あらすじとタグを見れば一目瞭然ですが、ラウラメインのお話となっております。
出会い
その少女は、戦うために生まれてきた。戦うために育てられた。
少女に家族はいない。遺伝子の結合により作られた、試験体という存在。
生まれながらにして与えられた目標を、彼女は愚直に実行した。
それ以外に、彼女が自身の存在を証明できるものはなかったから。
日々訓練を重ね、努力を続け、実力を増していく。
自信があった。誇りがあった。自分なら何かを成し遂げられるという、確信に近い感情があった。
やがて彼女は……屑になった。
原因は、事故のようなものだった。
だが、過失がなかったからといって、彼女が能無しになった事実に変わりはない。部隊トップの地位から転がり落ちた彼女を待っていたのは、同僚による侮蔑と嘲笑の数々。もともと無愛想で味方の少なかった彼女は、完全に孤立してしまった。
しかし、それでも彼女は諦めなかった。
栄光を取り戻すために、強くなるために、ただひたすらに精進した。がむしゃらに身体を鍛えぬいた。
頑張って、頑張って、頑張って、頑張って。
ずっとずっとずっと、頑張り続けて、そして。
彼女は、
*
ここ1年の間、姉である織斑千冬はほとんど家に帰ってこなかった。それこそ数ヶ月に1回くらいのペースで、しかもちょっとゆっくりしただけでまた出かけていく。
中2の俺は実質ひとり暮らしになったわけだが、周囲の親切な人達のおかげで不自由ない生活を送ることができていた。
千冬姉はどこで何をしているのか教えてくれなかったけど、俺達姉弟が生きるためのお金を稼いでくれていることに間違いはないのだから、俺だって迷惑かけないようにしなくちゃな、と常日頃思っていた。
そうして迎えた春休み……の、終わりごろ。
突然家に帰ってきた千冬姉は、ひとりの女の子を連れていた。
「お、おかえり。千冬姉」
「ああ、ただいま」
動揺しながらもいつもの言葉を口にした俺と、微笑を浮かべるわが姉。後ろにいる子のことは何も言わない。
スーツ姿の千冬姉とは対照的に、紺のジーパンに白のシャツという簡素な格好。もっとも目を引くのは、左目につけた黒の眼帯。
外国人特有の白い肌に銀色の長髪がよく映えた、顔立ちの整った少女だ。
……でも、可愛いとか美人だとか思う前に、俺はどこか薄気味悪さを感じてしまっていた。
なんというか、生気が感じられないのだ。本当に、人形みたいな子だと思った。
「えっと、その人は?」
「詳しい事情は中に入ってからする。先に結論だけ言っておくと、彼女は今日から家で預かることになった子だ」
「ふーん……って、預かる!?」
想像の斜め上をいく発言に驚かされる。だってこの子、見た感じ俺と同い年くらいだぞ? 中学生という多感な時期に男女がひとつ屋根の下っていうのは……いや、もちろん不埒な真似をするつもりはないけど。
「なんで? というか千冬姉、どこでこの人と知り合ったんだ? それ以前に今までどこに」
「そう一度に聞かれても答えられないだろう。まずは家に上げてくれ。彼女も長旅で疲れていることだしな」
「あ、ああ……すまん」
確かに、いつまでも玄関で立ちっぱなしなのは問題だ。あわててお客さん用のスリッパを用意し、千冬姉と外人の少女をリビングに通した。
「えっと……」
麦茶、でいいよな? 白人さんなんて相手したことないからよくわからないぞ。
待たせる方が悪いと考え、コップ3杯分冷たい麦茶をいれて台所から戻る。その間、2人は静かにソファーに座っていた。
「どうぞ」
テーブルにコップを置き、俺も椅子を取り出して腰を下ろす。配置的には、千冬姉と女の子が隣同士、テーブルを挟んで向かい側に俺がいるという感じだ。
「……は、はじめまして。織斑一夏です」
落ち着いたところで、とりあえずあいさつをしてみる。虚空を見つめていた彼女は、俺に視線を向けて……それだけだった。
「ラウラ、あいさつをしろ」
千冬姉に言われ、ようやく初めて口を開く。
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ」
抑揚のない、消え入りそうな声。
表情もそうだが、本当に弱々しい。ただ元気がないとか、そういうレベルじゃないってことは俺にも理解できた。
「気軽にラウラと呼んでやれ」
「……よろしく、ラウラさん」
いきなり下の名前は失礼なんじゃないかと思いつつ、恐る恐る呼んでみる。
けれど大した反応はなく、ラウラさんはただ小さくうなずくだけだった。……改めて見ると、相当美人だな。
緊張した俺は、麦茶を一口含んでから千冬姉に向き直る。
「それで千冬姉。いろいろ説明してくれると助かるんだけど」
「わかっているさ。……廊下に出るぞ」
え、廊下? ここじゃ駄目なのか。
「ラウラは少し待っていろ」
「……はい」
立ち上がる千冬姉。どうやら、ラウラさんに聞かせたくない話をするつもりみたいだ。
とにかく事情が気になるので、俺も素直に従った。
千冬姉の後に続き、リビングを出て2階へ。
「お前の部屋、使ってもかまわないか」
「ああ、全然」
俺の部屋まで移動したところで、千冬姉は立ち止まって口を開いた。
「まず、私がこの1年間何をしていたかについてだが」
淡々と語り始める姉の表情からは、はっきりとした感情は読み取れない。
「ドイツの軍隊の方で、ISに関する指導を行っていた」
「ドイツ……」
どうりで滅多に戻ってこないはずだ。忙しいんだろうとは思っていたが、まさか海外にいたとは。
でも、その場所がドイツという点が引っかかった。
「それってひょっとして、俺のせいなのか」
「お前が気に病む必要はない。向こうでの生活も、悪いものではなかったからな。今はそれより、今日から加わった居候の話だ」
そう言って優しげな微笑を見せられると、こっちもそれ以上切り込む気分にはなれなかった。責任を感じているのなら尚更、素直に話を聞くべきだろう。
「ラウラは、私が担当していた部隊の一員だった。つまり、彼女は軍人だ」
「軍人って、俺と同い年くらいなのに?」
「世界中を見れば、そう珍しい事例でもないさ」
「そうなのか……あの子が、軍人」
俺とはまるで別世界の人間だ。武器を扱い、戦いに身を投じる仕事をやるなんて。
千冬姉は、そんな人達の指導を……ん、待てよ? 今、部隊の一員『だった』って言ったよな。
「ラウラは優秀な隊員だったらしい。だが、不幸が重なって本来の実力が発揮できなくなってしまった。私もできる限りの指導は行ったつもりだが、それでも駄目だった」
苦虫を噛み潰したような顔を見るだけで、千冬姉がそのことを後悔しているのが伝わってくる。
先ほどのラウラさんの雰囲気は、俺の想像する軍人のそれとはあまりにもかけ離れていた。そりゃあ、フリーの時まで常に気を張ってるわけじゃないんだろうけど、それにしたって覇気のなさが異常だ。
「端的に言ってしまえば、今のラウラは心を病んでいる状態だ。精神病とまでは行かないにしても、な。軍の上層部も彼女に見切りをつけたようで、私が日本に連れて帰ると言っても反対のひとつもしてこなかった」
「つまり、クビになったってことか?」
「状況としてはそれに近い」
だから彼女は落ち込んでいるのか。
昔は優秀だったということは、相当な努力をしてきたんだろうし。
その職場で落ちこぼれてしまうのは、きっとすごくショックだと思う。
「今の彼女には、休養と心のケアが必要だ。そう判断したからこそ、ここへ連れてきた」
「リフレッシュさせるために?」
「そうだ。一度故郷を離れて、軍隊もISも関係ない場所で静かに暮らす。あいつには両親もいないし、心の休息のためには家に住まわせるのが打てる手の中では最善だった」
「なるほど……」
だいたいの事情は理解できた、はずだ。
ラウラさんが何者なのか、どうしてここに住むことになったのか。辛い経験をしたようだけど、わが家で過ごす生活がちょっとでも彼女の助けになればいいと思う。
「ラウラの前では、極力ISやドイツ軍に関する話は控えてくれ。今はとにかく、ゆっくりとメンタルケアをしていきたい。普通に、ひとりの女子として接してやってくれ」
「わかった。気をつけるよ」
わざわざ俺の部屋で話をしているのも、そういう理由があるからか。マイナスの感情を刺激しないため、という配慮だろう。
俺が二つ返事でうなずくと、千冬姉は申し訳なさそうな表情になる。
「週が明ければ、私はまた家を空けなければならなくなる」
「またドイツに行くのか?」
「あの国での仕事はもう終わった。今度は別件だ」
「それは……俺には話せないこと?」
「……いや。お前にラウラを任せることになるのに、説明しないのは筋が通らない。私はこの春から、IS学園で教師の職に就くことになった」
IS学園。所在地は日本だが、世界中からISについて学びたい人間が集まる場所だ。ISを動かせるのは女性だけだから、必然的に生徒は全員女子ということになる。
「今度は国内だが、それでも仕事の都合上泊まり込みになる日は多いだろう。最低、週末には家に帰るつもりだが」
「そうか。じゃあ千冬姉が家にいない間は、俺がちゃんとラウラさんを見とくよ」
「……すまないな」
千冬姉の声のトーンが落ちる。自分で連れ帰っておいて、俺を頼ってしまうことに負い目を感じているんだと思う。そんなこと、気にする必要なんてないのに。
「姉弟なんだから、困ったときはお互い様だろ?」
女手ひとりで俺のぶんの生活費まで稼いでるんだ。ちょっとくらいわがまま言ったって、何も問題ない。
「そうか、そうだったな。ありがとう、一夏」
申し訳なさげな態度は変わらなかったけど、それでも千冬姉は笑ってくれた。それを見ると、俺も元気とやる気がみなぎってくる。
千冬姉のいない日は同年代の女の子と2人きりとか、そういうことでテンパらないよう頑張らなきゃな。
*
リビングに戻って、ラウラさんに家の案内をしていたら夕方になっていた。
千冬姉より俺の方が家にいる時間が長いので、どこに何があるとか説明したのはほとんど俺だった。
「それじゃ改めて、これからよろしく」
「……ああ。よろしく、頼む」
控えめな声で答えるラウラさんの視線は、俺に向けられているようでそうでないような気もした。
できるだけ早く打ち解けられればいいんだけどな。
その後は、陽も沈んだし腹も減ったというわけで夕食にすることにした。飯を作る時間がなかったので、千冬姉と相談して今日は出前でピザをとることに。ラウラさんはヨーロッパの人だし、いきなり和食にするよりはこういう食べ物の方がいいだろう。
「一通り見て回ったが、どの部屋もきれいにしていたようだな」
「まあ、家主のいない間は家を預かってる身だし」
各々ピザを口に運びながら、久しぶりの姉弟の会話に興じる。
「家を空けている私の代わりに、きちんと掃除してくれたということか」
「いや、というか千冬姉は家にいる時も基本散らかすだけ――」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
ちょっと怖い笑顔を浮かべられた。千冬姉が典型的な『片付けられない』人間なのは事実だと思うんだけどなあ。
「俺のクラスメイトの五反田弾って覚えてる? この前家に呼んだ時に会ったと思うんだけど」
「む……ああ、あの食堂のところの子供だな」
「そうそう。あいつがこの前さ」
千冬姉が帰ってきたら話そうと思っていたことはたくさんあるので、夕食の間の話題には全然困らなかった。
基本的に俺が話が振る形だが、千冬姉もちゃんと聞いたうえで反応をしてくれるので、話しやすいし楽しかった。
「………」
けれど、その間ラウラさんがほぼずっと無言だったのは気になった。
千冬姉が何度か話しかけていたけど、曖昧な返事しかしていなかったし。
明日は日曜日で、明後日になれば新学期が始まる。千冬姉は家を空けることになるから、食卓も2人で囲むことになる。
会話がない食事っていうのは味気ないから、なんとかまともに話せるようになりたいものである。
……というか、春休みもう終わるのか。いよいよ俺も中3だし、勉強にも真面目に取りかからないとな。
そんなことを頭の中で考えているうちに、同居人が増えてからの最初の1日は終わってしまったのだった。
*
日曜日は新学期の準備で慌ただしい時間を過ごし、そして迎えた月曜日。
「………」
「………」
千冬姉大変だ、楽しい夕食の時間が氷点下だ。
「……えっと、今日は和食にしたんだけど。口に合わないのとか、あるか?」
「……いや」
朝食の時は千冬姉がいたので普通に場が持っていたのだが、2人きりになると本気で会話が続かない。俺が何か話しかけても最低限の最低限といった返事しか来ないのだ。
まあ、無視されるよりはずっといいから、最悪の状態とは言わないけど。
「そ、そういえば、ラウラさん日本語上手だよな。昔から勉強してたとか?」
テレビの音で寂しさをごまかしているような悲しい状況を打破するべく、俺は諦めずに挑戦を続ける。
「……日本は最初のISを作った国だからな。都合がいいということで、我々IS部隊の人間は強制的に日本語を学習させられていた」
「あー、なるほど」
しまった。何気なく尋ねたことが、軍隊に関する内容につながってしまった。ラウラさんの感情を下手に刺激しないように、千冬姉に釘を刺されていたってのに。
一見する限りでは、特に彼女の様子に変化は見られないけど……。
「……まさか、こんな逃げのような形で役に立つとは思わなかったがな」
いや、やっぱりダメージ受けてる。思いっきりため息ついてるし。
「ご、ごめん。嫌なこと、思い出させた」
謝罪の言葉に反応せず、味噌汁をすするラウラさん。怒らせてしまっただろうか。
どうしようかと考えていると、器を食卓に置いた彼女が小さな声でつぶやいた。
「……私に、気を遣う必要はない」
うつむいているため、彼女の表情はうかがえない。だから俺は、彼女がどういう気持ちで今の言葉を発したのか、いまいち測りきれない。
どう答えればいいかわからず黙っていると、バラエティ番組の芸人の笑い声がやけに響くように感じられた。
*
気を遣うなと言われても、やっぱりいろいろ考えてしまうのは止められないわけで。
「………」
同居生活が始まって2週間。食事と風呂の時間以外、ラウラさんはほとんど自分の部屋から出てこない。俺が学校に行っている間も、おそらく同じだろう。
夕食後、たまに俺の方から引き止めて一緒にテレビを見たこともある。だが、どんな番組のどんなシーンを見ても、彼女の表情はほとんど変わらなかった。せいぜい、偶然ドイツ関連のニュースが流れた時にうつむくくらいである。
つまり、彼女には何ひとつ楽しめるものがないのだ。
「ぷっ……」
そこを解決しようと、本日俺はレンタルビデオ店で個人的に一押しのギャグ映画を借りてきた。ウィットなジョークや斜め上の展開に、きっとラウラさんもクスリと笑ってくれると考えたのだ。
「あはは、なんでここでそうなるんだよ!」
「………」
「ハハハッ……はあ」
しかし悲しいかな、ウケているのは俺だけだった。ラウラさんは一度も噴き出すことなく、いつも通り感情を表に出さずに画面を見つめていた。……というかむしろ、いつも以上に目が死んでないか? そんなに駄目だったかな。
「むう」
ドイツと日本じゃ笑いの感性に差があるのかもしれない。
でもよく考えてみたら、俺はそもそも千冬姉や弾といった日本人とも若干センスがずれていたような気もする。俺が面白いギャグ考えるとつまらんこと言うなってすぐにツッコまれるし。きっと時代が俺に追いついていないんだろう。
……まあ、俺自身のことは後で考察することとして。
「ラウラさん。喉乾かないか? ジュースあるんだけど」
「……いや、いい」
「そっか」
心に傷を抱えた女の子に、何をしてあげられるか。
それを考えるのが、今の俺の仕事だ。
ワードファイルの奥底に眠っていたネタを引っ張りだし、公開しても問題ないだけの文章をくっつけて出来上がった作品がこれです。8話完結の予定。
ラウラは好きです。彼女単独ヒロインの作品は書いたことがないので、今回挑戦してみました。
よろしければ、今後もお付き合いいただけるとうれしいです。