嫁を育てて世界を救え!~異世界転移物語~   作:妖怪せんべえ

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46話 世界で一番恋してる

『傭兵団後方馬車にて』

 

 セラム・ウィストリアは馬車の中に寝転がっていた。その内装は一般的なものとさして変わりなかったが、一点だけ違うところがあった。広さ、である。

 

 馬車の中だというのに、大人4人が寝転がる事が出来るのだ。普段、公平達が乗っているものと比べると3倍近い広さがある。

 

「ユグドラシル、どんなところだと思う? タレンや」

 

 壁に背を預けて座っている、タレンと呼ばれた男が水袋に口をつけ、ゆっくりと喉を潤し、その後更に一拍置いて面倒くさそうに答えた。

 

「やり手の奴が統率してるように思う。鳥人族を取り込んでいるという事は、他の亞人もいるだろうな。相当のカリスマ性を持ってると見える。厄介なもんに目をつけたもんだ」

 

 タレンは最後の方は半ばふてくされたように言い、再び水袋に口をつけ、ゆっくりと喉を潤した。

 

「タレンや、僕は思うんだ。今ユグドラシルに唾を付けておくと、将来とんでもない見返りが得られるんじゃないかってね。センコートーシだよ」

 

「センコートーシ?」

 

「ああ。密偵に聞いたんだけど、ウォームの王がその言葉を何度も口にしていたらしい。なんでも、その言葉を使い出した辺りから物流に妙な動きがあるらしい。総生産量の10パーセントもどこかに消えていっているらしい。この意味、わかるかい?」

 

 セラムはこの上ない笑顔だった。彼は商業を語るのが何よりの快感なのだ。そして、ほぼ全ての商業を掌握した彼は快感に飢えていた。

 

 新しい商業足り得るセンコートーシというものは文字通りヨダレが垂れる程喜ばしいものなのだ。

 

 快感に飢えていた彼は、彼にしては珍しく、損得を考えずに動いた。そして、センコートーシというものの正体を知ろうとした。

 

 僅かなピースから得られた解は、とろける蜜のように魅力的なものだった。この味をもっと知りたいと思ったセラムの動きは早かった。

 

 すぐに準備を終え、代行に頼らずに自らの目でユグドラシルを統べるものを見極めようとした。

 

 セラムとそれなりに長い付き合いがあるタレンは、珍しく楽しそうな彼の事を理解しようとした。そしてすぐに、センコートーシという言葉に辿り着いた。

 

 タレンはそれが新しい商業足り得る何かだという事をすぐに理解した。と、同時に語りたがりの友人のために、あえてセンコートーシについて調べずに、セラムの口から語られるのを待っていたのだ。

 

 そして今、セラムは語りたくてしょうがないという顏をしていた。となれば、自分は聞き上手な友人としての責務を全うしよう。そうタレンは思った。

 

「さっぱりわからんな。ウォームが移民でも受け入れ始めたんじゃないか?」

 

「違うさ。消えた10パーセントはスフィーダっていう国に行ってるんだよ」

 

「スフィーダ? あの弱小国か」

 

「そうさ。スフィーダなんて国を助けるメリットなんかこれっぽっちない。だけど、現実10パーセントは行っている。ウォームとスフィーダはなんらかの協定を結んだ。これは間違いない」

 

「何のために?」

 

「そこで出てくるのがセンコートーシって言葉さ。ウォームの王はしきりにスフィーダという単語とセンコートーシという言葉を一緒に使っていたらしい。更に、スフィーダから要請があればなんでも送っているらしい。時に、僕達商人の常識ってなんだっけ?」

 

「等価交換。もしくは騙して上等利益を得ろ」

 

「そうさ。そしてその常識は一般レベルでも使われている常識だ。と、なればウォームの王もなんらかの利益を得ているはずなんだ。でも、そんな素振りは見られない。でもでも現実ドミーナは彼らのものになったし、兵士達が使う武器もなんだか綺麗になっていた、なんて情報もある。これはつまりさ」

 

 やっと結論を言うか。いつの間にか友人の癖を熟知してしまっっていた事に気付いたタレンは苦笑しそうになった。それを隠すように再び水で喉を潤し、何事もなかったかのように再びセラムの話しに耳を傾ける。

 

 セラムは商業を語る時――いや、お喋りが楽しくてしょうがない時、やたらと結論を遠回しにして少しでも長く喋ろうとする。今回は特にそうだった。余程彼の興味を惹くものだったのだろう。そう思うと、今度こそタレンは苦笑を抑える事が出来なくなった。

 

「ん? 何を笑っているのさ。まあいいや。つまりさ、センコートーシってのはその場で等価交換を行うんじゃなくて、将来に渡って等価交換を行う取り引きの事なんだよ」

 

「へー。そりゃ面白いな」

 

「なんだよその気のない返事。面白いだろ!? だってさ、新しい取り引きの形だぜ。気付いてみればさ、なんでこんなの思いつかなかったんだー! っていうのがまた面白い。僕達は目先の利益に目を奪われすぎていたんだ!」

 

 子供のように目を輝かせているセラムを見て、タレンは今日何度目かわからない苦笑を浮かべた。

 

 セラムは、やはり子供なのだろう。幼い頃から商業の才を見せ、15でセルフィナをまとめあげた。だが、子供故に商業の事以外に興味がなく、人の心などというものは一切考えなかった。そのせいで自分がどれだけ苦労した事か。

 

 あれから4年。ここしばらく見ることのなかった友人のこの表情。なんとかして、セラムが楽しめるように演出しなければ。自分は、その渦に文句を言いながら巻き込まれるのが大好きなのだから。

 

 結局のところ。2人とも子供だった。だが、だからこそ2人は何年もこうして付き合う事が出来ているし、セルフィナをまとめる事が出来ているのだ。

 

「セラム。お前はバクダンって言葉に聞き覚えは?」

 

「当然あるさ。けどね、残念ながらそっちは全くわからない。恐らく僕らの理解の範疇外のものだ。けど、もう一人の密偵はやたらとバクダンについて語っていたよ。その密偵ってのは紙の行商人なんだけどね。これまたバクダンという言葉が飛び交うようになってからというもの、ウォームは急に大口の取り引き相手になったそうだよ。彼は金にがめついからすぐに教えてくれたよ」

 

 紙の行商人は金にがめついが故に、買収するのに大分金を積む必要があった。しかも、彼は元来こずる賢い人間だったので、万が一自分の発言で損が出た場合はセルフィナが補填するという契約まで結ばせた。

 

 個人であれば口封じをして事無きを得る事も出来るが、彼らは皆商人だった。故に契約は絶対だった。

 

 商人にとっての契約とは命の次に守るべきものだった。契約を結ぶにも、契約を破棄するのにも双方が納得する形でなければならない。これは暗黙の了解であり、これを破ればその商人はもう二度と商人をやっていく事は出来なくなるだろう。

 

 商人にとって信用とは絶対のものである。相手がどれだけ胡散臭かろうとも、対価を得られると確信すれば、必ず品物を用意する。そうして得た信用は次の取り引きへと繋がり、次第にそれは大きな取り引きへと変わっていくからだ。

 

「紙……ねえ。それとどんな関係があるのか俺にはさっぱりだ」

 

「僕にもさっぱりだよ。唯一つ言えるのは、今までの話し全てにサトゥナカ・コーヘーっていう人物の名前が見え隠れしてるんだ」

 

「はっきりと聞いたのか?」

 

「いや、この人物に関する情報は相当規制されてる。スフィーダでは誰も口を割らなかったそうだし、ウォームでも探すのに苦労した。それもあれだぜ? 王族が話しているのをこっそりと盗み聞いてやっとだ。偶然みたいなものだよ」

 

「サトゥナカ・コーヘーねえ。ふざけた名前だ」

 

「酷い事言うねえ。僕はそう思わないよ。むしろ特別な感じがして好ましい。ああ、楽しみだなあ。サトゥナカ・コーヘー。僕の送った傭兵団がお口に合うといいなあ」

 

「ん? お前今なんて言った?」

 

「特別な感じがして好ましいってところかい? ああ、それとも傭兵団がお口に合うといいな、の部分かい?」

 

 そうだった……。セラムは必ず初見の人間の力量を測るためになんらかの試験をする。それこそが人の心が読めないとタレンが評する理由だった。

 

 しかも、セラムの場合はそれで相手の人生を破滅させかねないのだ。どれだけ初見で相手の事を気に入ったとしても、その試験を超えられなかった者は彼と取り引き出来ない。

 

 一応、残念そうにはするのだが、信用のおけない相手とは取り引きをしないという自身の定めるルールに則って、セラムは以降、その人間とは関わらない。

 

 情けない事に、タレンはそれを失念していた。これ程長く彼と付き合っているというのに。いや、だからこそだろう。久しぶりに見るセラムの楽しそうな様子に、自身も知らずの内に浮かれていたのだ。

 

「情けない……」

 

 タレンは自身の不明を恥じるように小さく呟いた。だが、その呟きをセラムはしっかりと聞いた。その言葉に込められた意味も。そして、その上でこう言った。

 

「大丈夫だよ。サトゥナカ・コーヘーは必ず傭兵団を返り討ちにするさ。彼は間違いなく僕らの期待を上回る人間だ」

 

 ――もっともサトゥナカ・コーヘーが本当に人なのかすら、わからないけどね。

 

「そうかい。俺はお前にその癖を治してもらいたいよ。それか、俺の心臓に毛を生やしてもらいたいもんだ」

 

「ふふふふ、はははは! 君ならその内本当に心臓に毛が生えるかもね」

 

「そうかい……」

 

 楽しそうに笑うセラムを見ている自身の表情もまた、楽しそうにニヤけている事に、タレンは気が付かなかった。


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