試合会場の第2アリーナ。その観客席は、1年生だけでなく他学年の生徒達も集まったことで満席になっていた。
小学生の時、剣道大会でそこそこのところまで進んだことがあるが、これほどの大人数に囲まれた中で戦うのはこれが初めてだ。
でも、緊張はさほどない。さっきのラウラとのやり取りで、だいぶ楽になった。
「調子はどうかしら。体、固くなっていない?」
「大丈夫だ。ご心配なく」
直線上に向かい合う形で、対戦相手のアベルさんは俺の様子を観察している。
もちろん、互いにISは展開済み。俺の白式と彼女のシュヴァルツェア・レーゲン。白と黒、対照的な2つの専用機。
「あの子と一緒に、頑張っていたようね」
「今日のためにな。だから、恥ずかしい試合はできない」
「そう」
アベルさんの唇の端がつり上がる。
余裕の笑み、ではない。そんな生易しいもんじゃなく、笑顔の裏に獰猛さが見え隠れしている。
なんとなく、彼女が軍人であることを実感した瞬間であった。
「それは、楽しみね」
彼女は強者、俺は弱者。これは揺らぐことのない優劣関係。
それを踏まえたうえで、これから全部をひっくり返す。
「……っし!」
気合いを入れたその瞬間、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。
直後、俺はアベルさんの正面から移動するべく右へ。当然だが、彼女から目線を切ることのないよう気をつけながらだ。
「………っ!」
白式のスピードはかなりのものだ。最高速、加速ともにシュヴァルツェア・レーゲンを上回っているはずだとラウラは言っていた。
事実、側面にまわってから接近を試みようとした俺の動きに、アベルさんの反応はほんの少しだけ遅れたのである。
だが、それはまさしく『ほんの少し』にすぎない。
初撃を食らわせようと近接戦ブレード『雪片弐型』を構える体勢に入ったところで、俺は攻撃動作を終了させ回避を選択する羽目になる。
すでに応戦準備を終えた相手が、武器であるワイヤーブレードを何本もまとめて飛ばしてきたからだ。
開幕直後、電光石火の一撃を意識した攻めは、あえなく阻まれてしまう。
「冷静ね。いいことだわ」
「それはどうもっ」
特攻していれば、今頃動きを止められ大ダメージは避けられなかった。
俺の判断を褒めながらも、アベルさんはすでに次の行動に移っている。
ワイヤーブレード6本を巧みに操り、俺の動く範囲を制限しようと仕掛けてきた。隙あらばAICの網に捕らえようという算段だろう。
素直に捕まるわけにはいかないので、いったん後退して距離をとる。
近接戦しかできない白式だが、かといって前に突っ込むだけではどうにもならない。
特にこの相手にとっては、都合のいい餌になってしまうから。
「くっ」
彼女の周囲をあちこち回りながら飛びこむタイミングを図るものの、なかなか隙が見つからない。
向こうもただ様子をうかがっているだけではなく、肩の上に搭載された大口径レールカノンを容赦なくぶっ放してくる。俺の動きを予測したうえで撃ってくるので、避けるだけでも精一杯だ。
「……もしかして」
小競り合いこそあれ、大きく均衡が崩れることなくある程度時間が経ったころ。
アベルさんが、回線を通して俺に語りかけてきた。
「あなた、それしか武器がないのかしら」
「………」
「わかりやすい顔。あなたが名役者でなければ、図星のようね」
からかうような笑みを浮かべるアベルさん。
どうやら焦った顔はバッチリ見られてしまったらしい。さすがに、攻めあぐねているにもかかわらず他の武器を使わなければわかってしまうか。
これで、あっちに白式が刀を振ることしかできないことがばれた。
彼女が雪片以外の装備を警戒しているうちに、できるだけダメージを与えておきたかったというのに、結果としてはひとつも有効打を撃てていない。
「私はこのまま、距離を保って追い詰めていくだけでいいのかしら」
俺を試すような響きを持った言葉。
こちらが近距離戦しかできないとわかった以上、あちらから近づいてくることはほぼないだろう。
彼女の言う通り、遠くからじわじわ攻めて確実に狩りにかかるのが正しい選択なのだから。
だとすれば、俺はどうする?
「ギャンブルするしかないか」
もとより運を味方につけなければ勝てない相手なんだ。賭けに出ることくらいどうってことない。
覚悟を決め、俺は白式の速度を全開まで上げてレーゲンの背後に回りこむ。
そしてそのまま
ここまで隠していた、一瞬で相手との距離を詰めるための技。これなら、あるいは。
「やっぱり瞬時加速」
「っ!?」
期待を打ち砕く一言。
俺の不意打ちにすら、彼女は完璧に反応していた。
「その戦闘スタイルなら、当然あると踏んでいたわ」
すでに白式は最高速に達し、両手で雪片をかかげて袈裟切りの体勢に入っている。
瞬時加速の欠点は、方向転換がきかないこと。無理にやろうとすれば操縦者に負荷がかかり、無事ではすまないらしい。
それがわかっているからこそ、アベルさんは両手を前に突き出した。
絶好のタイミング。AICが、来る。
あちらからすれば、今の俺はまさに格好の餌だろう。
「……っ!?」
だが、驚愕に目を開いたのは彼女の方だった。
両手で刀を振りかぶっていたはずの俺が、瞬時に右手持ちに切り替え横薙ぎの動作を開始したからだ。
AICというのは、特殊なエネルギーの線を飛ばしてそれに当たった対象を停止させる力。
つまりアベルさんの予測を外し、線を避けた攻撃をすればかいくぐることができる。
だが、この緊迫した状況で、一瞬のうちに攻め方を変化させることは相当困難だ。
……最初から、本命の攻撃が別にあった場合を除いては。
「らあっ!!」
袈裟切りの構えはおとりで、もともとこの一撃につなげるための前動作にすぎない。
右腕の動きが止まらないのを見て、俺はギャンブル――フェイントを成功させたことを悟る。
「くっ……!」
かけ声をあげながらの一振りは、クリーンヒットとまでは行かなかった。
AICを外したと理解するやいなや、アベルさんはすぐさま回避のために加速していたのである。混乱することなく適切な行動がとれるあたり、さすがだ。
ただ、それでも俺の刀は確かに脇腹付近に当たった。
「よし」
白式には、『零落白夜』というワンオフ・アビリティーが備えつけられている。
自らのシールドエネルギーと引き換えに、エネルギー系の存在をすべて無効化する力を雪片弐型に与える。
無効化の対象はシールドエネルギーも例外ではなく、つまり相手ISの絶対防御を強制発動させることになる。それにより、敵のシールドエネルギーを一気に減らすことができる。
事実、少し離れた場所でたたずむアベルさんの機体は結構なダメージを受けていた。
彼女の表情は、険しい。
とにかく、まだ一発当てただけだ。手の内を知られた以上、ここからはさらに厳しい状況になるはず。
再び気合いを入れ直し、俺は白式を加速させる。
*
「……いつだ?」
いつの間に、一夏はフェイントができるようになっていたのだ?
観客席で試合を見守っていた私は、攻撃が当たったことへの喜びと、理解できないことに出くわした困惑で頭がいっぱいになる。
それは鈴やセシリアも同じらしく、ふたりともなんとも言えない表情をしていた。
「よしっ!」
ただひとり、箒だけは純粋に喜びを爆発させ、小さくガッツポーズまで見せている。
「箒。今の攻撃について、何か知っているのか」
「あ、ああ……そうか、お前達には秘密にしていたのだったな」
事情を尋ねると、彼女は私の方を向いてうれしそうに語り始めた。
「ここ1週間、時間をとって一夏と剣道をしていたのだ」
「剣道?」
セシリア、鈴と3人で顔を見合わせる。
「一夏がフェイントの練習に苦労しているという話を聞いて、少し思うところがあったのだ。昔剣道をしていた時、あいつはそういう駆け引きが上手だったからな」
「そうだったのか?」
「うむ。だから、竹刀を握らせれば多少はその頃の感覚を思い出せるのではないかと……一夏もそこそこ手ごたえを感じていたようだから、毎日続けたのだが」
「なぜ話してくれなかった」
情報は共有するべきだろう。そう思って聞くと、箒は決まりの悪そうな顔をして謝った。
「すまない。うまくいくかどうかわからないから、余計なことを教えてラウラを混乱させたくないと一夏に口止めされていたのだ」
「……なるほど」
そういうことか。まあ、一夏らしいと言えば一夏らしい。
私のことを考えての判断だったのなら、怒ることはしない。
ほんの少しだけ、嫉妬はするが。
「理由もわかったことだし、試合に集中ね」
鈴の言葉が合図となって、私達は再び戦いの場に視線を戻す。
歓声が沸く中、一夏はまたアベルに接近していた。
辛うじて零落白夜の一撃は避けたものの、その動きに余裕は一切感じられない。
「………」
しばらくの間、飛び回る2機のISを黙って眺める。
「むう」
やはり、妙だ。
「箒。一夏のフェイントは、安定して成功するレベルなのか」
「いや、1週間で取り戻せる感覚にも限界がある。それに、剣道とISでは異なる点も多い。さっきのはたまたまうまくいったのだろう」
「そうか」
きちんと使いこなせるなら、最初から使っているはずだからな。
どうにもならなくなった時、土壇場で頼るのが一夏にとってのフェイントなのだろう。
そのような推測を、私は苦労することなく立てることができた。
そして、それはアベルにとっても同じなはずだ。確かに私より一夏に関する知識は少ないが、代わりに奴は彼と直接戦っている。間近で相対すれば、相手が本当にギリギリのところでやっていることも感じられるだろう。
「なぜ、そこまで乱れている?」
だが、試合を見る限りアベル本来の戦い方は明らかに崩れている。だからこそ互角――いや、一夏が若干押しているような状況になっているのだ。
明らかに様子がおかしい。
どういうわけか、フェイントを過剰なまでに意識していて……
「まさか」
そこまで考えて、私はひとつの可能性に思い至った。
自惚れかもしれないが、絶対にありえないとは言えない、そんな答え。
もしこれが正解ならば、1ヶ月前に無理をした152秒は無駄ではなかったということだ。
「私を意識しているのか? アベル……」
私のつぶやきは、当然彼女には届かない。
*
時間が経つにつれ、互いに攻撃を重ねるにつれ。
俺の頭の中で、勝利という2文字がはっきりとした形を持って現れ始めた。
「……はあっ」
集中しすぎて、息継ぎのタイミングがわからなくなってくる。
心を落ち着け、攻撃を当てることに専念する。
あと一撃。あと一撃、零落白夜の光を帯びた雪片を当てることができれば、俺の勝ちだ。
「………」
ただ、それも簡単なことじゃない。
俺のフェイントに焦った様子を見せていたアベルさんだが、多少メンタルが乱れようと代表候補生は代表候補生。追いこまれれば追いこまれるほど、彼女の表情は気迫を増してきていた。だんだんと焦燥が消えているのが、俺にもわかる。
零落白夜の複数回使用も手伝って、こっちのエネルギーもたいして残っていない。強い一撃をもろに食らえば、それだけで全部吹き飛ぶだろう。
互いにギリギリ。その状況で、俺は意を決して彼女の懐に飛びこもうと動いた。
「……っ!」
それに反応し、ワイヤーブレードとAICが襲いかかってくる。
だが止まらない。これ以上戦いを長引かせれば、アベルさんが完全に立ち直ってしまう。そうなる前に、最後の一撃を必ず当てなければならない。
「いけっ……!!」
直感で進むべきルートを選び、奇跡的にすべてをかわして彼女に肉迫する。
0.1秒でも速く終わらせるため、俺は零落白夜を発動させながら雪片弐型を前に突き出そうとする。
向こうの攻撃はなんとか切り抜けた。このままいけば――
ガキン、と。
巨大なリボルバーが回転するような重厚な音が、耳に入った。
強烈な悪寒を感じて視線を動かすと、レールカノンの砲口が完全に俺を捉えていた。
そこで俺は、これが彼女の本命であったことに気づく。
ワイヤーブレードでもAICでもない。近距離では最も使用する可能性が低いその大砲を、アベルさんはあえて切り札として選択したのだ。
俺の意識の外から、最後の一撃を与えるために。
……だが、もう止まるわけにはいかない。
「うおおおっ!!」
叫ぶ。全力で刀を前へ突き出す。きっと今の俺は、彼女と同じくらい必死の形相をしているのだろう。
なんでもいい。速く、少しでも速く、この剣先が機体に触れればいい。
頼む、届いてくれ……!
「………!」
その時、俺は見た。
零落白夜の白い刀身が、ほんのわずかだけ伸びる光景を。
そしてその長さのぶんだけ、目標への到達時間が縮まって。
「……おめでとう。織斑一夏」
試合終了を告げるブザーが鳴る。
彼女の言葉によって、俺は自分が勝ったことを理解した。
理解し、実感し、そこで一気に体の力が抜ける。
……やっぱ、勝つっていうのはうれしいな。純粋に。
「カタナが伸びること、隠していたの?」
「え? あ、いや、今のは俺にもよくわからなくて」
「そう。まあ、そんな顔しているわね」
そう言って、アベルさんは満足げに微笑んだ。
俺もつられて、笑い返した。
*
その後の試合もなんとか勝利した俺は、1組のみんなにデザートのフリーパスを持ち帰ることに成功した。
先ほどまでそのフリーパスを使っての祝勝会(先生方も巻きこんで)が食堂で行われ、称賛やらお礼やらいろんな言葉をいろんな人にもらった。千冬姉もちょっとうれしそうな顔をしていた。
それが終わって、今は部屋に戻ってラウラとふたりきり。
窓の外を見ると、きれいな月が雲から顔をのぞかせている。
「よくやった。本当に」
「それ、もう何回も聞いたぜ?」
「何度も言うほどよくやったということだ。サポートした身としても、実に達成感がある」
床に座っている俺の頭を、膝立ちになって撫でるラウラ。普段撫でられてばかりなので、今日くらいは私が撫でてやる、とのこと。
口には出さないが、くすぐったくてなかなかいい感触だ。
この位置だと正面向いた時に思いっきり胸が目に入るんだが、これもまた口には出さないでおく。
「これで私も、本当の意味でケリをつけることができた」
「よかったな」
ラウラの助け、そして期待を受けた俺が、運のよさもあれアベルさんに勝つことができた。
それは彼女にとって、とても大きなことなのだ。
「私は私の道を進む。自信を持ってだ」
「ああ」
ラウラの屈託のない笑みを見ていると、俺もうれしくなる。
「あー、ところでさ。例のなんでもしてやるって件についてなんだが」
「む……来たか」
笑顔から苦々しい表情へ。俺がエッチな命令をしてやるって宣言したこと、真に受けているらしい。
「い、いいだろう。他ならぬお前の頼みだ。どんなえっちなものでも叶えてやる」
「そっか。じゃあとりあえず保留でいいか」
「ほ、ホリュウか。よくわからんが、それはいったいどのくらいえっちな……保留だと?」
きょとんとした顔で俺を見つめるラウラ。完全に脳内がピンク色になってしまっていたらしい。
「今のところ、そう大きな頼み事は思いつかないんだ。かといって、『抱きしめたい』とかそういうお願いは権利行使するまでもなく聞いてくれるだろうし」
「ん……つまり、貸しにするということか」
「そういうこと」
貸しっていうのは貸したままの状態にしておくのが一番便利だ、なんて言葉を聞いたことがある。
だから、大事にとっておこうというわけだ。
「いいだろう、待っておく。どうせずっと一緒にいるのだしな」
「……あ、ああ」
「む、どうかしたか」
「いや、なんでもない」
「そうか」
納得したようにうなずいて、ラウラは俺の提案を受け入れた。
とりあえず、なんでもしてくれる権利についての話はこれで一段落だ。
「……ずっと、か」
少し、ドキリとした。
多分、ラウラはそこまで深い意図をもって言ったわけじゃないんだろうけど……ずっと一緒にいるということの意味を、なんとなく真面目に考えてしまった。
今はまだ1年生で、学校のことだけで手一杯という状況だけれど。
いつかはきっと、大事な決断をする日がやってくるんだろうな。
「そうだ。一夏、頭を撫でたついでにマッサージもしてやろう」
「お、いいのか?」
「お前にやったことはなかったからな。姉さん相手に鍛えた腕、見せてやる」
「そりゃ楽しみだ」
誇らしげに胸を張るラウラを見て、俺は笑う。
……その日が来るまでは、とにかく頑張ろう。
最低限、彼女につり合うだけの男になれるように。
*
「一夏、刀の振りが少し乱れているぞ」
「織斑さん。足元への警戒が手薄になっていますわ」
「ほら、もっときびきび動きなさい!」
「そんな同時に言われても困るって」
放課後の第2アリーナでは、一夏が箒、セシリア、鈴の3人に指導を受けている。
入学当初は私と一夏のふたりきりだった自主訓練も、いつの間にか大所帯になったものだ。
3人ともなかなか面白い人間なので、別にかまわないのだが。
「それで、なぜお前までここにいる」
「あら、ここはあなた達の貸切ではないのよ? 私がいても問題はないと思うのだけれど」
ただ、今日はなぜかアベルまで来ていた。
一夏を取り囲む箒達とは異なり、私の隣に立って彼らの練習風景を眺めている。
「少しお話しがしたくて、ね」
くすっと笑いながら、彼女は私の顔をちらりと見る。
私としても、会話を断る理由はない。
「今から私、負け惜しみを言うわ」
「……負け惜しみ?」
「そう、負け惜しみ」
奇妙な前置きをしてから、アベルは静かに語り始める。
「私が彼に負ける要素は、確かにいくつかあった。そのうちのひとつが、ラウラ……あなたを意識しすぎたことね」
「やはりそうだったのか」
「ええ。せっかくあなたが勝負を申しこんでくれたのに、あの試合を終えても私はあなたに勝った気になれなかった」
「14勝13敗でお前の勝ち越しだろう」
「そうね。けど覚えてる? ドイツにいたころの24戦目から26戦目、あなたの3連勝だったのよ? 直近の数試合の結果を見ると、やっぱりいろいろと思うことがあるの。かといって、もちろんあなたにこれ以上何かを求めたりはしないわ」
自虐のような笑みを浮かべ、彼女は話を続けていく。
「そういう女々しい部分があったから、彼の動きにあなたの影を見てしまったのね。紛れもない1対1の勝負なのに、私の頭は勝手に1対2にしてしまっていた」
「………」
「でも」
ひとつ息をついて、アベルはもう一度私の顔を見た。
「そういう要素があったとしても、私は100回戦えば99回勝てる自信があった」
「それは、間違いないだろうな」
アベルの言葉は正しい。
先日一夏が勝てたのは、偶然に偶然が重なり、あらゆる運がすべて彼に味方するくらいの試合展開だったからにすぎない。
「にもかかわらず、織斑一夏は100回のうちの1回を引き当てた。あの大事な局面でね。そういうのって、ただの実力では計り知れないものだと思うの。世間だと『持っている』と言うのだったかしら……とにかく、私が彼について最も評価した部分はそこね」
なるほど。確かに一理ある意見かもしれない。
成長速度の速さも十分褒めるに値するが、一夏の最も優れているところは、もしかするとそういったところにあるのだろうか。
「まとめると、彼は化けるかもしれないってこと。以上、負け惜しみ終了」
「……今のを、負け惜しみと言うのか?」
「あら? そんな感じの内容が混ざっていなかったかしら」
「そんな晴れやかな顔で負け惜しみを言う人間がいるとは思えんが」
「ふふっ、それもそうね」
にこやかな表情で答えるアベル。
彼女にとっても、一夏との戦いは何かしらの影響を与えるものだったのかもしれない。
それがよい影響なら、私としても喜ばしい。
「……んー」
「む? どうした」
あごに手を当てて小さな声でうなるアベル。何を考えているのだろうか。
そう思っていると、やがて彼女はうなずいてからこう言った。
「私も狙ってみようかしら。一夏のこと」
「……は?」
「今まで彼氏とか真剣に考えていなかったけれど、彼ならいいかもしれないわね」
うんうんとうなずきながらつぶやく彼女。私の脳内では今の発言が延々とリピートされていた。
「ま、待て。冗談だろう?」
「ええ、冗談だけれど」
「んなっ……!」
けろりと答えるアベル。対する私は体が熱い。
「き、貴様言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「ほっとしたかしら? 堅物だったあなたが、からかい甲斐のある子になってくれてうれしいわ」
こ、この女……! 私がどれほど心臓を縮み上がらせたかと思っているのだ。
「心配しなくても、恋愛感情はないわ。興味を抱いたのは事実だけれど」
「……なに?」
「見込みがありそうだから、今のうちに仲良くして手なずけておくのもありかもしれないわね」
不穏な言葉と意地の悪そうな笑みを残して、アベルは一夏達のもとへ向かっていく。
「ま、待て!」
どこまでが本気なのかがさっぱりわからない。わからないからこそ、嫌に不安をかき立てられる。
……だから私は、思い切り宣言してやることにした。
アベルに対してだけではない。向こうにいる箒や鈴に対してもだ。
すう、と息を吸いこみ、出せる限りの大声を彼女達に向けて張り上げた。
「一夏は私のものだ! 誰にも渡さんからなっ!」
刀が伸びたことについてですが、2巻ラストで零落白夜と雪片が日本刀みたいなスリム形態に変化できることが描かれていたので、だったらちょっと伸びるくらいも可能なのではないかと考えた次第です。要は一夏の強い意思に呼応してる感じなので。
というわけで終わりました。今度こそ本編の続きを書くことはないと思います。番外編として日常の1ピースを描くような話はあるかもしれませんが。
ここからは読む必要のないあとがきが続きます。
そもそもこの第二部自体、当初は書く予定のないお話でした。理由はなかなか構成がまとまらなかったからです。それから頑張って一応のプロットを完成させ、執筆し、結果としてはこうして完結までこぎ着けることができてほっとしています。続きを希望してくださった方々のご期待に応えられるような内容だったかはいまいち自信がありませんが、それでもなんとか書き切りました。
箒や鈴がどんな反応をするか。ラウラは過去にどう決着をつけるのか。第一部でやり残したと思っていたのはこの辺の要素なのですが、とりあえず全部描写できたので、僕個人としては第二部を書いた価値はあったかなーと考えています。
オリキャラのエレナ・アベルについては、原作キャラから浮かないような性格・立ち位置を心がけました(できたかどうかは知らない)。一夏もラウラも名字で呼ぶので、エレナという名前を使う機会がほとんどありませんでした。
最後に、作品全体を通してのことについて。
一夏が主人公、ヒロインもラウラひとり。設定の考察が深いわけでもない。ある意味オリジナリティに欠けているのではないかと危惧していた本作ですが、これだけたくさんの読者の方に読んでいただけて本当にうれしいです。平均評価もびっくりするくらい高いですし。まさに感謝の限りです。
ブラックラビッ党の皆様に満足いただけるようなお話を作れたかどうかはわかりませんが、とりあえずラウラという少女を可愛らしく描くことを一番に考えていました。
また僕の作品を見かける機会があれば、その時再びお会いしましょう。
ありがとうございました。