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ウォーム王国を発って、ここスフィーダ王国に着いた時には既に空は傾き始めていた。眠りに落ちたのがつい先程のように感じるが、どうやら俺は3時間も寝ていたようだ。
「あ、ああああ。眠い……」
人間3時間寝たからといって疲れの全てがとれるわけではない。少しはマシになったが、体のダルさが未だに抜け切らない。それどころか筋肉痛になりはじめている箇所まで出てきている。なんだか寝る前よりも体調が悪くなった気がしてきた。
「今日、明日ぐらいはゆっくり休まれたらどうですか?」
アンジェが俺の身を案じて言ってくれた。自己管理が出来ない俺には、アンジェぐらい過保護に俺の事を心配してくれる人が必要だけど、だからといってアンジェの言う事を全部聞いていると作業が一向に進まないんだよなあ。
「休みたいのは山々なんだけどね。ほら、この後はカルド王のところへ行って報告しなきゃ。書簡の作成が遅れちゃうとこの後の事全部が詰まっちゃうから」
そう、スフィーダの国王、カルド王からウォームの国王、ブリッツ王への書簡が遅れてしまうと負の連鎖が始まる可能性が生じる。
書簡の遅れはウォーム王国に不信感を抱かれる原因になり得るし、こちらがもたついている内にドミーナ王国が態勢を整えてしまう可能性もある。そうなればウォームは急いでドミーナの扱いを決めるだろう。だが、その席に俺達スフィーダはいない。
それでは意味がないんだ。せっかく犠牲を出してまでドミーナに反旗を翻したんだ、払った代償以上の利益を得なければ面白く無い。だからこそ、ここで休む訳にはいかない。
「それは……そうですけど」
アンジェはまだ言い足りなさそうだったが、俺はそれをさえぎった
「大丈夫だから、心配しないで」
正直この大丈夫は自分に言い聞かせている部分もあった。前の世界で大好きだったストラテジーゲームが現実で出来るっていう事にとてつもなく興奮してたおかげで今までは疲れをあまり感じなかったけど、それもそろそろ限界かもしれない。
なにせ、生まれてこのかたこんなにもたくさん行動をした事がない。バイトがある日は1日それ以外の事は絶対にしなかったくらいだ。それが急に1日に2コも3コも行動を起こして戦闘の果てまでやってだからな、半分くらい超人に足を突っ込んでると言っても誰も怒らないと思う。
「なあ、もらった荷物どうすんの?」
騎士長が荷台に乗せられた大量の食料を指さしながら言った。
「3分の2はスフィーダに、残りはモントーネ村に配ろう」
これで当面の間は食料危機は去ったと見ていいだろう。この世界に四季があるのかは知らないけど、仮にあったとしてもこれだけ備蓄があれば一冬くらいは越せる。
これでスフィーダの問題は概ね解決したと言えるだろう。ドミーナに侵略される危険性も食料が枯渇する可能性も、どちらももうない。後は発展するだけだ。
「わかった。俺は積み荷の移動の指揮とかするからお前達だけでカルド王のところへ行ってくれ」
「あいよー。アンジェ、行くよ」
「はい」
「ねーねー」
今まで黙ってハウトゥーファンタジーに読みふけっていたメアリーが俺の髪を引っ張って自己主張した。
「どした?」
「すごーくいい事教えてあげようか?」
「うん」
「でもねー、説明するのにすごい時間がかかるから夜に教えてあげるー」
「え、いや確かに今は時間ないけどそんな事言われたら気になるじゃん」
「でも教えてあげなーい」
教える気がないなら言うなよ。めちゃくちゃ気になるじゃないか。いい事ってなんだ? さっきまでハウトゥーファンタジーを読んでいたからそれに関係するのは間違いない。
「なー頼むよ」
「だーめ」
俺は無言でメアリーをむんずを掴み、苦しくならない程度に軽く体をガクガクと揺らした。
「あ、あ、あ、あうう、うあや、め、ろおお」
「話す気になった?」
メアリーを自由にしてやった。するとメアリーは俺の目の前に移動し、ビシッと音が聞こえそうな程に勢いよく俺に指を突きつけた。
「もう! 絶対に! 教えてあげない!」
あーあ怒らせてしまった。まあでもメアリーは怒りが持続するタイプじゃないし、ほっとけばその内に機嫌が治るさ。
「ごめんって。ちょっとしたスキンシップだろー? そんな怒るなよー」
「やだ! こーへーなんて知らないんだから!」
「ふふ、喧嘩したらいけませんよ」
アンジェが優しく俺達をたしなめた。そのおかげか、メアリーは再び俺の肩という所定の位置に落ち着いた。
さて、カルド王が会議室にいる事は出迎えに来てくれていた兵士から聞いていたので知っている。
会議室は王宮の深部にあってそれなりに城門からは遠いのだが、馬車で移動した事に加えて、道すがらアンジェとメアリーとじゃれていたおかげか、もう目の前だった。
緊張で少し、手のひらが汗ばんでいる。ここまで全て順調にいっているが、思い出せばウォーム王国との契約の場にはカルド王はいなかった。つまり、俺はあの時この国の行く末をほとんど独断で決めてしまったのだ。いくらこの間の会談でスフィーダ存続を一任されたとはいえ、いささかやり過ぎ感は否めない。
なんて言ったところで結局これはスフィーダ存続に全部必要な事だからな。納得してもらうしかないんだよなあ。出来るだけ、穏便に済め。俺はそう思いながら会議室に入った。
「失礼します」
「おお、戻ったか。成果を聞かせてもらおうかの。とりあえずそこに座りなさい」
カルド王に促され、手近な椅子に座った。するとすぐに、従者が人数分の暖かいお茶を運んできた。俺はそれを一口飲み、話しを切り出した。
「約束通りドミーナを溶かしてきました」
「おお、本当か!」
「はい。正確には溶かしただけなので、まだ滅んではいないですが」
「いや、よい。大義であった」
「ありがとうございます。まずは、今回俺達がやった事を簡単ですが説明させていただきます。最初に、俺達はモントーネ村を解放しました。その際、モントーネ村をスフィーダ王国の領地とする事を約束させました。モントーネ村は食料の生産に向いた土地だったので、これにより更なる食料の安定供給が見込めます」
「おお、ついに我々も領地を広げる事が出来るのか。感慨深いのお」
「次に、すみません、これは俺の独断なんですが、ウォーム王国と重大な取り引きをしてしまいました」
「どういう事だ?」
「ドミーナを溶かすには、どうしてもウォーム王国の手助けが必要でした。そこで、俺は即物交換ではなく、先行投資という形でウォームの協力を仰ぎました」
「待て。先行投資とは何だ?」
面倒くせえ。また同じ事を説明しないといけないのか。この先も先行投資は重要になってくるし、その内書類を作ろう。そうすればいちいち口で説明する手間を省ける。
「先行投資とは目の前の利益に囚われずに、将来得られる利益を見据えて行われる取り引きです。今のスフィーダではウォームを満足させるだけの取り引きを行う事が出来ません。なので、今は主に我々が利益をもらい、将来ウォームに返すという事です」
「成る程。わかった。遮ってすまなかった、続けなさい」
「それで、先行投資とはいえ我々も何も差し出さない訳にはいきません。そこで、戦後1年間スフィーダの兵はウォームの兵としました。これにより、ウォーム側から要請があった場合、我々は必ず一定数をウォームに派遣しなければなりません」
カルド王はまゆをしかめ、すっかりと冷めてしまったお茶を口に含み、椅子に大きく腰掛けた。
何が納得いかない? そんなに兵を失うのがイヤなのか? いや、これは何かあると見ていいだろう。兵が減っては困る理由。絶対に何かある。
「ウォームと協定を結べば我々はドミーナの遺産を少なく見積もっても3分の1得ることが出来ます。更に、万が一の時は強力な食料地盤があるウォームから食料の支援も望めます。これでも何か心配事が?」
カルド王は溜息を1つ吐き、長いあごひげを引っ張るようになでながらこう言った。
「お主は知らないだろうが、ここは魔物の通り道なのだ。ここ何年かは何もなかったが、時として大量の魔物が国の近くを通るのだ。その際に漏れた魔物が、まれにここを攻めるという事がある。その時に兵をウォームに貸し出していたら……と思ってな」
おおっとお、ここにきてそんな新事実はいらなかった。参ったな。莫大な利益が得られても国が滅びたんじゃ笑い話だ。ハイリスクハイリターンの極致だな。
「何か対策をたてなければいけないですね。でも、当面の間はハウトゥーファンタジーがあるから大丈夫でしょう。定期的に読んでおけば危機を回避する事は出来るはずです」
「それもそうじゃな。わかった、ウォーム王国と正式に協定を結ぼう。書簡は持ってきているのだろう?」
「はい、ここにあります」
かばんからブリッツ王から預かった書簡を取り出し、カルド王に渡した――。
――バンっ!
会議室の扉が乱暴に開け放たれた。一体誰が、と思い振り返ると、騎士長だった。
「騎士長、何事だ。今は重要な会議中じゃぞ」
「すいません! しかし、緊急事態なんです!」
「何? どうしたん?」
「魔物の大群だ! お前の家にも来てるらしい。じきにここにも来る」
「ちょっと待って! それはマズイわ!」
なんだって! と叫ぼうとした俺よりも先にメアリーが叫んだ。なんだってメアリーがそんなに焦っているんだ。
「こーへー。あなたはここ最近の活躍でやっとお買い物スキルを獲得したのよ! さっき言ったいい事っていうのはそれの事」
「マジで!? やったじゃん!」
「喜んでる場合じゃないわよ! 利用するにはこーへーの家が絶対に必要なのよ!」
「マジで!? やべえじゃん!」
マジデデジマ、マジデジマ。ちょうやべえよ。魔物とか人2人でなんとかなるもんじゃないでしょ。
「公平、それが本当なら真面目にやばいぞ。この事を伝えたのはハリスなんだ。今トマスは1人でお前の家を守っている事になる」
「うああ……」
なんも言えねえ! 頭が痛くなってきた……。ダメだ、落ち着け。深呼吸をして脳に酸素を取り込むんだ。そして、冷静に物事を対処するんだ。
「とりあえず今攻められてるのは俺の家だけなんだよな?」
「ああ。だが、じきにここにも来るはずだ。どうする?」
マズイぞ。どうする? こうしている間にも俺の家は魔物によって倒壊されているかもしれない。ここから家までどう急いでも20分はかかる。その頃にはトマスは死に、家はスクラップだ。何か。何かないか?
「公平様、恐らく私の足なら間に合います」
「アンジェ?」
「今の私なら公平様の家まで5分かからないはずです」
おいおい、待て待て。いつの間にアンジェは人の理から抜けだしたんだ。この間までは一応人の領域に収まっていただろう。その成長速度はおかしい。
「その代わり、魔物を撃退するまでの間公平様の護衛を務める事が出来なくなります。どうしますか?」
そんな事迷うまでもない。色々と疑問は残るが、選択肢は一択だ。
「頼む。俺の家を守ってくれ」
「はい」
アンジェは微笑みそう言った。そして、俺の手を一度握って、すぐに部屋を出て行った。
「よし! 家はアンジェに任せた。ならば俺達は国の防衛だ。指揮は俺が執る。騎士長はすぐに兵に準備をさせて。その後で作戦室で俺と作戦を練ろう」
「任せろ!」
そう言って騎士長は来た時と同じように大きな音をたてて扉を開け、部屋を出て行った。
「わしはどうすればよいかの?」
「王様はどーんっと座って待っててください。絶対に勝ちます。だから、その間にウォーム王国へ向けた書簡を完成させててください」
「うむ、わかった」
カルド王は力強く頷き、俺が渡した書簡を持って部屋を出て行った。
さて、オープンコンバットだ。頼むぞハウトゥーファンタジー。俺の力になってくれ。