群霊少女と幻想記   作:鈴ノ風

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この作品は東方projectの二次創作です。
原作ブレイク、キャラ崩壊、独自設定、オリキャラ幻想入り、駄文乱文、そもそもプロットが不完全、その他諸々が含まれております。
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001 戦争が終わり

 一つの戦が終わった。

 光学兵器が飛び交い、重力操作で浮遊する戦車が歩兵をなぎ倒し、円盤型の飛行兵器が空を埋め尽くす。

 そんな戦が、終わった。

 かつては草花に覆われた緑色の草原。今や草は全て燃え、地面はえぐられ、見る影もない。壊れた機械と粉々になった死体が、草の代わりに地面を覆っている。

 カァカァと烏が鳴き、原形をとどめていない肉片をついばむ。

 戦場であったときには爆音と悲鳴がこの場を支配していたが、今はカラスの鳴き声と羽音が空しく響くばかり。

 しかし時間が経過し、日が地平の彼方に沈むと、カラスたちはこぞって巣に帰って行った。

 鈴虫の類など望むべくもない戦場跡は、夜空の下で無音に包まれていた。

 地上を覆う戦争の残骸が、月明かりに照らされる。音も立てず動きもしないそれらは、まるで植物の一種であるかのよう。有機性を一切感じさせず、ただそこにあるのみ。

 さて。

 夜になり、月が現れてからしばらくの後。月が頂点を過ぎ、沈み始めた頃。

 足音が一つ、した。無音の戦場跡に、死肉で埋もれた大地に、一つの生き物の音が。

 鋼鉄と肉をためらいなく踏みしめて、地獄絵図を歩くものが一人。

 夜風に解けるように、背中まで伸びた髪を風になびかせる、少女が一人。

 藍色にも似た、(はなだ)と呼ばれる色の髪。それに包まれた少女の顔つきは、十歳ほどか。血みどろの野原を歩くには、あまりに幼く、あまりにか弱い童女だった。

 彼女は何かを求めるでも、どこかを目指すでもなく、ただただ死に満ちた大地の上を歩く。

 

 

「……」

 少女は視線を動かす。前後左右そして下。頭上以外のすべては、死体と機械の残骸で覆い尽くされていた。

 月が出ているとはいえ、夜である以上あたりは暗い。こんな不安定な足場では、歩くことも困難だろう。

 だが少女は苦にしない。この程度は何の問題もない。

 暗いとは言っても、それは人に限った話。

 少女は人外であった。だから、わずかな月明かりだけでも、こんな場所を歩くには十分だ。

「……死体、死体。死体だらけ。私だらけ」

 呟く少女は、人ではなかった。

 彼女は亡霊だ。

 この戦場で散っていった、多くの人間の魂。それらが集まり、一つになって溶け合ったのが彼女。

 だから少女は、かつて自分であった者の残骸を眺めていることになり。そのことに対する奇妙な感覚から、先のつぶやきが口に出た。

「まあ、それでも」

 つま先に転がっていた頭を拾う。

 幸運にも、と言っていいのかはわからないが。比較的原形をとどめている頭だった。カラスに目玉をついばまれ、眼孔から血の涙を流すそれは、幼い少年のものだった。

 この少年もまた、少女を構成する魂の一つ、であるはずだ。

 なのに。

「自分っていう気がしない。不思議」

 この少年が、一体どういう人生を過ごしてきたのか。どんな経緯でこの戦場に来たのか。最後に思ったことは何か。一つとして、少女は分からない。

 生前の記憶など、少女の中で渦巻く死者の怨嗟に飲み込まれ、そのほとんどが砕け散ってしまった。

 ある程度の知識は残っているが、ある程度だ。個別の人格を推測するほどの量はない。

「……でも」

 それでも、一つだけあった。

 もはや群衆を越えて、一個人となってしまった亡霊の群れ。そんな少女の胸の内から湧き上がる、感情が一つ。

 少女を構成する亡霊たちが、今なお抱き続けるただ一つのもの。

「っく、か」

 肩を震わせる。

 片手で少年の頭をつかみながら、己の体を抱きしめる。

 震えは、収まらない。

 だから少女は、さらに腕に力を込める。

 それでも震えは止まらない。

 震えて、震えて、そしてそのまま、朝日が昇るまで、何かを耐えていた。

 朝日が昇り、遠くの方から鳥のさえずりが聞こえだした、その時。

 

 どこかから、悲鳴が聞こえた。

 

「……っけ」

 その悲鳴に興を削がれてしまったのか。顔を上げた少女に、何かを耐えている様子はない。

「近い。悲鳴も不自然に途切れたし」

 誰かが襲われた。その誰かは、恐怖から叫び、そしてそれが終わる前に、殺された。

「でも一人だけじゃない。声がする」

 少女の優れた聴覚が、悲鳴以外の音を感知する。

 それはかすかだが、人の気配。間違いない。人間が後十人はいる。彼らは一様に怯え、恐怖からあえいでいる。

「ちょっと前までは無人だったはずだけど。いつの間に」

 そう遠くない距離に、幾人もの人間がいる。彼らの接近を、少女は今の今まで気付かなかった。

「まあ、耐えてたわけだし。それだけ集中してたってことか」

 きっとよくある話だろう。集中しすぎで周りが見えない、ということは。

 かろうじて残る知識にも、そういった事象がなくはない。

「とりあえず、見物しに行くか」

 悲鳴、襲撃。人がだれかと戦っている。

 楽しそうだ。本当に楽しそうだ。戦場の夫年から生まれた少女にとって、戦いほど楽しいものはない。

「っく、か」

 ゆっくりと歩み出しながら、その先から漂う真新しい血の匂いをかいで、少女は三日月のように、笑った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 歩くことしばらく。先ほどと同じ悲鳴が、五つほど上がったとき、少女はようやく、悲鳴の発信源にたどり着いた。

 そこは戦場跡から少し離れた場所。草花は燃やされることなく、地面はえぐられることなく、戦争の爪痕を一切感じない。

 しかし、今は別の痕跡が残っていた。あちこちに飛び散る肉片、どくどくと流れる大量の血液。

「惨劇、殺戮か。人間の仕業には、どうにも思えないな」

 足元に飛び散った死体を眺めて、少女は呟く。

 そして視線を上げれば、そこではまた新しい死体が作られているところだった。

「く、くあら、うるな……」

 少女の視線の先には、光線銃と思わしきものを握り、狼狽する兵士が一人。その口から漏れ出るものは、もはや言語として成り立っていない。

 兵士は光線銃の引き金を引く。しかしエネルギー切れか、その銃口から光が放たれることはない。

 ひとたび引き金を引けば、たとえ鋼鉄であろうとも一瞬で溶解させるほどのエネルギーを持つ光を照射する光線銃も、こうなってはもはやただのお荷物だ。銃身を握ってグリップでぶん殴った方がまだ使い道があるだろう。

 しかし、恐怖に顔をゆがませる兵士は、銃を鈍器にするどころか、光線銃がエネルギー切れを起こしていることにさえ気づいていない。

 彼はただ引き金を引き続ける。彼にゆっくりと近づく、怪物に向けて。

 怪物。そう、怪物だ。

 四メートルはある巨大な体。うねうねと蠢く触手を体中につけた、人型の魚。

 その指先には巨大な爪が、その口には鋭い歯が並ぶ。人間を殺す手段には、あまり困らないだろう。

 それが兵士へと近づく。一歩一歩、兵士の心を砕くように、ゆっくりと。

 近づき、近づき、やがて距離はゼロとなった。

「――――ぁ」

 兵士は最後に、何かを呟く。

 何を言ったのかはわからない。少女の優れた聴覚でさえ、兵士の言葉は聞き取れなかった。

 命乞いか、恋人の名前か。それを確認することは、二度とできない。

 怪物の腕が振るわれたのだ。丸太のように太い腕が。風切り音を少女の下にまで響かせながら、その腕は兵士を消し飛ばした。

 上から、下へ。兵士の体は腕に触れた部分から粉々に散っていき、やがてその全身が肉片と化した。

「え、永琳様!」

 今死んだ兵士とは違う人間が叫ぶ。その叫びにつられて、少女と怪物は、視線をそちらに向けた。

 そこにはまだ、幾人かの人間がいた。疲弊こそしているが、傷ついた様子はない。

 彼らは囲まれていた。少女が最初に見たものと同じ怪物が、あと二体。人々の退路を塞ぐように立っていた。

「永琳様。我々が突撃して退路を開きます。その間にあなたは」

 人間たちの中心にいる一人の女性。兵士たちは彼女に向けて、話しかけているようだった。

 年端もいかぬ少女だった。十代前半、と言ったところか。左右で赤と青の色に染められた変な服装の女。髪は銀色で長く、後ろで三つ編みにされている。

 永琳と呼ばれた、年に似合わぬ聡明な顔つきの彼女は、しかし首を振る。

 無理だ、と言いたいのだろう。

 はたから見る少女にさえ、突破は不可能と理解できた。

 周りを見渡しても、人の死体しか目に入らない。怪物の死体は一つもない。二つの勢力の戦力差は、絶望的だ。

 そして一番重要なのは、彼らが囲まれているという事実。一体に突撃を仕掛けているうちに、後ろから挟み撃ちにされたら、突破口を開く前に全滅するかもしれない。

 仮に突破し、永琳が逃亡したとしよう。彼女に追手がかからないと誰が保証できる?

 追っ手は一体か、それとも二体か。どちらにしろ、兵隊に残った怪物を排除する力はあるまい。永琳は一人、もしくは連れ添った一人二人の護衛とともに怪物に追われるのだ。

 疲弊した彼らの足の速さに、期待はできない。

「……」

 少女は、もはや打つ手のない人間たちを、眺めた。

「あれなら、私でも、簡単か」

 片方の手に力を込めて、握りしめる。

 赤子の頭さえ、果実のようにたやすく握りつぶす力が、その手には込められていた。

 それだけの力があれば、複数の人間を相手取っても、敗北より勝利の方が確率は高い。

「じゃあ、つまらない」

 言い切った少女は、怪物に視線を向ける。

 彼らは強い。その膂力は、少女をして危機感を覚えるほど。

 ぶるり、と少女は震えた。

 少女の中で、何かが再び、湧き上がる。

「く、か」

 ぎちりと、何かがきしみを上げる。

 見て見れば、先ほど力を込めなかった方の手に、子供の頭が握られていた。

 ああそういえば。少女は悲鳴を聞いて、これを捨てることなく歩いてきたのだった。

「……き」

 少女は何かを耐えるように、顔を伏せた。

 手に持った少年の頭を、両手で挟む。そしてそのまま、まるで神にでも捧げるかのように、頭上に持ち上げた。

 膝を地面につけて、少女は肩を震わせた。

 そして。

 

 ひうんと、音がした。

 誰かが引き金を引いた、音だった。

 

「――き」

 そして、少女の引き金も同時に引かれた。

「ッキャハハハハハハ!」

 笑う、笑う。

 勢いよく顔を上げて、青い空を見上げて嗤う。

 眼下の惨劇など知らぬと輝く太陽を、嘲笑う。

 突撃を開始した人間たちも、それを迎え撃とうとした怪物も、その哄笑に動きを止めた。

 怯え、震えて動きを止めた。

「ハハハハハ、キャハハハッ!」

 彼らの恐怖など気にも留めず、少女は笑う。

 笑いながら、手にした少年の頭を、握りつぶした。

 肉のかけらと、骨のかけらが、少女の手から飛び散った。

 血が少女を赤く染め、脳髄が彼女の顔にこびりつく。

 そんなものは気にせずに、手に残った頭の破片をかなぐり捨てて、少女は立ち上がる。

「混ぜろよ」

 一歩、前へ。

「楽しそうに殺し合ってるじゃん。私も混ぜろよ」

 もう一歩、前へ。

「なあ、そこの」

 三歩目を、前へ。

「――怪物どもが!」

 そして、少女は跳躍した。

 三体いる怪物の内の一体、先ほど人間を叩き潰したものへと、少女は駆けけだした。

「■■■■!」

 己へ突貫する少女の姿を認め、怪物が咆哮する。

 咆哮は、獲物に跳びかかる獣のそれというよりも。

 迫りくる死におびえる、負け犬の遠吠えに似ていた。

「ぁぁぁあああっ!」

 少女は走りながら、右腕を後ろに下げる。

 まるで弓を引くように、力を蓄えるように。

 腕を後ろに、引き絞る。

 少女は怪物に突進し、怪物はそれを迎え撃つ。

 しかし攻撃は、怪物の方が先だった。

 リーチの違いを生かそうとしたのか。少女が攻撃を開始するよりも早く、怪物は握りしめた腕を前につき出した。

 怪物の、人間さえ潰すほどの膂力が生み出す右ストレート。当たれば人外の少女とて、無事ではすむまい。

 剛腕が高速で迫る。並みの人間ならば、きっと恐怖だけで死んでいただろう。

 だが少女は恐れない。彼女は人外なのだから。

 突進の勢いを殺すことなく、そのまま少女は跳んだ。

 上へ。怪物の身長さえたやすく超えて、怪物の攻撃を回避する。

「くた、ばれ!」

 重力に引かれ、落下を始めた少女、その先には、次の攻撃に備える怪物の姿。

 左のアッパーが、少女に迫る。

 こちらも気にすることなく、少女は冷静に、攻撃する。

 先ほどの怪物と、同じだ。

 彼が人を殺した時のように、腕を振るう。

 上から、下へ。

 叩き潰すように、振り下ろす。

 振るわれた平手打ち。それは怪物の左腕とぶつかり。

 そのまま、怪物の腕をつぶした。接触した部分だけを肉片に変えながら、抉るように真っ二つに。

 勢いは止まらない。拳を、腕を、肩を。そして怪物の胴体を、少女は二つに抉り切った。

 少女の手がそのまま地面をたたき、軽い地震を起こした時。二つに分かれた怪物の肉体は、それぞれ逆方向に倒れていった。

 巨体が倒れる。四メートル以上の質量が生み出す転倒音は決して軽くないが、少女の耳にそれは届かない。その姿も。

 少女はただ、獲物を求める獣の眼光そのものの目で、残り二体の怪物を睨む。

「ぎひゃ、ひゃははは!」

 少女を突き動かすのは、彼女自身の意思ではない。

 彼女を構築する大量の死霊。戦場で散った彼らの闘争本能が、傀儡のように少女を操っていた。

 胸の底から湧き上がる衝動に逆らうことなく、少女は次の獲物へ襲いかかった。

 




初見の方は初めまして。すでに知っている方はお久しぶりです。鈴ノ風と申します

良くある幻想入りの形式に、『永琳たちが地上にいる時代に幻想入りしたりする』という形式があります。いろんな虹を読んでいるうち、これがどうしてもやりたくなったので書きました。後悔はしてません。
この先もこの少女が大暴れして、戦って、戦争していくお話を書いていくつもりです。
そんなお話でも興味を抱いていただければ、幸いです。

それでは皆様、次のお話でお会いしましょう

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