あと2話ですが、もうしばらくお付き合いください。
中学最後の夏休みが終わり、新学期に入った。
この時期になると、生徒達は10月頭に控えた文化祭の準備に追われて忙しい日々を送るのが通例だ。それは受験を控えた3年生も例外ではなく、むしろ最後の思い出づくりにしようと張り切っているメンバーも多い。
「やっぱり美人だよねえ、この子」
「セシリア・オルコットかあ。この見た目のよさに加えて代表候補生って、神様は不公平よね」
休み時間にぼんやり周囲を眺めていると、ラウラの席を取り囲む形で人里さん達が集まっているのが目に留まった。どうやら誰かが持ってきたらしい雑誌の中身について話してるみたいだ。
別に盗み聞きの趣味があるわけじゃないんだが、他にやることがないのもあって勝手に会話が耳に入ってきた。
「イギリスの代表候補生か……」
「ん? ラウラちゃんどうかした?」
「いや、以前このセシリア・オルコットの試合映像を見たことがあるのだが、基本に忠実なスタイルという印象だったのだ。だから苦労するかもしれんと思ってな」
「どういうこと?」
目をぱちくりさせながら尋ねる灯下さんに対し、ラウラは淡々と自分の考えを述べる。
「イギリスの機体は、基本的に最新技術重視で少々トリッキーなものが多い。決してバランスを軽視しているわけではないのだが、この者には合わない可能性があるということだ」
「へえ、そうなんだ。じゃあバランスが取れてるのはどこの国?」
「やはりラファールを開発したフランスだろう。他には、中国も機体全体の安定性に気を遣っているように思える」
「なるほどー」
ぱちぱちと小さく拍手を鳴らす灯下さん。人里さんと中入江さんも、感心したような顔つきでラウラを見つめていた。
「ラウラちゃん、ISに詳しいんだ」
「なんか先生みたいだったよ」
「……まあ、ISについてはいろいろと興味があってな」
昔ISを動かしていたという事実は伏せて、誤魔化すような笑みを浮かべるラウラ。
「空を自由に飛び回ることができる。あれは、素晴らしい発明だ」
けれど、決して嘘を言っているわけではないように見えた。
今の感慨深げな表情は、彼女のISに対する本心を表している。俺にはそう思えた。
「おーい、一夏」
ちょうどその時、トイレから帰ってきた弾が俺の席にやって来た。
トイレというのは推測にすぎないが、授業が終わった瞬間廊下に急いで飛び出していたので間違いないんじゃないかと思う。
「どうした」
「お前、文化祭の劇で何やるつもりだ?」
うちのクラスは、文化祭の出し物で劇をやることになっている。題目は、先日のホームルームでの話し合いにより『シンデレラ』に決まった。
「何って……普通に裏方かな。演技苦手だし」
「つまんねー回答だな。王子様やれよ、王子様」
「はあ? なんで俺が」
「だって、シンデレラ役はラウラちゃんになりそうなんだぞ?」
抗議の声をあげようとしたら、それを遮る形で驚きの事実を伝えられた。
「マジか」
「だって見た目ぴったりだろ。シンデレラって西洋の雰囲気たっぷりの話だし。あの子を推薦しようって奴、かなり多いぜ」
「そうなのか……でも、それと俺が王子様をやるのとは関係なくないか」
確かに俺も、外見だけならラウラがシンデレラ役をやるのに異論はない。
けど、だからといって俺まで主役級を担当する必要はないはず。
という考えを素直に言うと、弾にニヤニヤしながらこう返された。
「いいのかー? 劇とはいえ、ラウラちゃんと他の男子が結ばれるんだぞ?」
「劇なんだから当たり前だろ」
「本当にいいのか? 嫉妬とかない? なら俺立候補しようと思うんだが」
「む……」
何度も念を押されるように尋ねられたので、心の中でよーく考えてみる。
ラウラが、他の男子と……
あれ。なんか腑に落ちない感じがする。
*
改めて振り返ると、そういう素振りは何度も見せていたような気がする。
IS学園の授業の内容や生徒について、千冬姉によく尋ねていたこと。
学校からの帰りに本屋に寄ると、俺が漫画の新刊を探している間は大抵IS関連の雑誌の前に立っていたこと。
「なあ、ラウラ」
秋の涼しさを感じ始めた木曜日の夜。
リビングのソファーに座るラウラの膝の上には、『インフィニット・ストライプス』というタイトルの雑誌が広げられていた。
「どうした?」
「その雑誌って、ISの特集してるやつだよな」
「ああ。ただ、どちらかというとISそのものではなくISに乗る人間の方について詳しく書かれている。今回も一番大きな記事はイギリスの代表候補生に関するものだ」
俺が声をかけると、彼女は雑誌から視線を上げて丁寧に説明をしてくれた。
「ちょっと聞きたいんだが」
ラウラが初めて家にやって来た日。俺は千冬姉から、ラウラの前でISの話はしないようにと頼まれた。理由は、彼女の傷ついた心をむやみに刺激しないため。
……時が経つにつれて、ラウラは自分からISについての話題を口にするようになった。
もちろんそれは、彼女の心がある程度癒えた証拠なんだと思う。辛い記憶を連想させてしまう言葉に対して、怖がることがなくなったんだろう。
でも、単純にそれだけじゃない気がする。これだけ積極的にISの情報を仕入れているということは、ラウラにとってのISは、ただの嫌な思い出の代名詞などではなくて。
「好きなのか? IS」
向かいの椅子に腰を下ろし、ラウラの目を見て尋ねる。
俺の質問に対して、彼女は少しの間目を伏せ、それから微笑を浮かべて口を開いた。
「そうだな。はっきり言ってしまえば、好きということになるのだろう」
返ってきたのは、肯定の言葉。
「軍にいた頃から、私はISというものが気に入っていた。ただ、なぜ気に入っていたのか、本当の理由を知ったのはここに来てからだ」
「本当の理由?」
「最初は、画期的なまでに優れた兵器だから魅力的に感じたのだと思っていた。だが奇妙なことに、軍を離れた今も私はISに興味を抱き続けている。もはや、兵器としての性能など気にしていないというのに」
軍の人間として、使える兵器を好きになったわけじゃなかった。そういうことだろうか。
だとすると、ラウラがISを好む理由というのは。
「単純な感情だったのだ。あれだけの動きを人間にとって可能にした存在に、自由というものを感じ、魅了された。きっとそれだけなのだろう」
「それは、俺もわかるかもしれない。ISってすごいもんな」
人生で一度くらいは乗ってみたいと思うけど、あれは男には動かせないからどうしようもないんだよな。束さんも、その辺なんとかしてくれればいいのに。そんなことを考えた回数も結構多い。
「一夏もわかってくれるか」
俺の反応を見て、ラウラは心底喜んでいるようだった。気持ちを共有できる仲間ができてうれしいのかもしれない。
……こいつは、本当にISが好きなんだろう。
「なら」
頭の中に浮かんだ、ひとつの考え。
それは、もしラウラがISに関心を持っているのならと、ずっと俺の心の中でくすぶっていたものだった。
「IS学園に行くとか、どうだ」
言った瞬間、ラウラの瞳が驚きに染まるのが見て取れた。それくらい、唐突な提案だったと自分でも思う。
「本気で好きなら、追っかけてみるのもいいんじゃないか? もちろん、事故で満足に力を出し切れないのは知ってるけど……パイロットだけじゃなくて、整備士も育てるんだろ、あそこ。そっちに興味があるんなら」
「………」
俺の言葉が途切れるまで、ラウラは黙って話に耳を傾けていた。
そして、全部聞いたうえで答えを返す。
「確かに、整備や研究方面に興味がないわけではない。それに実際のところをいえば、実技でもそこそこに動ける自信は今でもある。あくまでそこそこであって、上の連中に通用することはないがな」
「だったら」
「だが、行くつもりはない」
きっぱりと、彼女はそう断言した。すました顔で、はっきりと。
「今は、お前達と一緒にいたい。だから、藍越以外を選ぶことはない」
「……そうか」
真面目な表情を崩して、穏やかに笑うラウラ。それにつられて、俺も笑い返した。
でも、引っかかりはとれないままだ。むしろ今のやりとりで、余計に大きくなってしまった。
……ラウラが笑うまでの、ほんの少しの間。
彼女がどこか寂しげな、まるで何かを諦めるような顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。
*
「千冬姉。聞きたいことがあるんだけど、いいか」
土曜日の昼下がり。
ラウラが自分の部屋に戻っている間を見計らって、俺はリビングでコーヒーを飲んでいる千冬姉に話しかけた。
「どうした、改まって」
「ラウラのことなんだけど……あいつが今から準備したとして、IS学園の入試に合格することってできるのか?」
木・金の2日間で、できる限りIS学園について調べてみた。
それで、見た限りではラウラが通うのに特に問題があるようには思えなかった。
だから、今こうして千冬姉に相談している。
「あくまで、一教員としての意見にすぎないが」
コーヒーカップをソーサーに置いた千冬姉は、俺を見据えてゆっくりと息を吐いた。
「十分パスできるだろう。もともとISに関する知識は豊富で、実力のほども入試レベルであれば問題ないと言っていい。……だが、なぜそんなことを聞く?」
「それは……」
「ラウラに、IS学園に行ってほしいのか」
返答の仕方に悩んでいると、千冬姉が全部見越したような問いを投げかけてきた。
一番大事な核心の部分を話せと、そう言っているのだろう。
「俺は」
だから俺も、考えに考えた末の結論を素直に述べる。
「あいつのためになるのなら、行くべきだと思う」
一昨日、IS学園ではなく藍越を選ぶと言った時に、ラウラが見せた表情。
あれが、彼女のISについて学びたいという気持ちの表れだとしたら。
「確かに、俺達とは別々の学校になっちまう。IS学園は全寮制だから、この家にもいられなくなる。俺だってそれは寂しいし、嫌だ」
もうすぐ、ラウラと暮らし始めて半年になる。
15年生きてきた中での、たった半年。だけどその半年で、俺にとっては彼女がいる生活が当たり前になっていた。
その当たり前を失うのは、やっぱり辛い。
「でも学校が違うからって、一生の別れになるわけじゃない。休みの日に会うことくらいはできるんだ。だったらそこは我慢して、授業内容の違いを考えたほうがいい」
藍越とIS学園じゃ、やることが全然違う。
これは、休みの日に融通をきかせるとか、そういうことでどうにかなるような問題ではない。
「だから――」
締めの言葉を、俺は最後まで口にすることができなかった。
リビングのドアあたりで、何か物音が聞こえてきたからだ。
「あ……」
振り返ると、彼女がいた。
壁に寄りかかって、弱々しい瞳で俺を見つめるその少女は、悲しげな顔でゆっくりと口を開く。
「……一夏は、私と一緒にいたくないのか」
いつからそこにいたのか、詳しいところはわからない。
けれど、今の話の大事な部分は、確かにラウラに聞かれてしまった。それだけははっきりとしている。
「違う。俺だって、お前と会える時間が減るのは嫌に決まってる。でも全然会えなくなるわけじゃないんだし、ラウラがやりたいことを考えるのなら」
「もういい!!」
ここまで声を張り上げた彼女を見るのは、本当に初めてだった。
肩を震わせ、拳を握りしめ、顔をうつむけ。
それでもあふれ出してくる激情に、俺は気圧されるだけ。
「ずっとここにいればいいと、言ってくれたではないか」
思い出すのは、夏祭りで2人きりになったあの時間。
不安な様子を隠せないラウラに対して、俺は確かにその言葉を口にしていた。
でもそれは、物事を深く考えることもなく、ただ彼女の寂しそうな顔を消し去りたい一心で出たもので。
「失いたくない……」
無責任。
重い3文字の言葉が、心にのしかかってくるような気分だった。
「外に出てくる……!」
「お、おいっ」
俺の制止を聞くことなく、廊下へ出たラウラはそのまま家から飛び出してしまった。
玄関のドアが叩きつけられるように閉じる音が、痛いほど耳に残る。
「……最低だ」
残された俺は、後悔と自己嫌悪でいっぱいになった感情を吐き出すことしかできない。
傷つけてしまった。もう繰り返さないと強く思ったのに、また俺は間違えてしまった。
「こんなんじゃ、兄貴失格だよな」
ずっと静観していた千冬姉に向かって、同意を求めるように尋ねる。
俺はラウラのことを、妹みたいなものだと考えていた。だから兄貴分として、あいつの進路はよく考えてやるべきだと思っていた。
……勝手にあいつのことを思いやった気になって、それで辛い思いをさせてしまうんじゃ、本当に救いようがない。
「……ひとつ、思うことがある」
千冬姉の返事は、肯定でも否定でもなかった。
ただ真剣な眼差しで、俺に鋭い視線を送り続けている。
「兄である必要は、あるのか」
「えっ……?」
「お前とあの子の関係を、その枠に無理にはめこむ必要はあるのか」
それは、予想すらしていなかった問いだった。
意図を理解できない俺に向かって、千冬姉はさらに言葉を続ける。
「お前はまだ若い。確かに、兄としてラウラを導くことは難しいのかもしれない」
「………」
「だが、並んで歩くことならどうだ?」
並んで、歩く。
ラウラの前に立つのではなく、隣に。
それがどういうことかを考えて……俺は、自分の体が熱を帯びていくのを感じた。
「理解したようだな」
悪戯っぽく笑って、千冬姉は俺の頭を優しく撫でる。
こんなことをされたの、本当に久しぶりだ。でも心地よかった。
「今のラウラは、手に入れたこの場所を失うことを恐れている。決して私達のことを信用していないわけではないのだろうが、それでも不安が拭えないのだ。ここを離れれば、すべてを失ってしまうのではないかと」
「そんなこと……」
そんなこと、あるわけがない。
ラウラがこの家を出て行ったとしても、俺はあいつとの関係を断つつもりなんて毛頭ない。それは、千冬姉やあいつの友達だって同じなはずだ。
「だから、その不安を取り除いてやれ。言葉だけで足りないのなら、行動で示せ。そして、そのうえであいつに答えを出してもらえばいい」
俺が今、何をなすべきなのか。
その道しるべを、千冬姉は与えてくれた。まさにこれが、姉の仕事というやつなのだろう。
俺には、こんな格好のいい真似はできない。
でも、何もできないわけでもない。
「さて、どうする? お前が行かないのなら、私がラウラを迎えに行くが」
「いや。俺が行く」
俺がきっかけで起きたことだ。俺がなんとかしたい。
それになんとなく、この役目は誰にも譲りたくないと思えた。
「なら急げ。早くしないと日が暮れてしまう」
「ああ、行ってくる!」
千冬姉の言葉を背に、俺は靴を履いて玄関から勢いよく足を踏み出した。
すぐに駆け出し、移動しながらラウラの姿を探し求める。
「あいつ、足速いからな……!」
運動神経がいいから、今頃どこまで行っているのかわかったもんじゃない。
かたや俺は、ちょっと走っただけでもう息が乱れ始めている。
「鈍りすぎだろ」
バイト辞めて机に向かっていた弊害を、こんなところで痛感する。受験生だから仕方ないとはいえ、もどかしいことこのうえない。
「くそっ!」
泣き言を言っている場合じゃない。
体力が落ちていようが、今はただ走り続けるのみ。
*
そうして足を動かし続けて、何分経っただろうか。
「ぜー、ぜー」
坂道を勢いよく登りきったところで、完全に息が切れてしまった。
今まで休むことなく働いていた下半身が、ついに限界を迎える。
「はあ、はあ」
でも、十分だ。
息を整えながら、俺は視線の先にあるものを真っ直ぐ見つめる。
「……いた」
夕陽が照りつける高台の公園。俺と彼女が初めて心を通わせた場所。
その一番奥、街をもっともよく見渡せる位置で、銀色の髪が風になびいていた。
そこから見える景色を眺めているであろう彼女には、背後にいる俺の姿はまだ認識できていないはず。
「ラウラ」
声をかけた瞬間、彼女の肩がびくりと震えた。
「く、来るな」
「嫌だ」
拒否されるのはある程度予想していたので、ためらうことなく前に進む。
こちらを振り向いた彼女は、悲痛な表情で俺に訴え続ける。
「駄目だ。今お前と話したら、また物わかりの悪いことを言ってしまう」
一歩、また一歩。俺はラウラに近づいていく。
「わかっている。わかっているんだ。お前が、私のことを思っているからこそ、あんな話をしたのだと。……だが、私にはどうしても耐えられない」
ラウラは、俺に怒っているわけじゃない。俺のことを、信じられないわけじゃない。
「怖いのだ。この場所を失うことが、たまらなく恐ろしいのだ」
そう。ただ彼女は、失うのが怖いだけなんだ。
「お前や姉さんが、どれだけ優しい言葉をかけてくれても、不安が消えない。いつから私は、ここまで弱くなってしまったのだろうな」
自嘲の笑みを浮かべて、彼女は声を震わせる。
そんな表情、俺は見たくなかった。
「ごめん」
責任は、俺にある。考えなしに口を開いた、俺に。
……もう、ラウラとの距離はほとんど残ってない。濡れた瞳を、しっかり見ることができる。
「一夏は悪くない。悪いのは」
ついに、彼女の目の前にまでやって来た。
その瞬間、俺は。
「ラウラ」
「………っ!?」
声にならない叫び。
それを無視して、俺はラウラを正面から思い切り抱き寄せた。
「俺には、お前の兄は無理みたいだ」
間違えず、妹を導くことができる兄貴には、なれない。
千冬姉に言われて、もう一度よく考えてみた。
俺はラウラを、どう思っているのか。
いい兄貴でいたい――その気持ちの奥に、どんな感情があったのか。
「でも、一緒に歩くことならできる。お前の道案内はできなくても、間違うことがあっても、一緒に悩んで道を選ぶことはできるんだ」
サラサラの髪を撫でた時。ふと彼女の匂いが鼻腔をくすぐった時。浴衣姿でもたれかかってきた時。
いつも俺はどきどきして、胸の鼓動が高鳴っていた。
それが何を意味するのか。いくら俺が物を知らない中学生でも、いい加減わかる。
「好きだ、お前のこと。妹とか、友達としてじゃない。ひとりの女の子として、好きだ」
「なっ……え、な」
俺の告白に、まともな言葉を返すことができないラウラ。抱きしめているから顔は見えないけど、きっとめちゃくちゃ驚いているんじゃないかと思う。
「ラウラはどうだ? 俺のこと、好きか」
「あ、わ、私か?」
「ああ」
ただでさえ人生初の告白をかましている最中だというのに、その告白の相手を抱きしめているおかげで体が恐ろしく熱い。女の子の体って柔らかいとか、そんなことを意識していると本当にどうにかなってしまいそうだ。
「私は、その……お前といると心が安らぐし、お前がそばにいないと時々不安になる。そして、今は経験したことのないほど体が熱を帯びている」
ぼそぼそと、小さな声ではあるが答えてくれるラウラ。
「これを、好きだと言うのなら……私は、お前のことが好きなのだと思う」
「そうか。よかった」
腕の力を緩めて、少しだけ距離をとる。
真っ赤になったラウラの顔が、視界に入ってきた。
「なら、付き合ってくれないか。俺と」
「付き合う……恋人になれということか」
「もちろん」
ラウラも俺と同じ気持ちだったことが、本当にうれしい。
両想いなら、付き合ったってなんの問題もないだろう。
「それは、かまわないが……だが私は、恋人が何をするものなのか、よくわかっていないぞ?」
「そんなの、俺だって同じだ。これから一緒に知っていけばいい」
「なら、いいのだが」
一瞬声が裏返っていたが、OKの返事をもらえた。
これで俺達は、晴れて恋人同士になったというわけだ。
というわけだ、なんて言ってるけど、実感らしいものはあまり湧いてこない。これからわかってくるものなんだろうか。
「知ってるか? 恋人っていうのはさ、離れててもお互いを想う気持ちは全然弱まらないらしいんだ」
遠距離恋愛とか、よくある話だしな。月に1回、あるいはもっと少ない頻度でしか会えなくても、彼らは互いに愛し合うことができる。
「だから、そう心配するなよ。ちょっと離れたくらいで、俺がお前を大事に思う気持ちは変わりようがないんだから」
「一夏……」
「もちろん、他のみんなだって同じだ。ちょっとやそっとで、お前を見捨てたりなんてしない」
不安を、恐れを、どこかにやってしまいたい。
その一心で、俺はもう一度ラウラの体を強く抱きしめた。
「本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。俺を信じてくれ」
「……そうか」
不安げな色を含んでいた彼女の声が、穏やかな調子のものに変わっていく。
「IS学園に行きたいという気持ちは、確かにある。あの場所で学びたいというのは、本当だ」
「ああ」
「別々の進路を選んでも、お前は私を見捨てないか」
「当然だ。離れていたって、一緒に歩くことはできるんだからな」
寂しいようなら、毎日電話したっていい。今の世の中、連絡をとる手段なんていくらでもある。
「それなら……」
今までの兄妹という関係では、届かないものがあったのだろうか。
形はそれらしくても、血がつながっていないという事実は残るし、正式な手続きを踏んだわけでもない。
だから、本物になりきれなかったのかもしれない。ラウラの不安を消し去る、確かなものが得られなかったのかもしれない。
もちろん、時間をかければまた違った結果になると思う。本物の家族になれる可能性だって、ゼロじゃないと言える。
……ただ、半年という時間では、足りなかったというだけだ。
「それなら、私も選べるかもしれない。離れるという選択肢を」
恋人に血のつながりは必要ない。間違いなく、本物の関係になれるものだ。
そして、彼女はそれを信じてくれた。
そのことが、本当にうれしい。
「ありがとう、一夏。好きだ」
抱きしめていた体を離して、ラウラの表情をうかがう。
……それはもう、このうえないほどの満面の笑みを浮かべていた。
どうにも歯止めが効かなくなって、すぐまた彼女の背中に腕を回してしまうくらいの可愛らしさだった。
*
1週間後。考えを固めたラウラは、千冬姉にIS学園の入試を受けることを報告した。
千冬姉は満足げにうなずくと、ラウラの頭をぽん、と叩いた。頑張れ、という言葉とともに。
そこからは、俺もラウラも受験に向けての準備に明け暮れた。志望校は違っても、勉強が必要なことに変わりはない。
そしてその傍ら、一緒に過ごす時間を大切にすることも忘れなかった。来年の春になれば、毎日同じ家に帰るということもなくなってしまうから。
入試までの半年弱の間、俺達はかけがえのない日々を大事にして。
そうして迎えた、次の年の春。
俺は前代未聞の出来事を経験し、思い描いていた人生は大きく形を変えることになる。
『世界で唯一ISを動かせる男』という肩書きとともに。
いろいろありましたが、結局一夏とラウラの関係はこういう形に落ち着きました。
次で終わりなのですが、最後はエピローグということもあってあんまり長くならない予定です。
今回の最後の10行くらいで半年間を一気に進めたので、もしかしたら番外編でちょいちょい補完するかもしれません。本筋の話は次回で完結、これは確定です。全体の後書きもそこで述べます。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。