5月になった。
ゴールデンウィークに突入したが、千冬姉は相変わらず忙しいらしく帰宅予定はなし。
「ラウラさん。ちょっといいか」
俺と彼女の奇妙な同居生活が始まって、1ヶ月。
だというのに、変化らしい変化は何ひとつとしてなかった。
形だけのコミュニケーションしかない今の状態を、果たして同居と言っていいものか。
土日に帰ってくる千冬姉は、家にいる間はよく彼女の部屋を訪れている。どんな話をしているのだろうか。
「今から買い物行くんだけど、よかったら一緒に来ない?」
ラウラさんの部屋の前に立ち、中へ向かって声をかける。
今さら気づいたのだが、彼女はおそらくこの家に来てから一度も外出していない。
おそらく、とつけたのは、俺が学校に行っている間にもしかしたら外に出ている可能性があるからだが……出かけた形跡とか見た覚えがないし、多分1日中引きこもっているはず。
というわけで、気分転換に外の空気を吸うのはどうかと思ったわけだ。
「結構量が多いから、荷物持ちがいてくれると助かるんだけど」
適当に理由をつけて呼びかける。
少し待っていると、ドアがゆっくり開いてラウラさんが現れた。ジーパンにシャツと、今日も簡素な格好だ。
「……わかった」
「いいのか?」
「……衣食住を負担してもらっているから、荷物持ちくらいは」
外に出たいとかではなく、義務感から了承してくれたらしい。
まあ、今はそれでいいんだが。
「じゃあ、行こうか」
準備を10分ほどで終えて、俺達は家を出た。
スーパーで食材を買うのと、あとは電気屋で電球とかを補充する予定である。
「ついでだから、軽くこの辺の案内でもしようか」
あくまでついで、という風な態度を装って、俺はラウラさんにあれこれと説明をした。
あそこのパン屋のカレーパンはうまいとか、あの本屋はちょっと立ち読みしただけで店主が咳払いしにやって来るとか。
「………」
俺が話している間、彼女はただ黙っているだけだった。話を聞いているかどうかもわからないが、他にやることもないので俺は口を動かし続ける。
「で、そこにあるのが」
「あれ、一夏じゃねーか」
商店街近くまでやって来たところで、前方から見知った顔の男が。
「弾。奇遇だな」
「おう、ちょうどゲーム買いに来てて……うおっ」
クラスメイトで男友達の五反田弾は、俺の横に視線をやると突如のけぞった。
「そ、そこの麗しい女性は、いったい誰?」
「ああ」
どうやらラウラさんを見て驚いていたらしい。そりゃあ、俺がいきなり隣に外人さん連れて現れたら面食らうのも当然か。
「この人はラウラ・ボーデヴィッヒさん。事情は省略するけど、今俺の家に住んでるんだ」
「はあっ!? 住んでるってお前、お姉さん週末にしか帰らないんだろ? それ実質」
「あー、その辺は大丈夫だ。なんにも起きてないし、そういう関係でもないから」
弾の勘違いを早々に解いておく。そんな目で見られると、ラウラさんの方もいい気分ではないだろうから。
「ラウラさん。こいつは俺のクラスメイトの五反田弾っていうんだ」
「どうもはじめまして。一夏なんて放っておいて俺と遊びませんか」
「おい」
いきなりナンパを始めるな。この人はそんなにノリ軽くないぞ。
「………」
案の定、弾があれこれ気を引こうとしても無反応を貫くラウラさん。だんだん視線が冷たくなっているのは気のせいか、はたまた事実なのか。
「……じゃあ一夏、またな」
逃げたな、あいつ。
ナンパを諦めた弾は、ゲームソフトが入っているらしい袋を片手に走り去っていった。
「すまん。友達との話に付き合わせちゃって」
「……いや」
気にするな、ということらしい。彼女の返事は基本短いので、時々意図が読み取れない場合がある。今回のはわかりやすいけど。
「もうすぐスーパーだから」
その後も街並みを適当に案内しながら、目的の品を購入して無事帰宅した。
その間、ラウラさんはいつも通りほとんど無言。日本の風景に興味を抱いている様子もまったくなかった。
どうやら、俺の作戦は今回も失敗に終わったようだ。
*
「やっぱ条件的には藍越が一番だよな」
中3と言えば高校受験。普通の公立中学に通う俺も当然例外ではなく、こうして夜に志望校決めのための情報集めをネットで行っている。
重視すべきポイントは、学費と就職率。その点では、この藍越学園は俺の希望にばっちり当てはまっていた。
私立高校だが学費は安く、地元企業への就職がしやすいらしい。地理的にも家からそう遠くはないし、まさに理想的だ。
唯一問題点を挙げるとすれば、競争率が高いがゆえの偏差値の高さ。俺の学力で入試に合格できるかどうかは、当然だけどこれからの努力次第だろう。絶対無理、とまではいかないはずだ。
「もうこんな時間か」
今日は大ヒットを記録した感動映画が地上波初放送だったよな。せっかくだからラウラさんと一緒に見よう。
「ラウラさーん。映画見ないか? 評判いいやつらしいんだけど」
……待てよ。映画見ないかと誘っても十中八九断られるよな。彼女を部屋から出すためには、もうちょっと強引に誘うか、もっともらしい理由をつけなければ。
なんて考えていると、意外にもラウラさんはすぐにドアを開けて廊下に出てきた。
「もうすぐ始まるから、テレビに――」
「……来い」
「へ?」
次の瞬間、俺は腕をつかまれラウラさんの部屋に引きずり込まれていた。
必要最低限の家具しか置かれていない、質素な空間。彼女が住むことになって急遽用意したものなので、致し方ないと言えばそれまでだが。
ただ、生活感といったものまで感じられないのは気になる。
「……座れ」
ベッドを指さすラウラさん。女の子の寝る場所に座ることには抵抗があったのだが、彼女の有無を言わさぬ視線に逆らえず、素直に腰を下ろした。
初めて見る、彼女の意思のこもった瞳だった。
「えっと、急にどうしたんだ?」
俺の隣に腰かけた彼女に対して、困惑気味に尋ねる。怒っているのか、あるいは別の感情を抱いているのか、さっぱりわからない。
「……なぜ、私にそこまで気を遣う?」
「え?」
「聞いたのだろう。私のことを」
今までよりもはっきりとした声で、ラウラさんはそんなことを尋ねてきた。
気を遣う。前にも聞いたフレーズだ。
「無理に接しようとする必要はない。私は競争に負けた、ただの落ちこぼれなのだから」
「そんな……昔は優秀だったんだろ? 実力が出せなくなったのは、不幸があったせいだって」
「確かに、不慮の事故があったのは事実だ」
自らを卑下するのを止めようとする俺に対し、彼女は溜めこんでいたものを吐き出すかのように言葉を並べたてていく。
その表情はどこまでも暗く、まるですべてを諦めてしまったかのよう。
「脳への視覚信号伝達の速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化。それを目的とした肉眼へのナノマシン移植処理で、左目に不具合が起きた。それが原因で、私は満足な戦闘が行えなくなった」
眼帯で左目を隠しているのは、そういう事情があったからか。あの下は、いったいどうなっているのだろう。
「だが、それでも這い上がる機会はあった。教官の教えが優秀だったからだ」
「教官って、千冬姉のことか」
ラウラさんは小さくうなずき、自嘲気味に笑った。
「確かに、優秀だったのだ。私と同じく指導を受けていた人間は、加速度的に実力を伸ばしていったのだから」
次の言葉が、なんとなく予想できてしまう。
「……私は駄目だった。教官の教えを請うてなお、いつまでも停滞したままだった」
「ラウラさん……」
「結局、私は無能だったということだ。ゆえにすべてを失い、こうして異国の地で何をするでもなく無意味な日々を過ごすことになった。……価値のない、ただの出来損ないだ。だから必要以上に関わるな」
彼女がどれだけ辛い経験をしてきたか、その一端を知った俺は。
それでもやはり、何かを言わずにはいられなかった。
「価値がないなんて、そんなこと言うなよ。俺だって、普通に毎日を過ごしているだけの中学生だ。何かで優秀な成績を残せたわけでもないし、特別なものを持っているわけでもない。そんな俺でも、元気に生きられるんだから」
「……馬鹿を言うな。お前と私は、違う」
徐々にだが、彼女の声が大きくなっていく。
「お前には、姉がいる。友がいる。だが、私には何もない。肉親も、友も、心の拠りどころも、何もかも……!」
険しい顔つきは、はっきりと彼女の怒りを表していた。これも、俺が初めて見るものだ。
「訓練が、実戦が、成果を上げることがすべてだった。そのために生まれ、そのために生きてきた。だというのに……たった一度の事故で、すべてが奪われた!」
もう、叫んでいると言っていい。
これが彼女の、ラウラ・ボーデヴィッヒの本当の姿。
無感情な態度の奥に隠れていたものが、俺の与えた刺激によって流れ出したのだ。
「誰よりも優秀でいたはずなのに。失敗はないと言っていたではないか……っ!」
不運な出来事から立ち直れなかった自分自身を卑下しているのは事実なのだろう。
けれど同時に、彼女は事故が起きたことそのものを受け入れられていないんだ。
今まで積み上げてきたものが一瞬で崩れ去ると考えれば、俺にもそれがどれだけ悲惨なものかが少しは理解できる。
……だけどそれは、あくまで少しだけだ。ラウラさんの気持ちを知るには、俺ではあまりに人生の経験が不足しすぎている。そこまで圧倒的な挫折を、俺は想像できないから。
「お前にわかるというのか。私の惨めな思いが」
なら、俺は彼女の言葉にどう答えるべきなのか。
頭の中で考えて、考えて。
「俺は」
睨みつけてくる彼女の目つきに負けないよう、しっかりと視線を固定する。
「わかるかって聞かれたら……全部は、無理だ。辛い思いをしたんだなってことくらいしか、わからない」
「……なら、余計な口を挟むな」
「でも、そういうわけにもいかないんだよ!」
俺がいきなり声を張り上げたので、ラウラさんの肩がびくりと震えた。
今できることといえば、素直な気持ちを思い切りぶつけることのみ。
「っ……なぜだ。教官に頼まれでもしたか?」
「それだけじゃない。俺自身が、これ以上ラウラさんに暗い顔してほしくないんだよ。しんどい思いして、報われなくて、それで終わっちまって立ち直れないままなんて、悲しいだろ」
俺と同い年の女の子がこんな状況に陥ってるなんて、それはとても――
「………」
再び視線を下げてうつむくラウラさん。
俺の気持ちが、少しだけでも彼女に伝われば。
心臓の鼓動がやけに騒がしく感じられる中、俺は彼女の返事を待つ。
「……そうか」
やがて、ゆっくりと彼女が顔を上げる。
「出て行け」
だが、その表情は俺が望んだものとは真逆だった。
氷のように冷たい視線が、拒絶の感情をはっきりと表している。
先ほどまでの怒りに染まった顔つきはない。ただ単純に、冷めていた。
「出て行け。もうお前と話すことはない」
静かにそう言っただけなのに、恐ろしいほどの圧迫感を感じた。
逆らうという選択肢は、浮かばない。
「わ、わかった」
立ち上がり、逃げるようにしてドアへ向かう。
廊下へ出る瞬間、背後から消え入るようなつぶやきが耳に入って来た。
「……お前も、あいつらと同じだ」
*
千冬姉大変だ、楽しい夕食の時間が絶対零度だ。
あの日以来、ラウラさんの俺に対する態度が明らかに変わった。当然、悪い方向へ。
以前の彼女は、自分から口を開くことはないものの、こっちが話しかければ最低限の返事はしてくれた。つまり、評価はプラスマイナスゼロ。
で、今は。
「あ、あのー」
「………」
完全無視を決め込まれてしまっている。食事中も目を合わせてくれないし、嫌われてしまっているのは間違いない。
原因はもちろん、あの時の会話にあるんだろうけど……何が彼女を怒らせてしまったのか、はっきりとはわからないのだ。
あからさまに失礼なことを言ったつもりはない。俺自身の、素直な気持ちを伝えただけのはず。
そんな風に悩んで5日経ったが、改善の兆しはまったく見えず。途中週末を挟んだのだが、千冬姉はどうしても戻れない用事ができたとのことで帰ってこなかった。
千冬姉には、ラウラさんとぎくしゃくしていることについては話していない。今は仕事が忙しいみたいだし、次に家に帰ってきた時に伝えようと考えたためだ。
……とりあえず、今日も学校終わったら早めに家に帰ろう。ラウラさんとの関係をなんとかする方法を考えなきゃな。
「と思っていたのに、なんで俺は弾の家に誘拐されてるのでしょうか」
「最近付き合いが悪いから」
「尋問しようかと思って」
部屋の真ん中で正座させられる俺。
それを取り囲む男2人は、クラスメイトの五反田弾、そして御手洗数馬であった。
「あー……そういえば、最近遊べてなかったよな」
「聞いたか弾。こいつ今そういえばとか言ったぞ。俺達の友情というものが頭から抜け落ちていたらしい」
「やっぱりあの白人の美少女とよろしくやってんのか! 毎日早々に帰宅してイチャコラやってんのか!」
「うわ、やめろって」
弾に胸倉をつかまれてゆっさゆっさ揺すられる。ここ1ヶ月ラウラさんにかかりきりで、友達付き合いってやつを確かに忘れてしまっていた。
「つーか普通に考えておかしいよ? なんで思春期の男女がひとつ屋根の下で暮らしてるん?」
「羨ましくて殴りたくなるくらいだぞ。俺がじゃじゃ馬な妹に手を焼いてる間、お前は女の子と仲良くしてるなんてよ」
「妹も女の子だろ」
「いーや、俺は妹という存在を女とは認めない。あれはなんていうか、別の生命体だ」
弾にはひとつ年下の妹がいる。俺も何度か会ったことがあり、可愛らしくていい子だと思うのだが、どうも兄貴はそう思っていないらしい。
「まあ、弾の妹さんの話は置いといて。実際のところ、どうなん? その居候の子との関係は」
ぶつぶつと妹への愚痴を垂れだした弾を放置し、数馬が俺に尋ねてくる。笑顔なのになんで目だけ笑っていないのか、俺には理解に苦しむ。
「別に。お前らが思ってるようなことにはなってないって」
「どうだかな」
「だな。一夏の場合、そうなってても気づいてないだけって可能性がある」
「本当にないんだって。仲いいどころか、むしろぎくしゃくしてるくらいだ」
俺がそう言うと、2人は驚いた様子で顔を見合わせた。
「一夏が女の子とぎくしゃくしてる?」
「日本沈没の前兆じゃないか?」
「なんだそりゃ」
俺が女子と仲良くないのがそんなにおかしいことか。いくらなんでも数馬のたとえはスケールでかすぎるだろ。
「喧嘩でもしたのか」
「喧嘩ってわけじゃないんだが……まあ、話し合いの末にそうなったというか」
「もしかして、今絶賛お悩み中ってとこか? 俺達でよければ話は聞くぜ。面白そうだし」
「……ああ」
ちょっと悩んだが、弾の提案にうなずく。
ひとりで悩んでいてもらちが明かないので、誰かの意見をもらうのもいい考えだと思ったからだ。
「かいつまんで説明すると」
話し始めたその瞬間、弾の部屋のドアがノックされる。
入って来たのは、弾の祖父であり『五反田食堂』の料理人、五反田厳さんだった。
「あ、お邪魔してます」
「お邪魔してます」
名前の通り、結構厳しい雰囲気を持つ人だが、きっちりこちらが礼儀正しくしていれば怒ったりはしない。
「お前ら、晩飯は食べていくのか」
「えっと、俺はすぐ帰るんで」
「俺はごちそうになろうかな……」
家にはラウラさんがいるし、今日は遠慮しておこう。数馬はいただいていくみたいだけど。
「そうか」
小さくうなずき、厳さんは部屋を出……るのではなく、なぜかその場にどかっと座り込んだ。
「何してんの。そろそろ店開ける時間だろ」
「まだ余裕があるから大丈夫だ」
弾の指摘にそう答えると、俺の方に視線を向ける。
「小僧。お前、女子と同棲しているらしいな」
「えっ……聞いてたんですか?」
「でかい声で騒いでるから自然に耳に入ったんだ」
「はあ……あの、もしかして俺の話を聞くために居残ってるんですか?」
「暇つぶしにな」
なんかよくわからないけど、ギャラリーがひとり増えた。
でも人生経験豊富だろうし、参考になる意見をくれるかもしれない。
しかし、本当にただの暇つぶしなのか? 今まで厳さんが俺達の会話にこういう形で入って来たこと、多分ないと思うんだが。
「孫娘のことが可愛いから、だろうな」
「ん? なんでここで蘭が出てくるんだ?」
「お前は知らなくていい。それより、早くラウラちゃんの話聞かせろよ」
うーむ、なんか気になるな。
でも、今はラウラさんのことを優先するべきか。
そう考え、俺は明かせるだけの内容を3人に説明した。
彼女は過去に不幸な出来事があり、現在も辛い思いをしていること。
俺はそんな彼女を放っておけず、言葉を投げかけたが、思いっきり拒絶されてしまったこと。
『不幸な出来事』の具体的な内容については伏せた。本人の許可なく他人に話せることじゃないと判断したからだ。
それを言ったら全部話せないんじゃないかとなるかもしれないけど、そこは許してほしい。
「なるほど……それで無視を決め込まれてると」
「確かに、喧嘩ではないわな」
それぞれ腕を組んで感想をこぼす数馬と弾。
「でも、ラウラちゃんがなんで怒ったのかはいまいちわかんねえな」
「その子の詳しい事情でもわかれば、別なのかもしれんけど。あんまりぺらぺらしゃべれないんだろ?」
「すまん。そうなんだ」
やっぱり少ない情報量で考えてもらうのは難しいか。
俺自身でもっと考えて、千冬姉にも相談してみるのが吉か――
「親切が仇になることもあるってだけだ」
「え?」
今までずっと黙っていた厳さんがいきなり口を開いたので、俺達は揃って彼の方に顔を向けた。
「下手な同情は、かえってプライドを傷つけるってことよ」
それだけ言うと、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。店の準備の時間が来たのだろうか。
残された俺達は、3人で顔を見合わせる。
「……つまり、どういうこと?」
弾の言葉に、俺も答えが出せずに考え込む。
けれど数馬だけは違うようで、納得したように2,3度うなずいていた。
「ははあ、そういうことか。その子の気持ち、ちょっとわかったかも」
「マジか」
「マジマジ」
いったいどういう意味なのだろうか。今はとにかく、数馬の意見を聞いてみよう。
「自分が落ち込んでる時に優しい言葉をもらうとさ、うれしい時もあれば腹が立つ時もあるだろ? その腹が立つ時って、相手の同情が見えてる時だと思うんだよな」
「……ああ! それわかるかもしれんな」
頭の上で豆電球がついたみたいにはっとする弾。俺もなんとなく、数馬の言いたいことがわかってきた気がしていた。
「女の子に嫌われてへこんでる時に、クラスのモテ男が言うんだよ。『でもお前にはモテそうな要素結構あるから、そう落ち込むなよ』って。上から目線で同情されてる感じがして腹が立つっての!」
「たとえがいまいちだが、まあそんな感じだ。一夏はどう?」
「俺も、似たようなことあるかも。両親がいないこと、あんまりしつこくかわいそうかわいそうって言われるとムカつく時がある」
こっちはとっくの昔に切り替えて、姉との2人暮らしに満足してるわけで。
勝手に同情されすぎると、イライラしてしまうのかもしれない。
「……ラウラさんも、同じってことか」
「かもな。一夏の態度が、同情を多く含んでると受け取って反発したんだろうと俺は考えてる」
同情、か。
改めて自分の気持ちを整理すると、確かに俺は彼女に対してそういう感情を抱いている。
自分と同い年なのに、軍隊に所属していたなんて大変だ。
不運な事故で能力が落ちてしまっただなんて、かわいそうだ。
平和な日常をだらだらと過ごしている俺がそう思っていたことに、彼女は腹を立ててしまったのだろうか。
「俺、間違ってたのかな」
暗い顔を見て、なんとかしてあげたいと思った。
今までも俺は、似たような状況があったら何度か首を突っ込んでいたから。
でもそれは、たまたまうまくいっていただけで、本当のところは正しくなかったのか?
俺がやるべきことは……
「……俺は、別に間違ってないと思うけどな」
答えたのは、弾だった。ちょっと恥ずかしそうに笑いながら、言葉を続ける。
「お前のそういうとこ、普通にいいと思うしな」
「そうそう。他の奴じゃ、なかなか同じようにはできないぞ。素直に人助けしようと思えるのは、長所だろ」
そう、なのだろうか。
まだ確信は持てないけど、それでも友達2人が肯定してくれたことは、うれしく思う。
「同情するのって、別に悪いことじゃないしな。受け取る側も、ある程度余裕ができたらちゃんといいように受け入れられるもんだし」
「でもその余裕がないうちは、何か別の理由を用意した方がいいかもな」
「別の理由か……」
ラウラさんに関わろうとする、説得力のある理由を考えろってことか?
数馬の提案を聞いて、ちょっと頭を働かせてみる。
「でも、具体的にはどういう風にすればいいんだろう」
ただ、なかなか都合のいい理由が思いつかない。それは数馬も同じらしく、あごに手を当てて考えるポーズをとっている。
「そう難しく考えなくてもいいだろ。とりあえずは、男3人で遊びに出かけるのはむさ苦しいから一緒に来てくれーとかで」
「いいのか、それ?」
軽い調子で案を出す弾に疑いの眼差しを向けるも、あっちは本当にこれでいいと考えているらしかった。
「いや、案外それでいいのかもな。その作戦なら、俺と弾が手伝えば余裕で実行できるし」
「えっ?」
「なんだよ一夏。試してみるだけなら別にアリだろ」
「いや、そうじゃなくてさ……お前ら、手伝ってくれるのか?」
そう聞いたら、何を今さらって感じで呆れられた。
「ここまで聞いといて放っとくのは気持ち悪いだろ」
「ラウラちゃん可愛いしな」
……いい友達だなあなんて、改めて思う。弾の理由は果てしなく微妙だけど。
「サンキューな」
こうして、俺と友人2人による『ラウラちゃん復活オペレーション(命名五反田弾)』が開始されたのだった。
持つべきものは友達ということで、困ったときに力になってくれるのは彼らでした。
数馬の性格については、原作での描写が少なすぎるので想像で補いました。半分オリキャラみたいなものですね。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。