といっても5話ほどで終わる予定なので、そう長くは続きませんが。
とりあえず、やり残した要素を片付けたらグダる前に終わらせるつもりです。
入学初日
「箒、だよな。久しぶり」
IS学園入学初日。
最初のホームルームを終えた休み時間、俺は小学校の頃の友達にあいさつをしに行っていた。
「覚えてるか? 俺のこと」
「……ああ。もちろん覚えている」
篠ノ之箒。剣道の強い女の子で、昔は彼女と一緒にたくさん遊んだ記憶が残っている。当時は俺もこの子もいわゆる問題児だったため、一部の生徒からは恐れられたりもしたものだ。
「その、久しぶりだな。一夏」
「おう。多分6年ぶりだぞ」
思い出の中の幼なじみの面影を残しつつも、箒の容姿は高校生らしい成長を遂げていた。長い黒髪を後ろで結ったポニーテールは今も健在。個人的にはトレードマークだと思っているので、これからもこのままでいてほしい。
「背、伸びたな」
「それは一夏も同じだろう。昔は私の方が大きかったのに」
ちょっとぎこちないしゃべりの箒。もともと口下手なところがあったし、久方ぶりの俺との会話に戸惑っているのかもしれない。
「え、そうだったか? 確か昔も俺の方がでかかったような」
「……いや、私だろう」
「いやいや。箒はポニーテールのてっぺんのところで水増ししてたから、ちゃんと測れば俺の方が高かったはずだ。間違いない、今はっきり思い出した」
「往生際が悪いぞ。髪のぶんを差し引いても私が勝っていた」
「そんなことないって。俺が――」
くい、くい。
「ん?」
徐々に思い出話がヒートアップしかかっていたその時、制服の袖を軽く引っ張られる感覚が。
「………」
振り向くと、ラウラが無言で頬を小さく膨らませていた。
……しまった。せっかくついて来てくれてたのに、幼なじみ同士の会話のせいで置いてきぼりにしてしまっていた。
「一夏。そこにいるのは……」
ラウラに視線を移し、考え込むような表情を見せる箒。多分自己紹介の時に聞いた名前を思い出そうとしているのだろう。
「すまない、まだクラスの人間の名前を覚えきれていない」
箒も説明を求めているようだし、遅くなったがちゃんと紹介しよう。
「この子はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ人で、俺と知り合ったのは1年前」
そして、俺に初めてできた恋人。
……なんて、いきなり語るのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
はっきり宣言するんじゃなくて、遠まわしに伝えていく感じでなんとかいけないだろうか。
「一夏? どうかしたか」
「いや、なんでもないぞ? それでだな、ラウラとは」
がしっ。
説明を続けようとした矢先、今度は力強く右腕をつかまれた。
「ら、ラウラ?」
「はじめましてだな、篠ノ之箒。一夏からそれなりに話は聞いている」
交錯するラウラと箒の視線。……何か、とても嫌な予感がする。
特にラウラ。いったいなぜそんな決意に満ちた瞳を見せているのか。
「そ、そうか。……はじめまして」
そう、箒が返事をした瞬間だった。
「私は一夏の恋人だ。愛し合っている」
腕をからめてきたラウラは、なんでもないことのようにその言葉を口にした。
「………!?」
固まったのは、目の前で話を聞いていた箒だけではない。
先ほどから、クラス全員が俺の挙動に注目していた。つまり、今の会話にもばっちり聞き耳を立てていたのだ。
『………』
恐ろしいほどの静寂に包まれる教室。廊下を歩く他クラスの生徒が、何事かと覗きこむほどである。
俺はというと、恥ずかしいという気持ち以上にこの空気どうすんだという思いでいっぱいだった。
「……で、なんでお前はそんな満足げなんだ」
「別に問題はないだろう。本当のことを言っただけだ。それとも隠すつもりだったのか? だとしたらすまな――」
ラウラの謝罪の言葉を、俺は最後まで聞き取ることができなかった。
なぜなら。
「ええええっ!!?」
「織斑くんってボーデヴィッヒさんと付き合ってるの!?」
「すでに彼女持ちですって!?」
「なんてこと……たったひとりの男子が傷物だったなんて」
彼女の声をかき消すには十分すぎるほどの叫びが次々と飛び出してきたからである。沈黙の反動からか、ものすごく騒がしい。というか傷物ってなんだ傷物って。
「でもカップルの話って聞いてみたいよね」
「女子校じゃなかなかレアな話題だし!」
「というわけで織斑くん、詳しい話を!」
続々と俺達の周りに集まってくるクラスメイト達。
うーん、これじゃ箒と話を続けるのは難しそうだな。
「ごめん、箒。いろいろ話したいことが残ってるんだけど、また今度に」
両手を合わせながら箒の方を振り向くと。
「い、一夏に恋人? 恋人に一夏? 一夏が恋人で恋人が一夏?」
「大丈夫か!? 漫画みたいに目がぐるぐるしてるぞ」
なんだかとても大変そうだった。
*
2時間目は、普通に座学の時間だった。
副担任の山田先生が中心になって、ISに関する話を一生懸命繰り広げていた。
「ふいー……」
「どうだ一夏。ついていけそうか」
「今のところは、ギリギリな」
休み時間になって、隣の席に座るラウラに話しかけられた。ちなみに俺達の席は最前列の真ん中、教卓の真正面という最悪の位置である。窓際で後ろの方の席をもらった箒がうらやましい。
「参考書を無理やり読ませたかいがあったな」
「本当にな」
あの電話帳サイズの分厚い参考書。数週間前にポンと渡され、入学までに全部読んでこいなんて無茶振りをされた時は冷や汗をかいたものだ。
ラウラにいろいろ教えてもらいつつ、なんとか一通り最後まで読破したのだが……まあ、1回読んだくらいじゃなかなか頭には入ってこないわけで。
それでもISについてほぼ何も知らなかった時期からすれば相当な進歩を遂げたと言ってよく、おかげでさっきの授業にもついていけた。
「わからないところがあればいつでも聞け」
「サンキュー」
とりあえず、残りの授業も頑張ってみるか。
「ちょっと、よろしくて?」
もう一度教科書に視線を戻したところで、机の前にひとりの女子が立っていることに気づいた。
見上げると、金髪に青い瞳の美少女の顔が目に入る。見るからに育ちのよさそうな雰囲気を放っていて、やっぱIS学園にはこういう子もいるんだなーなんて考えが頭に浮かぶ。
「えっと、確か……セ……」
自己紹介をしていたのは覚えている。ただあの時は周囲の視線やらなんやらが気になりすぎていて、正直真面目に聞いてなかったんだよな。だからこの女の子の名前もうろ覚えだ。
「セシリア・オルコットですわ。先ほど名乗ったのですから覚えておくのが礼儀ではなくて?」
「す、すみません」
……結構物言いがきついような。でも自己紹介を聞いてなかったのは実際こちらの落ち度なので、特に反論もできない。
「セシリア・オルコットさんだな。うん、ちゃんと覚え……ん?」
この名前、それにこの顔。どこかで見たことあるような。
怪訝な顔で覗きこんでくる彼女に待ってもらいつつ、記憶を掘り返した結果。
「もしかして、イギリス代表候補生の?」
「あら、さすがにそのくらいのことはご存知でしたか。ついでに言えばわたくしは入試でも」
「うおっ、本物の代表候補生か! てことはいろいろすごいんだよな!」
「え、ええ……まあ、当然」
若干食い気味に話してしまったが、無理もない。
詰めこみ方式でISの勉強をしていくにつれ、その複雑さ、奥深さに驚かされた。同時に、その分野においてトップクラスの証である代表候補生という肩書きに対する認識もどんどんグレードアップしていったのだ。
その現物が目の前にいるんだから、ちょっとばかり興奮だってする。
「聞いたかラウラ。代表候補生だって」
「今さら何を言っている。私は自己紹介の前から気づいていたぞ」
ラウラに教えてあげたら薄いリアクションが返ってきた。
そういえば、確かこいつが持ってた雑誌にオルコットさんの写真が載ってたんだよな。
「まさか雑誌の中の有名人に生で会えるなんて。はは、なんかうれしいな」
「そ、そうですの?」
若干どもり気味な声を出すオルコットさん。俺の反応が大きすぎて驚かせてしまったのかもしれない。
「まあ、わたくしは優秀ですから? 困ったことがあれば、頼み方によっては力になって差し上げないこともなくてよ」
「おお、それは心強いな」
「……こうも素直だと調子が狂いますわね」
「えっ?」
何かつぶやいたようなので聞き返そうとしたところで、授業開始のチャイムの音が鳴り響く。
「では織斑一夏さん。また」
「あ、ああ。また」
ゆったりとした足取りで自分の席に戻るオルコットさん。動作ひとつを見ても、なんというか優雅だった。
「いい人そうだったな」
ちょっと口ぶりに引っかかる部分もあるけど、困ったことがあれば力になってくれるようなことも言っていたし。
そんな風に素直な感想を口にしていると、隣のラウラが苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
「お前には女たらしの素質があるな」
……いや、なんで?
*
そして、その後も授業は着々と進んでいき。
「あー……疲れた」
放課後。
学生寮で割り当てられた自分の部屋に入るやいなや、俺は用意されていたベッドに倒れこんだ。
「おい、寝るならせめて着替えてからにしろ。だらしがないぞ」
一緒に入って来たラウラに注意されるものの、すでに悲鳴をあげている体と心はこれ以上動くことを許してくれなかった。
……しかし、ルームメイトがラウラで助かった。同じ部屋に住む以上、気心の知れた相手の方がいいのは当然だ。
「今日くらいは勘弁してくれ。ほら、すげーふかふかだし。うちのより寝心地いい」
「まったく」
はー、癒される。というかこのベッドすごいな。結構値段張るんじゃなかろうか。
「ほんと柔らかいな。生徒全員にこれとは、さすがIS学園」
「………」
「あ~……」
ぼふっ。
「ん?」
横を向くと、いつの間にやら隣のベッドにも住人が生まれていた。
「ラウラも着替えてないじゃないか」
「し、仕方ないだろう。お前がやたら気持ちよさそうにしているのが悪い」
言い訳しながら枕に顔をうずめるラウラ。あっちもお疲れだったのか、ベッドの魔力に抗えなくなったようだ。
「うにゃ……確かにふかふかだ」
ごろごろとベッドの上を行ったり来たり。時折こちらから見える緩みきった無防備な表情が、なんとも可愛らしい。
夕食にはまだ早いし、今日からは食堂で食べるから準備をする必要もない。
1時間くらい2人で昼寝するのもありかな。荷物の整理はそれからでもいいだろうし。
「不思議だな」
今後の予定を考えていると、向こうのベッドから声をかけられた。
「不思議って、何が」
「初めて訪れた部屋だというのに、まるで自分の家のような落ち着きを覚える」
「そうなのか?」
俺は普通にいろいろと目新しい感じだ。家を出て長期間暮らすなんて、これが初めてだし。
「ああ。多分、一夏がそばにいるからだ」
「俺? ……って、おいおい」
気づけば自分のベッドから抜け出していたラウラは、なんとそのまま俺のベッドに乗りこんできた。
お互い横になった状態で、超至近距離で視線が交わる。
「お前の隣は、落ち着く」
「そ、そうか。うん、それは、よかった」
俺の右手に、彼女の左手が添えられる。
どぎまぎして、俺は途切れ途切れの返事しかできない。
「一夏はどうだ? 私がそばにいると、落ち着くか?」
「えっと……そりゃ、基本的には落ち着くし、癒されるけど」
でも、こういうシチュエーションになると緊張しっぱなしだ。
好きな女の子との触れあいっていうのは、いつになっても慣れない。ずっと手探りの日々が続いている。
そんなヘタレな俺に対して、ラウラの方は直情的で大胆そのもの。最初にキスをしてきたのも向こうからだったし、今だって人のベッドに堂々と潜りこんでくる始末だ。
だからまあ、ある意味つり合いが取れているのかもしれない。
「ふふ、そうか」
俺の緊張を知ってか知らずか、無邪気な笑みを浮かべるラウラ。近くで見ると、顔立ちが整っているのが本当によくわかる。
さっきから騒がしかった心臓の音が、余計にうるさくなってきた。
「一夏……かまわないか?」
何を、とは聞かない。
こういう場面で彼女が欲しがるものは、もうわかりきっているから。
「ああ」
ここ学園の寮だけど、このくらいならセーフだよな?
だいたい、この状況で恋人からの誘惑を断れるはずもない。
そう自分に言い聞かせながら、俺はゆっくりと顔を近づけ――
「たのもー」
くっつくかくっつかないかというところで、ノックとともに廊下から声が聞こえてきた。
「………」
「……は、はは」
邪魔されて顔をしかめるラウラ。俺はというと、あまりのタイミングの悪さに逆に笑ってしまっていた。
「はいはい、今出ます」
ベッドから降りて、来客を迎え入れる。聞き覚えのない声だったが、いったい誰だろう。
「はじめまして、織斑一夏」
ドアを開けると、そこにいたのは制服に身を包んだ女子生徒だった。
白い肌に青い瞳。栗色の髪を肩まで伸ばした、きれいな女の子。一目見て、少なくとも純粋な日本人でないことはすぐにわかった。
「はじめまして。えっと……」
クラスメイト、ではないよな。あまり自信はないが、こんな容姿の人は1年1組にいなかったと記憶している。
「この部屋、ラウラ・ボーデヴィッヒも住んでいるのよね」
「そうですけど、もしかしてラウラのお知り合いですか」
「お知り合い、か。まあそんなところかしら」
どちらかと言えば落ち着いた口調で、彼女はそう答えた。
それなら本人を呼んだ方がいいと思って後ろを振り向くと、すでにラウラがこちらにやってきているところだった。
「久しぶりね。ラウラ」
「………?」
旧知の仲のようにあいさつをする彼女だが、肝心のラウラはなんだか困った顔をしている。
……もしかしなくても、この人が誰なのか覚えていないんじゃ。
「その顔、私のこと忘れてるわね」
「うっ……いや、すまない。どこかで見た覚えはあるのだが」
謝るラウラに対して、彼女はそう怒っている様子も見せずに言葉を続けた。
「仕方ないわね。ドイツ軍IS部隊のニューホープ、氷の女王と双璧をなす存在。こう言えばわかる?」
「む……ああ!」
「やっと思い出したみたいね」
「いや全然出てこないが」
「じゃあ今のリアクションなんだったのよ!?」
ラウラのボケに今までで一番大きな声で突っ込む女生徒。俺もずっこけかけるような不意打ちのボケだったから、思わず声を張り上げてしまったのだろう。
「冗談だ、今思い出した。エレナ・アベル。かつての同僚だ」
「まったく……」
かつての同僚。それはつまり、このアベルさんは軍人ってことなのだろうか。
いたずらっぽく笑うラウラに対して、ため息をこぼしているけど……
「まあいいわ。とりあえず、完全に忘れられてるなんてことがなくてよかった」
すぐに真面目な顔つきになり、彼女はまじまじとラウラの姿を見つめる。
「あなた、冗談なんて言うようになったのね。昔は全身から刃が生えてる感じだったのに」
「その刃が折れたのだから、少しは柔らかくもなる」
「そう……それもそうね」
小さくうなずいた後、アベルさんは一瞬俺の方に視線を移す。
「織斑元教官に引き取られたという話は、事実だったようね」
「ああ。今もよくしてもらっている」
そこでいったん会話が途切れ、2人は無言のまま互いの顔を見つめていた。
部屋に置いてある時計の針の音が、やけに響いているような気がした。
「私ね。1組にラウラ・ボーデヴィッヒという名前の生徒がいるって聞いた時、少し期待したの」
先に口を開いたのは、アベルさん。右手で髪の先端をいじりながら、静かな口調でラウラに語りかける。
「でも、刃は折れたままなのね。残念だわ」
「すぐに治るようなものなら、私は今も軍に残っているだろうからな」
「まったくもってその通りね」
完全に2人のペースで話が進んでいるので、俺にとってはいまいち会話の内容がつかめない。
でも、おそらくラウラの目に関する話をしているんじゃないかということは予測がついた。
「私も今日入学したばかりの3組の生徒なの。これから3年間、よろしく頼むわ」
「ああ」
用はすべて済んだのだろうか。
最後に俺に向かって軽く礼をして、アベルさんは部屋を出て行った。
「なあ、今の人は」
「軍にいた時の知り合いだ。もっとも、たいして親しくしていた覚えもないが。当時の私はそういったつながりを疎んでいたからな」
「……大丈夫なのか? その、昔の知り合いと会って」
考えこむような表情を見せるラウラが心配で、そんなことを尋ねてみる。
だが、彼女はすぐに微笑んで首を縦に振った。
「過去を思い出したところで、今さら取り乱したりはしない。そうでなければ、IS学園を選んだりすると思うか?」
「それはそうだけど」
でも、やっぱりちょっとだけ心配だ。
日本に来た当初の彼女の姿を知っているだけに、どうしても。
「……信じられないようなら、確かめてみるといい」
「え?」
ラウラの言葉の意図がわからず、間抜けな返事をしてしまう。
「あれだ。精神が不安定だと、体温が下がったり体が震えたりするだろう。実際にそうなっているか、直接触れて確認すればいい」
そう言って、ラウラはなぜか顔を下に向ける。
表情は見えないけれど、耳が赤く染まっているのは見間違いではないだろう。
つまり、照れている。
「………」
これ、あれだよな。
遠まわしに、さっきの続きを要求してるって解釈でいいんだよな?
「ラウラ……可愛いな、お前」
「し、仕方ないではないか! あんなタイミングでアベルが来て、直前でおあずけを食らうことになったのだぞ!」
必死に弁解する姿もまたいじらしい。
この様子だと、本当に大丈夫みたいだな。
「わかったわかった」
さっきのアベルさんについて、いくつか聞きたいことがあったんだが。
とりあえず、お互いに甘えてからでいいか。
クラリッサさんを出すことも考えたのですが、さすがに22歳の女性をIS学園の生徒として放り込むのは……と思ったのでオリキャラを投入することにしました。エレナの性格等については、次回以降で掘り下げていくつもりです。
IS学園編を希望してくださった皆様、ありがとうございます。皆様の後押しもあり、とりあえず納得のいく展開を思いつくことができました。もうしばらくお付き合いいただけるとありがたいです。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。