群霊少女と幻想記   作:鈴ノ風

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この作品は東方projectの二次創作です。
原作ブレイク、キャラ崩壊、独自設定、オリキャラ幻想入り、駄文乱文、そもそもプロットが不完全、その他諸々が含まれております。
それでも構わん! という勇者以外は直ちに『戻る』ボタンを押して、他の小説を検索することをお勧めします。


008 再びの襲来

 それから三日後。

 縹は殺し続けた。

 草むらと、わずかな木々しか存在しない平原の上で、視界に移った全ての妖怪を殺戮した。

 殺し、暴れ、ただの一つの例外もなく破壊した。

 昼も、夜も。休むことなく殺し続けた。

 手が返り血に染まっても止まらず、目が返り血で潰されても止まらず、耳が返り血でふさがれても止まらず。

 その名の由来となった深い青の髪が、元を察することもできないほど真っ赤に染まろうと、止まることはなく。

 三日間、暴れ続けた。

 三日。これが一つの区切りとなったのは、縹の疲労がついにピークに達したのでも、彼女の殺戮衝動が底を尽きたのでもない。

 単に、獲物がいなくなっただけだ。

 三日間、ひたすらに暴れ続けたのだ。それは当然の結果である。

 妖怪は無数に存在する。大都市である月の都を狙う妖怪はことさらに多い。昼も夜も、かの都を目指す妖怪は絶えることがない。

 しかし、いつまでもやってくるとはいえ、全世界の全妖怪が一度にやってくるわけではない。その供給量にも限度はある。

 やってくる妖怪の数と、縹が殺す妖怪の数。後者が前者を圧倒すれば、一時的だが都の周囲の妖怪が底を尽きるのは当然の結末だ。

「……っふう」

 最後の一体を叩き潰し、もはや殺せる妖怪がいなくなったことを感じた縹は、一つ息を吐く。

 猛り狂い、殺せ殺せと騒ぎ立てる怨霊たちを、抑え込んで落ち着かせる。

 衝動の鎮静化はその場しのぎに過ぎない。縹は常に未加工のニトログリセリンだ。わずかな衝撃、わずかなきっかけで爆発する。

 だから、いずれはまた暴れ出すだろう。永琳がそばにいて、縹の行動を制限していた三日前までならいざ知らず、現状の彼女は完全な自由だ。押さえつけるものも、我慢する理由も、ない。

「まあそうはいっても、殺す相手がいないんじゃ、しょうがないし」

 ひとまずは、休憩。

 縹はまず水を探した。目も耳も使用不可能に近い状態をこのまま続ける理由はない。かといってまとわりついた血を拭うものもない。服も手も血まみれで、顔に押し付けても全く無意味だ。

 だから川を探す。目が見えないから月明かりの反射は頼れず、耳が聞こえないから川のせせらぎも聞き取れない。しかし縹の感覚はそれだけではない。その鼻で水の匂いを嗅ぎ、舌で水の味を味わうことはできる。

 周囲に漂うむせ返るほどの鉄さびの香りが邪魔だが、完全な障害たり得るほどでもない。縹の鋭い感覚器官なら、その中から川の痕跡を探り出すことは可能。

 そうして、すぐに川を見つけた縹は、その水で体中の血を洗い流した。

「……っぷはぁ」

 流石にその髪と、その服にまとわりついた血は、完全に洗い流せなかったが。しかし外見に大した興味を持たない縹にとっては、それでも十分だった。服と髪に、わずかに目立つ紅の滲みを残すだけで、それ以外の血は全て落とせたのだから。

 もはや目も耳も完全に復帰している。空に浮かぶ月も、静かに鳴く虫の音も、縹はとらえることができる。

「あー、疲れた」

 言うほど疲れてはいないが、しかしなんとなく言いたくなった縹は、その言葉通りに、川の中へと倒れこんだ。

 受け身を一切行わなかった縹は、派手な水しぶきを上げ、川底の石に勢いよく頭を叩きつける。

 だが縹にとってはその程度、痛くもかゆくもない。むしろいい具合に枕ができたと、そう感じていたほどだ。

 浅い川の中で、縹はゆっくりと息を吐く。

 横たえた体の下半分を、川の水が撫でていく。その感覚が心地よくて、彼女はその表情をほころばせた。

 体の上半分は水面から出て、夜風に吹かれている。濡れた体が風に冷やされるが、その程度で体調を崩す縹ではない。

 ……それ以前の話として。濡れた服が透け、彼女の幼い体の見えてはならないあちこちが露わになってしまっていた。しかし、そちらについてはそもそも気づいてすらいない。

 だから、それを見てしまっている者たちの存在にも気づかない。彼女の監視を行っていた都の者たちが、縹のその無防備すぎるほど無防備な姿を見てしまっていることも。見て、慌て、けれど監視を緩めることもできずに悶々としていることも、縹は気付いていない。

 彼らを責めたてられるものは、縹本人を含めてもどこにもいないだろう。どこをどう考えたところで、完全に縹の責任である。

 もっとも仮にその事実に気付いたところで、縹がそれを恥じたり驚いたりするかは、果てしない疑問であるが。

 そうして、都のある意味において純粋な男たちの心を、無自覚に弄んだ縹。彼女はそんなことにはお構いなしで、静かな寝息をたてはじめた。

 スヤスヤと。冷たく光る月明かりと、ゆるやかに流れる川の水に身を任せるように、縹は眠る。静かに、安らかに。まるで赤子が母の腕の中でそうするように、眠る。

 無防備に眠る縹。その姿からは、彼女が殺戮と流血を狂喜する妖怪であることを、まったく感じさせない。年相応の、無邪気な少女。

 彼女を殺す機会がもしあるとすれば、それは今だろう。

 彼女の不意を打てるのは、この時を置いてほかにない。

 常に戦場に身を置き、常に殺戮の夢想に狂う縹の怨霊たち。しかしそんな彼らも、瞳を閉じた縹に倣うかのように、普段以上にその狂乱を抑えている。

 だから、今。

 この時こそ、縹を殺す唯一の機会。

 縹の鋭い五感も、怨霊たちの本能もすり抜け、暗殺する絶好のタイミング。

 だと、言うのに。

「…………」

 それは、そのタイミングを外した。

 絶好というならばこれ以上ないその隙を、あえて付かなかった。

「……んあ?」

 暗殺などという姑息な手段は用いずに、それは縹の顔に影を落とした。

 その、力で。

 己の存在を、誇示するように。

「――――っ!」

 その影の正体がなんであるかを察した縹は、勢いよく飛び起きた。

 起きて、その際に上げられた水しぶきが、水面に落ちるより先に跳躍した。

 後方へ飛ぶ縹。上がった水しぶきのもっとも下に位置する滴が、水面に触れたまさにその時。

 闇が、彼女が寸前まで眠っていた場所を、飲み込んだ。

「……とりあえず、何の用?」

 それが数千に及ぶ槍状の何かであることを認識した縹。濡れた体には一切頓着せず、戦意と殺意をむき出しにして構え、頭上に浮かぶ女を睨んだ。

「あら? 用がなければ殺してはいけないなんてルールは、私の常識にはないのだけど?」

 縹の問いに、おかしそうに小首をかしげる、一人の女。

 輝く月を背に、宵闇のルーミアがそこにいた。

「あんたの常識は知らないから、要件もなく他人を殺すのもどうでもいいけどさ。でも要件もなく人を生かすのは、さすがにしないだろう?」

「生かす?」

「殺せたはずだ。わざわざ人の顔に影なんて落として、わざわざ人を起こすようなまねをして、要件がないなんてのはおかしいだろ? いくら何でもさ」

「別に。あれで死んだというのなら、それはそれで構わなかったのだけど。そうね、確かに要件はあったわ。生かすというほどではないけど、積極的に殺そうとはしない程度に」

 ルーミアは背後に広げた闇を消す。縹の体に影を落としたものが消え、月光の明かりにその姿がさらされる。

「久しぶり。三日前の報復かい?」

「そんなつもりはないわ。報復なんて、正直どうでもいい話よ」

「どうでもいい、ね」

 疑わしげに彼女の言葉を繰り返す縹。

「正直、たかが雑魚だと思っていた。けれどあなたは予想以上に強力で、窮鼠のようにかみついてきた。報復だなんてとんでもない。事の責任はどこまでいっても私にある。あなたを殺そうと殺すまいと、私が油断し破れたという事実は変わらない」

「じゃあどうするのさ? ビビッて私の子分にでもなる?」

「それは酷い冗談ね。たとえ皮肉のつもりでも悪辣だわ。私はあなたに負けたけど、それは油断故。次もまた同じ結果になるとは限らない」

「言えてる。じゃあ……」

 もう一度、殺し合うのか。

「いいえ。正確にいうのならそうではないわ」

「やらないの?」

「やるわ。そのために来たのですもの。けれど、あなたをここで仕留めるつもりはない」

「それってさ、油断って言ったりしないの?」

「……ふふ」

 短く、しかし顔をほころばせたルーミアは、口元を抑えて確かに笑った。

「何がおかしいのさ」

「あなたも私と同じことをしている。それが困るのよ。それじゃあ、公平とは言い難い」

「公平? 何でそんなのにこだわるのさ?」

「公平でないと困るの。同じ条件で戦って、そのうえで勝利しないと、私があなたより強いっていうことを、先の敗北は油断が原因であるということを、証明できない」

 良く、わからなかった。

 言ってることは分かる。

 ルーミアは縹に負けた。それはもうどうしようもない事実で、それを覆すにはもはやただの勝利だけでは足りない。

 もっと公平に、もっと均等に。何もかもが等しい状況を一から作り直し、そこで勝利して初めてルーミアの敗北は帳消しにされる。

 理屈は分かった。しかし、わからないことが一つだけ。

「分からない。私には、あんたがどうしてそこまでこだわるのか、そんなことにどうして執着するのか、わからない」

 そもそも。

 縹には、敗北を悔やむという感情が、理解できなかった。

「いいじゃないか、負けても。殺されずに生きてたんだ、それだけあれば充分だろ?」

「不十分よ。殺されようと殺されまいと同じ事。私が負けたのだという事実があることに、変わりはない」

 分からない、分からない。

 おそらく、縹には一生かかっても分からない。

 殺すことしか眼中にない彼女には、究極的には『殺せるかどうか』すらどうでもいい彼女には、分かるはずのないことだった。

 結果というものを深く考えない縹には、その先にある『勝利』と『敗北』の重要性を理解する日は、おそらく永遠にないだろう。

「……どうも、言うだけ無駄のようね」

 ルーミアが一向に言葉の意味を理解しない縹に呆れ、ため息をつく。

「……平行線をたどるだけ、みたいだな」

 縹は自身の主張が伝わらないことへの憤りを押さえつけ、呟いた。

「まあ要するに、私はあなたに勝ちたいから、まずあなたの油断を砕きに来たのよ」

「勝利へのこだわりとかは、もうつっこまないけどさ。もう一つ、私が油断してるっていうのは、どういうこと?」

 縹に油断などない。結果なんてどうでもいいんだから、常に全力で挑むだけ。油断も何も、相手の強さなんて考えたこともない。

 そんな彼女が、何を驕るというのか?

「勘違いを、あなたはしている。あなたの中に、一つ間違った事実が刻まれてる。それがあなたを油断させる。もしも油断していなかったとしても、その勘違いは、私にとって許しがたいことよ。今すぐに修正して、叩き潰す」

 怒りさえ滲ませるルーミアに、縹は眉をひそめた。

「よく分からないな。私が一体何を勘違いしてるっていうのさ」

「あなたは私に勝利した。私は負けて、そのうえ逃げ出した。そのことで、私は弱い存在であると、あなたに認識されている」

「してないよ。あんたは強敵だ。もう一度やりあって勝てるかどうか、わかったもんじゃない」

 心の底から、縹はそう思っていた。

 ルーミアは強い。先の戦いでは確かに縹が勝ったが、あれは一種の不意打ちだった。

 急な能力の発現と、それまで見せることのなかった強靭な生命力。それらでルーミアの隙を突き、初めて勝利できたのだ。

 しかもその不意打ちにしても、半ばは対応されてしまっていた。

 もう一度、今度は手の内が明らかな状況で戦えば、果たして縹は勝てるかどうか。

「いや、勝てないな。殺すつもりでやったのに、私は結局あんたを殺せなかった。そんな私が、勝なんてありえない」

「けれど運次第ではどうなるかわからない。それがあなたの認識でしょう?」

「おいおい。運なんてからめ出したらそれこそわかるわけないじゃないか」

「分かるわよ、当然」

 呆れたように半笑いを浮かべる縹に、ルーミアはさも当然のように肯定した。

「そいつは、ちょっと理解しかねるな」

「それでもかまわないわ。今から理解させてあげるから」

 ルーミアが、右手を上げる。

 その背後から闇が滲み出し、広がってゆく。

 ルーミアの背後から、前後左右へ、まんべんなく。

 まるで月光を侵食するかのように、まるで夜空を塗り替えるように、瞬く間に、空を覆う。

 たった数秒で、天空は月夜から漆黒に変わっていた。

「幸運だとか、奇跡だとか」

 闇の天蓋から棘が生える。

 いくつも、いくつも。生えて、伸びて、それぞれが闇の槍となっていく。

「そんなもの、私の前では等しく無意味」

 その数は、先の戦いよりはるかに多い。

 二倍、三倍などではない。

「私は宵闇のルーミア」

 十倍でも、二十倍でも、まだ足りない。

 およそ百倍ほどの数が、もはや多すぎて無限としか形容しようのない膨大な槍たちが、縹にその穂先を向けた。

「夜の私は、別格よ」

 ルーミアが、その手を振りおろし。

 縹に向けて、闇の槍が豪雨となって襲いかかった。

「――――ッキ」

 その、あまりにも絶望的な光景を前にして、縹はルーミアの言葉の意味を理解する。

 勝てるはずがない。

 幸運? 奇跡? くだらない。そんなもので、この状況を打破することは絶対に不可能だ。

 足りないのだ。運だ何だでは、彼我の実力差を埋めるにはあまりにも力不足。

 例えば洪水を思うがいい。たとえば噴火を思うがいい。

 迫りくる圧倒的な暴力を前に、一体どんな偶然が起これば、命をつなぐことができるというのか。

(認めよう、ルーミア。私は確かに驕っていた)

 今度こそ殺そうと、どこかで考えていた。

 この大妖怪を、取り逃がした獲物を、今度こそ殺してやろうと。

 それが大きな過ちであることを、事ここにいたってようやく理解する。

 殺せない。殺せるはずがない。今の縹ではどうやったって殺しようがない。

(私の力は一切及ばない。今度こそ、今度こそ完全に負けるだろうさ)

 初めてルーミアと対峙した時に感じた、死の予感。

 あの時は運よく能力覚醒が間に合ったために回避できたそれ。しかし、二度目はないだろう。

「――――ギ、ギャ」

 だからなんだ。

 そんなものを気にする縹ではない。

 死ぬからなんだ、殺せないからなんだ。

 そんな些末事の、一体何が問題だというのだ。

 

 ――殺せ。

 

 渦巻く怨霊たちはただ叫ぶ。

 目の前の絶望に、目の前の死に向けて。

 

 ――殺せ、殺せ。

 

 恐怖も、屈服も感じずに。

 その恨みを、その執念を、絶えることなく、吐き出すように。

 

 ――殺せ、殺せ、殺せ。

 

 その叫びに、答えるように。

「ギィィィギャハハハハッ!」

 縹は嗤う。殺意を込めて高らかに。

 その叫びと同じくして、彼女の足元から黒い液体があふれ出した。

 すべてを喰らう液体は、空に向かって一直線に飛び出す。

 迫りくる槍を砕くために、その先に待つルーミアへと牙向くために。

 しかし、その能力をもってしても、戦況は変わらない。

 当然だ。迫る槍たちはもはや攻撃と呼べる代物ではない。次元が違う。

 それは嵐、それは天災。人間だろうが妖怪だろうが関係なく、個も群も無差別に、踏み潰して踏みにじる、神の裁きに等しかった。

 無数の槍が、飛翔する液体を打つ。液体は槍を飲み込むが、それとは別の槍が液体を打つ。それを飲み込みきる前に、また別の槍が液体を打つ。

 いくつも、いくつも、槍が液体に降り注ぐ。

 絶えることなく降り注ぐ槍を前にして、縹の能力はわずか数秒で許容限度を超えた。

 処理が追いつかなくなった液体を、闇が容赦なく貫いていく。絶対の矛と盾を両立するはずの縹の能力は、無制限に降り注ぐルーミアの力によって紙屑のように崩れ去った。

 

 ――だが、それは分かり切っていたことだ。

 

 液体が破られるよりも早く、縹も跳躍していた。

 跳んだ先は液体と同じ。どちらもほかのものは眼中になく、ただルーミアを狙うのみ。

 そして縹が液体の真後ろに差し掛かったまさにその時、液体が闇によって打ち破られる。

「ギヒヒッ」

 盾を失った縹へ、槍が迫る。

 その、槍を。

 縹は、ぶん殴った。

「キヒヒヒッ」

 その平手で、力の限り。

 槍は破壊こそされなかったが、その軌道を大きくずらされた。槍は近くの別の槍にぶつかりながら、縹の隣を通過していく。

 だが槍はその一本だけではない。その後ろにも、そのさらに後ろにも、無数無限の槍が飛来してくる。

 もはや液体は使えない。槍が後数十センチの距離に迫る中、そんな余裕はない。

 さりとて平手も長続きはしないだろう。軌道をそらすことにのみ専念しても、縹の体力が先に尽きる。

 だが、それがなんだというのか。

 通用しようとしまいと、体力が持とうと持つまいと。

 殺戮の妖怪がとる手段は、たった一つ。

「ギャヒャ、ハハハ、ギャハハハハハハハハッ!」

 ただ力の続く限り、その手を振るうのみである。

 叩く、叩く、叩く。

 迫る槍を叩き続ける。その軌道をそらし、ルーミアへ迫る道を作るために、ひたすらに。

 音速を超え、衝撃波さえ生み出しながら振るわれる平手。しかしそれでも、迫る槍は一向に尽きない。

 やがて体力が減少し、その連打もわずかに鈍りだした。

 少しだけ優勢に回っていた攻撃の応酬は途端に均衡へと持ち込まれ、やがて縹の不利へと傾き出す。

 最初は、ほほを軽く切り裂かれた。

 次は、肩をわずかに抉られた。

 その後は、胸を大きくそぎ落とされた。

 縹の傷が、増えていく。

 四度、五度目はそれでも再生能力が上回った。

 しかし、六度、七度と繰り返されるうちに、再生速度より傷の数の方が上回りだした。

 片目が抉られ、心臓が貫かれ、脳みそがばら撒かれ、片腕をもがれ。

 ついにその両手は力を失い、縹は防御も攻撃もできなくなった。

 無防備に空中にさらされた縹にできることは、ただ迫る無数の槍を、その身に受けることだけだった。

「ギ、イィィィィッ!」

 それは、悲鳴のようであった。

 全身を貫かれ、四肢をバラバラにされ、臓腑さえ形を失い、細切れの柔らかい破片になりながらあげられた叫び。

 それは、己が力が一切届かず、その殺意を満たすことさえ叶わなかった縹の、悲鳴のようであった。

「――これで、思い知ったでしょう?」

 粉々に切り刻まれ、押しつぶされた縹へと、ルーミアは語る。

「夜の私はそれこそ最強。あなた程度では足元にも及ばないわ」

 縹はまだ死んではいない。その細胞が一つでも無事ならば、彼女は死なない。

 だが、三日前にそうしたように、即座に復活することもできない。彼女の細胞はその九割までもが、分子レベルで破壊されていた。

 いや、この場合は、一割も残されていた、というべきか。

「先の私の敗北と、今回のこれで一勝一敗。ようやく、条件は整った。次の一戦で決着をつけましょう。私とあなた、どちらが強いかを。それがいつになるかは知らないけど、その時までせいぜい、研鑽をつむことね」

 縹を蹂躙した闇は、すでに消えている。

 ルーミアは最後に。

「次ぎ合うときはせめて、その妄執を私に届かせるくらいはして頂戴ね」

 それだけ言って、飛び去って行った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 宵闇の大妖怪が去り、周囲は静寂に包まれた。

 動く者のいない平原。

 その中で、肉片だけとなった縹は、その心中で思う。

(届かなかった)

 ルーミアには、指一本届かなかった。

 彼女があまりにも強すぎたために、こちらの攻撃は、何一つ当たらなかった。

 縹の中で渦巻く殺意一つ、届くことはなかった。

(悔しい)

 それだけが、ただ悔しい。

 負けたことは、どうでもいい。

 死にそうになったことも、どうでもいい。

 勝者の都合で生かされたことも、どうでもいい。

 ただ、殺戮の過程のみを尊ぶ縹が、その過程さえろくに味わえなかったということが、ひたすらに悔しかった。

(次は、絶対に)

 殺す。

 実力差を覆す手段なんて分からないしどうでもいい。

 勝つことなんて求めてない。殺せなくても構わない。

 せめて一矢。

 せめて一撃、当てることを。

 ルーミアの肉を、抉ることを。

 細切れにされた縹は、ただそれのみを願うのだった。




最強でないなら、たまには敗北も必要だと思うんですよ。
負け知らずが成長なんて、ありえませんし。

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