デート後編です。
鈴やエレナといった(一応)頼りにしている友人達のアドバイスを参考にして、初デートの舞台には遊園地をチョイスした。とりあえず、数多くのアトラクションで場持ちをきかせることができるからである。
王道中の王道な選択ではあるけれど、王道は人気があるからこそ王道なのだ。ゆえに結果がいい方向に転がる可能性は高いはず。
もちろん、目一杯楽しもうという俺達の意思があることが前提になるわけだが。
「ほう。予想よりも大きなパークだな」
「この辺じゃ一番でかい遊園地だからな。最近リニューアルして、また土地が広くなったらしい」
「一夏は何度か来たことがあると言っていたな」
「ああ。中学の時、友達と遊んだ」
初めて来た時は鈴や弾達と一緒だったか。全員無駄にテンションをあげて、馬鹿みたいにはしゃいでいた記憶がある。
「とりあえずチケット買ってくるから、ここで待っててくれ」
開園40分前だけど、窓口にはすでに人だかりができている。そこに並んで10分ほど待ち、無事2人分のチケットを購入。少し離れたところで携帯をいじっていたラウラのもとへ戻る。
「ただいま。チケット買ってきたぞ」
「おかえり。いくらだった?」
「いや、俺がおごるからラウラは出さなくていいって」
財布を用意しようとするラウラを止めると、不思議そうな表情でこっちを見てきた。
「なぜだ? 入場料は安くはないのだから、2人で出すのが筋だと思うが。それにお前よりも私の方が懐事情はいいはずだ」
「そういう問題じゃなくてさ。デート代は男が持つものなんだよ」
そのくらいのルールはさすがの俺でも知っている。
「ああ、なるほど。そういうことか」
納得したようにうなずくラウラ。
しかし、なぜか彼女はそのまま財布をバッグから取り出し、右手で軽く掲げた。顔には悪戯っぽい笑みまで浮かべている。
「だがそれは、男が女にいいところを見せるための手段だろう? なら私には無意味だ。一夏のいいところなんて、今さら改めて確認するまでもない」
こ、こいつ……。
相変わらず、言われたこっちが恥ずかしくなるようなセリフを平気で口にしてくるから困る。
そりゃあ、こんなこと言ってくれるのはうれしいに決まってるんだけど。
「どうした? 惚れ直したか」
俺が照れていることに気づいたのか、ニヤニヤと顔を近づけてくる。
最近ちょくちょく俺をからかう回数が増えてきたのは、周囲の人間の影響なのかそうでないのか。
しかし、いつまでもこちらが劣勢のままでは悔しいので、俺も努めて平静を装って返事をする。
「おう。最高の彼女だ」
ちょっぴり芝居がかった調子でそう言うと、ラウラは一瞬面食らったかのように動きを止めた。
「ふん。よくわかっているではないか」
けれどすぐに表情を緩め、笑みを崩さないまま言葉を返してきた。
でも頬が少し赤くなっていたし声も微妙に震えていたので、意趣返しは一応成功ということにしておこう。
*
ラウラは好きな物は最初に味わうタイプなので、入園初っ端から目玉アトラクションのジェットコースターに乗ることになった。
最高速度150キロ、高低差100メートル、360度回転付きの日本有数の絶叫コースター。それに乗った結果。
「うぇ……うっぷ。ああ~、やば」
「大丈夫か、一夏? ずいぶんグロッキーに見えるが」
情けないことに、俺は完全にヤられてしまっていた。コースターから降りるなり、近くにあったベンチにどかっと座り込む始末である。
一方隣に座ったラウラはピンピンしており、おそらく死相が浮かんでいるであろう俺の顔をじーっと覗きこんでいる。
「あんなにビュンビュン飛ばしてぐるぐる回って……さすがに無理だ」
「何を言っている。普段ISであれ以上の動きを経験しているだろうに」
「ISは科学の力でGとか軽減されてるだろう」
「ふむ。確かに、あのスリリングな感じはここでしか味わえんな。もう一度乗ってみたいものだ」
「なら行ってこい。俺はしばらくここで休んでるから」
「それはありがたい話だが、ひとりで大丈夫なのか?」
「小学生じゃないんだ。休憩くらいひとりで平気だよ」
俺がそう言うと、ラウラは足取り軽く行列に並びに向かった。
*
次に向かったのは、ジェットコースターから比較的近い位置にあるホラーハウスだった。
「っ!? ふんっ――」
「待て待て! お化けに回し蹴り食らわせようとするな!」
「いや、暗闇で背後をとられると癖で反撃してしまうのだ」
真顔で言われても若干困る発言である。ラウラが元軍人だってことを今さら再認識させられた。
とはいえ、お化けを演じるスタッフさんに怪我を負わせるわけにもいかない。
「仕方ないか」
ラウラの両腕をしっかり握る。ちょっと歩きにくいけど、このくらいの拘束がないと手綱を握れそうもないからな。
「………」
「ん、どうした? 急に黙りこんで」
「……距離が近い。視界がきかないからか、お前の息遣いとかがいつもよりはっきり感じられる」
「っ!?」
現在の俺達の立ち位置を確認する。ラウラが前に立ち、その真後ろから俺が彼女の腕をつかんでいる形で、たまに体が触れあうくらいの近さだった。
それを意識した途端、俺も急にラウラの匂いとかが鮮明に感じられるような気がしてきた。
「ほ、ほら。先進むぞ」
「う、うむ。了解した」
互いに気恥ずかしさを感じながら、密着電車ごっこみたいな真似を続けて結局最後まで進んでしまった。
正気、途中からお化けの姿とかまったく見えてなかった。
*
その後もアトラクションを楽しみ、気づけば昼ご飯にちょうどいい時間帯になっていた。
「先ほどの海賊船の冒険はよかったな。映像が本物と見紛うほどだった」
「ああいう船に乗って進む系のアトラクションは俺も好きだ」
フリースペースの空いているテーブルに腰を下ろし、俺達は昼食の準備に取りかかる。
とはいっても、バッグから弁当箱2つとその他諸々を取り出すだけだが。
「IS学園に入って以降、なかなかお前に料理を振る舞う機会がなかったからな。今日は奮発したぞ」
ニコニコとうれしそうに語る彼女の顔を見れば、弁当の中身にも期待が持てるというものだ。
そして実際、弁当箱の蓋を開けた瞬間、俺は思わずつばを飲み込んでいた。
「おお!」
海苔が巻かれた三角おにぎり。おそらく中におかかとか入っているのだろう。
形の整っただし巻き卵にアスパラベーコン。さらに何かのタレらしきものがしみ込んでいる鶏のからあげ。弁当箱の隅の方にはポテトサラダも鎮座している。
「温かいコーンスープも用意してきたから、たくさん飲め」
テーブルの上の魔法瓶を指すラウラ。
……まさしく、俺の好物ばかりを集めた至高の弁当だった。
「俺の好きな物、ちゃんと覚えてるんだな」
「ふふ、当然だ。私を誰だと思っている」
満足げに笑う俺の恋人。俺の胃袋が掌握される日もそう遠くないのかもしれない。
「じゃあ早速、いただきます」
「いただきます」
空腹だったのも手伝い、自分でも驚くくらいの勢いで箸が進む。料理の味も、見た目通りにとてもおいしい。
そんな俺の反応を、ラウラは微笑ましげに見つめている。
「本当に料理うまくなったなあ。包丁の使い方が危なっかしかった頃が懐かしいくらいだ」
「あれから1年ほど経っているからな。上達もするさ」
「最初は千冬姉と同レベルだったからな」
「……思うのだが、なぜ姉さんの料理の腕はいつまで経っても変わらないのだ?」
「人には向き不向きがあるってことだろ」
本人もすでに諦めて台所に立たないようになっちゃってるし、あれは一生改善されないままになりそうだ。
「俺も久しぶりに料理しようかな。ラウラに抜かれるのはなんか悔しいし」
「もう抜いているかもしれんぞ?」
「まあ、一部分野では負けてるだろうな。でも師匠としては、そう簡単に完全勝利されるわけにもいかないだろ?」
「そういうことなら、今度勝負でもするか。審査員は……いつもの面子でいいだろう」
他愛のない会話を続けながら、楽しい昼食の時間は過ぎていった。
*
午後の時間も、自由にあちこち回って遊園地を堪能した。
そして、そろそろ閉園時間が近づいてきた夕暮れ時。
「見ろ一夏。ホラーハウスがあんなに小さく見える」
「本当だ」
これも定番中の定番だが、最後は大観覧車に乗って景色を楽しむことにした。
同時に、2人きりでゆっくりと今日一日を振り返る。
「しかし、あのウサギにはしてやられたなあ」
「まったくだ。悪意はなかったのだろうが、あんなことになるとはな」
苦笑いを浮かべるラウラと一緒に、昼間の出来事を思い出す。
パークの中心にある大きな城の近くを歩いていた俺達は、そこでマスコットキャラであるピンクのウサギ(名前はウサ太だっただろうか)の着ぐるみが立っているのを見つけた。
意外と可愛いもの好きであるラウラは明らかに興味津々だったが、ウサ太の周りには子供達が集まっていたので最初は遠慮しようとしていた。
そこで俺は、そんなこと気にするなよと彼女の手を引いてウサ太のところまで近づいた。
ちょっと順番待ちした後、ラウラは顔をほころばせながらウサ太と握手をしたのだが……その際、彼から白いウサミミを手渡されたのだ。
ウサ太は言葉をしゃべれないのでいまいち意図をつかみきれなかったのだが、とりあえずもらい物なのでラウラはそれを頭に装着した。
めちゃくちゃ似合っていた。
銀髪にゴスロリ、そこにウサミミを加えた結果、彼女は完全に絵本の中から出てきたキャラクターそのものになっていた。
そしてそのあまりの親和性の高さに、彼女はウサギのコスプレをした遊園地スタッフだと子供達に勘違いされてしまったのである。
わらわらと集まってくる小さな子相手に事情を説明するのに、ラウラも俺も結構苦労したのだった。
「マスコットの隣にあんな子がいたら、子供が誤解しちまうのも無理なかったのかもしれないな」
「そんなに似合っていたのか」
「おう。可愛かったぞ」
「そうか。そこまで言うのなら、今度2人だけの時にもう一度つけることにしよう」
思わぬアクシデントではあったものの、ウサ太と握手できたこととウサミミをもらえたこと自体は収穫だったようだ。
「……しかし、こうして上から見るとここは本当に広いな。まだまだ行ってみたい場所がたくさん残っている」
外を眺めるラウラの顔つきは、少しだけ残念そうだった。もっといろいろ回りたかったということだろう。でも時間は有限で、もう閉園だから仕方ない。
でも、仕方なくても別にいい。
「これから何度だって来られるんだ。その時また回ればいい」
「一夏……」
「俺としては、デートに誘う口実ができて楽なくらいだ」
頬をかきながらそう言うと、ラウラはぷっと噴き出した。
「ポジティブだな。お前は」
「後ろ向きよりはいいだろう?」
「ああ、まったくだ。……エレナに乗せられたのは正解だった。今日は本当に楽しかった」
窓から射し込む夕陽が、彼女の銀色の髪を輝かせる。
そんな時に見せられた満面の笑みは、なんだか美しいとさえ思えるものだった。
「俺もだ。すごく楽しかった」
「そうか。では最後に、初デートの記念を残すことにしよう」
「えっ?」
腰を浮かしたラウラが、ゆっくりと顔を近づけてくる……唇を突き出しながら。
「お、おい。さすがに外でやるのは」
「観覧車の頂上だぞ? いったい誰が見ているというのだ。覚悟を決めろ」
「う、うおぅ……」
なんというか、あれだ。
女尊男卑だのなんだのの詳しい事情は知らないけれど、最近は実際女の子が強くなってるのかもしれない。
少なくとも、俺の彼女は俺よりもずっと男らしいような気がする。
……ただ、こうやって強引に迫られるのも悪くはない。
彼女の温もりを感じながら、俺はそんなことを思うのだった。
これにてデートも完結。本編でやり残したこともほぼ消化できたかなと思います。
一夏に教わっていたという経緯もあり、本作のラウラは料理スキル高いです。師匠の一夏が女子力高いので、弟子の彼女もまた然りです。
……あ、最後のシーンはキスしただけですよ?タブンネ。
さらに番外編を投稿するかどうかは未定ですので、とりあえず今回で一区切りということにさせていただきます。
ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。