もしもな世界のラウラさん   作:キラ

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清算

 桜の花も完全に散った4月下旬。

 

「一夏! 織斑一夏はいるかしら!」

「り、鈴!?」

 

 噂の転校生の正体は、俺のセカンド幼なじみだった。

 

「久しぶりだな! 来るなら来るって連絡のひとつでもくれたらよかったのに」

「アンタをびっくりさせようと思ったのよ。その様子じゃ作戦成功みたいね」

「ああ、本気で驚いた」

 

 朝のホームルーム前に教室に現れたのは、中学2年の終わりまで仲良くつるんでいた女の子。生粋の中国人で、名前は凰鈴音という。

 

「まさか中国の代表候補生が織斑くんの幼なじみだったとは」

「世の中狭いね~」

 

 外野も転校生の登場にざわついていた。所属クラスは2組という話だったから、まさか朝のうちから顔を拝めるとは思っていなかったのだろう。

 

「またよろしくな」

「ええ。……それでね、一夏。あたしが中国に帰る前にした約束――」

「なんだ。ずいぶんと騒がしいな」

 

 鈴が何かを言おうとした瞬間、彼女の近くの教室の戸ががらっと開かれた。

 クラスの喧騒に目を丸くしながら入って来たのは、今朝は珍しく俺より起きるのが遅かったラウラだ。

 

「一夏、何かあったのか。そっちの女子は見ない顔だが」

「ああ、紹介するよ。俺の幼なじみで転校生の凰鈴音だ」

「よろしくね」

 

 ラウラを見つめる鈴の目つきは、どういうわけか訝しげだった。ひょっとすると黒の眼帯に目を奪われているのかもしれない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」

 

 視線を交わす2人。空気がピリピリしているように感じられるのは俺の気のせいだろうか。

 

「一夏の友達?」

 

 ちらりとこっちをうかがう鈴。

 ちょっと照れるけど、すでに校内中の噂になっているんだ。正直に答えてもかまわないだろう。

 

「友達じゃなくて、彼女だな」

 

 そう、何気なく返事をした瞬間。

 

「………え」

 

 周囲の空気が、死んだように固まった感覚。

 大げさでもなんでもなく、俺はそのようなものを肌で感じた。

 

「……あ、あはは! そうなんだ、付き合ってるんだ。へー、アンタなかなか隅に置けないじゃないのよ」

 

 けれどそれも一瞬のことで、よどんだ空気はすぐに元に戻った。

 

「そ、そうか?」

「そうよ。あたしや弾なんかは、一夏は本気でホモなんじゃないかって真剣に心配してたんだから。ノーマルだったみたいでほっとしたわ」

「なんだよそれ。お前らそんな失礼なこと思ってたのか」

「怒らない怒らない。勘違いさせるような態度とるアンタも悪いのよ」

 

 笑いながら昔話を語り始める鈴。

 その様子に妙な違和感を抱きながらも、とりあえず俺は昔なじみとの会話に花を咲かせた。

 

「………」

 

 始業のチャイムが鳴るまで、ラウラは無言で俺達のやり取りを眺めていた。

 話に混ざりたい様子でもなく、ただ俺と鈴を見つめているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 入学初日の篠ノ之箒の反応。あれは想い人に恋人ができていたことへのショックだったと、私はあとになって知った。

 だとすれば、今朝の凰鈴音の反応はどう説明すればいいのだろうか。

 やはりあれも、箒と同じ類の気持ちを抱いていたのかもしれない。

 そんな直感を抱いた私は、放課後に2組へ赴き凰を呼び出した。一夏には先に帰っているよう伝えてあるから、ついてくる心配もないはずだ。

 

「今、時間はあるか」

「……大丈夫だけど」

 

 私の急な頼みにも、彼女はまったく動じた様子を見せなかった。

 まるで、私がここに来ることが予想できていたかのような、そんな対応だった。

 

「場所を変えるぞ」

 

 廊下を歩き、人気のない空き教室の中へ足を踏み入れる。

 

「それで、なんの話?」

「単刀直入に聞く。凰鈴音、お前は一夏のことが好きなのか」

 

 転入初日でいろいろと忙しいだろうから、手短にすませるべき。

 それに口下手な私では、会ったばかりの者と長時間話もたせるのは難しい。

 だから、隠すことなくありのままを口にした。

 

「……驚いた。それ、顔を合わせたばかりで聞く?」

「あいにくと、そういった駆け引きは苦手だ。間違っていたら謝る」

 

 腕を組んでいた凰は、私の言葉を聞いて目を伏せた。

 風も吹かない密室の中で、沈黙だけが場を支配する。

 

「……はあ」

 

 数十秒か。あるいは数分か。

 時間の感覚が狂いそうになる中で、凰がひとつ大きなため息をついた。

 顔を上げた彼女は、苦笑を浮かべていた。

 

「正解よ、正解。あたしはあいつのことが好き」

「そうか」

 

 ……本心を聞きだしたはいいが、ここからどうすればいいのだろうか。

 こういう場合、コミュニケーションの上手い人間はどんな風に話をつなぐのだ?

 

「あー、その」

「ねえ」

 

 私が言葉選びに苦しんでいると、凰の方から話を切り出してきた。

 

「アンタと一夏、どっちが先に告白したの」

 

 苦笑いは消えている。

 声の調子は淡白だったが、私はその言葉にこれ以上ないほどの重みを感じていた。

 ただ見つめられているだけなのに、彼女の視線に射抜かれるような感覚が襲ってくる。

 

「……一夏だが」

 

 それでも、私は臆することなく事実を口にした。

 

「そう」

 

 その瞬間、張りつめていた空気が一気に崩れたような気がした。

 

「それなら……まあ、よくないけどいいか」

 

 髪の先を人差し指に絡めながら、凰鈴音は笑っていた。

 私には、なぜ彼女が笑っているのかよくわからなかった。

 

「お前は……」

「ところでラウラ。聞いた話によれば、アンタ恋愛初心者らしいわね」

 

 私の言葉を遮り、ビシッと指をさす凰。

 軽い調子での話題転換に、ますますあちらの感情が予測できなくなってくる。

 

「おまけに天然だとか」

「恋愛に疎いのは事実だ。天然に関しては自覚はないが、たまに一夏にも言われる」

「そっか。じゃああたしがサポートしてあげる」

「……む?」

「いろいろアドバイスしてあげるって言ってるのよ。多分ラウラよりはそういう分野に詳しいから」

 

 トントン拍子で話が進んでいく。

 流れについていけず、私は思わず両手を開いて前に押し出した。

 

「ま、待て。凰が何を言っているのか私には」

「何って、つまり」

 

 突き出していた右手をつかまれる。

 

「友達として、仲良くしましょうってこと!」

 

 握手の形を作り、彼女は元気な笑みで私の言葉に答えた。

 

「………」

 

 きっと、凰にも思うところは数多くあるのだろう。

 その中身を察することは、もちろん私には不可能だ。

 だが、きっとそれは些細な問題なのだとも同時に思った。

 

「わかった。私と凰は、友達だ」

「鈴でいいわ。仲のいい人はだいたいそう呼ぶから」

「そうか。では鈴、改めてよろしく頼む」

 

 握る手に少しだけ力をこめ、私も彼女に笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 鈴が転入してきた翌日の昼休み。

 ある人物と会うために、私はひとりで3組の教室を訪れていた。

 

「あら、ラウラじゃない。珍しいわね、あなたがここに来てくれるなんて」

 

 友人2人と机を囲んで弁当を食べていたアベルに歩み寄ると、彼女は朗らかな笑顔で出迎えてくれた。

 

「一緒に食べる?」

「そうだな。今度弁当を作って来た時には考えてみる。ただ、今日はひとつ頼みがあって来ただけだ」

「頼み? 何かしら」

「放課後、私と模擬戦をしてほしい」

 

 すっとアベルの目が細められる。

 探るような視線を、隠すことなく私に向けてきた。

 

「どうして?」

「今の私の全力を、お前に見せておきたい。これでは駄目か」

「駄目じゃないけど、それが全部ってわけでもないでしょう」

 

 手に持っていたフォークを置き、アベルは少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 いつの間にか私達を囲む視線も増えている。彼女の友人経由で話が広がり、注目されているのだろう。

 

「この学園に入ってまだ1ヶ月。成果を見せようというには少し早すぎる。あなたの場合、1年近くISと離れていたようだし、なおさらね」

「………」

「万全でないのに勝負を挑む理由。最初に思いつくものとしては、そっちのクラス代表さんに私の戦いを見せておきたいから……どうかしら」

「……そうだな。確かにそれもある」

 

 だが。

 しっかりと相手の目を見据え、私ははっきりと次の言葉を口にした。

 

「ただ、勘違いしているようなら言っておく。私は『勝つつもり』でいる」

 

 宣戦布告。

 周囲の息をのむ音が聞こえる中、肝心のアベルはというと。

 

「そう来なくちゃね」

 

 まるでさっきまでの態度が嘘のように、うれしそうに笑っていた。

 

「今の一連の反応、結構強キャラっぽくなかった?」

「知らん」

 

 ともあれ、無事に勝負の約束をとりつけることができた。

 

 

 

 

 

 

 迎えた放課後。

 やたらと観客の多い第3アリーナで、私とアベルはISを展開して対峙していた。

 私が呼んだのは一夏だけだったのだが、まあ外野が何人いようが気にすることでもないだろう。

 

「打鉄か。ラファールで来るかと思ったんだけど、あてが外れたわね」

「多くの装備を使いこなすだけの時間がなかったからな。こちらのシンプルなスタイルで勝負することにした」

 

 日本の第2世代型IS『打鉄』。IS学園で生徒用に用意されている機体のひとつであり、安定した性能が特徴だ。基本スペックはやや防御特化で、あとは追加装備によって近接戦主体にも遠距離戦主体にも調整できる。

 今回は標準装備のブレードとアサルトライフルをそのまま採用し、他の部分はいじっていない。ブランクがあるぶん、今はこの方がいいと判断したためだ。

 

「そちらは第3世代型か。完成していたのだな、『シュヴァルツェア・レーゲン』」

「この子の相棒として、私はIS学園に送りこまれたわけだから」

 

 軍にいた頃に、開発計画自体はすでに聞いていた。

 黒い雨。コンセプトに変更がなければ、1対1で戦うには相当不利な相手のはず。

 もっとも、今さら引き下がる気など微塵もないが。

 

「勝負の前に、少しお話ししましょうか。戦い始めればとてもそんな余裕はないだろうし」

 

 微笑むアベルには、おそらく私の作戦はばれていることだろう。

 推理の必要すらない。左目の疑似ハイパーセンサー『ヴォーダン・オージェ』が常時稼働状態で制御不能な以上、私のやれることはひとつしかないのだから。

 

「覚えてるかしら。私とあなたの通算対戦成績」

「13勝13敗、だったか」

「その通りよ。だから私は、いつか白黒はっきりつけたいとずっと願っていた」

 

 私にとっても、それは同じだった。

 以前のひたすらに強さを求めていたラウラ・ボーデヴィッヒは、エレナ・アベルをいずれ完璧に超えるべき存在と認識していた。

 だがそれが叶うことはなく、挫折した私は逃げるように軍を去った。

 ……生きる目的が変わろうと、過去の日々への後悔と未練は残り続ける。

 

「私も同じだ。だからこそ、勝負を持ちかけた」

「そう。あなたも、私を意識してくれていたのね」

 

 どんな形になろうと、ケリはつける。

 幸運にも、その機会が転がりこんできたのだから。

 

「始めましょうか。長話がすぎるとギャラリーも飽きてしまうだろうし」

「そうだな」

 

 目を閉じて、精神を集中させる。

 この先は、コンマ1秒たりとも集中を欠くことは許されない。

 

「………」

 

 私のパフォーマンスが著しく低下した原因は、左右の目のバランスがとれなくなったことにある。

 常に疑似ハイパーセンサーが稼働している左目と、通常状態の右目では、見える景色がまったく異なる。

 このギャップを処理することに苦しみ、ついに私はそれを克服できないままだった。左目を潰すことも考えたが、片目だけで戦えるほど世界は甘くなかった。

 しかし、この問題を解決する方法がひとつだけある。

なんてことはない、右目のハイパーセンサーも稼働させればいいのだ。

 だが、そうすると今度は脳が長時間の酷使に耐えられなくなる。もともと『ヴォーダン・オージェ』はオンオフの使い分けをうまく行うことを前提にデザインされているからだ。

 ……それでも、やるしかない。

 

「行くぞ!」

「ええ、来なさい!」

 

 瞬間、私は余計な思考の一切を排除した。

 152秒。それが私に許された、全力を出せる時間だ。

 

 

 

 

 

 

「すごいな……」

 

 初めて生で見るIS同士の戦いは、とにかく圧巻の一言だった。

 一瞬のうちにめまぐるしく状況が移り変わり、目で追うのが精一杯。あんな世界で、本当に俺はまともに試合ができるのだろうか。

 

「でも、なんでさっきのラウラの銃撃は当たらなかったんだ? バリアでも張ってたのか」

「バリアっていうか、あれはAICね」

「AIC?」

 

 隣で観戦している鈴の口から聞きなれない単語が出てきたので、そのまま尋ね返す。

 

「慣性停止能力のこと。簡単に言えば特殊なエネルギー波かなんかで物体の動きを止めるのよ」

「はあ!? それって強すぎないか?」

 

 確かに打鉄のアサルトライフルから撃ちだされた銃弾が急に止まったように見えたけど……だとしたら、チートもいいところじゃないか。

 

「そこだけ切り取れば確かに反則技ね。でも弱点はちゃんとあるわ」

 

 鈴がそう言った直後のことだった。

 それまで一定距離を保ちながら射撃を繰り返していたラウラが、アベルさんの背後をとって一気に加速、接近したのだ。

 勢いそのままに近接用ブレード『葵』で斬りかかる。振り返るアベルさんだが、すでに回避は間に合わないのでは――

 

「っ!」

 

 まただ。

 ギリギリのタイミングで彼女が右手を突き出した瞬間、ブレードの動きが完全に停止した。

 やっぱりAICを突破することはできないのか。

 応援に力が入るあまり腰を浮かしそうになった、その時だった。

 

「なっ……!?」

 

 一撃を加えたのは、斬撃を止められたラウラの方だった。

 気づけば、打鉄の両足がシュヴァルツェア・レーゲンの腹部を蹴り上げていたのだ。

 

「下半身のブースターだけ全開にして回転したのね。斬りは最初から撒き餌のつもりだったのかしら」

「フェイントってことか」

「ええ。AICの弱点は、対象物に意識を集中させなければ効果を発揮しないところにあるの」

「それにしても、あの状況でよくやれるものだ」

 

 感心した様子の鈴と箒。

 2人の反応を見て、改めて俺はラウラの実力の高さを思い知った。

 このままいけば、もしかすると。

 淡い期待が頭をよぎる。

 

「でも妙ね。代表候補生相手にあれだけ大立ち回りできるくせに、なんで一般生徒枠で入学したのかしら。国から声がかかってもおかしくないはずなのに」

 

 フェイントが決まり始めてから、試合はラウラ優勢に傾いていた。

 ライフルの弾丸をおとりにした斬撃。あるいはその逆パターン。縦横無尽にアリーナを駆けめぐりながら、打鉄が躍動する。

 アベルさんはあくまで冷静に対処しようとしている風に見えるが、それでもあいつが紙一重で上回っている。

 ……だが、勝負を決めるだけの一撃は与えられていない。

 それが何を意味するのか、ラウラから事情を聞いている俺にはわかってしまう。

 

「ん……?」

 

 違和感にいち早く気づいたのは、鈴だった。

 AICにかかった様子もないのに、アベルさん目がけて加速していた打鉄の動きが急に鈍ったのだ。

 その隙を見逃すはずもなく、シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に乗ったレールカノンの容赦ない一撃がラウラを襲う。

 直撃したのを認識して、俺はタイムアップが訪れてしまったことを悟った。

 

 

 

 

 

 

 鈍い痛み。

 砲撃が当たったことが原因ではない。そちらの衝撃は、シールドエネルギーを激しく消耗することでほとんど吸収されている。

 だが、体の内側から絶えず湧き上がる痛みだけは、どうしようもない。

 

「終わりにしましょう」

 

 吹き飛ばされたことで、私とアベルの間にはそれなりの距離が生まれている。

 それを詰めることなく、彼女は回線越しに静かに語りかける。

 

「もう限界が来ているはずよ。これ以上続けてもあなたは勝てない」

 

 降参を勧める声。それは決して、驕りから出てきたものではない。

 むしろ逆だ。あいつは私を気遣うからこそ、試合の続行を嫌がっている。

 アベルの心配そうな瞳を見れば、そのくらいのことはすぐに理解できた。

 

「……いや。最後まで、続ける」

 

 理解できたが、納得はしなかった。

 勝ち負けの問題だけではない。エネルギーが尽きるまで戦うことに、意味がある。

 

「無理を言っているのは承知だ。それでも、聞いてほしい」

「……手加減はしないわ。それでいいのね」

「ああ」

 

 意思を汲んでくれたアベルに感謝しながら、私は再びブレードを構えた。

 そこから先の展開は、詳しく語るまでもない。

 思考能力の落ちた状態で渡り合えるはずもなく、ものの数分で私と打鉄は力尽きたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ラウラ!」

 

 アリーナのピットに駆けこむと、ベンチで横になっているラウラと傍らでたたずむアベルさんの姿が目に入った。

 

「あまり大勢で入ってこないで。彼女の頭に響くわ」

 

 アベルさんの注意の言葉に、俺は後ろを振り返る。

 試合終了と同時に観客席を飛び出した俺について来たのか、結構な人数の女子がピットに足を踏み入れていた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうな顔でそそくさと出ていく女子達。

 残ったのは、俺のそばにいた鈴と箒だけだった。

 

「そんな心配そうな顔しないで。少し無理がたたって疲れているだけよ」

「ほ、本当か」

「ええ。なんなら本人に聞いてみるといいわ。ただし大声出したり揺さぶったりするのは禁止ね」

 

 髪をかきあげ、アベルさんはピットの出口へ向かって歩いていく。

 その表情からは、どんなことを考えているか読み取れなかった。

 

「しばらく休ませたら、一応保健室に連れて行ってあげて」

 

 それだけ言い残して、彼女はこの場を去った。

 

「とりあえず、心配はないようだな」

「あたし達も寮に戻ってるから、ごゆっくり」

「お、おい」

 

 いやーな笑みを浮かべて、鈴と箒も廊下へ出ていった。ごゆっくりってなんだよ、ごゆっくりって。

 

「……大丈夫か? ラウラ」

「ああ、問題ない。頭痛もじきに引く」

 

 俺の問いに、はっきりとした声で答えるラウラ。どうやら本当に心配なさそうだ。

 

「でも、無茶しすぎだ。そこは怒らせてもらう」

「すまない。だが、どうしても最後までやり抜きたかった。許してほしい」

「……まったく。次は駄目だからな」

 

 途中で降参しなかったことを責めようと思ったのに、そんな悲しい顔されたら怒るに怒れない。

 

「わかっている。もう体に無理を言わせるつもりはない」

 

 そう言って微笑むと、ラウラは横になっていた体をゆっくりと起こした。

 

「おい、まだ寝ててもいいんだぞ」

「お前達が来る前に、アベルからこう言われた」

 

 先ほどアベルさんが立っていた場所に視線を向け、静かにつぶやく。

 

「『あなたはやはり強かった』とな」

「その通りだよ。お前は本当にすごかった。俺正直感動したんだぜ?」

「だが、それでも勝てはしなかった。そこが私の限界だ」

 

 目を伏せるラウラ。

 一瞬落ちこんでいるのかと思ったが、そうではない。

 

「一夏」

 

 俺の名前を呼ぶ声は、なぜだか少し楽しそうで。

 

「この前、目標が決まらないと言っていたな」

「え? そうだな。就職目当てで藍越受けるつもりだったのに、いきなりこんな場所に放りこまれたんじゃな」

「ちょうどいい。一時的でいいから、私のわがままにつき合ってくれないか」

 

 俺を見つめるその顔は、なぜだか満面の笑みを携えていた。

 

「来月末のクラス対抗戦。エレナ・アベルに勝ってくれ」

「……え」

「お前にしか頼めない。お前にしか託せない、私の願いだ」

 

 聞き間違いでもなんでもなく。

 俺の彼女は、とんでもない無理難題をふっかけてきた。

 




悲しむ鈴の描写を掘り下げすぎると誰がメインなのかわからなくなるうえに書いてる僕が辛くなるので、彼女に関しては箒と同じくあっさり風味ですませました。もともとひとりで泣くタイプだと思うので、人前じゃ強がるんじゃないかなと。

視点がコロコロ変わって申し訳ありませんが、ラウラVSエレナが今回のメインでした(バトルそのものはあっさりめの描写でしたが)。エレナの機体はもちろんレーゲンです。一夏はこれからあれに挑まなければなりません。
とりあえず、あと2話でギリギリ終わらせられるのではないかと。もしかするともう1話延長するかもしれません。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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