嫁を育てて世界を救え!~異世界転移物語~   作:妖怪せんべえ

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5話 men of destiny

荷物をまとめるにあたって家から持参したかばんに入れてきたものを確認した。きびだんごに各種薬、ライター、ナイフ。使えそうなものはこんなところか。

 

「アンジェは騎士長と面識があるのか?」

 

 王宮へと早足で向かう道すがらアンジェに聞いてみた。いくら緊急時とはいえ、余裕を失えば命も失う。世間話ってのは意外と大事だからな。

 

「ええ。私は元々この国の騎士団見習いだったんです。でも、人と神族には隔たりがあるみたいで、適応出来なかったんです」

 

「適応ってのは?」

 

「そうですね……体が人よりも強い事は話しましたよね? それに関係して人を強くするはずの訓練が私達を弱くしてしまう場合があるんです。それでもなんとか頑張ろうと思ってたんですけど、無理が祟って倒れてしまったんです。その時に、騎士長は私がヴァルキリーである事を見抜いて、見習いから外したんです」

 

 さらっと言ったけど今のは結構重要な情報だったな。人の常識を当てはめちゃいけないってのは、アンジェを育てる上で良かれと思ってやった事が裏目に出る事があるって事だ。 

 

 何が一番アンジェを成長させるのかは手探りで見つけていくしかないのかなあ。こういう事こそハウトゥーファンタジーに書いてあってほしいけど、あのクソ意地悪な天使の事だ、どうせ意図して書いてないんだろうなあ。

 

 というかまずい。今の話し思いっきりわかんないところがあった。多分この世界の常識に関する話しだ。

 

「ごめん、俺この世界の事に疎いからさ、今の騎士長がヴァルキリーである事を見抜いてってところの意味がわからなかった。神族はやっぱり珍しいの?」

 

「いえ、神族自体は広く認知されています。神族は人間社会に溶け込むために大半が人と似た容姿をとっていて、神族と言っても一部を除いて特別視されるという事はありません。ですが、その一部は人とは比べ物にならないほどの力を持っています。恐らくそうなる事を望んで私を見習いから外し、別の訓練をさせていたんだと思います」

 

 うーん。ダメだ。全体像を把握出来ない。神族はなんとなくわかったけど、この世界における人以外の他の種族はどう扱われてるんだ? こればっかりはなあ、この世界を生活する上で徐々に獲得するしかない常識なんだろうな。

 

 しかし、恐らくは貴重な神族であるアンジェをあんなになるまで酷使するなんてどれだけこの国は余裕がないんだ。本人も言ってたけど、下手したら死んでたんだぞ。人の嫁を不当な扱いしやがって。

 

「そんな顏をしないでください。しょうがないんです。この国は今本当に食べるものがないんです。少しとはいえ食べさせてもらえていただけありがたい事なんです」

 

「そうは言ってもなあ」

 

 思わず溜息が出てしまった。しょうがないとはいえアンジェが不自由していた事に変わりはないからな。

 

「それで話戻るけど、その一部の神族が持ってる力ってのは生まれ持ってのものなの?」

 

「いえ、ほとんどが後天的なものです。ここからは私達戦乙女の話しになりますが、私達は人と成長の仕方が違うんです。戦闘による経験の他に何を成したかによって力を増します。力を持っているほとんどの戦乙女は国の英雄だったり、なんらかのシンボルです」

 

「それは当然アンジェにも当てはまるんだよな?」

 

「ええ。私は公平様に尽くすだけでも強くなりますよ」

 

 なんて言って微笑むアンジェは昨日よりも美人だった。この微笑みを見ているともっと育ててあげないと、なんていう使命感に駆られる。そのためにはもっと俺自身が成長して育成能力を上げて固有スキルを獲得して、貢がなきゃ。

 

「そういえば、そろそろ王宮だけど騎士長がどこにいるかわかる?」

 

「この時間だと恐らく鍛錬をしているはずですから、王宮内の庭ですかね」

 

 騎士長はアンジェの言った通り王宮内の庭で鍛錬をしていた。栄養失調で肋骨が浮き出ていたが、弱々しい印象は抱かなかった。俺の視線に気がついたのか騎士長はこちらを見て不審そうな顏をした。

 

「なぜお前がここにいる? 使者はまだ送っていないはずだが?」

 

「話しがあるんです。あなたがこの話しを信じるかどうかによって俺の行動は変わります。あなたはこの国を愛していますか?」

 

「俺はこの国に命を捧げた身だ。それがどうした?」

 

「恐らく今日この国はドミーナ王国に滅ぼされます」

 

「……口に気を付けろよ。商人だかなんだか知らないが、この国を貶めようとしているのであれば俺はお前を斬る」

 

「今ここであなたが取る行動で、この国の先行きが決まります」

 

「いい加減にしろ」

 

 騎士長はこちらにずかずかと近寄ってきて、剣を俺に突きつけた。選択を間違えばこの男は容赦無く俺を斬る。そう納得させる何かがあった。

 

「騎士長! 公平様が言っている事は本当なんです!」

 

 見かねたアンジェが助け舟を出してくれた。けど、無意味だろうな。

 

「貴様は黙っていろ!」

 

 ほらやっぱり。結局は俺を信じさせるしかないんだ。覚悟を決めろ。ここが分水嶺だ。俺はしっかりと騎士長の目を見た。

 

「あんたにとっちゃ与太話に聞こえるかもしれないが、こっちは本気で言ってる。偵察させてみろ。位置も人数も把握してる」

 

「……」

 

「嘘なら俺の片腕をくれてやるよ」

 

 俺達はしばらくの間睨み合った。その間騎士長が突きつけた剣は微動だにしなかった。彼の愛国心が現れているようだった。

 

 だが、そんな時間も終わりを告げた。視線は決して外しはしなかったが騎士長が突きつけた剣を引いた。

 

「詳しく話せ」

 

 ひとまずは信じてくれたみたいだな。だが、本当の戦いはここからだ。賭けるのは命か生活か。どっちを失っても終わりだ。

 

「追い払う算段も立ててる。何か書くものが欲しいな」

 

「付いて来い」

 

 そう言われて着いたのは恐らく作戦室だった。作戦室は俺が昨日訪れた謁見の間よりもかなり内部にあった。恐らくは一部の人間しか訪れる事が出来ない場所。

 

「敵は西の方角から50人規模で来ます。到着予想時間は15時。今から大体6時間後ですね。目的は不明ですが、何か思い当たる節はありますか?」

 

「わからん。今更この国を攻める理由が見つからない。そもそもなんでそんな事がわかる?」

 

 そこを突かれたかあ。騎士長にハウトゥーファンタジーの事話す訳にはいかないしどうっすかな。

 

「私です。公平様のおかげで戦乙女の能力が少し使えるようになったんです」

 

「何!? それは本当か!?」

 

「はい。ですから、15時にここは確実に攻められます」

 

「成る程。戦乙女の力だったのか。それならそうと最初に言えばいいものを。……しかし、こんな短期間で成長するものなのか……?」

 

 アンジェのおかげだって言ったらすぐに信じるのね。お兄さん気合入れて損しちゃったじゃなーい。まあいい。話しが円滑に進むのなら文句は無いさ。

 

「さて、信じてもらえたところで話しを戻します。敵が来る方向がわかっているので撃退するのは簡単です」

 

「しかし、こちらはまともに戦える兵ほとんどはいないぞ?」

 

「弓引いたり、家壊したりしようと思ってたんですけど、それくらいは出来ますよね?」

 

 弓も使えなかったらせっかくたてた作戦がパアになってしまう。その展開だけは勘弁してくれ。

 

「その程度であればなんとかなるかもしれない。だが、あまり期待はしないでくれ」

 

「ちょっと先行きが不安ですけど、とりあえずまずは家壊してください。木造の。んで、細かくしてよく燃えるようにしてください」

 

「……何を考えている?」

 

「敵を燃やします」

 

「……面白そうだな。教えろ」

 

「実はね」

 

 騎士長に近づいて作戦の概要を伝えた。それを聞いた騎士長は邪悪な笑みを浮かべた。この人案外俺に似ているのかもしれない。

 

「それじゃ、俺はちょっとやる事があるんで後は頼みます」

 

 俺は最低限の指示を騎士長にして王宮を後にした。何故この状況で王宮を出たかというと、部屋に一度戻りたかったからだ。部屋でやりたい事があった。

 

「アンジェ。ようこそ俺の城に」

 

 そう、やりたかった事とはアンジェに俺の部屋を紹介して、簡単にここに至るまでの経緯を説明したかったのだ。

 

「中に入ってくれ。ちゃんと話すからさ」

 

 部屋に招かれたアンジェはどうすればいいかわからないようだった。それもそうだよな。きっと全部見た事の無いものだ。パソコンも冷蔵庫も暖房器具も。

 

「これって……」

 

「薄々感づいていたかもしれないけど、俺、本当はこの世界の人間じゃないんだ。天使に連れられてこの部屋ごとこの世界に来たんだ」

 

「天使?」

 

「そ。この世界を救え! だとさ。いい迷惑だ」

 

 この世界がちょっと楽しく感じてきてるのは内緒だ。

 

「今朝言ったハウトゥーファンタジーも天使に与えられたもので、メアリーは天使の使い。昨日あげたおにぎりとかは俺が元々いた世界のものなんだ」

 

「わかった? メアリーは偉いのよ」

 

 ちょろちょろと飛び回りながらいっちょまえに偉そうにしているメアリーはこの際見なかった事にしよう。ここで構うと話しがこんがらがる。

 

「アンジェ。改めて、俺に協力してほしい」

 

「公平様。失礼します」

 

 唇に訪れた柔らかな衝撃。なんの前触れも無くいきなりキスをされた。

 

「んっ……」

 

 アンジェの体が一瞬輝いた。と同時に淡い存在感の薄い羽がアンジェに生えたが、すぐに消えてしまった。

 

「公平様。これで、私は名実ともにあなたのものになりました。あなたに尽くさせていただきます。どうか、どうか私を捨てる事だけはしないでください」

 

「え、ちょ……え?」

 

「わあ! すごい! 育成度が!」

 

 メアリーが横で何かを言っていたが、頭に入ってこなかった。今俺はアンジェの事以外眼中に無かった。

 

「戦乙女にとって口づけは、私の全てをあなたに捧げるという意味があります。公平様」

 

 ああ、そうか。ここから始まるんだ。俺とアンジェは。これで、これでやっと対等な関係だ。俺も、アンジェに俺の全てを捧げよう。

 

 横でメアリーが広げているハウトゥーファンタジーを見ると今の結果が書かれていた。

 

『戦乙女アンジェ。愛情度20 レベル3 育成度120』

 

『里中公平 育成能力40 経験値500』

 


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