もしもな世界のラウラさん   作:キラ

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いつの間にやらお気に入りが2000件に届きそうなところまできていました。
読者の皆様、本当にありがとうございます。


好きなところ

 4月も半ばを過ぎ、俺がIS学園に入学してから2週間が経とうとしていた。

 

「……すー、はー」

 

 現在時刻は夜9時。

 明日は日曜日だから、話す時間はまだたっぷりとあるはず。

 学生寮のとある部屋の前でたたずむ俺は、大きく深呼吸をしながら頭の中身を今一度整理する。

 

「とにかく、気持ちを正しく伝えることだ」

 

 これから俺は、部屋の中にいるであろう箒を訪ね、正面から向き合って話をつける。

 再会してから今日まで、それなりに積極的にアプローチを試みてきたが、得られたものはほとんどなし。それとなく会話に誘っても、まともな返しを期待できない日々が続いている。

 このままじゃ、いつまでたっても状況は変わらない。

 何か行動を起こさなければ、このぎこちない関係からの脱却は不可能だと俺は考えた。

 昔のように親しくなるか。あるいは、知り合い程度の仲に遠ざかるか。

 どちらにせよ、中途半端はよくないだろう。

 

「……よし」

 

 もしかしたら、俺が強く出ることで箒を傷つけてしまうかもしれない。1年前、他者との関わりを避けていたラウラに対して、間違った対応をとってしまった時のように。

 でも、あの間違いがあったからこそ今のラウラとの関係がある。それも事実だ。

 もちろん、最初から正解を選ぶことができれば一番いい。だがそれができないなら、間違えることを覚悟して動くべきだ。

 

「箒、いるか? 織斑だけど」

 

 意を決してドアをノックし、幼なじみの名前を呼ぶ。

 これで留守だったら格好がつかないな、なんて今さらながら思うものの、その心配は無用だった。

 ゆっくりとドアが開き、部屋の住人がおずおずと顔を出す。

 

「……一夏」

「よっ。今、大丈夫か? 話がしたいんだけど」

「話?」

「ああ。できれば、ちゃんと聞いてほしい」

 

 せわしなく目を泳がせている箒に対して、俺はぶれない視線を真っ直ぐぶつける。

 避けられないように、こっちの本気具合をわかってもらうしかない。

 

「わ、わかった。今は誰もいないから、中に入れ」

 

 一瞬だけ目が合った瞬間、彼女の肩がびくんと震えた。

 真意は不明だけど、とにかく話を聞いてくれる気はあるようでよかった。

 

「ありがとう。じゃあ、お邪魔します」

 

 部屋に足を踏み入れる。

 女の子らしい小物とかぬいぐるみが置かれているスペースと、そういった私物がほとんどないスペースに二分されていた。おそらくだが、後者が箒のものと思われる。

 

「……座れ」

「どうも」

 

 用意された座布団に腰を下ろし、テーブル越しに箒と向かい合う。

 お茶とか出される時間ももったいないので、さっさと話題を切り出してしまおう。

 

「箒。俺と話すの、嫌か?」

「っ!?」

 

 ど真ん中直球を投げこんだところ、彼女は目を大きく開いて息をのんだ。

 

「嫌なら、これまでみたいにたくさん話しかけたりするのはやめる。だから、ちゃんと答えてほしい」

 

 そう言ったら、箒は両手で机を叩いて身を乗り出してきた。

 

「そ、そんなもの! そんなもの……嫌じゃないに、決まっている」

「……そうか。よかった」

 

 正直ほっとした。真剣な表情からして嘘とかごまかしじゃないっぽいし、まずは嫌われていないことがわかって一安心だ。

 何度かうなずいていると、箒も落ち着いたのか再び腰を下ろした。

 

「でも、それじゃどうして俺を避けるんだ? 視線もあんまり合わせてくれないし、話もすぐ切り上げるし」

「……き、気のせいではないか? もともと私は人とのコミュニケーションが苦手だからな。お前も知っているだろう」

 

 目を伏せて手をもじもじさせるわが幼なじみ。今度はごまかす気満々らしいが、俺もここで引き下がるほどお人好しじゃない。我慢して様子をうかがう期間は、もう過ぎているのだ。

 

「苦手といってもここまでじゃなかっただろ。だいたい、俺以外のクラスメイトとは普通に話してるくせに。別に男嫌いになったってわけでもないんだろう?」

「むぅ……」

「俺に何か落ち度があったんなら治すから、まずはちゃんと話してくれないか。お前とこのままなのは嫌なんだ」

 

 口ごもる彼女に向けて、次々と言葉を投げかける。

 意識せずとも、自然と声に力が入っていく。

 とにかくこちらの気持ちをわかってもらおうと、俺も必死になっていたのだ。

 

「わ、私は……」

「私は?」

 

 蚊の鳴くような声を聞きもらすまいと、いつしか俺は身を乗り出していた。

 

「お前が……その」

「お前が、なんだ?」

「………」

「箒っ」

 

 肝心なところで言葉が止まってしまう。

 けれど、ここまでぐいぐい来た以上、俺も止まれない。

 

「教えてくれ。俺がなんだって――」

「~~っ!! ああ、もう!!」

 

 その感情の爆発は、まさに突然だった。

 そして。

次の瞬間飛び出した言葉も、俺にとっては突然以外の何物でもなかった。

 

「お前のことが好きだったんだっ!!」

「……え」

 

 顔を真っ赤にして声を張り上げる箒と、度肝を抜かれる俺。

 

「なんだその呆けた顔は? 聞き取れなかったならもう一度言ってやる! 私はお前のことがずっと前から好きだったのだ!!」

「ほ、本当か」

「嘘でこんなこと言うと思うか、馬鹿者」

 

 泳ぎまくっていた目が、完全に据わっている。まるで俺を睨み殺さんばかりの眼力に気圧され、今度はこっちがまともな返事をし損ねる番だった。

 

「小学校のころからずっと好きで、離れている間にどんどん想いが強くなって。そんな男が、いざ再会してみれば所帯持ちだったのだぞ! この気持ちがわかるか!?」

「いや、所帯は持ってない――」

「細かいことはどうでもいい!」

「は、はい」

 

 こ、怖い。が、それ以上に箒の告白に衝撃を受けている。

 まさか彼女が俺のことを好きだったなんて。6年越しの真実に、俺はしばらくの間アホみたいに呆けることしかできなかった。

 けれど、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 隠すことなくぶつけてくれた感情の渦を、俺はしっかりと受け止める義務がある。

 

「箒」

「……なんだ」

「まずは、ごめん。今まで気づかなくて。そりゃ、戸惑うのも当然だよな」

 

 正直なところを言えば、1パーセントくらいはありえると思っていた答えだった。

 まさかその大穴が正解だったなんて、本当に俺は馬鹿だ。

 

「ふん、謝る必要はない。私自身が、恥ずかしがって悟られないようにしていた部分もあるのだからな」

 

 頭を下げる俺を見て、ぷいっと顔をそむける箒。まだ耳まで真っ赤になっているところから察するに、さっきの告白は本当に勇気がいるものだったのだろう。

 

「それと……ありがとう。ちゃんと言ってくれて」

 

 ありがとうと言うのも、なんか変な感じだ。俺は箒の気持ちに応えられないというのに。

 言葉選びの下手さ具合に頬をかきながら、それでも俺は最後まで言い切ることにした。

 

「そういう風に思ってもらえることは、本当にうれしい。でも」

「それ以上はいい」

 

 すくっと立ち上がって、箒は俺の言葉の続きを制した。

 後ろを向いて、窓際までゆっくりと歩いていく。

 

「答えを聞く必要はない。ここであっさり私に乗り換えるような軽薄な男なら、そもそも好きになっていない」

「………」

「ボーデヴィッヒとは、うまくいっているのだろう?」

「……ああ。たまに喧嘩はするけど、それも含めてあるべき形だと思ってる」

「ならいい。せいぜい仲良くしていろ、ばーか」

「りょーかい」

 

 箒の声は震えていた。

 だから、彼女が俺に背を向けている理由もなんとなくわかった。

 でも、俺はそこに突っ込むことはしない。

 ただ彼女の言葉にうなずき、笑うだけ。

 頭の中では、剣道少女との懐かしい思い出が流れ続けていた。

 

 ――ちなみに、この寮の壁は薄くはないが防音完備というわけでもない。

 だから、箒の大声はばっちり両隣の部屋と廊下に届いており、翌日クラスで噂になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、一夏と篠ノ之箒の仲は改善されていた。

 一夏に経緯を聞いたところ、じっくり話し合った結果だとのこと。

 あいつが最近ずっと篠ノ之箒のことで悩んでいたことは知っていたから、私もそのことに関しては素直によかったと思った。

 

 だが。

 

「一夏。そういえば、商店街の人達は今も元気にしているのか」

「そうだな……さすがに6年経つと、周りにデパートやらなんやらできて店たたんじまったところもあるな。でも元気なところは元気なままだ。八百屋の山川さんとか、本屋の三条さんとかな」

「そうか。あそこの本屋、まだ残っていたのだな。懐かしい」

「昔はよく2人で立ち読みしに行ってたな。で、なぜか俺だけ店の人にせき払いされまくった」

「ふふ、そんなこともあったな」

 

 休み時間。

 私がお手洗いから戻ってくると、一夏と彼女が仲よさげに昔話に花を咲かせていた。

 

「………」

「む、どうした。急に黙りこんで」

「いや。箒、元気になったなって」

「ああ……あれだ。一度全部吐きだしたら、なんというか楽になった。一種の開き直りだ」

「なんにせよ、またお前の笑ってる顔が見られるのはうれしいな」

「っ……そ、そういうことをさらっと言うな! まったく、お前の彼女はきっと苦労するだろうな」

 

 照れながら一夏から顔をそむける篠ノ之箒。

 私も今の発言には心の底から同意してしまっていた。

 

「むう……」

 

 なんなのだ、この感情は。

 別に一夏を疑っているわけではない。いちいち私以外の女と会話するなと束縛する気もさらさらない。

 だが、不安だ。

 篠ノ之箒は一夏の幼なじみで、私の知らない一夏をたくさん知っているだろうから。

 他のクラスメイト達よりも、ずっと一夏に近い位置にいるから。

 そして、先日彼女が一夏に愛の告白をしたと聞いたから。

 もちろん一夏は断ったようだが……やはり、胸がもやもやする。

 

「落ち着け。落ち着け」

 

 小声で自らに言い聞かせる。こんなことで、いらぬ嫉妬を重ねる必要などないと。

 私と一夏は恋人同士なのだ。互いに惹かれているのだ。

 私は一夏の優しさと誠実さに惹かれているし、一夏だって――

 

 そこまでいって、私の思考は唐突にストップする。

 ……そういえば、一夏は私のどこに惹かれたのだ? 考えてみれば、今まで一度もそれに関する話を聞いたことがないような気がするのだが。

 

「………」

 

 困った。とても困った。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、だ。お前は私のどこを好きになったのだ?」

「何が『というわけ』なのかさっぱりわからんが、えらく突然の質問だな」

 

 不安を消し去るどころか自分で自分の不安を煽る結果になってしまったので、その日の夜に早速本人に尋ねることにした。

 

「というか、なんで2人して正座なんだ?」

「きわめて重要な議題だからだ」

「お、おう。しかし、改めて答えろと言われると結構恥ずかしいな」

 

 2人きりの寮の部屋で、向かい合って話を聞く。

 一夏は頭をかきながら視線をあちこち動かしているが、こちらはすでに両拳を握りしめて緊張状態に入っていた。

 

「まずはほら、顔が可愛い」

「うむ」

「あと、髪がきれいだろ。それにスタイルも、小柄だけど俺は好きだし」

「……外見の話ばかりではないか。その、中身はどうなのだ」

 

 もちろん容姿を褒められるのもうれしいのだが、私にとって本当に肝心なのはそちらではない、と思う。

 

「中身、か。うーん……」

「な、悩むくらい好きなところがないのかっ!?」

「そうじゃないって。がっつくながっつくな」

 

 身を乗り出していた私の両肩を押し、ぺたんと座らせる一夏。

 その表情は、照れくさそうな笑顔だった。

 

「言えることはいくらでもあるさ。たとえば、俺はラウラのなんにでも素直で純粋なところが大好きだ。なんというか、きれいだと思う」

「……そ、そうか。ありがとう」

 

 先ほどまで求めていた答えだというのに、いざ面と向かって言われると顔が熱くなってしまう。思わず返事がどもってしまった。

 

「たとえばということは、他にもあるのか」

「もちろんたくさんある。でも、どれもお前の要求してるものとは違う気がするんだ」

「……どういうことだ?」

「多分だけど、知りたいのは俺がラウラを女の子として好きになった理由だろ?」

「そうだが」

 

 はっきりと口にしたわけではないが、一夏の言う通りだ。

 

「さっき言ったこととかは、確かにラウラの好きなところだ。けど、それはあくまで人間として好きな部分であって、ちょっと答えとしては正しくないと思う」

「では、本当の答えはなんなのだ」

「わからない」

 

 あっさりと言い切った一夏に面食らい、私はぽかんと口を開けてしまう。

 

「普通の好きと、恋愛の好きとの境界線。いつ何が原因でそれを飛び越えたのか、自分でもわからない」

「………」

「きっと、いろんなことが重なり合って、混じりあって、自分でも気づかないうちに今の気持ちができあがったんだと思う。うまく言えないけど、恋愛ってそういうものなんじゃないか」

 

 そう、なのだろうか。

 自分自身に置き換えて考えてみる。

 私は一夏の優しさが好きだ。だが、ただの好きなら友人という関係で留まることだってできる。私達の場合は、兄妹という関係だったか。

 しかし今、私と一夏は恋人同士というつながりにある。互いが互いを望んで、今の立ち位置を選んだのだ。これだけは間違いのない事実だと言える。

 それはつまり――

 

「はっきりと言えるのは、俺がお前のことを好き、というか……あ、愛してるってことだ。うん」

 

 つまり、そういうことなのだろうか。

 わざわざ直球な言い方を選んだ一夏は、自分の言葉に照れて目を伏せていた。

 

「愛しているというのは、少し月並みすぎないか?」

「え、そうか? 俺にとってはラウラ専用のセリフなんだし、別にいいと思うんだけど」

 

 もちろん、私もそれでいいと思っている。

 一夏の素直な気持ち、誠実な言葉。それだけで十二分だ。

 ただ単純に、ちょっとからかってやりたくなっただけにすぎない。

 

「月並みじゃないセリフ。うーん……あー……」

 

 悩み始める一夏。にやけそうになるのをこらえながら、果たしてどんな言葉を用意してくるのか見守る。

 

「あ、そうだ」

 

 やがて何かを思いついたらしい一夏は、閉じていた目を開き私の顔を見た。

 

「うまい言葉は出ないから、数で押し切るのはどうだ」

「数?」

 

 どういうことだ、と私が尋ねる前に、一夏は行動で答えを示した。

 

「愛してる」

「む」

「愛してる愛してる」

 

 ま、まさかこれは……

 

「愛してる愛してる愛してる」

「………!」

 

 一夏の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 が、人のことを気にする状況ではない。

 間違いなく、私の体の方がずっと激しい勢いで熱を帯び始めている。

 

「愛してる愛してる愛し」

「も、もうやめろ! 私が悪かった、というか卑怯だぞ!」

「いや、卑怯って何がだよ」

 

 そんな正攻法で来るなんて、とにかく卑怯だ。

 思考回路が無茶苦茶なのは自覚しているが、意識したところで直らないのでしょうがない。

 感情のはけ口として一夏のひざをつんつんと指でつつきながら、私は大きく深呼吸をした。

 

「……とにかく、安心した。私も、一夏のことを愛している」

 

 結局、不安に思うことなど何ひとつなかったのだ。

 今後は篠ノ之箒に対しても、余裕をもって普段通りに接することができるだろう。

 

「これで私も、他のことをきちんと考えることができる」

「他のこと?」

「お前が幼なじみと向き合ったように、私にもはっきりとけじめをつけなければならない相手がいるということだ」

 

 あいつと学園で再会してから、ずっとどうするべきか考えてきた。

 4月も終わりに差しかかっているし、そろそろ行動を起こすべきだろう。

 

「そうか。応援する」

「ああ」

 

 事情を察したらしい一夏は、深く尋ねることなくただ微笑んでくれた。

 これで、私ももっと頑張れる。

 

 




ラウラ視点を使うのは2度目です。正直1話の途中で視点変更使うのはどうかとも思ったのですが、分割するほどの分量ではないのでやむをえず統合しました。

結構な数の方が感想で気にされていた箒との関係については、今回で一応の決着をつけた形となります。あっさり風味に感じる方もいると思うのですが、僕なりに考えた結果こういう流れになりました。詳しい事情はそのうち語る機会があると思います。一番重要な点としては、原作とは状況がまったく違ったというところでしょうか。一夏はすでに彼女持ちですから。

最後のラウラのセリフにもあるように、次回以降はあのキャラがらみの話が展開していきます。
あとあの子も満を持して登場します。第二部も折り返しです。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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