もしもな世界のラウラさん   作:キラ

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本編最終回です。


魔法

『昔々のとある国。シンデレラという名前の、それはそれはかわいそうな娘がいました』

 

 ナレーションの声とともに、用意されていた照明が一斉にステージ中央を照らし出す。

 文化祭本番。数ある体育館のステージイベントのひとつであり、私達3年2組の出し物である『シンデレラ』の演劇の幕開けだ。

 

「シンデレラ! まだ廊下の掃除が終わらないの! こののろま!」

「本当に使えない子ね」

『シンデレラは毎日、意地悪な姉達にこき使われ、馬鹿にされていました』

 

 ステージの床を雑巾で拭く私――シンデレラに向かって、偉そうな姉2人が罵倒の言葉を浴びせる。

 

「ご、ごめんなさいお姉様。もうすぐ終わりますから」

 

 姉の威圧に怯える様子を見せながら、弱々しい声を喉から絞り出す。

 先月の話し合いで『多数決により、シンデレラ役はボーデヴィッヒさんに決定です』と宣告されて以降、私は哀れな娘シンデレラを演じる練習を続けてきた。

 その成果を出すのが今日。特別なことは何もいらない。普段通りに演技を行えばいい。

 

「まったく、どうしてこんなのが家にいるのかしら」

「私達は舞踏会の準備で忙しいというのに」

 

 金髪のカツラを振り乱しながら、大股で去っていく姉達。

 ちなみに演じているのはなぜか弾と数馬だ。女子達が性格悪い女の役はやりたくないと希望した結果、気づいたらあの2人に役が振られていた。本人達はノリノリなので問題はないと思う。

 

「ああ、なんてこと。今日はお城で舞踏会があるというのに、私はいつも通り掃除をしているだけ」

 

 私はカツラはしていないが、左目にカラーコンタクトを入れている。シンデレラに眼帯を付けさせないための措置だ。

 

『姉達がお城に出かけ、途方に暮れていたシンデレラ。そんな彼女の前に、魔法使いが現れます』

「どうかしましたか。お嬢さん」

 

 魔法使い役の枝理が、笑みを浮かべて私に語りかける。フードを被っているため、表情のすべては見ることができない。

 

『シンデレラをかわいそうに思った魔法使いは、魔法で素敵なドレスとかぼちゃの馬車を用意してくれました』

 

 10秒ほど照明が落ち、魔法使いが長い呪文を口ずさむ。そうして場をつないでいる間に、私は急いでみすぼらしい衣装を脱ぎ捨て、裏方の誰かが持ってきたドレスに着替え、ガラスの靴(という名目の白いヒール)を履く。

 やがて照明が明かりを取り戻した時には、鮮やかな格好をしたシンデレラと、かぼちゃの馬車(のハリボテ)がステージ上に現れていた。

 

「魔法は12時の鐘とともに解けてしまいますから、注意してくださいね」

 

 魔法使いの忠告を受け、シンデレラはお城の舞踏会に向かう。この舞踏会は、王子の妻を決めるためのものでもあり、国中から美少女が集まっているのだ。

 

『数々の令嬢の中でも、シンデレラの姿は目立っていました。もちろん、よい意味で』

 

 魔法、か。

 持たざる者だったシンデレラの運命は、魔法にかけられたことによって大きく変わった。

 ……私と同じだ。そんなことを思った。

 言ってみれば、私にとっての魔法は織斑家という存在だ。あの場所で暮らすことで、私はシンデレラと同じく変わることができたのだ。

 

『そんなシンデレラに、王子が魅入られたのは当然のことでした』

 

 ステージの中央へ、ゆっくりと歩いてくる王子。

 役を演じるのは、校内一の天然ジゴロなどという、私を不安がらせる呼び名を持つ男。

 

「そこの美しい方。私と、踊っていただけませんか」

 

 恭しく礼をする一夏。大量の観客に緊張しているのか、練習の時よりもしゃべりがぎこちない。

 

「はい。喜んで」

 

 この配役は、私にとっても喜ばしいものだ。

 ……一夏は、現実でも私の王子様のようなものだから。

 以前そのことを冗談交じりに伝えたら、顔を真っ赤にして照れていた。

 そこで無言で抱きしめでもすれば、もっと格好がつくというのに。

 

『時間を忘れて王子と踊っていたシンデレラですが、気づけばもうすぐ12時。魔法が解けてしまう約束の刻です』

 

 かけられた魔法は、所詮ひと時のものにすぎない。シンデレラの華やかな衣装は、儚くも消え去ってしまう。

 

『突然王子のもとから逃げ出してしまったシンデレラ。彼女が落としていったガラスの靴を手がかりに、王子は愛する人を探し求めます』

 

 私も同じだ。いつまでも、居心地のいい織斑の家に留まっていられるわけではない。

 魔法は、いつか必ず解けてしまう。

 

『国中を探し回り、王子はついにシンデレラが住む家にたどり着きました』

 

 だが、心配することはない。

 

「あなただったのですね。あの時の美しい人は」

「……はい」

 

 魔法が消えても、王子様はシンデレラを見捨てない。

 真摯に愛して、そばにいてくれる。

 

『ガラスの靴の持ち主を見つけた王子。2人は誓いのキスをかわし、いつまでも幸せに暮らすのでした』

 

 ステージの中央。悔しがる姉達が見つめる中、シンデレラと王子は互いの顔を接近させる。

 もちろん、本当に口づけをかわす予定にはなっていない。これはあくまで、文化祭の演劇に過ぎないのだから。

 観客から私達の口の部分が見えないように立ち回り、うまい具合にキスをしているような外形を作り上げる。

 それと同時に劇も終演。ステージの幕がゆっくりと降り始めた。

 

『めでたし、めでたし』

 

 拍手が響く中、私と一夏は互いに視線を絡ませる。

 距離が近い。本当に、あと少しで唇と唇が触れてしまうくらい。

 だんだんと、体が熱を帯びてくるのを感じる。

 

「………」

 

 キスの意味は、知っている。恋人同士が、互いの愛を確かめ合う行為だ。

 私と一夏は、恋人関係。だが、キスを行ったことは一度もない。一夏が『まだ心の準備ができていない』と言うからだ。

 望まぬ行為を、無理に強要するつもりはない。だから、私は一夏にキスを求めない。

 ……でも。

 今の私は、ラウラではなくシンデレラ。そして目の前にいるのは、一夏ではなく王子。

 

 少しくらいのわがままは、許されるだろうか。

 

「王子様」

 

 幕が下がり、私達の上半身が隠れた瞬間。

 

「んっ」

 

 シンデレラは、王子に向かって一歩踏み出した。

 

「………!?」

 

 驚きようが、息遣いで伝わってくる。

 それを無視して、唇を押しつけ続けた。

 随分強引なシンデレラだと、我ながらおかしく思う。

 

「んむっ……」

 

 周囲の音が、徐々に聞こえなくなる。

 柔らかくて、甘くて、しびれるような感触。ずっと貪っていたいと思えてしまう、そんな感覚。

 それが私の、初めてのキスの味だった。

 

 ――もちろん、私達のしたことは舞台袖にいたクラスメイトに一部始終見られており、あとで一夏は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 私達が付き合っているのは事実なのだから、もっと堂々としていればよいのだ。

 王子に対する、私の数少ない注文のひとつである。

 

 

 

 

 

 

 進む学校が違っても、一夏との関係は変わらない。

 別々の場所で暮らそうとも、きっと心は離れない。

 そう強く思い、私はIS学園へ入学することを決意したのだが。

 

「あー、緊張した。自己紹介でこんなにどきどきしたの、初めてだ」

 

 4月。

 どういうわけか、私と一夏は同じ学園に通っている。

 

「仕方ないだろう。ISを動かせる男など、今までひとりもいなかったのだから」

 

 まったく、今思っても嘘のような話だ。

 まさか一夏が、女にしか扱えないはずのISを起動させられるとは。

 そして、一夏自身の身柄の安全のために、IS学園に在籍することになるとは。

 ……私にかけられた魔法は、まだ解けていないのかもしれない。

 一夏にとっては災難以外の何物でもないだろうから、手放しでは喜べないが。

 

「俺、これからやっていけるのか……?」

「そう落ち込むな。困ったことがあれば、いつでも私が力になってやる」

「ラウラ……お前だけが頼りだ。本当にいてくれてよかった」

 

 入学式直後のホームルームを終えた休み時間。泣き言を漏らす一夏を励ましていると、周囲の連中の好奇の視線が集まってきた。だが、それを気にする必要はない。

 

「……不思議な気分だ」

「不思議? 何がだ」

「今まで、私はお前に頼ってばかりだったからな。だが今回は、私が頼られる番だ。それが不思議で、なんとなくうれしい。一夏の力になれることが、うれしい」

「ラウラ……ありがとうな。うん、元気出た」

 

 暗い気持ちを捨て去るように、一夏は私に向かって笑いかけた。もう大丈夫だろう。

 

「よし。じゃあ早速あいさつに行ってくる」

「あいさつ?」

「ああ。あそこの窓際の席にいるの、昔近所に住んでた幼なじみなんだ。話したことあるよな? 篠ノ之箒って子のこと」

 

 ……ある。しっかり覚えている。

 篠ノ之箒。ISを開発した稀代の天才、篠ノ之束の妹で、以前は一夏とよく遊んでいた仲らしい。

 彼女との思い出を語る時、一夏は大概うれしそうだった。

 

「………」

 

 一夏に注目しているクラスメイトの中で、一際強い視線を送っている女。あれが篠ノ之箒か。

 顔立ちは整っており……胸は、かなり大きい。

 

「待て、私も行く」

「え? ラウラも?」

「お前の大事な幼なじみだ。きちんとあいさつをしておかなければな」

 

 どうにも胸がもやもやするので、一夏について行くことにした。

 

「そうか。じゃ、一緒に行くか」

 

 席を立って歩き出す一夏。それに並ぶような形で、私も篠ノ之箒の座る席へ向かう。

 あたりをぐるりと見渡すと、ひとりの女生徒と目があった。見覚えのある顔――イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだ。

 

「何が、起きるのだろうな」

 

 意図せず、そんなつぶやきが漏れてしまった。

 これから先、様々な出来事が待ち受けているであろうことは、容易に予想できる。

 私の隣に立つ男は、それだけ特別な存在になってしまったのだから。

 時には、困難な壁が立ちはだかることもあるかもしれない。それこそ、想像もできないような大きな壁が。

 だが、それでもきっと、大丈夫だと言える。

 2人で並んで、一緒に歩いていけば。

 好きな人と、ともにいられれば。

 

 そうだろう? 一夏。

 




これで「もしもな世界のラウラさん」の本編は完結です。近々番外編を投稿する予定ですが、とりあえず一言。ここまで拙作にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

この話は「ラウラが以前から日本に住んでいたらどうなるのか」という一発ネタからできたものであり、前に僕が書いたセシリアヒロインものの作品と同じく、最初から短編で終わらせるつもりの小説でした。続きを要望してくださる声は本当にありがたいのですが、今のところは大まかなプロットも思いつかない状況ですので、IS学園編は各自のご想像にお任せするという形をとらせていただきます。

IS二次創作のくせにISが1回も出てきませんでしたが、まあこういうのもありなんじゃないかと思います。多分。
あと、短編ということもあって必要最低限の部分しか描いていないです。一夏とラウラの周囲の人間とのこととか、詳しく描けば話数は倍に膨らむと思うのですが、テンポ重視にした次第です。でも大事な場面の心理描写は丁寧に書くことを心がけました。できているかは別問題として。

今回はラウラ単独ヒロインのお話でした。以前に鈴ヒロインの作品、セシリアヒロインの作品、ヒロインと言えるかは微妙だけど一応箒がメインの作品を書いているので、これでヒロインズ5人中4人の話を書いたことになります。残りはシャルなのですが、ネタが思いつかないのでどうにも書けないです。

ほんわかした話が書きたいと考え、いちゃいちゃ成分多めでお送りしたわけですが、気づけば相当な数のお気に入りや評価、感想をいただいていました。ありがとうございます。

僕はセカン党なのですが、ラウラのことも好きです。なので、この作品を読んで少しでもラウラ好きの方が増えてくれればいいなと思います。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、番外編もよろしくお願いします。

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