恋愛模様をメインに扱った作品なのにデートがないとはこれいかに……というわけで、番外編のデート回です。でも長くなりそうだったので分割しました。
初デート(前編)
「んー……」
6月頭の火曜日の夜。寮の自室でのんびり漫画を読みながら、俺はあることを考えていた。
「どうかした? 急にうなり出して」
体育座りで同じく漫画をパラパラめくっていた鈴が、俺の方に視線を向ける。
時々部屋にやって来て、人の漫画をその場で読み始めるのは、我が幼なじみの習性のひとつ。
ラウラは外に出ているので、現在ふたりきりという状況なのだが……小学校の頃から何度も経験しているので、今さら焦ったりとかはない。
「いや、週末暇だなーと思ってさ。先週まではクラス対抗戦のための訓練してたけど、それも終わったし」
「暇ねえ。それなら愛しの彼女とデートにでも行けばいいんじゃない? たまには一緒に出かけて楽しませてあげないと、好感度下がっちゃうかもしれないわよ」
「………」
ニヤニヤ顔で提案する鈴に対し、俺は無言で思考を働かせる。
デート……うーん、デートか。
「ちょっと、なによその反応」
「ああ。よく考えたら、俺ってラウラとデートらしいデートしたことないなって」
「……は?」
「休日にふたりきりで遊びに出かけるとか、一度もなかった。改めて誘うとなると、ちょっと恥ずかし――」
「はあああっ!?」
「おわっ」
漫画を床に置いて俺に詰め寄る鈴。目がまん丸になっていて、驚いているのがよくわかる。
「嘘でしょ!? いくらアンタがそういうこと疎くても、1回デートに誘うくらいはしてるんじゃないの?」
「面目ない」
「ないの? 遊園地とか映画館とか、もう最悪近所の公園でもいいから!」
「………」
「か、買い物は……?」
「食材の買い出しなら」
「ちがーーーーう!! それは違う!」
だよなあ。
鈴に思い切り怒鳴られながら、俺は今までのことを思い出してうつむく。
「呆れた。誰かと付き合ったことないあたしが言うのもなんだけど、それは彼氏としてどうなのよ」
「俺もあいつも、積極的に外に出たがるタイプじゃないからなー。一緒の時間を過ごしたいってだけなら、家でいつでもできたし。のんびりソファーに座ってテレビ見て」
「腹パン!」
「うわ、なんだ急に!」
握り拳を作って息を吹きかけ始めたので、思わず身構える。あっちもポーズだけだったらしく、パンチを撃ちこむことはしなかった。
「悪かったわね。突然のろけ話が始まったからつい」
「え、今のがのろけになるのか?」
「目潰し!」
「だから怖いって」
右手の形がチョキになった。じゃん拳でもするつもりか、こいつは。
「まあいいわ。とにかく、今週末は絶対デートに行きなさい。ラウラがかわいそうだわ」
「ああ、そのつもりだ」
付き合い始めて半年以上経っているのにデート未経験はさすがにまずい。
あまり世間一般の基準というものを気にするつもりはないけれど、それにも限度があるというものだ。
それに改めて考えてみると、ラウラと一緒に普段行かないような場所に行ってみたいという気持ちは確かにある。
「しかし、どういうプランを立てればいいのか悩むな」
「ラウラの方は、アンタと付き合う前に誰かとデートとかしたことないの?」
「直接聞いたわけじゃないが、多分経験ゼロだと思う」
「なら、あっちに考えてもらうのも難しいわね」
「せっかくの初デートだし、失敗したくはないな」
だが、いかんせん俺もラウラも色恋沙汰に疎い。華麗なデートプランを用意するとかは絶対できないタイプだ。
頭の中だけで考えるというのも難しい。実際に試してみないと見えてこない部分だってあるだろうし。
「演習とかできればいいんだけどな……」
デート未経験というのも、なかなか大きいハンデだ。
「……ね、ねえ一夏」
「ん、どうした?」
悩んでいると、鈴がおずおずと探りを入れるように声をかけてくる。
何かを躊躇うような上目遣い。先ほどまでの強気な態度とは全然違う。
「ちょこっと提案なんだけどね? 実践が足りないっていうのなら、あたしが予行演習として」
ガチャリ。
「ただいま」
「ひうっ!?」
「? 何をそんなに驚いているのだ」
鈴が何かを言いかけたタイミングで、ラウラが部屋に戻ってきた。
と同時に、飛びあがるように俺から距離をとるセカンド幼なじみ。
「べ、別になんでもないわよ? ちょっとだけおいしい思いしたって許されるよねーとか全然考えてないから?」
「……様子が変だな。妙に一夏と距離が近かったようだし、いったい何をしていた」
すっとラウラの目が細められる。腕を組んだ状態で彼女に睨まれると、小柄ながら迫力満点であることを俺は知っている。
「なにってアレよ、少し一夏に恋愛のなんたるかを教えてあげてただけで」
「一夏、本当か」
「嘘じゃないな。俺とお前が一度もデートしたことないって言ったら、そういう流れになった」
「デート?」
ラウラの表情から剣呑さが消える。なぜか目が泳ぎまくっていた鈴も、それを見てほっと胸をなでおろしていた。
「なるほど。そっちも私達と同じ話をしていたのね」
ラウラの背後から声が聞こえたかと思うと、開いたままのドアを通って女生徒がひとり部屋に入ってくる。
「エレナ」
「こんばんは。一夏に鈴」
微笑みながら俺達ふたりに挨拶する彼女。
エレナ・アベル。先月末のクラス対抗戦で俺が戦った相手で、ラウラの元同僚。
あの試合以降俺達の自主訓練に顔を出すようになり、今では彼女とは友達と言える仲だと思う。最近下の名前で呼び合うようになったし。
「同じ話っていうと……」
「あなた達がデートをしたことがないという話ね。さっきまで、私の部屋でこの子に事情を聞いていたの」
「私は別に問題ないと思ったのだが、こいつがくどくどうるさくてな」
互いの顔を見やりながら、ラウラとエレナはこれまでの経緯を説明する。おおむねこちらと同じ流れだったようだ。
「エレナもやっぱりまずいと思うわよね」
「原因はわからなくもないのだけれどね。このふたり、カップルとしては少々特殊な部類に入るから」
「特殊?」
とりあえず、鈴とエレナの会話を黙って聞くことにする。ふたりが意見を交わしている間に、ラウラはちょこんと俺の隣に腰を下ろしていた。
「一般的なカップルにとって、デートはお互いのことを知り、関係を深めるためのいい機会なのよ。デートを重ねて仲良くなり、そのうち互いの自宅にお邪魔したり、身体的スキンシップを図るようになったりする。そうやって関係を進展させて、やがては同棲までいく場合もある」
「そっか。一夏とラウラの場合、順番が逆なんだ」
「過程を思い切りすっ飛ばして同居から始まっているものね。まあ、とはいえ? 恋人をデートに誘えない男の子はちょっとかっこ悪いかもしれないけれど」
「うぐ……」
俺の顔を見てニヤリと笑うエレナ。冗談交じりで軽い調子ではあるものの、責められていることに違いはない。
「反省してます」
「私に向かって反省されても困るわ。今言葉をかけるべき相手は、あなたの隣にいるでしょう?」
……それもそうだな。
一度うなずいてから、体ごと右を向いた。
「ラウラ。次の日曜日、暇か?」
「一夏と部屋でのんびり過ごす予定が入っている」
「そうか。じゃあそれ、外で一緒に過ごす予定に変更できないか?」
「かまわないが……私は別に、お前に無理をさせてまでデートをしてほしいわけではないのだぞ」
「無理なんてしてない。俺はラウラとデートしたいと思ってるんだ」
「ならいいのだが」
頬を緩ませてはいるものの、ラウラの返事は控えめだ。おそらく、俺が鈴とエレナの発言に影響されて動いているのでは、と感じているのだろう。
決して場の雰囲気に流されて誘ったわけではないということはわかってほしいんだけど……。
「あら? ラウラはあまり乗り気ではないようね。それなら一夏、私と行きましょうか」
「へ?」
「私も異性とデートしたことはないの。お互いの初めてを、週末に消費してしまいましょう」
突然俺をデートに誘うエレナ。鈴もラウラも目を丸くして固まっている。
「いや、なんか流れおかしくないか」
「そうかしら? 別に恋人以外とお出かけしてはいけないなんて法律はないのだし、いいじゃない」
すすっと座ったまま近づいてくる彼女は、じーっと俺の目を見つめている。ひとつ聞きたいのは、なぜ無駄に体をなまめかしくくねらせているのか。思わず視線を逸らしてしまう。
「ねえ一夏――」
「だ、駄目だ駄目だ! 一夏は駄目だ!」
うがーっと唸りながら、フリーズの解けたラウラが俺とエレナの間に体を割り込ませた。
「一夏、日曜日は私とデートだ! わかったな!」
「お、おう。というか誘ったのは俺なんだが」
「絶対だ! 絶対だぞ!」
「あらあら。これは私のつけ入る隙はなさそうね」
必死の形相で俺の両手を握るラウラの姿を見て、エレナはニヤニヤと笑っていた。
その反応を見るに、さっきのはラウラを焚き付けるための冗談だったのだろう。
出会った頃から片鱗は見せていたけれど、多分彼女は人をからかうのが好きなタイプの人種である。
*
というわけで、あれからデートの仕方についていろいろ勉強した。
最初から事情を知っている鈴やエレナ、他にも中学時代の男友達からもアドバイスを受けた結果、付け焼刃ではあるもののそこそこの知識がついた。
「しかし、わざわざ別々に寮を出る必要が本当にあるのか」
待ち合わせ中のドキドキもデートの醍醐味のひとつだとかなんとか言われたのだが、普通に揃って出かけることに問題はない気がする。
腕時計を確認すると午前9時23分。先に学園を出た俺は、すでに集合場所の駅前広場に到着している。
待ち合わせ時刻まであと7分。ラウラが何分遅れで出発したのかは知らないが、ぼちぼち現れてもおかしくはない。
「ま、待たせたな。一夏」
そんな予感が見事的中したようで、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
ちょっとどもり気味なあたり、若干緊張しているのだろうか。だとしたら俺と同じだ。
「いや、そんなに待ってないぞ」
ものの15分くらいだ、なんてことを考えながら、俺は彼女の方へ振り向く。
……そしてそのまま、思わず言葉を失ってしまった。
「その、どうだ……似合うか?」
ラウラの私服は、基本的に装飾が少なく、動きやすい類のものがほとんどだ。
本人も一応オシャレに気を遣ってはいるようだが、本当に最低限のレベルでの話である。
「……どうって、これは」
ところが今はどうだろう。
フリフリがたくさんついた黒のワンピース。胸のあたりには大きな赤いリボン。
ニーソックスの下も、よく履いているスニーカーではなく、新品の黒い靴。
髪型はいつもと違うツインテールで、これまた赤いリボンが銀髪をふたつくくりにしている。
つまるところ、普段の彼女とはまるっきり異なる雰囲気を纏っていた。
「や、やはり駄目か? すまない、エレナが軽めのゴスロリとやらを試してみろとうるさいから負けてしまって」
「……いや。すごく似合ってる」
「だからその……え?」
「なんていうか、絵本のキャラがそのまま出てきたみたいな。とにかく、めちゃくちゃいいと思う」
素直な賛美の言葉しか出てこない。
去年の文化祭で、純白のドレスに身を包んだ彼女もきれいだったけど……今日のこれは、反則級の可愛らしさを引き出している。
「そ、そうか! よかった。普段着なれない服で心配だったが、お前に喜んでもらえてうれしいぞ」
はにかみ気味に笑うラウラ。俺の好感触にほっとしているのが伝わってくる。
「それ、いつ買ったんだ?」
「買ってはいない。なぜかエレナが私のサイズに合ったものを渡してきた」
「なんだそれ」
「私にもよくわからん。なんでも、部隊にこういう服をすぐ用意できる人間がいるらしいが」
エレナもエレナで、結構謎多き人物だよな。得体が知れない部分があるというか。
今日に関しては、とりあえず感謝だけど。
「じゃあ、そろそろ移動するか」
「そうだな」
いざ、出陣。
目的地はここから徒歩10分のところにあるテーマパーク。開園時間にも余裕で間に合うはずだ。
「ん」
「ん? あ、そうだな」
差し出されたラウラの右手を優しく握り、歩き出す。
緊張もあるが、当然楽しみという気持ちの方が大きい。そんな初デートの始まりだった。
8巻以前の楯無会長みたいな動かしやすさを誇るエレナというキャラ。こういう人物を用意しておくだけで話がだいぶ進めやすくなるような気がします。
ゴスロリラウラはきっと似合うと思います。ほぼ絶対的な確信つきで。
デート回って言ったのにまだデート始まってませんが、それはまた後編で。遊園地という王道中の王道ですが。
感想等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。