ヴェストリの広場でそんな騒ぎが起きている頃、学院長室で2人の人物が話し合っていた。
「毎日毎日平和だねぇ。こうも代わり映えしない毎日だと退屈してくるよ・・・。ロングビルさんもそう思わない?」
「平和なことが一番ではないですか。魔法学院の長としても、一人の人としても学院長の今の発言は不謹慎だと思いますよ?」
ロングビルと呼ばれた緑髪で妙齢の女性は学院長に対して溜め息を吐く。
「そうは言ってもさぁ。これだけ暇な日常をどうやって消化すれば良いのかわからないんだもの・・・」
「書類整理でもしますか?本来貴女がやらなければいけない仕事なのですが?」
もう一人は学院長と呼ばれた白髪の
「書類整理とかつまんないよ~」
「仕事ですから。つまらなくて当然です」
何を当たり前の事を言うのかと頭を抱えたくなるロングビルだった。
「それに、書類整理ならロングビルさんがしてくれてるじゃん」
「学院長が書類整理をしてくれませんからね。溜めたままにしておくわけにはいきません」
「ロングビルさんは真面目だねぇ。あ、おいで、モートソグニル」
チュチュッっとモートソグニルと呼ばれたネズミが少女の下に駆け寄る。
どうやら、このネズミは少女の使い魔の様だ。
「今日も可愛いねぇ・・・チーズあるけど食べる?」
チュチュッと鳴きながら目を輝かせ、チーズを受け取ろうとする。
「あ、その前に報告♪今日はどうだった?」
チューチュ!チュチュチュ!と何やら少女に身振り手振りで伝えるモートソグニル。
「へ?水玉?・・・意外性抜群だねロングビルさん。でも、私としては黒の方が大人っぽくって似合うと思うんだけど・・・どう?」
「黒は好みではありませんので」
「残念・・・」
瞳を糸目にしつつ、ネコの様な口でロングビルに問う少女。それに慌てるでもなく淡々と答えるロングビルを見て、少女はつまらなそうに口を尖らせた。
「それよりも学院長?」
「なーに?ロングビルさん?」
「何度も言っていますが、使い魔を使って下着を覗かせるのは止めてください」
いつもの事なのだろうか、半ば諦めが混じる声色で注意する。
「え~・・・良いじゃ~ん。女の子同士なんだし、減るものでもないでしょう?」
「このまま改善されないようなら私にも考えがありますよ?」
「へぇ?王宮にでも言うつもり?言っとくけど私、王宮なんて怖くないからね?」
ニヤニヤとしながら言う少女。君の考えなんてお見通しさ、とでも考えているのかもしれない。
だが・・・
「改善されないようなら、私はこの学院を『辞めます』」
「・・・へ?」
『辞める』というロングビルの一言で少女の笑顔が凍った。
「私が辞めた後の書類作成と整理は学院長が自らやってくださいね?」
「ごめんなさい。もうしません」
とても良い笑顔を向ける女性と、その足元で土下座をする少女の絵が出来上がった。
コンコンコン!!!
そんな事をしていると唐突にノックの音が聞こえた。その瞬間、少女は機敏な動きで元の執務机まで戻っていた。
ガチャ!!
直後、許可も出ていないのに誰かが入室してくる。
「学院長!申し訳ありません!お話が・・・!」
「許可も無く入室するんじゃない!今、ロングビルさんと裸で絡み合ってたら君はどうするの!?」
「えぇ!?学院長とミス・ロングビルはそういう関係なのですか!?」
突然入室してきたこの学院の教員と思われる男性はナニを想像したのか、顔を真っ赤にして狼狽える。
「学院長のいつもの冗談なので無視してください。ただ、私も許可を得る前に入室するのはよろしくないと思いますよ?」
「も、申し訳ありません!」
ロングビルに言われ、入室した男性=コルベールは勢いよく頭を下げて謝罪した。
「それで?なんの用なの?ミスター・ハゲ」
「ハ、ハゲ!?それは最早ただの中傷ですよね!?」
「ごめんね?その頭があまりにも印象的すぎて、つい・・・」
人の気にしている事を直球で中傷してきたにもかかわらず、謝る気はサラサラ無い学院長だった。
「フォローをしているように見せかけて追い討ちをかけてますよね!?実は学院長、私のこと嫌ってますか!?」
「うん。私って基本的に
「嫌いの範囲が広すぎませんか!?」
この学院長は所謂百合なのだろう。コルベールを見る目は汚物を見る様な眼差しだった。
「あとハゲてるところも嫌いだし」
「好きでハゲたわけではありませんよ!?」
怒りと哀愁で顔を真っ赤にして今にも血の涙を流しそうなほどに感情を込めて反論する。
それほどまでに気にしているのだろう・・・。
「そこまでです学院長。同じ職場の同僚に対して、その対応は失礼ですよ?」
「ミス・ロングビル・・・」
コルベールが感動した視線でロングビルを見つめる。
「そこのハゲ。
「エロい!?」
いくらなんでも変態扱いは酷いのではと詰め寄ろうとするコルベール。
「そんなことより。なにか報告しに来たんじゃないの?つまらない内容だったらカッター・トルネードでミンチにするよ?」
そんなことでスクウェアクラスの魔法を使わないでほしいと冷や汗を流す。
「し、釈然としませんが報告が先ですな。実は、ミス・ヴァリエールの召喚した少年についてなのですが・・・」
本題を思い出して真剣な表情で話し始めるコルベール。
「ルイズちゃんの?う~~ん。ロングビルさん。ちょっと席、外して貰えるかな?」
「わかりました」
ススス・・・と、出来る女房の様に学院長室を後にするロングビル。
「それで、召喚された少年がどうかしたの?」
「はい。実は・・・彼は平民ではありません。」
コルベールはヴィストリアに対して何かを感じ取ったのだろうか、ハッキリそうと口にした。
「・・・理由は?」
「彼が召喚され、ミス・ヴァリエールと共に医務室に運ばれる間に、”ディテクト・マジック”をかけたのですが・・・」
コルベールは躊躇して口を噤む。その表情からは焦りと困惑が見てとれる。
「・・・それで?」
「・・・平民どころか、”人ですら無いのかもしれません”彼に宿る魔力はスクウェアクラスのメイジを軽く凌駕していました」
学院長に促され、重い口を開く。
コンコンコン!!
「学院長!緊急事態です!」
その直後、ロングビルが部屋の外から慌てて報告に来た。
「どうしたの?ロングビルさん。」
「ヴェストリの広場で生徒達が決闘をしているそうです。教師達は”眠りの鐘”の使用許可を求めています」
「ロングビルさんってば何言ってんの。たかだか子供の喧嘩に秘宝を使うまでも無いでしょうに。最悪両方にエア・ハンマーでもぶつければそれで終わるんだし」
「それはそれで問題ですよ学院長・・・」
コルベールの額に冷や汗が流れる。この学院長なら大切な教え子とは言え、男子生徒になら攻撃魔法をぶつけるなんて暴挙を本気でやりそうだからだ。
「けどまぁ私の管轄するこの魔法学院で決闘なんてする馬鹿がいるなんてねぇ。いったいどこのバカなの?」
学院長にあるまじき軽率な発言だが、促しされたロングビルは答える。
「1人は、ギーシュ・ド・グラモンです」
「またあのグラモンの変態息子?あの変態、頭の中は薔薇しか詰まってないんじゃないの?で、もう一人は?」
生徒に対して容赦のない感想を溢す。どうしてこの様な子が学院長に選ばれたのだろうか?
「それが、生徒ではありません。なんでもミス・ヴァリエールが召喚した”少女”だとか・・・」
「・・・は?少女?召喚されたのって少年なんじゃないの?・・・コルベールさん?」
つい今しがたコルベールから少年と聞いていたのに、ロングビルからの報告では少女となっている。
「いえ、間違いなく少年ですよ。一見、少女に見えなくもないですが」
「ふぅん。・・・まぁいっか。とりあえず様子見しとこうか。ロングビルさん。教師達には危なくなったら私が抑えるって伝えて貰えます?」
「判りました。」
再び駆け足で学院長室から離れていくロングビル。
「さて、噂の使い魔の少年君を見せて貰おうか?」
そう言って、少女はマジックアイテム”遠身の鏡”でヴェストリの広場を映し出すのだった。
――――ヴェストリの広場――――
なんとかアリスを落ち着かせる事に成功したヴィストリア。
代償として精神的な疲労が溜まったが、性的な行為をされなかっただけマシだと自分に言い聞かせる。
「・・・そろそろいいかね?」
ヴィストリアに決闘を突き付けてから既に”3時間”が経過。
外野が「早く始めろ」と催促するが、それ以上にギーシュの精神もお腹もすり減っている。
『いつでも構わない。私が勝つ』
サラサラとペンを走らせ、筆談するアリス。
「・・・その余裕がいつまで続くか楽しみだよ」
ヒクリと口元が痙攣するギーシュ。プライドの高い彼からすれば見た目12、3歳ほどの少女から侮られていることに我慢ならないのだろう。
「僕はメイジだ。野蛮に殴り合うことなどしたくない。メイジらしく魔法を使わせてもらうが文句は無いね?」
疑問系で聞いてはくるが、それは質問ではなく強制。
異を唱えたところで彼は魔法を使うことを止めはしないだろう。
『好きにすれば良い。私も私らしく戦うだけ』
しかし、特に異を唱えることもなくアリスはそれを了承する。
「どこまでもその余裕を崩さないつもりかっ!ならば魅せてあげるよ!僕のゴーレム”ワルキューレ”の実力をね!」
薔薇の造花を模した杖を振るうギーシュ。
杖についた花弁が一つ舞い、地面に落ちると同時に錬金の魔法が発動する。
たった一枚の花弁がアリスの身長を優に越える戦乙女に変化した。
女性的なフォルムの青銅で出来たゴーレム。
やはり学生であるがゆえか、細部は再現しきれていないのだろう。
何故なら、手は五指ではなく簡略化された二本の鉤爪のような形をしているし、下半身はスカートタイプではあるが足は無い。
ワルキューレと言うよりは、女性型の銅像とさして変わらない。それでも銅像であるにしても、それを意のままに操れるギーシュは学生の身でありながら優秀なのだろう。
「僕の二つ名は”青銅”!青銅のギーシュだ!行け!ワルキューレ!!」
造花の杖を突きだしワルキューレに命令を送ると同時に、ワルキューレがアリスに向かい突撃する。
青銅の銅像による突進。大質量の鉄塊は突進という単純な攻撃でも脅威となる。
相手が魔法を使えない平民であるなら、それは致命傷を与えられるほどの攻撃だ。そう、平民であるなら・・・。
『ワルキューレ・・・北欧神話に出てくる半神。戦場で死を定め、勝敗を決する女性的存在。王侯や勇士を選り分け、ヴァルハラへ迎え入れ、死者をもてなす役割を担う者。だけど・・・』
ワルキューレが迫ってきていると言うのに、呑気にペンを走らせるアリス。
ワルキューレが右腕を振りかぶり、アリスの腹部を狙ってパンチを繰り出す。
『この程度の錬度・・・本物のワルキューレには遠く及ばない』
ふわりとスカートを翻しながらワルキューレの攻撃を軽いステップで避ける。そのままアリスはギーシュ目掛けて駆け出した。
特別に速いわけでもなく、ただ普通に。
緊迫する戦場の中、トコトコと駆ける少女は場違いにも可愛らしく見えた。
「上手く避けたね!だが正面突破は悪手だ!ワルキューレが一体だけだと思ったのかい!?」
ギーシュの杖から再び花弁が落ちる。続けて三枚落ちた花弁は、先ほどと同様に三体のワルキューレに変化した。
その三体は一体を前に出し、後方に二体を添える三角の陣形でアリスに迫る。
「これは避けられるかね!?更に言えばさっき君が避けたワルキューレもまだ生きている!」
ギーシュの言葉通り、アリスが最初に避けたワルキューレもアリスの後方から迫ってくる。
後ろを塞がれ、前方は横も固められた陣形。しかし、その陣形を前にしてもアリスは余裕だった。
前方のワルキューレが突き出してきた腕を、アリスはスケッチブックで軽く横から叩くことで反らす。
「なにっ!?」
力を入れたようには見えない少女の回避方法に驚くギーシュ。更に後ろから迫るワルキューレの突進は、上に跳ぶことで回避する。
目標を見失ったワルキューレが、前方でバランスを崩していたワルキューレに激突する。
アリスは跳躍したまま次の標的に狙いを定めた。いまだ健在の右側のワルキューレの頭部に落下の勢いのまま掌底を見舞う。
バギンッ!という音がしてワルキューレの首が吹き
「今だっ!」
掌底後の硬直時間を狙い健在だったワルキューレに指示を出すギーシュ。
「・・・っ!」
脇の下から両腕にワルキューレの腕が回され、ガッチリと拘束されるアリス。
微かに息を飲む声が聞こえた。ワルキューレの腕を振りほどこうとするが、その腕は微動だにしない。
「・・・・・・っ!」
キッとギーシュを睨み付けるアリス。
「ようやく捕まえたぞ!これでっ!」
間髪入れずに更に三体のワルキューレを作り出すギーシュ。
これで七体。現時点でのギーシュが作れる限界数のワルキューレだ。
「行け!ワルキューレッ!」
三体のワルキューレが同時に突撃する。
その手には槍が握られていた。
「・・・・・・・・クスッ」
その時、危機的状況であるはずの彼女は笑った。
そして三本の槍がアリスに到達する直前、アリスの身体は拘束された腕を中心にムーンサルトの要領で回った。
「なっ!?」
「「「「おおおお」」」」
驚愕するギーシュ。どよめく観衆。よもやあの状態からそんな行動に出るとは思いもよらなかったのだろう。
目標を見失った三体のワルキューレの槍は、アリスを拘束していたワルキューレに突き刺さる。
貫かれるワルキューレ。
拘束が緩んだ瞬間、アリスはワルキューレの上で体制を立て直し、ギーシュの上空に跳躍した。
人間では考えられない高度。地上から約10メートルのところまで上昇したアリス。
高度の頂点に達した彼女はフワリと落下を始める。それを愕然とした表情で見るギーシュ。
フワッと広がるスカート。
「・・・・・・・・っ!?」
慌てて右手でスカートの後ろを押さえるアリス。前は左手のスケッチブックを盾にすることで見えなくする。
外野の方で「見えたぁぁっ!!」と歓喜する男子が数名居たが、今は敢えて気にしない事にするアリス。
『バカ、えっち。見ないで・・・!』
「す、すまないっ!」
盾にされたスケッチブックに書かれた文字を見て反射的に謝るギーシュ。
見ないように顔を背けたところで、右手が塞がっているのにどうして文字が書かれているのか疑問に思う。
そう考えながらも背けたギーシュの後頭部。
そこに・・・・・・ゴシャッ!
アリスの膝蹴りが降ってきた。
「がっ!?・・・や・・・やられ、たよ・・・」
上空に飛び上がること。
スカートが広がること。
自分がそこに注目してしまうこと。
そこを指摘されたら顔を背けること。
予め全て計画の内で、あの文字も最初からこの攻撃の布石として書かれていたのだと理解しながら、ギーシュの意識は薄れていった。
という感じにやられたギーシュでした。