205日目
なんという間抜け。昨日俺達は度重なる戦闘の疲れを癒やすために近くにあったバインド村というところで一時の休息をとる事を決めた。いきなり現れた我々に対して、バインド村の人々は、俺達にとても親切にしてくれた。しかし、出された夕食をもぐもぐと食べていると、次々に仲間が倒れていった。そう、毒を盛られたのだ。
幸い、睡眠薬の類だったのか、即死するなどという事にはならなかったが、翌朝目覚めると、仲間が全員頑丈な縄で縛られていた。その縄は一体何で出来ているのか、怪力を誇るアンジェですら引きちぎる事が出来なかった。
大勢で訪れた俺達を快く向かい入れてくれたのも、食事を用意してくれたのも、全ては罠だったんだ。なんか引っかかると思ったんだ。その時点でやめておけばよかった。俺の嫌な予感は十中八九当たる。今回もそうだったように。
そして、まんまとその罠にハマった俺達がどうなるのか、それは目の前でバカでかい包丁をぎーこぎーこと研いでいる村人しか知らない訳だが。
「あのー、何をしてるんですかねえ? この縄解いてほしいんですけど」
「キエェェェェェェェェェ!」
「いや、キエェじゃわかんないんですけど……」
「キチィィィィィィィ!」
「キチィもキエェも変わんねえよ」
ご覧の通り、昨日はしっかり人語を喋っていたというのに今は何をおっしゃっているのかさっぱりわかりません。
思うにこのままでは我々は、彼の研いでいる包丁でバラバラ殺人事件になるんじゃないでしょうか。ついでにいえばそこかしこで肉を焼く準備をしているのは、バラバラになった肉を焼くためじゃないでしょうか。だとすればそれは嫌ですね。さあどうしましょう。困った時は会話だ。とりあえず話せばなんか解決の糸口が見つかるはずだ。
「へいへい君達は俺達をどうしようっていうんだYO!」
「…………」
まさか、昨日振りのまともな会話が出来る……のか?
「ギョェェェェェェェェェ!」
やっぱりな。何を言ってるんだこいつは、会話にならん。
「……フェンリス。なんとかなりそう?」
同じく俺の隣に縛られているフェンリスに小声で話しかけた。彼女は目が覚めてすぐに冷静に状況を判断して、すぐに隠し持っていた短刀で縄を切りにかかっていた。
「……時間はかかりますが、なんとか」
と、すれば俺はフェンリスが縄を解く時間を稼げばいいのか。余裕だな。私様の天才的な頭脳をもってすれば時間を稼ぐなどという行為は、寒い日の夜にベッドから出てトイレに行く事くらい簡単だ。
「う、うん。よし!」
喉の調子は整った。
「ギョェェェェェェェェェ!」
俺の叫びが周囲に響き渡った瞬間、時の流れが停止した。包丁を研いでいた村人も、縄を切ろうとしていたフェンリスも、その場にいた全員が手を止めて俺を凝視していた。が、俺はそんな事でバインド村の食人族と会話する事を諦めたりはしない。
「アアアェエアアアアエエオオオオウォオエェアァエエ!」
「キェェェェェェエエエエエェェェェエエエエ!」
俺に対抗するかのように、その辺にいた村人まで奇声をあげ始めた。威嚇されているように感じるのはきっと気のせいじゃない。だが、負けるものか。
「カキピークイテェェェエエエェエェェェェェェエエエ! アトスルメモォォォオオオオオオオォォォォオオオオ!」
それから約5分間に渡る俺と食人族の威嚇合戦は、包丁を研いでいた食人族の彼が、人語で俺に話しかけてきた事によって幕を閉じた。どうやら俺の必死の叫びは彼の心に響いてくれたようだ。
「アンタ頭おかしくなったのか? 大丈夫か?」
「おかしいのはお前らじゃ! 何がかなしゅーてお前らに食べられなきゃならんのだ!」
「いや、だって俺ら食人族だし……」
「ふざけんな! 俺はこれから竜人族ちゃんとチュッチュするっていう大事な任務があるんだよ。こんなところで道草くってる場合じゃないんだ! ぶっ飛ばすぞベイビー!」
「いや、あの……はい……すいません」
「ったくよお……とっとと縄解けよこの野郎バカ野郎!」
「あのお……すいません、何度も言いますが俺ら食人族なんで、はい。食人しないとアイデンティティが失われるっていうか……」
「うるせえエビフライぶつけるぞ!」
そう言って大人げなくジタバタともがいてみた。が、縄が解けるわけもなく、食いこんで余計に動きづらくなっただけだった。
あまりにも俺が素晴らしい行動をとっているせいで、忘れている人が出てきただろうから再度説明するが、俺はあくまでもフェンリスが縄を切るまでの時間を稼いでいるのだ。決して食人族につられて無性に叫びたくなった訳ではない。ホントだぞ?
俺が時間を稼ぎ始めてからすでに15分は経った。いい加減縄も切れているだろう、そう思い、フェンリスの方を軽く見ると、短刀がポッキリ折れていた。
「oh」
「す、すみません。言い出す機会を逸してしまって……」
状況は一切好転していない。むしろ悪化していた。泣きたくなるぜ、ベイベ。