もしもな世界のラウラさん   作:キラ

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IS学園編は5話で終わると言いましたが、1話ほど延長しそうです。


期待

 IS学園での生活が始まってから、数日が経過した。

 相変わらず他の生徒に注目される機会が多いものの、少しずつ視線の数が減ってきているように感じる。

 そうそう、それでいい。俺なんか見てても面白いことないんだから、友達同士で仲良くしていた方がよっぽど有意義な時間を過ごせるというものだ。

 その他、未知すぎる学園生活に対して抱いていた不安要素についても、当初危惧していたほどまずい状況にはなっていない。授業にはなんとかついていけてるし、女子だらけのクラスでもコミュニケーションを普通にとることができている。

 

「織斑くんおはよー」

「ああ、おはよう」

 

 廊下で些細なあいさつができることがこれほど素晴らしいことだとは思わなかった。

 そういうわけで、案外ここでもやっていけそうかもしれない、などと考え始めた今日この頃である。

 

「人気者だな。一夏は」

「そりゃ、ひとりしかいない男だからな。いやでも目立つだろ」

「……こほん。浮気は、禁止だからな」

「禁止されなくてもやらないって」

 

 同じ部屋に住んでいるので、登校もほぼ毎日ラウラと一緒だ。

 朝からせき払いとともに釘を刺されてしまったが、そんなことしなくても二股かけたりはしない。やる気もないし、度胸もないし。

 

「まあ、信じてはいるが」

「だったら心配無用じゃないか」

 

 そう言いきったら、それもそうだなとラウラは笑った。俺もたまに似たようなことで不安になるから、こいつの気持ちはよくわかるんだけどな。

 

「お」

「……あ」

 

 教室に入ったところで、見知った顔と出くわした。向こうはちょうど廊下へ出ようとしていたところらしい。

 

「おはよう、箒」

 

 自然なあいさつの言葉を口にする俺。

 それとは対照的に、あっちはせわしなく目を動かしながら最終的にはうつむいてしまった。

 

「……お、おはよう」

 

 そして、そのまま早足で教室から去ってしまう。

 ……今日も、この調子か。

 

「相変わらずだな」

 

 ラウラのつぶやきに、俺は大きなため息で同意する。

 おおむね問題なく進行している学園生活の中で、俺の頭をもっとも悩ませている事柄が、これだ。

 ずばり、箒の態度がなんか変。そっけないというかなんというか、とにかく変なのだ。

 話しかけても会話は弾まないし、なかなか視線を合わせてくれない。

 昔から寡黙なタイプだったのは事実だけど、同時に堂々とした振る舞いも彼女の特徴のひとつだったはずなのに。

 実際、俺以外のクラスメイトとは普通に会話できているようだし。

 一番最初に声をかけた時は、6年前とあんまり変わってないと思ったんだけどなあ。

 

「なんとかしたいんだけどな」

 

 何か、箒を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

 いずれにせよ、できるだけ早くに解決したい。

 

 

 

 

 

 

 4時間目が終わって、昼休み。

 

「箒。昼、一緒に食べないか」

 

 というわけで、思い切って昼食に誘ってみることにした。

 

「昼、か」

「ほら、今日まであんまり話せてないだろ? 幼なじみ同士、いろいろ語りたいことがあるというか」

「私にかまわず、昔の思い出話に花を咲かせるといい」

 

 俺について来たラウラも、フォローの言葉を口にしてくれる。

 

「幼なじみ……」

 

 席についたまま、深く考えこむような顔つきになる箒。

 

「そう、だな。私達は、幼なじみ……ああ、別にかまわないぞ」

「本当か! じゃあ早速行こうぜ」

「よかったな。一夏」

 

 いまだに態度はぎこちないし、暗い表情をしているのは気にかかるけれど、とりあえずOKをもらうことができたのは素直にうれしい。

 同じテーブルを囲んで食事をすれば、いやがおうにもある程度の時間一緒にいることになる。このチャンスをなんとかものにしたい。

 心の中で決意を新たにしながら、3人で食堂まで移動する。

 

「やっぱり混んでるな」

 

 学年問わず、毎日たくさんの生徒が集まる学食。いろんな国の料理が置いてあるので、俺や周囲の人達からの評価も上々だ。

 少し出遅れてしまったためか、いつも以上に空席の数が少ない。3人まとまって座れる場所はあるだろうか。

 

「あそこが空いている」

「お、本当だ」

 

 さすがラウラ、目がいいな。

 食券を買う前に、先に席取りしてしまおう。そう考え、俺達は奥の方の長テーブルへ歩いていく。

 近づいていくと、空席の隣に陣取っているのがうちのクラスの生徒達5人であることに気づいた。

 

「あら」

 

 その中に、イギリス代表候補生であるオルコットさんの姿もあった。

 

「ここ、使ってもいいか」

「ええ、かまいませんけど」

「あ、織斑くんだー」

「ボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんも一緒?」

 

 許可ももらえたので、席取りを頼んでから食券を買いに行く。

 それぞれ好きなものを頼んで、食堂のおばちゃんから料理の載ったトレーを受け取る。

 俺はかつ丼(とおまけの味噌汁)、ラウラと箒は日替わり定食だ。

 

「いただきます」

 

 席に戻って、早速温かいカツを口に運ぶ。……うん、うまい。

 

「オルコットさん、昼は控えめなのか?」

 

 斜め前に座る彼女のトレーを見て、ふとそんな疑問が頭に浮かぶ。

 皿の大きさ、数が少ないし、残っている料理は野菜がメインでヘルシーな感じだ。

 

「そうですわね」

「セシリアはスタイル維持に人一倍気を遣ってるんだよね」

「なっ……そ、そんなんじゃありませんわ!」

 

 隣の女子の発言に顔を赤くして否定するオルコットさん。

 女の子っていろいろ大変なんだなー、とのんきに思う。男は特別な事情がない限り食事管理なんてほとんどしないからな。

 

「………」

「む、どうした一夏? 私の顔に何かついているか」

 

 俺の隣でおいしそうにからあげを頬張っているラウラ。思い出す限りでは、彼女がダイエット関連の言葉を口にした記憶はない。

 

「ラウラは基本的に好きな時好きなだけ食べるよな」

「そうだな。食べ過ぎて太るようなことも経験がないし、気にしていない」

 

 オルコットさんが恨めしげにラウラを見つめる。太りやすいとか太りにくいとかは個人差があるから仕方ない。

 ラウラもラウラで、以前もう少し肉をつけたいと愚痴をこぼしていたしな。おもに胸部のあたりに。

 理想のスタイルってのは、誰にとっても得難いものなんだろう。

 そこまで考えてから、ふと向かいに座る幼なじみの容姿に目が行った。

 

「箒はどうだ? 食事のバランスとか、気を遣うタイプ?」

「……別に」

「そ、そうか」

 

 うーむ。やっぱりまだ返事が素っ気ない。久しぶりに再会した幼なじみ同士の会話なんて、所詮こんなものなのだろうか。

 

「でも、たまにはカロリーとか無視してデザート食べ放題とかしたいよね」

「だね。そのためにも織斑くんには頑張ってもらわないと」

「え、なんで俺?」

 

 女子達の会話の中でいきなり名前が出てきたので、反射的に口を挟んでしまった。

 

「来月末にクラス対抗戦あるでしょ? あれに優勝すると学食デザートの半年フリーパスがもらえるんだって」

「うちの代表は織斑くんだから、君が頑張ると私達みんな幸せってわけ」

 

 へえ、そんな報酬があったのか。初耳だ。

 

「フリーパスはともかくとして、織斑さんには勝ってもらわないとわたくしも困りますわ」

「オルコットさんもか」

「わたくしを差し置いて代表になった以上、あなたが無様な結果を残せばわたくしの評価にまで響きます」

「そういうものか?」

「そういうものですわ」

 

 ちょっと睨み気味な視線を送られる。そう言われても、こっちはまだまだズブの素人。来月どうなっているかはまったく予想がつかない。

 

「オルコットさんが代表になっとけば万事解決だったんだけどな」

「まったくですわ。皆さんが一致団結して織斑さんを推薦しなければ、こんなことには」

 

 ふたりしてため息をつく。初めて彼女と波長が合った瞬間であった。

 入学式の日、クラス全員で話し合いにより代表を決めることになったのだが、その時ほとんど全員が俺を持ち上げたのだ。大半の理由が『話題になるから』『面白そうだから』であり、俺は拒否したかったのだが結局勢いに押し切られてしまったのである。

 

「というか、対抗戦勝ちたいんなら俺を選ぶべきじゃないだろ」

「そこはほら、話が別っていうか」

「ノリだよ、ノリ。えへへ」

 

 可愛く笑ってもごまかされんぞ。それでごまかしがきくのはラウラだけだ。

 

「一夏なら2ヶ月あればなんとかなるだろう。私が保証する」

 

 口の中が空になったのか、今まで黙っていたラウラが会話に参加してきた。

 

「本当かよ」

「お前の勉強を見てきたわたしが言うのだ。信じろ」

「ラウラ……」

「間に合わないようならしごき倒してでも間に合わせるだけだ」

「怖っ!?」

 

 地獄を見ないように今から努力した方がよさそうだ。

 にやりと唇の端をつり上げる恋人を見て、俺は静かにそう誓った。

 

「………」

 

 食事をしながら、おのおの好きな会話を楽しむ中。

 箒だけは、黙って箸を動かしているだけだった。

 それだけなら、基本的に口数の少ない彼女にとっては普通のことなのかもしれない。

 だが、さっきから妙に視線を感じる。多分だけど、俺が他の方向を向いてる時にちらちらこっちを見ているっぽい。

 

「なあ、箒」

 

 なのに、こちらが話しかけると素早く目線を逸らしてしまうのだ。

 そして、案の定何を話してもまともな返しが来ない。

 ……でも、根気強くいこうと思う。

 こういう状況には、去年のラウラとのやり取りのおかげでかなり鍛えられたからな。ちょっとやそっとじゃ諦める気にもならない。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 なんとか宿題を終わらせたところで無性に炭酸が飲みたくなったので、寮の廊下に設置されている自販機で何か買ってくることにした。

 

「ラウラー、なんか飲み物いるかー」

「オレンジジュース」

「炭酸?」

「ノーだ」

「了解」

 

 台所で何かやっているラウラの要望を聞いてから部屋を出る。

 ジュース1本くらいはおごってやろう。普段ご指導いただいているお礼として。

 

「明日は土曜だから、午前で授業終わりだよな」

 

 午後って普通に自由時間という解釈でいいんだろうか。それならやりたいこともあるんだが――

 

「あら、織斑じゃない」

「へっ?」

 

 考え事をしている最中、いきなり声をかけられた。

 見ると、目の前に一度だけ会ったことのある女子の姿が。

 

「アベルさん」

「ええ。私の名前、ちゃんと覚えていてくれたのね」

 

 上下紺色のジャージを身に着けて、エレナ・アベルさんはそこに立っていた。

 ……とりあえず、露出の少ない格好で安心した。一部の女子達は寮内に男がいるという意識が薄いのか、やたら目に毒な服装でその辺を歩き回ったりしているのだ。

 

「どうしたの、ジロジロと。ひょっとしてラウラから私に気が移ったのかしら」

「ち、違うって! そういうんじゃなくて」

「冗談よ、冗談。そんなにむきになって否定しなくても大丈夫」

 

 笑って手をひらひらさせるアベルさん。そういう方面のからかわれ方はまだ慣れてないから、正直勘弁してほしい。

 

「でもちょうどよかった。今、時間あるかしら。少し話がしたいのだけれど」

「ああ、別に大丈夫だけど」

「それは好都合ね」

 

 くるりと回れ右をして歩き出す彼女。素直について行くと、寮の外まで出てきてしまった。

 少し形の欠けた月が、雲から顔をのぞかせている。

 

「あまり他人に聞かれたくない話だから」

「そんな話を、俺に?」

「そう。ラウラの恋人である、あなたに」

 

 俺とラウラが付き合っているという情報は、すでに学年中、下手したら学園中に広まっている。

 だから、アベルさんがそのことを知っていても特に驚きはなかった。

 

「えっと、アベルさんはラウラの同僚だったんだよな」

「ええ。ドイツ軍IS部隊の一員として、あの子とは何度も模擬戦を行った仲よ。あの子は軍を抜けてしまったけれど、私は今でもあそこに所属しているわ」

「どうしてIS学園に?」

「代表候補生に選ばれた関係で送りこまれたの。まさかラウラと再会できるとは思ってもいなかったけれど」

 

 彼女も、オルコットさんと同じく代表候補生なのか。

 ということは、やっぱり専用機も持っているんだろうな。しかも相当な実力者というやつだ。

 

「……あの子、元気にしてた?」

 

 声のトーンを落として、アベルさんは俺に尋ねる。

 不安げな瞳がこちらに向けられていた。

 

「日本に来て最初の頃は、ずっと落ちこんだままだった。でもある日を境に打ち解けられて、あいつはどんどん前向きになっていった。今じゃすっかり昔の面影ゼロだ」

「そう……よかった」

 

 俺の話を聞いた彼女は、緊張が解けたのかほっと息をつく。

 それだけで、俺にはこの人が何を考えていたのかよくわかった気がした。

 

「ラウラのこと、心配してくれてたんだな」

「あの子は……ラウラは、私のライバルだったから」

 

 小さくうなずいたアベルさんは、両手を前で組んで俺の言葉に答える。

 

「一方的な思いだった可能性も高いけれどね。当時、部隊の中で私と最も実力が近く、そして越えるべき壁であった存在。当然意識したわ。話しかけてもろくな返事もらえなかったけど」

「ラウラが刺々しかったのって、やっぱり本当なんだな」

「はっきり言って浮いていたわ。陰口をたたく人も少なくなかった。私にとっては、特別な存在だったことに変わりはないけれど」

 

 今じゃ想像もつかないな。ちょっと天然入ってる素直ないい子になってるし。

 

「だから、とりあえず精神的に立ち直ってくれたのは喜ばしい。心からそう思うわ」

 

 そう言って、彼女は微笑んだ。

 でも同時に、どこかその表情には影があるように感じられた。

 

「けれど、やっぱり後遺症を克服することはできなかったみたいね」

 

 そうか、この人は悔やんでいるんだ。

 自分の求めていたライバルが、もういないという事実を。

 

「決着をはっきりつけたかったのに、本当に残念」

 

 ……なんとなく、嫌だった。

 ラウラはちゃんとここにいるのに、まるで全部が終わってしまったかのように語られるのが。

 無性に、嫌だと思った。

 

「……でも、あいつは今も一生懸命だ」

 

 自然と拳に力が入る中、俺は強い口調でアベルさんに言葉をぶつけていた。

 ラウラは頑張っている。整備や研究方面だけじゃなく、実技だって。

 

「……ふうん」

 

 品定めするかのような彼女の視線。

 そこでようやく、俺は自分が感情的になりすぎていたことに気づいた。

 何もアベルさんは、ラウラを馬鹿にしているわけじゃない。むしろ心配してくれていた、いい人じゃないか。

 今浮かんだ考えだって、本当に彼女がそう思っていると決めつけられるわけでもないのに。

 

「わ、悪い。俺変なこと」

「いいわ。期待しておく」

「え?」

 

 予想外の返しに、謝ろうとしていた俺は思わず固まってしまう。

 そんな俺の反応を楽しむかのように、彼女はにやりと笑いながら言葉を繰り返した。

 

「期待しておくわ。ラウラにも、あなたにも」

「それは……って、俺も?」

「そうよ。1組代表織斑一夏。確か、専用機ももらえるらしいじゃない」

「そうだけど……」

 

 来週あたり、俺のための専用機が届けられることになっている。多分いろいろとデータが欲しいから、専用のISを用意した方が都合がいいんだろう。

 この話は千冬姉が休み時間の教室で伝えてきたので、周囲にいたクラスメイト経由ですでに出回っているのだと思われる。

 

「私は3組代表なのよ。だから期待しておく。じゃあね、おやすみ」

「あ、ちょっと」

 

 制止の言葉もむなしく、アベルさんはそのまま寮に戻ってしまった。

 ひとり残された俺は、ぼんやりと月を眺めながら、今の彼女の言葉の意味に思いを馳せていた。

 

 




オリキャラを描くのって難しいですよね。原作にある情報というものが存在しないので、こちらが一から十までしっかり説明しなければ読者の方にキャラをつかんでもらえない。とりあえず今回でエレナという人物がある程度描写できていればいいのですが……。

今回あんまりいちゃついてませんが、こういう距離感もよいのではないでしょうか。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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