2日目
クソ硬いベッドのせいでろくに眠る事が出来なかった。ものすごく眠い。こんな事なら無理をしてでも一度我が12畳の城へ戻って寝ればよかった。目を開けるのが億劫だ。一瞬開いたけどすぐに閉じてしまった。
何も無ければすぐに二度寝するんだけどなあ。今日は王宮の使いが来るから準備しないといけない。
「おはようございます」
眠気でシパシパしている目を開けると、目の前一杯にアンジェの顏があった。寝起きから美人を見れるってのはこんなにも素晴らしいんだな。
「おはよう。一日寝ただけで随分と血色が良くなったな」
「昨日頂いたご飯のおかげです。本当に感謝してます。いくら神族でも、あのままでは力尽きてしまう可能性がありましたから」
神族って案外もろいのか? それともそれ以上に長い事不当な扱いを受けてきたのか。いずれにせよ元気になったみたいでよかった。
「元気になったみたいでよかったよ。朝ごはん持ってきて貰えるかな?」
「もう持ってきてあります。さっき持ってきたばかりなのでまだ暖かいですよ」
「お、気が利くね。サンキュ」
さて、寝起きだし歯でも磨くかな。俺の知っているものよりも大分粗雑だけど、歯ブラシはちゃんと存在してるみたいだし。
こういうのを見てて思うけど、どこまで俺の常識は通じるんだろうか? もっと言えば思考の方向の差はどれだけあるのだろうか。
例えば今持っているこの歯ブラシ。これの持ち手の部分を鋭く削れば簡易ナイフになる。剣という概念が存在している以上この程度は常識として通用するだろうけど、排泄物を肥料として扱う事は? 昨日スープが入っていた木皿を薄くして刃を付けたら武器になるという事は?
現状俺の強みはこの思考の差と、これから何が起こるかが書かれたハウトゥーファンタジーの存在だ。これらを最大限活用して有用な固有スキルを入手するまでの時間を耐えしのぐ。でなければ待っているのは嫁さん1人養う事が出来ない貧乏生活だ。
「いただきます」
3人でおんぼろの小さな食卓を囲む。出された食事は昨日と同じようなスープ。変わったのは具材の肉がニンジンにダウングレードしたところだけ。硬いパンも相変わらずだ。
そしてメアリーは相変わらず俺の周りをちょろちょろと飛び回っている。
「メアリー。食べてる時ぐらいは本をしまいなさい」
メアリー用に小さく砕いたニンジンとスープを木のスプーンにのせて食べさせてあげてるけど、さっきから一向にハウトゥーファンタジーから目を離さない。そんなに気になる事が書いてあったのか?
「今大事なところを読んでるから許してー」
「ふふ、メアリーったら案外子供らしいところがあるんですね」
なんて言ってるアンジェはすごい柔らかな微笑みを浮かべていた。子供が好きなんだろうか。メアリーを子供扱いしたら怒りそうなもんだけど、今はハウトゥーファンタジーに夢中で聞いてないみたいだ。
「ダメだこりゃ。メアリーは子供だなあ」
「聞こえてるわよー」
「聞こえているなら本を読むのをやめろよ」
「いいのー? この後すっごい事が起きるみたいだけど、メアリー知らないよー?」
「なんだよ? 何が起きるんだ?」
「メアリーの事子供扱いした事謝らないと教えてあーげない」
そういうところが子供なんだよ、メアリーちゃん。まあ、メアリーの場合は妖精だから色々と変わってるもんな。仕方ないか。
「ごめんごめん。それで? 何が起きるの?」
「えーとね。ドミーナ王国がスフィーダ王国を攻めに来るわ」
ドミーナ王国ってのは確かスフィーダ王国と戦争してた国か。スフィーダ王国に勝って作物が取れる土地を奪われたって言ってたな。
俺の見立てじゃスフィーダ王国はもう放っておいても遠くない未来食料不足で潰れる。そんな国を攻める理由は? 単純な領地拡大にしても腑に落ちない点が多いな。
「メアリー。それはいつの話し?」
「今日よ」
「今日!? もっと早く言って欲しかった……。のんきに朝飯食ってる場合じゃない。どこから何時に来るとかもっと詳しく教えてくれ」
「なんでよー? せっかくハウトゥーファンタジーがあるんだから逃げればいいじゃない」
「それじゃダメだ。交渉材料が少ない俺達は国力の弱いところで信頼を勝ち取る必要がある。スフィーダ王国はもってこいの場所なんだ。今潰されるわけにはいかない」
くっそ。ゆっくりやろうと思ってたのに予定がパアだ。考えろ。どうすれば最善の結果を得られる?
「あの……何を話しているんですか?」
そうだった。アンジェはハウトゥーファンタジーを知らないんだった。時間が無いけどいい機会だ。軽く説明してやろう。
「これはハウトゥーファンタジーといって、これから先起こる事が書いてある本なんだ。の本を入手するに至った経緯とか色々とあるんだけど、今は時間が無いから話せない。未来を知れる本だとでも思ってて」
「そんなものが……」
アンジェは信じられないといった表情をしていた。ま、当然だよな。未来が知れる本があります、なんて言っても信じられないよな。
「あるんだな、これが。さて、事の重大さを理解してもらったところで作戦会議だ。メアリー、敵がどの方角からどの程度の人数で、何時に来るのか教えてくれ。簡潔に頼む」
「もう、しょうがないなー。西の方角から50人、15時に」
西っていうと俺の部屋のちょうど真逆か。50人って事はやはりこの国はその程度として見られてるという事だ。なおのこと潰されるわけにはいかない。
「15時って事は今が8時だから、大体7時間か。もろもろで実質5、6時間だろうな。敵の装備は? 金属製の防具は着てるか?」
「うーんと、着てるみたいだけど、騎士の装備ってわけじゃないみたい。動きやすさを重視した甲冑みたいね。でもそれなりに重装よ?」
15時に西から50人。時間は5、6時間。こっちの兵は疲弊しきってる。笑える条件だ。でも、ま、やるっていう選択肢しか無いんだけどな。
確かスフィーダ王国の西側は石床だったはずだ。加えて王様の言葉、住まいなら余っている。この国の建築物の多くは木製だ。ちゃんと考えれば燃えるはず。
よし! 作戦はまとまった。問題はこの国の兵が動いてくれるかどうかという事だな。唯一にして最大の問題だ。どうするかなあ。
「作戦は決まった。が、この国の人に信用してもらえる自身が無い」
「なんでよー?」
「考えないでもわかるだろ。いきなり現れたうさんくさい人間に軍権渡す国がどこにある」
「むー! やっぱり無理よー。アンジェを連れて逃げましょう」
くそ。逃げるのは簡単だ。でもいいのか? いや、ダメだ。ここで逃げればスフィーダ王国は間違いなくドミーナ王国の領地になる。そうなれば俺の部屋も攻撃される危険性が出てくる。どうすれば。
「……騎士長に話しを通せばなんとかなるかもしれません」
それまで黙っていたアンジェが不意に口を開いた。
「ホントか?」
「ええ。彼は軍事に関する話しであれば柔軟な対応をとります。恐らくこの事を話せば最低でも偵察に行かせるくらいの事はするでしょう」
「よし、そしたら今から王宮へ行って騎士長に話しを通そう」
俺達は少ない荷物をまとめて王宮へと向かった。