『ユグドラシル』
公平が軍を引き連れてユグドラシルを発ってからすでに2日が経過していた。進行が難航している事など知る由もない騎士長は、のんきに任されたユグドラシルの監督を行っていた。
監督といったところで、開拓の工程はすでに公平が事細かに決めていたし、盗みや争いが起こるような事もない。つまり
「暇だ」
監督者らしく工事の進捗状況を確認に各地に赴いてみたが、何をやっているのかさっぱりわからなかったので、さっさと帰ってきた。結局、物見やぐらに寝転がり、タバコを吸いながら公平の部屋を見守る仕事に戻るのだ。そう、思っていた。
「騎士長、ちょっと」
「ん?」
神妙な顏をして声をかけてきた男の話しを聞くと、森の方で妙な動きがあるらしい。少数の魔物を含めた動物が、次々と森から逃げているらしいのだ。
「どっかのバカが戦闘でも始めたのか?」
「それはないと思います。声が聞こえません。静かなんです、不気味なほどに」
「どれ、そしたら俺が行ってくるよ。ジュースさんに部屋の見張りを代わってくれるよう伝えてくれ」
幸い、いつでも動けるようにと軽装だが鎧は着ているし、ドワーフが作ってくれた剣も持っている。様子を見る程度ならば問題ないだろう。そう思い、すぐに馬を用意して森へと向かった。
「森か……」
森といえば、セラムの送った傭兵との戦いが記憶に新しい。思えばあの時も、こうして馬に揺られていた。あの時はそれなりの人数だったが、今日は一人だ。騎士長は一抹の寂しさを覚えていた。
急がなければ、森はユグドラシルから20分程馬に揺られていれば着く距離だ。すでにユグドラシルを出てから10数分が経っていた。森はもう少しで見えてくるだろう。地面に雑草が目立ってきた。
「む」
噂をすれば、という訳ではないが、さっそく森から逃げてきた魔物がこちらに向かってくるのが見えた。
イノシシ台のサイズのリス。こいつは斬撃が弱点だ。ドワーフの作った剣を持つ騎士長が苦労するような相手ではない。
騎士長は腰の剣を抜き、構えた。馬にむち打ち、速度を上げる。そして、すれ違いざまにリスを一閃した。リスは血を流しながら絶命し、ゆっくりとその身を地に伏した。
「やはり、どうもおかしいな……」
剣に付いた血を振り落としながら、騎士長はどこかに心のざわめきを覚えた。どうやら良くない事が起きているのは間違いなさそうだ。
騎士長は馬の歩みをゆっくりとしたものに変え、周囲を警戒しながら森に向かって更に歩を進めた。