嫁を育てて世界を救え!~異世界転移物語~   作:妖怪せんべえ

51 / 72
47話 できるかなって☆☆☆

104日目

 

 現れた傭兵達は完璧なまでに戦争をするための装備をしていた。ガチガチに固められた鎧、大槍、大剣、無名の大盾。そのどれもが物々しい雰囲気を漂わせていた。

 

 ここからどうやっても朗らかな空気にするのは不可能なのは明白だったが、いきなり斬りかかってこないだけまだマシかもしれない。

 

「この辺に何か用があるんですか?」

 

 俺の問いかけに傭兵達と俺達の間に流れる空気がより悪い方へと移動していっているのがはっきりとわかった。

 

 たった一言。ただそれだけでこのザマだ。やはりどうやっても戦闘を回避出来ない気がしてならない。

 

「ユグドラシル、というところに用がある。場所を知っているか? 知っているのならば案内してくれ」

 

 他よりも軽装。しかし、他のそれとは違い、明らかに手の込んだ鎧は、一目で彼がこの傭兵を束ねているとわかった。

 

「なんの用があるんですか? まさか、焼き討ちとかしたりしないですよね?」

 

「だったらどうしたというんだ。早く吐け。わかるだろう、こっちは気が短いんだ」

 

「いやー、そんな酷い事やめましょうよ」

 

「野蛮ですね。私、意味もなく殺しをする人間が大嫌いなんです」

 

 あー。血気盛んなこちらの方々にあてられちゃったかな? フェンリスは元々戦闘部族だしなあ、いつまでも殺気を向けられるのは我慢出来なくなっちゃったか。

 

「……随分と食い下がると思ったら、お前らユグドラシルの人間か。聞いたぜ? ユグドラシルは亞人と仲良しこよししてるんだって? 姉ちゃんは犬っころか? 全く、何を思って亞人共と生活してんだか」

 

 ヤバいね。実にヤバい。何がやばいって戦闘するっていう選択肢しかなくなった事もそうだけど、フェンリスが明らかに怒ってる。

 

「あー。一応最後に聞いておきますよ? あなた方はユグドラシルに喧嘩を売るって事でいいんですよね?」

 

「ハハハ! 全く、ユグドラシルの頭首は変態だって噂は本当だったらしいな!」

 

 ダメだな。全く人の話しを聞いていない。変態だというのは事実だが、だからってそんなにはっきり言わなくてもいいじゃないか。

 

 それにしても、人の話しをちゃんと聞けない人は早死するんだよ? ママに習わなかったのか? 

 

「もう、いいでしょう?」

 

 フェンリスの問いに俺は頷いた。同時に、アンジェ地面を蹴るように命じた。攻撃開始の合図だ。

 

 普通ならば地面を蹴ったところで合図にはならないが、アンジェの場合は普通じゃない。蹴っただけで地面に穴が出来るから一発でわかる。

 

 地面を穿つ音に反応して左右からそれぞれ、カンナ率いるエルフ隊、騎士長率いるフェンリル隊が現れた。

 

「な!? どこから!?」

 

 傭兵達は慌てて態勢を整えようとするが、もう遅い。気付いた時には全て終わっているんだ。かたやこっちは準備万端いつでも攻撃可能、かたやあっちは油断しきって陣形はバラバラ。ちょろいもんだぜ。

 

「隊長は生かせ! 他は皆殺しだ。1人も逃がすな!」

 

 奇襲の形をとった事で、圧倒的なアドバンテージがあるこちらは、騎士長を中心とするフェンリル隊が一瞬の後に70人程葬った。

 

 たじろぐその瞬間が命取りだった。フェンリル隊から獲物を受け取ったアンジェとフェンリスが群れる傭兵達の渦中に飛び込む。

 

 およそ人の身では扱う事の出来ないアンジェの大剣が横薙ぎに振るわれた。10人の傭兵達の上半身が下半身とお別れした。

 

 両手にノコギリ剣を持ち、静かに怒るフェンリスは、まるで舞いを踊るかの如き流麗な動きで次々と首を刈っていった。

 

 戦姫に恐怖を抱いた傭兵達は散り散りに逃げ始める。が、その選択はバッドだ。カンナ率いるエルフ隊が一匹残らず殲滅していく。

 

 アンジェやフェンリス、カンナに殺される連中はまだ幸せだ。痛みを感じる間もなく恐怖だけを抱いて死ねるからだ。

 

 だがそれ以外の子達に殺される連中はまあ気の毒だ。これだけ数が減ったらフェンリル達は次第に狩りを楽しみ始める。わざと一撃では死なない部位を切って、失血死させる。

 

 エルフはそもそもが使っている武器が弓だから当たりどころがよくない限り一撃で死ぬ事は出来ないから、結果苦しむ事になる。

 

「しかしまあ……」

 

 俺は迫り来る傭兵達を撃ちながら思う。ウチの軍隊はもう人間相手じゃそうそう負けないな。文字通り人間離れした娘が多過ぎる。

 

 戦乙女のアンジェに、大陸でも名高い呪術師の一族の長女、カンナ。戦闘部族フェンリルの長フェンリス。しかも3人共嫁補正とかいう謎の補正がかかってるから更にとんでもない事になっている。

 

 1人、また1人と倒されて、あれよあれよという間に、気が付けば傭兵達は全滅。残すは勇敢にも大槍を構えた隊長1人だった。

 

 傭兵達が全滅したのに対し、こちらは無傷。これ程までにはっきりとした戦力差があるというのに、逃げ出さずにまだ立ち向かおうとするその勇気は称賛に値する。だが、無意味だ。

 

「えーと、じゃああいつに腹立ってるだろうし、フェンリスやっていいよ。殺さないでね? まずは手足の腱を切るだけにしてくれ」

 

「わかりましたわ」

 

「く、来るな!」

 

「うーん。それは無理ですねぇ」

 

 淡々と、ただ淡々と息をするかのように、フェンリスは隊長の手足の腱を切った。そして、つまらないと言わんばかりに溜息をついて剣についた血を払った。

 

「よーしそれじゃあ楽しい尋問タイムだ。おおっとお。噛み付いたりなんかしたらまた怖いお姉さんがピーピーしちゃうぞ? わかったら返事だ」

 

「ペッ!」

 

 ……うーん。フェンリスに立ち向かおうとする勇気があるだけある。この状況でもまだ人に喧嘩を売るとは。

 

「まだご自分の立場がわかっていないようですね」

 

 フェンリスが右、アンジェが左の手の指を一本ずつ交互に砕いていった。砕ける度にヒッだのウッだの言っていたが、自業自得だ。せっかくの人の忠告を無視するからこうなる。

 

「さ、もういいだろ? どこに雇われた?」

 

「……」

 

 この期に及んでまだ黙秘権があるとでも思っているのかね、こいつは。ただでさえ人権なんてもんが薄いこの世界でそんなもんある訳ないだろ。

 

「もう一度聞く。お前を雇ったのはどこのどいつだ?」

 

 俺は両の手が砕け――これは恐らく俺が顏を拭いている内にアンジェかフェンリスのどちらかがやったのだろう――足の折れた男に問うた。

 

「……知らん」

 

 まだシラを切るか。こいつとんでもない根性してるな。次はどんな拷問をしようか、そう考えを巡らせていると、どこからか浅黒い肌をした二人組の男がパチパチと手を叩きながらひょうひょうと姿を表した。

 

「いや~流石だねえ。ちょっと簡単過ぎたかな? 出来ればバクダンってやつが見てみたかったよ」

 

「誰だ?」

 

 俺はレイジングブルをカンナは魔導書をと各々新しく登場した人物に武器を向けた。

 

「おおっとお。僕らは敵じゃないよ。少なくとも今はね。それと、その男をどれだけ尋問しても君の期待する答えは出てこないと思うよ。なぜかって? それは僕だけが持ちうる答えだからさ」

 

「は?」

 

 また変なのが現れた……。俺が感じていた嫌な予感の正体は間違いなくコイツだ。こんなに胡散臭い笑みを浮かべたやつはこっちに来てから初めてみたぞ。

 

「とりあえず、場所を移さないかい? ここじゃ血生臭くて気が散ってしまう」

 

「おい! 俺達を助けに来たんだろ? 早くしてくれ! 血が足りないんだ!」

 

「何を言ってるんだ君は? 僕がそんな事する訳ないだろう?」

 

「ふ、ふざけるんじゃねえ! なんで俺達を切る!? 今まであんなにお前らに尽くしてきただろ! クソッタレた事もやってきた! それなのに何故!」

 

「うるさいなあ。君らは仕事をしただけだろう? そして今回君らは失敗した。違うかい?」

 

 今の発言でわかったぞ。傭兵を雇ったのはこの胡散臭い2人組だ。そして今、隊長はこの2人に切られようとしている。もうわかった。こいつに聞く事は何も無い。

 

「ふざけやがって! おい! ユグドラシルのお前ら! 誰でもいい、俺を助けろ! そうしたら今日の倍傭兵を連れてくる。格安で売ってやる! だから……」

 

「いらないよ。だってあんたら使えないし」

 

「な……!」

 

「ハハハ! 全くもってその通りだ! 君はそこで大人しく熊のエサにでもなるんだな。ところで、そこの聡明そうな君がサトゥナカ・コーヘーで間違いないかい?」

 

「そうだけど、俺になんか用か?」

 

「俺達はセンコートーシをしに来たんだ」

 

 今まで沈黙を守ってきたもう一人の男が口を開いた。それだけ言ってすぐに水袋を取り出し、彼はゆっくりと喉を潤した。

 

「タレンや、そのセリフはまだ早いよ。お初にお目にかかる。セラム・ウィストリアです。こちらはタレン。僕の友人です」

 

 セラム・ウィストリア。苗字付きという事は身分の高い人間か? その割には妙に腰の低い印象を受けるな。

 

「ウィストリア……ウィストリアってまさかセルフィナのか!?」

 

 騎士長が慌てた様子で言った。冷や汗までかいている。もしかしなくても、このセラムとかいう男はすごい男なのか?

 

「そうさ。今回はサトゥナカ・コーヘーに用があって来たんだ」

 

 俺はセラムとかいう男から離れ、騎士長に小声で聞いた。

 

「あいつってそんなにすごい奴なの?」

 

「お前、すごいも何も、商人の大半が所属する商業組合国家のトップだ! とんでもない人間だぞ。商業の悪魔とまで呼ばれてる奴だ」

 

「へー。そんな人間が俺になんの用だろ」

 

 俺は疑問を持ちながらも、セラムのところへ戻り、話しを再開させた。

 

「コーヘー。僕と取り引きをしよう。望む物はなんでも取り寄せてみせるよ」

 

「俺は信用出来ない人間と取り引きする気はない」

 

 傭兵を送っておいてヘラヘラと当の本人の前に姿を表している男をどうして信用出来ようか。無理に決まってる。

 

「いや全くもって正しい。やっぱり君は僕の思った通りの人間のようだ。センコートーシといい、バクダンといい、君は新しい概念を創り出すのが相当得意と見える。僕にも教えてくれよ」

 

 この男はマズイ。1を知って10を理解するタイプだ。俺もそうだからすぐにわかる。余計な事をすれば余計な情報まで盗られる。

 

「わかった。話しだけは聞いてやる」

 

「嬉しいよ。それじゃあ僕達も馬車を連れてくるからちょっと待ってておくれ」

 

 2人が森の奥へ消えていったのを確認して、奴らには決して聞こえないように声を絞って言った。「俺以外、誰もあいつと話すな」、と。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。