいいかしら?」
「はい!何でもおっしゃってください!」
ふんすっ。と、やや胸を強調する様な仕草で張り切るシエスタに、少々言葉が詰まるルイズだが、なんとか押しとどめて続ける。
「き、今日の朝食はシエスタに任せたいの。頼める?」
「お任せください!腕によりをかけて作らせていただきます!」
腕まくりをして可愛らしく力瘤を作る様な仕草で承るシエスタ。食堂での仕事を他のメイドに頼むと、急いで厨房へ向かって料理を始める。
昨日とは違い、外で食べるのだろう。大きめの丸テーブルに五人で腰掛ける。
ニコニコとルイズはシエスタの作る朝食を待っていると、キュルケが気になった事を問いかける。
「そう言えばルイズにヴィスティ。」
「「はい?なんですか?」」
鏡合わせの様に左右対称になる様な仕草でキュルケに返す2人。息ぴったりだなと思いつつ、キュルケは続ける。
「コントラクト・サーヴァントはもうしたの?どんな印が出来たの?」
ピシリ・・・と、空気が凍った。
ヴィストリアは「あ、そう言えばしてないや」と、軽い仕草でぽりぽりと頭を掻いていたのに対し、ルイズの方は「あ”。」と、少女が出してはいけない声で頬を引き攣らせていた。
「あはは~。そう言えばまだでしたねぇ?」
「ど、どうしよう!?本当ならすぐにしなくちゃいけないのに、昨日はあの馬鹿達のせいでごたついてたからすっかり忘れてたわ!?」
た、退学!?と顔を真っ青にしながらあたふたとし始めるルイズ。
「じゃぁこの後広い場所で契約しちゃいましょうか」
「軽っ!?そんな軽くていいの!?」
ぽむ、っと両手を合わせてほんわかとした雰囲気を振りまきながら笑顔でさらっと答えるヴィストリア。
ここハルケギニアの使い魔の契約は生涯のパートナー、一心同体とも言えるものだ。契約を解除する方法はどちらかが死ぬまでと言う一生の物。そんな軽々しく返事をする様な物ではないのだ。
「一生と言っても、精々が100年くらいでしょう?だったら気にする事はないですよ。」
と、ヴィストリアはこともなげに爆弾発言をかます。ヴィストリア達の正体を知っているのはルイズだけである。キュルケやタバサは勿論のこと、他の者たちはそんな事は知らないのだ。
「ちょ!?ヴィスティ!!」
「どういう・・・こと?」
その一言に、キュルケは目を細めて半ば睨みつけるようにヴィストリアを見る。隣に居るタバサは今にも杖を構えそうな程だ。
「えっと、これは、その・・・!?」
ばっと辺りを見回すルイズ。周囲にはヴィストリア達と距離を置く為に殆どの者は食堂内の方で食事をとっており、今は自分達から2席以上離れたテーブルで食事をしている者たちばかりで、今の会話は聞こえていない様だ。
それを確認したルイズはほっと一息吐いて落ち着きを取り戻すと、キュルケ達に顔を寄せるように声を潜めて事情を話す。
「実は・・・」と、ルイズはその時の事を簡潔に説明する。
「魔族・・・」
「魔王の一角・・・」
キュルケ、タバサの順にぽつりと零れるそれは、信じがたく理解しづらいものであった。
「「見えない」」
「ですよねぇ」
ヴィストリアは2人に魔王には見えないと言われて、たは~と苦笑いしながら頭を掻く。
「どう見てもメイドでしょう。」
「男の娘」
「うう~よく言われます。」
ルイズにも言われたが、こう何度も男である自分が少女に間違われるのは彼としても如何ではあるのだが、中性的な顔はどうしようもないのだ。
皆さま大変長らくお待たせしました。(約2年)え?待ってない?