群霊少女と幻想記   作:鈴ノ風

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この作品は東方projectの二次創作です。
原作ブレイク、キャラ崩壊、独自設定、オリキャラ幻想入り、駄文乱文、そもそもプロットが不完全、その他諸々が含まれております。
それでも構わん! という勇者以外は直ちに『戻る』ボタンを押して、他の小説を検索することをお勧めします。


004 舞い降りた宵闇

 おいかけっこは即座に終了した。

 もとよりただの少女に過ぎない永琳の体力で、生まれたてとはいえ強力な妖怪である縹から逃げきるというのが、荒唐無稽な話だ。

 だから、終わるのは当然。永琳が追いつかれ、縹に適当な小言を言われる。

 そう、なるはずだった。

 なるはずだったのに、結末は全く別のものだった。

 そもそも、追いかけっこは永琳の負けで終わったのではない。

 中断させられたのだ。空から来た、その影に。

「――――が」

 縹は気付く。永琳を追いかけながら、空から降り注がれる殺気を感じる。

 まるで全身の細胞を一つ一つ丁寧に潰すかのような、そんな殺意。喰らうでも、壊すでもなく。

 明確に、ただただひとつ。

 殺すと。そう語る気配。

 それが空からやってきた。

「が、が、が」

 永琳の追跡をやめた縹は、己の全細胞が騒ぎ立てるのを感じた。

 頭からつま先まで、あらゆる全てが一つの感情を吐き出す。

 殺せ、と。

 まるで悲鳴のように、叫び続ける。

「がぁああああっ!」

 停止した永琳が振り返り、突如叫びだした縹に驚く。

 だがそんなものはもはや眼中にない。

 叫びを止めずに空を仰ぐ。

 煌々と輝く太陽を背に、殺意とともにそれが来た。

 闇だ。黒く暗い不気味な闇だ。見る者すべてに恐怖を植え付ける、底知れぬ深い闇だ。

 翼の形を取った闇を、羽ばたかせる一人の少女。対照的な金髪は闇のおぞましさを中和するどころか、その対称さを利用して逆に増幅させている。

「……いい勘してるわね、あなた」

 声が聞こえた。おそらくは、闇を纏う少女の声。

 しかしそれはありえない。少女と縹の距離は未だ遠い。縹の五感がいかに優れていようと、かすかなつぶやきを聞き分けるなどできるわけがない。

 いやそもそも、高速で迫る彼女のつぶやきが、縹に届くはずがない。少女は音を突破して飛翔してくる。そんな彼女を越えて、声が聞こえるなど。

 だが確かに聞こえた。それは、縹の集中力が極限まで上がっている証拠だった。

 迫る少女の動き全てを、見逃すまいと観察した結果だ。その表情、口やのどの動き、纏う雰囲気から、少女の言葉を推測した。集中力があまりにも高まったため、推測がまるで実態を帯びているように感じられたので、縹は声が聞こえたと錯覚した。

(しかし、何故?)

 なぜそこまで集中する? 敵が来たのならばぶん殴ればいい話だ。壊すことしか能がなく、壊すことしか考えない縹が、どうして敵の動きをつぶさに観察するのか。

 そこまで、必死になるのか。

 これでは、まるで。

(死を、予感しているような)

 心の中で呟いて、縹の背中が、ぞわりと震える。

 その呟きこそが答えであると、理解できた。

 死ぬ。縹はここで死ぬ。彼女程度の実力では、あの妖怪を殺せない。

 戦っても、圧倒されて殺される。

 戦闘能力、妖怪としての格、そしておそらくは、戦いの経験も。

 何もかもがけた違い。例え、勝るものが一つ二つあったとしても、埋めることのできない差がそこにはあった。

(死、死、死、死ぬ)

 縹は死ぬ。あれに殺される。勝つことは不可能だ。

 あるいは奇跡的な偶然で、わずかな勝機を見つけられた。それかもしくは能力とやらが開眼したら。

 何らかの突破口を見つけるか、永琳の言っていたそれが使えるようになるかさえすれば、万に一つの可能性が生まれただろう。

 だが、それはあまりにも確率の低い話だし。

 そんなものを気にする余裕は、縹にはなかった。

(初めてだ。死ぬって、感じるのは)

 思い返せば、縹に死を予見させるほどの敵は、今まで現れなかった。ほぼすべての妖怪は縹の一撃で瞬殺された。そうでない者たちも、死を明確に感じさせることはかなわなかった。

「く、か、あ」

 縹の肩が震える。

 それは、果たして小動物のそれか。

「縹、一体何が」

 彼女の要旨を訝しんだ永琳は、縹の視線の先を見る。

「っ! 宵闇妖怪!」

 永琳には、あの少女に心当たりがあるらしい。

「ルーミアが来るなんて。逃げるわよ縹。あれはここら辺一帯でも特に強力な大妖怪。生まれたてのあなたがかなう相手じゃない」

「……知ってる。あれは別格だ。気配でわかった」

「なら、速くいきましょう。皆も!」

 言われ、遅れて空の闇に気付いた護衛たち。彼らは永琳と縹を取り囲む。その身を挺して、盾になるつもりだ。

(変な、話だ)

 永琳は当然だが、彼らはそれだけではなく、妖怪である自分をも、守ろうとしている。

「いいよ、あんたらは永琳を守って。私は無用」

 手を振って、彼らを追い払う。言われた護衛たちは渋ったが。

「どっちにしろ、あれから逃れるには誰かが止めないといけない。それは私以外には絶対に無理だ」

 その言葉で彼らは動いた。縹を切り捨て、永琳のみを取り囲む。

「縹!」

「言った通り。そいつらじゃ時間稼ぎすら不可能だよ。でも私なら、数分、運が良ければ数十分は稼げる」

「死ぬわよ」

「だから何? そんなことより逃げなよ。もう時間がない」

 闇の少女はほぼ目の前まで来ている。音速を超えた彼女なら、後、数秒。

 護衛に囲まれ、逃げ出す永琳。彼女は去り際に、一つだけ問うた。

「怖くは、ないの」

「それも、ついさっき言った通りだ」

 その肩は、震えていた。

 恐怖におびえる小動物にも似た震え。しかし聡明な永琳は気付いただろう。

 彼女が、恐怖など抱かないことを。

 迫りくる少女を迎撃するため、縹はその足を折りたたんだ。

 獲物に跳びかかる獣のように、足の筋肉を限界まで引き絞る。

 肩が脱臼してもおかしくないほど、腕を大きく後ろに振りかぶる。

「き」

 敵を迎え撃つ寸前。彼女の肩がより大きく震えた。

 それは、死を前にした小動物の震えではない。

 生まれて初めての強敵を前にした、越えることの叶わぬ壁を前にした、絶対的な力を前にした。

 歓喜を叫ぶ、修羅の震え。

「ギィ――ギャハハハハアァッ!」

 縹は跳んだ。

 地面に亀裂を走らせながら、足元を抉りながら、たった一瞬で音速を超えて、迫りくる闇へと跳躍した。

 予備動作の一切存在しない跳躍。しかし迫る少女はそれに対応して見せた。

 彼女の背中から闇が溢れ、瞬時に一つの形をとる。

 それは巨大な闇の大剣。少女の、ルーミアの身長を超えるそれを瞬時に生み出し、彼女は大上段に構えた。

 飛翔するルーミアと、跳躍する縹。

 交われた攻撃は、どれも小細工無用の一撃必殺。

 

「っぎゃ!」

 縹は振るう。まるで噴火したマグマのように。灼熱の殺意を溢れさせ、渾身の一撃を叩きこむ。

「――――っは!」

 ルーミアは振るう。まるで降り堕ちる凶星のように。黒く冷徹な殺意を振りまいて、渾身の一撃を叩きこむ。

 

 ブチブチと音を立て、腕の筋繊維が千切れていく。

 あまりにも急速な収縮に、筋肉自身がついていけなかった。

 しかし、ちぎれるほどの力を出しても、結果はさほど影響されなかった。

 斬、と。迫りくる大剣を止めることは叶わず、逆に敵を喰らわんと振るわれた腕は、肩口から切断された。

「ッギガアア!」

 本来ならば縹を正中線で両断した斬撃。それが肩の切断という形になった理由は、ただの偶然だ。

 縹の一撃が、大剣の斬撃をわずかに遅らせた。結果彼女の手を断ち切った刃は、ほんのわずかにタイミングを逃した。

 体は腕を大きく振るったために逸れ、大剣の軌道には縹の肩のみが残された。

 だから、肩が斬られた。それだけだ。

「ふうん。いいじゃない」

 互いの位置が逆転し、今度は見上げる側となったルーミアは、顔だけを振り返らせてそういった。

 その表情には、余裕すらある。

 流石は大妖怪、と言ったところか。

 しかし余裕なら、死を恐れぬ縹も同じ。

(確かにあいつの攻撃は強いけど)

 思考する。

 筋肉を固め、鋼鉄以上の硬度を有した縹の手。もはや一つの凶器となったそれをあっさりと両断したあの大剣は脅威だ。いかな名刀も実行不可能なことを成し遂げた以上、警戒の外に置くなどあり得ない。

 だが、縹は剣に脅威を感じても、絶望は感じなかった。

(あの闇が、形も性質も自在なのは理解できた。でもそもそも、なぜ武器など使用した?)

 それも大剣を。

 縹の一撃に答えたあの妖怪が、リスクを恐れるとは思えない。むしろその力を誇示することこそ、目的に思える。

 だったら、同じようにすればいい。拳だろうが足だろうが、その肉体で攻撃すればいい。わざわざ闇を変形させて、剣なんて生み出した理由は何だ?

(それは、簡単!)

 縹はふたたび跳躍した。今度は空ではなく、地上に向かって。

 あるとさえ言えないわずかな粘り気を利用して、空気を蹴った。

 骨が折れる音がする。筋肉の切れる痛みが走る。しかしそんなものはどうでもいい。

 空中で跳躍した縹は、音に迫る速度でルーミアを追う。

「んな!?」

 ルーミアの驚愕が目の前にあった。

 まさか自由落下をするよりも前に縹が落ちてくるとは思いもよらなかったのだろう。そうでなくても、腕を切断された直後だ。普通は痛がるか、それを我慢してわずかな時間を消費するもの。

「くそっ!」

 回避は不可能。たとえ飛行能力を有していようと、今は渾身の必殺を放った直後だ。落下エネルギーもその時に消費して、今は普通に落ちているだけ。左右運動には移動エネルギーを生み出すためにどうしても一瞬を消費する。落下速度を上げるだけなら隙も生まれないが、敵が迫る中でやれば地面に落ちた際の受け身ができない。

 だからルーミアは防御した。とっさのことに混乱したのか、剣ではなく腕で。剣は捨てられ闇となり、空中に解けていった。

「っがぁ!」

 ルーミアが防御したことを確認し、縹は無事であった方の腕を振るう。

 先の一撃に比べれば、格段に劣るものだ。しかし手ごたえは確かにあった。

 肉を潰す感触、骨が砕ける感触。

(やはり)

 片腕を潰した。残念ながら衝撃は全て腕に防がれ、胴体を傷つけることは叶わなかったが。それでも一つの確信を得る。

 

 それはたった一つの勝機。

 現状の縹が利用しえる、唯一の可能性。

 

 攻撃によって、ルーミアの落下速度が上がる。二人の距離が離れはじめる。

(逃すか!)

 距離が離れればおしまいだ。せっかく発見した勝機も失ってしまう。

 だが跳躍はもうできない。高速で移動する縹は空気をかき分けて進んでいるため、彼女の背後は真空状態だ。これでは蹴るものがない。

 だから縹は、くるりと半回転した。その肺に限界まで空気をためて、再び空を仰ぐ。

「――――ラァッ!」

 空気をすべて吐き出し、その勢いで再び加速。同時にまた半回転して、ルーミアを睨む。

 咆哮を利用した加速は、さすがに攻撃を受けたルーミアに追いつくほどではない。だが地面に落ちるまでのわずかな間、互いの距離を維持するには十分なものだった。

「まさかね!」

 ルーミアは落下の寸前、その背後に闇を出現させた。

 落下エネルギーに従い、彼女はその闇にたたきつけられる。だがその表情に落下の衝撃への苦悶は見られない。おそらくあの闇がクッションとなったのだろう。

 闇はルーミアを受け止めると同時に、八つの鞭となって縹に迫った。

「っ!」

 ここに来て初めて、縹の顔が驚愕に歪む。

 闇の鞭は最後の腕さえ切断し、その体を巻きつけて拘束した。

「大したもの。さっきの一撃はあなたの負けだったのに、その中から私とあなたの有利不利を見抜いてみせるなんて?」

 地面に立ち、囚われた縹を見上げながら、ルーミアは言う。

 そう。縹は武器を使うルーミアを見て、一つの仮説を立てた。

「『わざわざ大剣なんて使う私は、筋力においてあなたに劣っている』確かにその通り。さっき使ったのが剣じゃなくて拳だったら、負けてたのは私だったでしょうね」

 負傷した腕を眺め、そして囚われた縹を見て、続ける。

「だけど再生能力は私の方が上らしい。そして、私にはこの闇がある」

 砕けた腕はすでに元通り。縹の斬られた腕も治っているが、負傷の度合いを考慮しても、治る速度は縹の方がわずかに遅い。

「これは、少し慌てすぎたようね。いきなり加速して、驚いちゃった。こんな風に性急に事を運ばなくても、私が負けることはなかっただろうに」

 例えば。あのまま接近戦を維持し続けられたとして。

 あの自在に動く闇の攻撃をかわすことはできただろうか? 躱せたとして、躱しながら距離を維持できただろうか?

 腕の回復を終えた彼女に攻撃しつつ、彼女との距離を保ったまま、四方八方から迫る闇の攻撃を回避する。

 無理だ。できるわけがない。

 たとえ苦手な距離に跳びこまれても、その闇がカバーする。

 一度距離を離したならば、その闇が決して近づけない。

 闇が、死角という死角をすべて塗りつぶす闇が、縹の前に絶対の壁となって立ちふさがる。

(さっき腕で防御したことを考えれば、予想外の攻撃を出せばいいんだろうけど)

 できるのか。先ほどのでルーミアの警戒は上がっているはずだ。そうでなくても、闇を越えてどうやって、彼女に攻撃を当てる?

 いや、もっと根本的な問題。

 今まさに圧殺しようと彼女を縛る闇を、どうやって振り払う?

「しかし頑丈ね。象くらいなら軽く潰せる力を込めてるのに」

 呆れつつ、しかし闇は力を緩めない。

 瞬殺は防げても、完全な防御は無理だ。

 真綿で首を絞めるように、死は一歩一歩縹に迫る。

(だけど、まあ)

 時間稼ぎはできた。この様子ならあと数十分は耐えられる。さすがにそこまで相手が待てるとは思えないが、それでも数分は持つだろう。

 だったらあとは、ここで耐え続ければいい。いつか痺れを切らしたルーミアが、新しいアクションを起こすだろう。その隙に脱出して、戦闘を仕切りなおす。

 たかが数分、待つだけだ。

 数分。縹なら耐えれない時間ではない。

 肉体へのダメージは蓄積する一方だが、それでも数分程度なら戦闘に支障は出ない。

 

 しかし、数分。

 彼女がこれを許容できても、彼女を構成する霊たちは、果たしてどうだろうか。

 

「が、がが」

 

 今もなお闘争と殺戮を夢想する彼らが、数分間じっとするなど、果たして許容するだろうか。

 

「ぎぃ、ガアァ」

 

 許さない。

 許すものか。

 いいから殺せ。

 時間稼ぎ? お前の役目はそんなものではないはずだ。

 

「ああ、そうだ」

 妖怪縹のなすべきこと。そんなものはたった一つ。

 それはこうして、虎視眈々と機会をうかがうことではなく。

 

 ただ殺戮を。

 ただ闘争を。

 亡霊の残根の命じるままに、彼女の有する全てをもって、かつての戦いを継続する。

 

「だから、こそ」

 頭に響く霊たちの叫び。

 殺せ、殺せと彼らは命じる。

 拒否など、縹はそもそも思考すらしない。

「了解、した」

 何かが、あふれるのを感じる。

 殺せという叫びに応じて、吹き上がるものを確かに感じた。

 それはルーミアの闇に似たもの。

 形を持たず、自在に動き、そしてすべてを喰らうもの。

「何!?」

 ルーミアは叫んだ。叫ばざるを得なかった。

 例えばこれが策の類なら、あるいは冷静に対処したかもしれない。

 何らかの方法で、闇を脱しただけならば、驚く必要なんてなかった。

 だが、それはそんなものではなかった。

 縹の体から湧き上がるもの。湧き上がり、揺らぎながら闇を侵食するもの。死のように暗く、混濁とした青。

 それは触れたものを粉砕し、吸収し、己がものにして増殖する。

 藍にも似た、粘り気のある縹色の液体。

 それこそが、縹の中で渦巻く怨嗟が生み出したもの。

 縹の能力だった。

 


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